JAXA、X線分光撮像衛星[XRISM(クリズム)]活動を開始


2024-1-20(令和6年) 松尾芳郎

図1:(JAXA, NASA)2023年9月7日午前8時42分、種子島宇宙センターからH-IIAロケットで打上げられた JAXA[X線分光撮像衛星(XRISM)]の想像図。質量は2.3 ton、現在高度約550 km、軌道傾斜角31度の低地球周回軌道を回っている。

JAXAのX線分光撮像衛星ミッション[XRISM=X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission]は、X線を放射する天体を調べるミッションで、NASAおよびESA(欧州宇宙機構)が協力している。天文学の分野では、宇宙の巨大な構造はどうして形成されたのか?、巨大な重力がどんな影響を及ぼしているのか?、高エネルギー粒子のジェットはどんな働きをするのか?、など多くの疑問があるが、[XRISM(クリズム)]ミッションでこれらの解明を進める。

(NASA and ESA are working together with JAXA on the XRISM mission to study celestial objects emitting X-ray. The mission will study big cosmic questions like the largest structures came to be, what happens to matter under extreme gravitational force, and how high-energy particle jets work.)

[XRIZM(クリズム)]は、2016年に打上げ、その週週間後に故障した「ひとみ」X線望遠鏡の後継として2023年9月7日にH-IIAロケット47号機で打上げられ、14分後に軌道投入に成功した。相乗りした月面着陸用小型実証機(SLIM)も打上げ48分後に軌道投入に成功、こちらは1月20日に月面着陸に成功している。

[XRISM=X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission]は、JAXAのX線天文衛星として7番目のプロジェクトである。

世界的には、現在X線観測衛星としてNASAが「XMM Newton」および「チャンドラ(Chandra)」を運用しているが、打上げ後かなりの年月が経ち、間も無く寿命が尽きる。欧州には代替えとして「ATHENA=Advanced Telescope for High Energy Astrophisics」計画があるが打上げは2035年以降となる。今回打上げた「 XRISM」はこのギャップを埋めるX線観測衛星となる。

[XRISM]は、12,000 eV(エレクトロン・ボルト)のエネルギーを持つX線を観測でき、宇宙の“最も温度の高い区域”、“宇宙の大構造”、“宇宙の最大の重力”を検知するように作られている。参考までに人間が視認する可視光線のエネルギーは2~3 eVである。

NASAの[XRISM]担当主任リチャード・ケリー氏は「単にX線で撮像するだけでなく、その素性、動き、物理特性を調べることができる」と話している。

「XRISM」には、二つの観測機器が搭載されている。すなわち、広い視野を持つ「X線CCDカメラ[Xtend]」と極超低温に冷やされたX線分光器「マイクロ・カロリメーター[Resolve]である。これらを使って宇宙空間を吹き渡るプラズマを観測、含まれる元素やプラズマの速さを高精度で測定する。

[XRISM(クリズム)]の構造

図2:(JAXA) [XRISM(クリズム)]透過力の高いX線を集める望遠鏡で、「X線望遠鏡(XMA)」でX線を集め、それを「X線CCDカメラ(Xtend)」と「マイクロカロリメータ(Resolve)」で受信・検出する構造になっている。

X線は波長が短く、透過力が高い性質がある。これため、遠方にある星や銀河からの光は、可視光帯は途中の塵やガスに遮られて見えなくなるが、X線帯の光(電磁波)はそれらを通過して容易に感知できる。

「X線望遠鏡(XMA)」・「X-ray Mirror Assembly」

X線を効率よく観測するため、可視光望遠鏡が使うレンズや凹面鏡ではなく光の全反射現象を利用してX線を集めている。

X線を、非常に平滑にした金属板に極浅い角度で当てる(入射させる)と全反射して僅かに進行方向が変わる。この現象を使ってX線を1点に集めている。この装置は金でコーテイングした円筒形の鏡を同心円上に配置し、X線を集めている。

図3:(JAXA)X線望遠鏡(XMA)の構造。左が外見、右は内部構造で金でコーテイングした斜め円筒形のミラーで、入射X線を効率よく「Xtend」および「Resolve」検出器に焦点を結ばせる。

「X線CCDカメラ(Xtend)」・「Soft X-ray Imager」

広い視野/広い波長域を観測し撮像できるCCDカメラで、原理はデジカメと同じで半導体に入ったX線が電子に変換され、電気信号に変わり映像となる。分光分析もできるが撮像が主任務。

「マイクロカロリメータ/micro calorimeter 」・「Resolve)」

X線が物質に当たるとわず僅かに温度があがる現象を利用してエネルギーの大きさを測る装置、「軟X線分光分析計(Soft X-ray spectrometer)」とも呼ぶ。これは光が物に当たると暖かくなる現象と同じ。しかし星からやってくるX線は非常に少ない/温度上昇が極めて僅かなので、装置を絶対零度近くまで冷やす必要がある。[Resolve]にはX線検知器を冷やすため液体ヘリウム(沸点-269度C)を蒸発させながら冷却する。搭載ヘリウムは3年で消耗するが、その後は機械式冷凍装置で運用する予定。分光分析が主任務。NASAとJAXAが共同開発した装置である。

図4:電磁波の波長と周波数を示す図。X線領域は“青”の枠で囲った部分で、透過力がガンマ線に次いで極めて高い電磁波である。

「ファースト・ライト(First Light)/最初の観測映像」

JAXAは2024年1月5日、「X線分光撮像衛星(XRISM)クリズム」に搭載した「軟X線撮像装置/Xtend」および[軟X線分光装置(Resolve)]が撮影した最初の観測データを公開した。

