平成26年の日本政治の展望(その3)


–安倍内閣と都知事選–

 

2014-01-26  豊島典雄

 

政権への評価かともなる都知事選

 

 安倍晋三内閣発足から1年が経過した。アベノミクスであらゆる経済指標は改善し、日経平均も1年あまりで約2倍になり、昨年末には1万6千円を超えた。特定秘密保護法案なども成立させるなど懸案を次々に処理している。しかも、一部マスメディアの攻撃にもかかわらず、内閣支持率は56.8%、自民党支持率は37.4%(1月25日の産経新聞)と高値安定である。

 順風満帆の安倍晋三丸であるが、前途には都知事選(2月9日投開票)、消費増税(4月)、集団的自衛権に関する憲法解釈の見直し、原発再稼動、沖縄県知事選(11月)、消費税10%の最終決断(年末)などの暗礁が待ち構えている。

安倍船長の手腕の見せ所だがいずれも難題である。まず、東京都知事選である。参院選挙もなく衆院選も予定されていない今年、最も注目される選挙は沖縄県知事選と都知事選である。

首都東京の知事選は単なる一首長選ではない。政権の信任がかかっている。与党の自民党都連と公明党都本部が推薦する候補者の敗北は、安倍政治の推進の障害となり、安倍内閣への打撃になる。そこで、今回は安倍政治との関係で東京都知事選を取り上げてみたい。

 

今年の最大級の政治課題の原発再稼動に影響

 

また、脱原発系の野党推薦・支援候補の勝利は、脱原発の空気を広げ、安倍首相による原発再稼働をしづらくする。日本経済の復活を妨げかねない。「デフレ脱却・経済再生・財政再建」の安倍首相の悲願達成を妨げることになる。

そして、都知事選の候補者の中には、東京が2020年オリンピックをやることに反対していた人もいる。野党系都知事になったら何かとやりづらいのである。逆に勝てば、「オリンピックの推進でも国と東京都の歯車が合うし、原発再稼動もしやすくなる。政権の安定度も高まる」(自民党幹部Aさん)。

一方の野党側は、第1党の民主党が衆院選―都議選―参院選と3連敗中である。1月17~19日の日本テレビの世論調査でも、政党支持率は自民党42.6%、民主党7%、日本維新の会2.5%、公明党3%、みんなの党0.8%、日本共産党3.5%、結いの党0%、生活の党0.2%、社会民主党0.7%である。23、24両日に実施された産経新聞の世論調査では、自民党37.4%、民主党6.6%、日本維新の会2.5%、公明党5.3%、みんなの党3.9%、結いの党0.9%、共産5.8%、生活の党0.1%、社民党0.9%、その他の政党0.1%、支持政党なし34.3%、分からない・無回答2.2%。野党支持率の低さは悲惨というほかない。自民党による1強9弱である。

 

野党は反転攻勢のきっかけに

 

だから野党は、この選挙を利用して脱原発の機運を強めたいし、野党再編につなげたい思惑もある。与党から見ても、「これほど野党が無力なときはなかった」と言われる野党である。都知事選に勝利すれば空気が変わる。さらに、「消費税の増税、住民税の増税、70~74歳の医療費の自己負担の倍増も始まる。国民が痛みを肌で感じるようになる。高値安定といわれた内閣と自民党支持率も下がっていく。潮目が変わるのが分かるようになるよ」(野党長老のBさん)と期待している。この都知事選を反転攻勢のきっかけにしたいのだ。

 

本命舛添、対抗細川?

 

16人も立候補している東京都知事選であるが、与党の自民党都連と公明党都本部が推薦する元厚生労働相の舛添要一氏、民主党、結いの党、生活の党が自主的に支援する細川護煕元首相、日本維新の会の石原共同代表が個人的に支援する元航空幕僚長の田母神俊雄氏、共産党、社民党が推薦する元日弁連会長の宇都宮健児氏が有力候補である。台風の目は小泉純一郎元首相が応援する細川氏である。元首相二人が並んで街頭に立っている。大義は「原発即時ゼロ」である。国政の課題で都知事選に乱入の感がある。

一時は「小泉さんが細川さんとツーショットで街頭に立つのは悪夢です」と自民党幹部も言っていた。元自民党総裁が敵側に回り、ライオンヘヤ-を振り乱して原発ゼロ、細川支援を絶叫する姿は想像もしたくなかったのである。「政府自民党幹部が小泉さんの原発ゼロを批判したから、小泉さんの闘魂に火をつけてしまった」という愚痴さえ聞いた。小泉、安倍の師弟対決の構図でもある。

しかし、小泉さんの印象は強烈であるが、細川さんが首相だったのは20年前である。大学生にとってはまったく知らない人である。ブームにはなっていないようだ。

ネットでの世論調査では、防災での危機管理能力を売りにする田母神氏がダントツの一位というものも複数あるが、大手マスメディアは「舛添氏先行、細川、宇都宮氏ら追う」(1月24日の共同通信)、「舛添氏が序盤リード  細川・宇都宮氏追う」(1月25日の産経新聞)、「舛添氏先行  追う細川、宇都宮氏」(25日の毎日新聞)と選挙情勢を報じている。

