エイズと献血 検査目的は許されない


 

2014-01-06  (産経新聞論説委員) 木村良一

昨年11月下旬、エイズウイルスに感染した献血者の血液が、日本赤十字社の検査をすり抜けて患者2人に輸血され、うち1人がエイズウイルスに感染していたことが大きな問題になった。このニュースを伝える新聞記事を読んでキーワードの「ウインドウ・ピリオド」という言葉を久しぶりに目にした。感染初期でウイルス量が少なく、検査をしても感染が確認できない空白期間がこのウインドウ・ピリオドである。
 ウインドウ・ピリオドはもちろんのこと、ヒト免疫不全ウイルスの頭文字を当てたHIVや同様に後天性免疫不全症候群を略したエイズ(AIDS)も「久しぶりに聞いた」という人が多いのではないだろうか。薬害エイズ問題やその事件が盛んに報道された20年ほど前に比べ、いまはエイズが社会的関心事になっていないからだろう。ちなみに血友病患者が治療に使う血液製剤という薬にエイズウイルスが混入し、多くの死者を出したのが薬害エイズだった。
 もう少し解説しよう。HIVつまりエイズウイルスに感染して発症する病気がエイズだ。エイズウイルスに感染すると、症状のない状態が5~10年と長く続いた後、さまざまな細菌やウイルスに繰り返して罹る日和見感染を引き起こしたり、悪性腫瘍ができたりする。免疫機能が次第に破壊されるからで、最後には命を落とすことになる。
 いまは症状のない発症前の段階で感染を把握できれば、投薬治療が可能になる。ただし現在の医学では全てエイズウイルスを体から駆逐することはできず、薬は一生飲み続けなくてはならない。それでも最近は1日1回の服用でウイルスを十分に抑え込める画期的な薬ができ、感染者も普通の人と同じように生活し、生きながらえることができるようになっている。
 皮肉なことにこうした治療の進歩が「エイズはもう怖くない」「死に至る病ではなくなった」との安堵感を生み、マスコミが取り上げなくなるとともに社会的関心が低くなった。しかしながらエイズがこの世界から消えてなくなったわけではない。厚生労働省エイズ動向委員会の調査によると、エイズウイルス感染者とエイズ発症者(エイズ患者)は年々増え続け、2012(平成24)年には感染者1,002人、患者447人を記録し、現在の感染者・患者の累積は2万人を超えている。

それではエイズウイルスに感染した献血者の血液が検査をすり抜けた問題をきっかけに「献血とエイズ」について考えていこう。
 まず日赤の検査の歩みからみてみる。日赤はエイズウイルスや肝炎ウイルス、梅毒などの抗体検査を実施している。エイズに関しては輸血血液の安全をさらに確保するため、1999年に世界に先駆けエイズウイルスの遺伝子の核酸を増幅させて感染を見つける核酸増幅検査(NAT)を導入した。
 しかし今回と同じくエイズウイルス感染者の血液が検査をすり抜けてしまい、2004年に50人分をまとめて調べる方法を「20人分」に変更して精度を上げた。さらに昨年11月のすり抜け問題を受け、1人分ずつ調べる方法を採用して改めて精度を上げることを決めた。厚労省血液対策課によると、それでも6週間のウインドウ・ピリオドがわずか2日間、短くなるだけだ。やはり検査の精度には一定の限界があり、すり抜けの危険を完璧に回避することは不可能なのである。
 だからこそ、検査目的の献血は絶対に止めるべきなのだ。ところが厚労省によれば、昨年11月のすり抜けでは、献血した40代男性は約2週間前に同性との性的接触を持ちながら問診票に虚偽の申告をして検査目的の献血を行っていた。厚労省の調査だと、昨年1~9月に献血された約390万件の血液のうち、55件がHIV陽性であったことも分かっている。検査目的の献血が、なかなかなくならないのが現状だ。
 どうすれば検査目的の献血を止めさせることができるのか。厚労省や日赤では「感染が判明しても献血者には告知しない。だから止めてもらいたい」「保健所の検査を利用してほしい」と訴えている。厚労省の専門家委員会では献血で虚偽の申告をした場合には罰則を導入するとの意見まで出たが、「善意の献血に罰則はなじまない」と否定された。最後は献血者のモラルに期待するしかない。
 全国各地の保健所では無料の匿名検査が行われている。だが保健所の検査は平日の昼間が大半で、しかも地方の保健所は顔見知りと出会う可能性が強い。夜間や休日も検査ができるようにするなどもっと利用しやすいように保健所のシステムを変えていく必要がある。さらに感染が判明した人が出たらすぐに治療を始められる体勢を構築しておくことも忘れてはならない。

−以上−

本稿は「慶大綱町三田会のメッセージ@penから転載」したもの。