既述のように[XRISM]は2023年9月7日打上げ、低地球周回軌道上にあるが、その後10月7日から調整を行い、ファースト・ライトを実施した。すなわち;―

  1. [Xtend]は10月14日〜24日の間、天の川銀河から7億7,000万光年離れた[Abell 2319]銀河の観測をし、銀河集合体の映像を取得した。
  2. [Resolve]は12月4日〜11日の間、天の川銀河の隣「大マゼラン雲」銀河にある超新星残骸[N132D]を観測し、詳しいX線スペクトルを取得した。

1.[Xtend]の映像

図5:(JAXA/NASA/XRISM Xtend; background, DSS)四角で囲った“紫色”の区域は「Xtend」の広帯域カメラが撮影した「Abell 2319」銀河集合域(galaxy cluster)。背景は地上望遠鏡で撮影した可視光線画像を示している。

「Xtend」はJAXAが開発したX線撮像器で、満月より6割ほど広いエリアの観測情報を提供する。

「Xtend」が撮影したX線画像「Abell 2319」銀河集合域は、地球の北天に見える星座「白鳥座(Cygnus)」のほぼ中央にある。白鳥座では最も明るい「デネブ(Deneb)(地球からの距離1,600光年)が有名、[Abell 2319]は7億7000万光年の彼方にあり、白く輝く紫色の領域では数十億の星々が誕生/死亡する銀河同士の衝突を示している。ここは地上から見える銀河集合域の中で5番目の明るさがあり、最も活発な銀河の合体の様子を示している。「Xtend」が撮影した合体領域は300万光年の広がりがある。

2.[Resolve]の映像

図6:(JAXA/NASA/XRISM Resolve and Xtend)XRISMの計測器「Resolve」が捉えた天の川銀河近くの銀河「大マゼラン雲(Large Magellanic Cloud)」にある超新星「N132D」の残骸が出しているX線スペクトルの分光分析図。横軸は「X線エネルギー(keV)」、縦軸は「X線輝度」を示している。図で「シリコン」、「硫黄」、「アルゴン」、「カルシウム」、「鉄」、の存在が明瞭に解る。これまでで最高の分析結果である。

図7:(JAXA/NASA/XRISM Resolve and Xtend) [Xtend]が撮影した「N132D」は、天の川銀河から16万光年離れた銀河「大マゼラン雲」(左)のほぼ中央にある超新星爆発の残骸。大きさは75光年くらい、地上望遠鏡では観測できない。「大マゼラン雲」銀河は、地球の南天「かじき座(Dorado)」の縁にあり、肉眼でも見ることができる。

[Resolve]が「N132D」を観測の対象に選んだのは、大マゼラン雲にあるX線源としては最大級であるため。「N132D」は、質量は太陽の15倍、3000年前に燃料(水素原子)が尽きて崩壊し爆発、超新星となり今も膨張し続けている。そして大量のガス/元素を宇宙に撒き散らしている。計測器「Resolve」のスペクトル分析で「シリコン」、「硫黄」、「アルゴン」、「カルシウム」、「鉄」、の存在が明瞭に示されている。これは爆発前の「N132D本体の構成を示している。それだけでなく、それらの温度、密度、動きの方向も解析でき、本体の星や爆発の詳しい情報を知ることができる。

NASAゴダードのXRISM担当部長の話。「Resolveの解像度は、最初のショットで5 eV(電子ボルト)を達成、調整が済めば目標の7 eVを超え、遥かに精密な化学素性を知ることができる。全く素晴らしい。」

「Resolve」はこのように輝かしい成果を挙げているが、検知器のX線入射部に取付たカバー・ドアに問題を抱えている。このドアは打上げ時に検知器を保護するため付けた保護膜/隙間付きカバー(aperture door)で、開かなくなっている。このドアは低エネルギーのX線をブロックするため、計画では300 eV(電子ボルト)まで受感できる予定だが、このトラブルで1,700 eV以下は受信できなくなっている。XRISMチームは、原因を調べドアを開く作業を進めている。ドアの開扉に成功すると300 eVから観測できる。

保護膜/ドアは、ベリリウム(Beryllium)製枠にスレンレス鋼製の網を取付けた構造、ベリリウムはX線を通しやすいので、ドアが閉まったままでも低エネルギー区域のX線を除けば十分観測は可能である。

終わりに

JAXAによると、衛星の状態は正常で、定常運用に向けて機能確認運用を続けている最中で、2024年2月から定常運用段階に入る予定という。

既述したように[XRISM]は、宇宙の“最も温度の高い区域”、“宇宙の大構造”、“宇宙の最大の重力”を検知するように作られている。その性能は現在活動中のX線観測望遠鏡を遥かに凌ぐもので、深宇宙の状況解明に大きな期待が寄せられている。しかし目標が理解しにくいためか我国メデイアは殆ど報道していない。H-IIAロケットに相乗りで打上げた月面着陸用小型実証機(SLIM)の着陸成功は大きく扱っている。ニュースの取り扱い方にちょっと疑問を感じる。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次のとおり。

  • JAXA “X線分光撮像衛星(XRISM)とは
  • JAXAニュース2024-1-5 “ファーストライトと運用状況について”
  • NASA Science Sept 6, 2023 “XRISM”
  • NASA Science Jan. 5, 2034 “NASA/JAXSA XRISM mission reveals its First Look at X-ray Cosmics” by Jeanette Kazmierczak
  • Space news January 9, 2024 “NASA and JAXA troubleshooting glitch with new X-ray astronomy satellite” by Jeff Foust
  • Universtoday January 12, 2024 “Japan’s New X-Ray Pbservatory Sees First light”