24日に、大政党のベテラン選対関係者が私に、「舛添候補が細川候補をダブルスコアで上回っている。差は縮まらない」と言っていた。本命舛添、対抗細川という構図である。政界も選挙も一寸先は闇ではあるが……………。

一度、党を除名された政治家を推薦する自民党もどうかと思う。党幹部は「離党して自民党の悪口を言っていた舛添さん推薦には安倍さんもしっくりしていませんよ。でも、今回は出したい人より勝てる人でした。舛添さん以外に、勝てる候補がいなかったんです。現職の議員を立てれば、4月の消費税率引き上げ後に補欠選挙になる。敗北したら、政権に打撃になるからね」と言っていた。

 

脱原発の国民投票を望んではいない

 

都知事選で都民の重視する政策は、①医療・福祉、②教育・子育て、3番目に原発・エネルギー政策である(1月13日の東京新聞)。1月11、12日のTBSの調査でも医療・介護などの福祉政策(27%)、巨大地震などの防災対策(25%)、原発政策(22%)の順位。1月17から19日調査の日本テレビでは、巨大地震などに備える防災対策26.7%、医療や介護などの福祉政策19%、東京オリンピックに向けた対策19%、これからの原子力発電のあり方17.7%である。1月23、24両日に調査した毎日新聞では「最大の争点は?」と聞いているが、少子高齢化や福祉26.8%、景気と雇用23%、原発・エネルギー18.5%、災害対策12.9%、東京五輪7.7%であった。

脱原発の住民投票にしたいとは思っていないのである。また、「原発即時ゼロ」派は、東京都と東京電力の関係に言及するが、東京電力の最大の株主は東京都(持ち株率は1.2%)ではない。原子力損害賠償機構の54.69%である。実質的に国有化しているのである。都が、株主総会で提案しても否決され、影響力に限界がある。できもしないことをいうのはいかがなものか。詐欺といわれかねない。

前述のように、元首相の細川護煕氏が知事になると安倍内閣には打撃である。

「『即時原発ゼロ』を訴えているのは、前日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏(67)と元首相の細川護煕氏(76)。再稼動に反対し、大株主として東京電力に脱原発を求める姿勢は同じだが、宇都宮氏が公約の一つとして捉えているのに対し、細川氏が原発ゼロを『最優先に取り組む』と明言している点が異なる」(1月23日の毎日新聞東京夕刊)。原発ゼロを呼号する小泉元首相の強い影響を感じる。問題をひとつに絞り、敵を作り、抵抗勢力などとレッテルを貼り孤立させる小泉流である。しかし、小泉劇場は再来してはいないようだ。

細川候補の勝利となれば、原発再稼動阻止の空気は広がる。原発停止が続けば電力会社は窮地に陥り、電気料金は上がり、日本のメーカーは競争力を弱める。貿易赤字も増大する。雇用も厳しくなろう。

日経平均も下がり、より一層の円安、物価高の懸念がある。政府与党、産業界にとってはまさに悪夢である。

 

討論会なしで進む都知事選

 

安倍内閣に打撃を与えたい一部マスメディアなどは細川氏にエールを送っているようだが、後出しじゃんけんの形の細川都知事には多くの懸念がある。言行に一貫性を欠き、かっての総理時代のようにまた任期途中で投げ出すのではないか、という危惧である。

細川氏の正式出馬表明が告示直前になり、公開討論会もないまま選挙戦が展開されている。「残念なのは、候補者による討論会が行われていないことです。街頭演説など一方通行の発信ではなく、候補者同士が主張をぶつけ合う。東京の将来を託すのは誰がふさわしいか一目で見極める機会がありません。特定候補の選挙戦術のためなのか、今後も討論会が行われる予定がないのは非常に残念です」(1月25日の産経新聞の編集日誌)。同感である。

脱原発なら「いつまでに、どんな方法で実現するのか」「電気料金はどうなる」と突っ込む。○○無料化政策を掲げている候補もいるが「財源はどうだ。選挙目当ての単なるばら撒きではないか。財政赤字を増やすだけだ」などと討論すればよいのだ。

ジョン・スチュアート・ミルの言うとおり「神ならぬ人間の判断はすこぶる誤りやすいものであり、正しい考えは共同の論議・検討によってのみ発見され、誤った考えは真剣な批判、互いに鍛えることを通じて正される」(自由論)ということだ。

討論会で丁々発止遣り合えば、各候補の公約の実現可能性、真贋も明らかになる。しかし、討論会はなかったし、予定もないようだ。公約(=膏薬)の効き目を確かめられない。

だから、討論会の討論者のつもりになり、注目の細川候補への疑問を呈してみたい。

 

言行の一貫性が…………………

 

