先進技術実証機[ATD-X](心神)の組立て始まる


 2012-04-16  松尾芳郎

これは、2013-09-02掲載の「先進技術実証機[ATD-X](心神)から次世代戦闘機[F-3]へ」を補完するため、2012-04-16他ブログに掲載した表題解説「先進技術実証機[ATD-X](心神)の組立始まる」を転写したものである。

心神鋲打ち

図:(TRDI)三菱重工飛島工場で行なわれた先進技術実証機”心神”の鋲打ち式。中央胴体の前部のアビオニクス収納室と燃料タンクを隔てるバルクヘッドにブラケットを鋲打ちしているところで、これで組立てがスタートした。

心神模型

図:(三菱重工)”心神”の完成予想模型。全長約14m、翼幅9m、全備重量約13㌧。勝れたステルス性と高機動性を備えた実証機。2014年に初飛行、2016年度に開発完了を目指し、それから新戦闘機の開発に移行する予定と云われる。

心神概念図

図:(TRDI)防衛省技術研究本部が公表した”心神”の概念図。エンジン排気ノズルにはパドル3枚ずつが描かれている。

 

三菱重工業では3月26日、防衛省から受注した“先進技術実証機/ATD-X/心神”の構造試験供試用機体の組立てを開始した。”心神”は防衛省技術研究本部で2000年に研究が始まった構想で、2009年度からは三菱重工等と協力して本格的な研究開発が開始された。これで高いステルス性と高機動性を備えた実証機を製作する。今回の鋲打ち式で作る機体は実物大の構造試験供試用機体だが、続いて飛行試験用機体を製作し2014年9月に初飛行を予定している。その後2016年の開発完了まで2年間の飛行試験を行ない、その成果を将来戦闘機の開発に繋げたいとしている。

米国のF-22ラプター、我国も導入を決めたF-35ライトニングII、ロシアのPAK FAスーホイT-50、中国の成都J-20等の第五世代ステルス戦闘機が世界で開発されているが、“心神”はこれ等に続くものとなる。

開発は三菱重工を主契約に、機体前部や操縦席回りを川崎重工、中央胴体を三菱重工、主翼と尾翼を富士重工、エンジンをIHIがそれぞれ分担して行なう。

“心神”は総額394億円を投じて開発が進められているが、概要は次ぎの通り。

1)外形、構造

双発機で、レーダー反射を小さくする(低RCS)ため、2枚の垂直尾翼を外側に傾け、構造に複合材を多用する等、形状をステルス化すると共に表面に電波吸収剤を塗布しステルス性を向上させる。全長は約14mでF-22の19mに比べかなり小型である。レーダー反射試験は2006年にフランス国防装備庁の設備を使い実施された。また、2005年には5分の1縮小の無人機(全長5m)が製作され飛行試験を40回程実施している。

2)アビオニクスと将来センサー

2008年までの8年間「高運動飛行制御システム」の研究で、通常機では飛行不能な失速領域でも制御でき高い運動性を保持できる方式を確立、また「将来アビオニクスシステム」の研究で「フライ・バイ・ライト」(FBL)システムとの統合化にめどを立てた。これ等と後述のエンジン推力偏向ノズル機能を統合化した「統合飛行制御システム」”IFPC = Integrated Flight propulsion Control”を搭載し勝れた高機動性を得ようとしている。

将来戦闘機には、スマートスキンセンサーと呼ばれるレーダーの採用が予定されているが、これの供試体として”心神“が考えられている。これは2003年まで5年間行なわれた「コンフォーマル・レーダー研究」で、基本的な問題はほぼ解決した模様。現在のAESAレーダーは、多数の送受信ユニット(T/R unit)を並べた”板”を機首に装備しているが、研究中の方式は機体表面にT/Rユニットを貼付けてレーダーの役を果たそうと云うものだ。そしてこれには、レーダー機能のみならず、電子戦妨害機能、通信機能等を持たせる「多機能RFセンサー」として使用する研究も行われている。

3)エンジン

IHIがTRDIとの契約で開発した”XF5-1”アフトバーナ付きターボファン、推力5㌧を2基装備する。アフトバーナ・ノズルは推力偏向機構(3枚のパドルを操作する方式)/Thrust Vectoring Systemが組込まれ、前述のIFPC機能により高機動性を得る。

XF5-1エンジン

図:(TRDI)IHI製XF5-1エンジン、この後ろのノズルに推力偏向用の大型パドル3枚が120度間隔で付く。

 

