感染症対策にも里山のような調和が求められる


2023-12-4(令和5年)木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)

図:2014年12月筆者撮影)川乗(苔)山の「百尋(ひゃくひろ)ノ滝」は奥多摩で一番大きな滝である。落差40メートル。冬は凍り、滝音はしない。登山者の姿も見られない。辺りは静寂で、クマも冬眠に入っているのだろう。

■新型コロナ対策で免疫力が低下した

 この1年の感染症を振り返ってみると、新型コロナ以外のウイルス感染症が急速に広がったように思われる。その理由として考えられるのが、免疫(抵抗)力の低下だ。私たちはウイルスや細菌などの病原体に感染することで免疫力を高めている。子供の場合はとくにその傾向が強い。しかし、新型コロナの感染拡大が始まってから感染予防が社会全体で徹底され、その結果として新型コロナだけではなく、ほかのウイルスや細菌にさらされる機会が減って免疫力が下ったのではないかとの指摘である。

 今年5月8日には新型コロナの感染症法上の位置づけが2類相当から危険度の一番低い5類に移行し、それに伴って私たちの行動が活発になり、様々な病原体の感染が一気に広がった格好だ。これまで新型コロナの影響で医療機関がひっ迫して受診し難くなっていたことや、新型コロナの感染を気にして受診やワクチン接種を控える状態が続いたこともこの感染拡大に拍車をかけた。

 急速に広がった感染症は、高熱が出て口内に水疱(すいほう)ができて喉(のど)が痛むヘルパンギーナや、発熱と咳(せき)をともなうRSウイルス感染症、それに咽頭結膜熱(プール熱)、手足口病、麻疹(はしか)である。いずれも子供に多いウイルス感染症で、飛沫(飛沫核)感染して小学校や保育園、幼稚園で集団感染する。ヘルパンギーナは夏場に東京や大阪で感染が急拡大し、自治体が注意を呼びかけた。中国でも最近、新型コロナとともにインフルエンザや細菌によるマイコプラズマ肺炎などの呼吸器感染症が同時多発的に流行しているが、これも免疫力の低下が原因だろう。

■インフルエンザの感染拡大が心配だ

 新型コロナが流行すると、インフルエンザは駆逐されるように流行が減少した。しかしその後、2022年の秋ごろから再び流行の兆しが表れ、収束しないまま今年は春、夏、秋と流行が続き、本格的な流行のシーズンを迎えている。厚生労働省によると、全国約5000の定点医療機関から11月13日~19日の一週間に報告された感染者の数は、1医療機関あたり21.66人で、前週の17.35人と比べ、1.25倍に増え、注意報レベル(10人)を超えている。都道府県別ではすでに警報レベル(30人)に達しているところもある。インフルエンザは今後の感染拡大が心配だ。

 インフルエンザもヘルパンギーナやRSウイルス感染症と同様に新型コロナの感染予防の徹底で一時的にはかなり減少したものの、インフルエンザウイルスにさらされる機会が減った結果、私たちの免疫力が下って流行が長く続いていると考えられる。

 一方、新型コロナの感染状況はどうだろうか。11月13日~19日の一週間に報告された感染者数は、1医療機関あたり1.95人と少なく、前週(2.01人)と比べても0.97倍で、11週連続で減少した。新型コロナ感染の流行は緩やかだ。しかしながら高齢者や持病のある人には亡くなるリスクがあり、健康な人でも後遺症に悩まされることもある。注意は欠かせない。

■クマの被害が過去最多だ

 話は変わるが、全国でクマの被害が相次ぎ、市街地に姿を見せるアーバン・ベアの問題が深刻化している。環境省によれば、被害に遭った人は4月~10月で計180人(うち5人が死亡)となり、過去最多を記録した。10月だけでも71人が被害に遭っている。18道府県で被害が確認され、死傷者数が最も多いのが秋田県の61人だった。これに岩手県の42人が続き、2県で6割近くを占めた。冬眠前のクマは11月以降も餌を求めて市街地に出てくる可能性がある。

 クマが出没する原因として考えられるのが、餌となるドングリやクリなどの木の実が凶作で減少していることが挙げられる。農村の過疎化にともなって農地が耕作放棄され、山林の整備が行き届かずに荒廃が進んでいる現状もクマの行動範囲を広げている。被害を繰り返すクマは駆除することが必要だが、クマの行動を理解して市街地に寄せ付けないようにすることも考えなければならない。クマは臆病な生き物だ。山に入るときは、必ずクマよけの鈴を携帯し、人の存在をクマに知らせてクマが人を避けるようにさせることが欠かせない。

 なかには凶暴なクマも存在する。北海道では4年にわたって放牧中のウシを襲い続けてきた大型のヒグマが今年7月30日に駆除され、大きなニュースとなった。66頭の牛を襲い、32頭を殺し、最初の被害現場の標茶町下(しべちゃちょうしも)オソツベツの地名と足跡の大きさから「OSO18」(コードネーム)と呼ばれた雄のヒグマである。警戒心が強く、ワナにはかからなかった。ウシをもてあそぶように殺して恐れられ、新聞やテレビでも報じられてきた。

■クマも感染症も共存が重要だ

 クマも感染症も対策を取らないで放っておくと、大変なことになる。逆に対策を取り過ぎても大きな問題となる。どちらもうまくコントロールしながら共存していかなければならないのだが、それが難しい。

 すべてのクマを猟銃で撃ち殺すわけにはいかない。本州に生息するツキノワグマは絶滅危惧種に指定され、基本的に保護(山に追い返す)の対象となっている。すでに九州のツキノワグマは絶滅し、四国では絶滅寸前だ。

 ではどうやってクマと共存していけばいいのか。近年、「里山」という言葉をよく耳にする。原生林など手つかずの未開の山奥と区別し、人と自然が共存する地域を指す。里山では人の手によって田畑が作られ、実のなるコナラ、クヌギ、クリ、カキなどの落葉広葉樹が植えられ、キノコや山菜も栽培する。草花や昆虫だけでなく、小動物も生息して人と共存する調和のある生態系が形成される。こうした里山が人とクマとの太い境界線となってきた。クマは木の実を求めて里山にやって来ては人の存在を認識し、里山から先の市街地へは進まなかった。だが、その里山が減っている。根本的にクマの被害を解決するには、日本各地で豊かな里山を復活させなければならない。

 感染症対策も同じだ。中国のゼロコロナ政策のような感染症に対する強い対策は社会・経済活動に悪影響を及ぼす。人の心を歪め、過剰な反応やパニックを引き起こす。前述した免疫力の低下も招く。それゆえ感染症には里山のようなバランスの取れた対策が欠かせない。新型コロナやインフルエンザなどの呼吸器感染症に対しては、過度に恐れず、流行が大きくなってくるようなら3密(密閉・密集・密接)を避け、手洗いやマスクの着用、体調の管理を励行することが大切である。

―以上―

◎慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の12月号から転載しました。

https://www.message-at-pen.com/?p=3145