①     細川氏応援団長の小泉元首相は「原発ゼロで日本は発展できる。細川さんも同じだ」と言っているが、細川氏の発言には一貫性がない。昨年11月の中日新聞のインタビューでは「核のごみの問題を解決できないまま(原発を再稼働して)つけを回せば、将来世代に対して重罪を犯すことになる」と発言しているが、昨年末出版された池上彰さんの著書のインタビューでは、「『原発ゼロ』が今ではなく、30年後でもいい」と語っている。今は小泉さんに引きずられてか「即時原発ゼロ」である。こうぶれる者に首都のトップになる資格があるのだろうか。

②  東京五輪辞退論を唱えていた。デフレで暗かった平成で最も明るい話題のひとつが2020年の東京五輪開催である。子供たちにアスリートの夢を、高齢者に「オリンピックをこの目で見たい」との希望を与えている。日本社会をぱっとと明るくしたのである。しかし、細川の殿は感覚が違うようだ。

昨年末に池上彰さんが出版した著書によれば細川氏は、脱原発にこだわっ「安倍晋三首相が『オリンピックは原発問題があるから辞退する』と言ったら日本に対する世界の評価が格段に違ったものになっていた」と東京五輪辞退論を展開している。「金メダルをたくさん取るよりも、原発をどうするかのほうが、日本の将来にとってよっぽど重要な話のはずだ」とまで言い切っている。あまりにも軽すぎる言動を正式記者会見なら突っ込まれるので、なかなか記者会見を開けなかったのではないか。細川氏は都知事選では、東日本大震災の被災者への配慮が必要だとし「東京・東北五輪」の構想を示しているが、実現可能性があるのか。

③    東京佐川急便からの一億円の借入金についての説明がころころ変わったことも記憶されている。政治と金の問題で辞任した知事の後に、同じ問題を抱えている人が継ぐのはどうかという疑問にどう答えるのだろうか。

④   首相在任中に夜中に記者会見し、消費税を福祉目的税化して税率を3%から7%に引き上げるといった。税率の根拠を問われ「腰だめの数字」と言った。国民生活に関わる重大な問題に対して無責任な根拠で世間を唖然と言わせた。殿の感覚は庶民とはかなり違うようだ。官房長官ら閣内からも反対があり、翌日に撤回。典型的な朝令暮改である。リーダーの資質に欠けているのではないか。細川内閣は官邸内離婚といわれるように、主人(首相)と女房(官房長官)の仲が悪かった。指導力不足と言えるのではないか。

⑤   議員辞職したときには「散りぬべき 時しりてこそ 世の中の花も花なれ  人も人なれ」という先祖のガラシャ夫人の和歌をひいて引き際の美学を語ったことも忘れられない。

 

泣いていた

 

現実には、細川氏にとって厳しい選挙情勢のようだ。都知事選の告示日、渋谷区のJR渋谷駅前で小泉純一郎元首相の応援演説を聞きながら細川候補は涙ぐんでいた。この涙は何を示すのか。小泉元首相の応援演説への感謝か? 過去の発言との整合性もあり公約取りまとめに苦労したことへの涙か? 舛添圧勝ムードもあり、周囲に担がれての出馬への悔恨の涙か? 永田町では「厳しい情勢から告示日直前に細川さんが辞退するのではと見ていた」(自民党選対関係者)ようだ。

かりに、細川都知事となった場合に、都議会最大会派の自民党との対立が激しくなり、都政が遅滞しないか。都民生活に打撃にならないか。

また、保守国政との足並みが乱れる心配がある。オリンピックだけではない。アベノミクスの三本目の矢である成長戦略でも東京は大きな役割を果たすが、足並みがそろうか。

自民党は1月19日に普天間基地の移設を予定している沖縄県・名護市長選挙で敗北している。

安倍政権の側から見れば、都知事選は、オリンピック、アベノミクスの成長戦略推進のために負けられない一戦である。政府与党が一体となって保守都政を継続できるかどうか。自民党総裁である安倍首相の力量も問われる都知事選である。

「師匠」と持ち上げた小泉さんとの戦になった都知事選であるが、「師弟対決」に勝てば、安倍内閣はより安定度を増し、長期政権化する。

 

有権者も問われている

 

ところで、「国民は己のレベル以上の政治はもてない」と言われる。「都知事選で原発問題を主要な争点にすべきではない。東京都は原発立地地域ではないし、原発稼働について都知事は何の権限もない。かつて美濃部亮吉都知事が『物価の美濃部』と言って物価を主たる争点にし、有権者の支持を得た。だがその後、東京都の物価は下がらない。都知事に何の権限もないからだ。一義的な責任は、だました方にあるが、だまされないように多くの方にも気をつけていただきたい」(高村正彦・自民党副総裁)。また、原発選挙にすると他の重要な都

政の課題が切り捨てられる。都民の不幸である。

 

うっかり一票、がっかり四年

 

 後になって「しまった」「四年間代えられない」と後悔することのないようにしたいものだ。今回を含む3回の都知事選にかかった税金は130億円である。都知事の資質として行政能力、国際性、品性とかいわれるが、候補者と政策を、両目を見開いて吟味したいものだ。ファツとした空気で選べば民主党政権のときの「うっかり一票、がっかり四年」になりかねない。

都知事選では安倍政治への評価と同時に、都民の選択眼も問われているようだ。

 

−以上−