最近の外誌は”心神”開発プログラムについて論評している(Aviation Week Mar. 19/26, 2012)が、これに解説を交えて紹介しよう。

すなわち;—

日本では[ATD-X]を、”i3計画”、すなわち”Informed, Inteligent, Instantaneous”、「高度に情報化、高度に知能化、瞬時に敵を叩く」技術として開発に取組み、2021年から開始される新戦闘機の独自開発の始まり、と位置付けている。あるいは、最近緩和された日本の武器輸出3原則を適用して、”心神“で得られた技術を米国等との次世代戦闘機の共同開発に提供することになるかも知れない、と予想している。この開発スケジュールは、三菱製F-2戦闘機の退役時期と米空軍の次世代戦闘攻撃機の就航予定が共に2030年代と云われているが、その時期と符合する。

2030年代までの間、日本での戦闘機生産は、F-35のライセンス生産が続く事になりそうだ。日本が購入を決めたF-35は、退役するF-4J Kaiファントムの更新として現在は42機とされているが、F-2の更新用を考えると100機をかなり超える機数の調達が必要となることは明らかで、それを考えあわせると2030年代までは生産が続きそうである。

F-2の経験で、純国産は単価がかなり高額になるのは判っている。それにも関わらず中国の著しい軍拡に対処するため、日本政府は空軍の技術的優位性を確保すべく、国産の新戦闘機計画を進めるだろう。

日本の防衛技術研究本部(以下TRDIと略)は、”心神” “i3”計画を2030年までに完成させようとしているが、併行していくつかの革新的技術開発も進めている。

すなわち、強力なレーザー光線等を投射し敵ミサイルの電子装置を破壊する装置[Directed Energy Weapon (DEW)]、コクピットを敵の電子攻撃から守るために風防を含む全体を電子的にシールドする装置、レドームを通過する周波数帯を制御してサイドローブ(副次波)を遮断し敵の探知を防止する新素材の開発、等がそれである。

先月初めの投稿拙文「新型ミサイルでF-2の空戦能力が大幅アップ」(2012-03-09)で述べたF-2用新型レーダー三菱電機製J/APG-2は、これまでのJ/APG-1に比べ探知距離が大幅に向上している。一般に、AESAレーダーを構成している数百あるいは千以上の送受信素子(T/R unit)は、ガリューム・砒素[GaAs](Gallium –Arsenide)半導体集積回路を使っている。これに対しJ/APG-2のT/R unitは窒化ガリュウム[GaN](Gallium Nitride)半導体集積回路で作られて、出力は前者に比べ3倍にも向上している。つまり原理的に[GaN]使用のレーダーは、[GaAs]レーダーより遥かに勝れていると云うことだ。空自のF-2戦闘機は新レーダーの装備が進みつつあるし、今年就役した5,000㌧級護衛艦 “あきずき”搭載のレーダーも[GaN]素子を使っている。この技術は一層改良されて”心神”と共に出現するのは確実である。これ等は日本の伝統的な強みである先進的半導体開発技術の成果と云える。

”心神”にはIHIで開発中の推力5㌧級XF5-1エンジンが2基装備される。XF5-1の特長は、タービンに単結晶材ブレードおよびセラミックマトリックス複合材製のステーターベーンを採用し、燃焼器にも先進技術を組み入れている点である。耐熱性に勝れた単結晶ブレードとセラミックベーンの採用で、高温度での運転ができ、小型化が可能となり、戦闘機用エンジンとしては最高の推力/重量比を目指している。そして将来戦闘機用として大型化した推力15㌧級の開発を検討している。

TRDIでは、将来戦闘機に”クラウド・シューテイング(cloud shooting)”技術を2040年代以降導入することを考えている。”クラウド・シューテイング”とは、編隊に複数の小型無人機を同伴し先行させ、この無人機が先ず目標を探知、追尾して情報を有人機にデータリンク、有人機は自身で目標を捕捉しないままミサイルを発射する、と云う戦法だ。この実現には味方への誤射を完全に防ぐ等技術的な課題が多い。

2001年以降、日本は高高度を飛ぶ無人ジェット偵察機の開発にも取組んでいるが、不明な点が多い。判っていることは、弾道ミサイルの検知、追尾のための赤外線センサー”エアボス(Airboss)を搭載すると云う点だけだ。使うレーダーとエンジンは開発中で機体は未だ完成していない。三菱重工がTRDIに協力してプログラムを進めている模様。

 

これが「先進技術実証機”ATD-X”」開発の現状である。2014年の初飛行の成功を祈り、その技術を継承する新戦闘機の実現 を期待したい。

−以上-