ボーイングのエコ実証機プログラム


2014-04-02  松尾芳郎

 

–ボーイングは、737-800を使いエコ実証機プログラムの試験を行い、その成果を737MAX設計に採用した。ボーイングは、その続編としてエコ実証機改修をした787を今年夏から、また同様な改修をした757を2015年から試験に投入する。これ等を統括、指導するのは「エコ実証機(EcoDemonstrator)計画マネジャー」D. 秋山(David Akiyama)氏–

 

FAAが主導する“エネルギー、排気ガス、騒音、の低減計画”に参加するため、ボーイングはアメリカン航空の協力を得て同社の737-800型機でエコ実証機(EcoDemonstrator)プログラムを発足させた(2011年6月)。これで新設計のウイングレットの飛行試験に成功し、新型狭胴型機737MAXに反映させた。

winglet-640x512

図:(Boeing)737MAXに採用する先進技術(Advanced Technology)ウイングレットの完成想像図。787-800の試験結果では従来型ウイングレットに比べ燃費は1.5%改善される。ボーイングは「737MAXは先進技術ウイングレットの効果を含め、在来型A320に比べ燃費は18%向上」と主張している。

 

ボーイングは737エコ実証機(EcoDemonstrator)の成功を受けて、新しく787と757の2機種を使う次期エコ実証機(EcoDemonstrator)計画をスタートした。787は今年(2014)夏から、また757は来年から試験を始める。試験するのは、機体構造関係、各システム、エンジン系統、それにコクピット関係など多岐にわたり、得られた成果は2020年前後からの生産機に反映される。

ボーイングのエコ実証機(EcoDemonstrator)計画マネジャー/D. 秋山(David Akiyama)氏はAviation Week誌に対し次ぎのように話している。

「737MXが完成していれば、それを使って新技術をテストするのが良いが、現実は新造機の完成を待たずに新技術のテストが必要な場合がある。このような時には既存の機体を使ってテストして、それを新造機に組込む手法が役立つ。737エコ実証機(EcoDemonstrator)では、15項目ほどの試験を行い、その代表が737MAXに採用する先進技術(Advanced Technology)ウイングレットである。

787と757で試験予定の技術項目は30~35アイテムになる。

現在787-8型機ZA004号機を使って、787-9に搭載予定のRRトレント(Trent) 1000エンジンの型式証明取得試験を行なっているが、これが終わり次第5月からエコ実証機(EcoDemonstrator)改修をする。そして6〜7月にテストを予定している。」

787-8 ZA004エコ実証機(EcoDemonstrator)では、大別して6つの領域のテストをするが、その目玉はRRトレント1000エンジンに“セラミック・マトリックス・コンポジット”(CMC=ceramic matrix composites)製の部品を組込む点だ。組込むCMC製部品は、排気ノズル、プラグ、スリーブ、などである。これはボーイング単独のプロジェクトではなく、ATK、COIセラミックス、アルバニー・コンポジットなどが協力している。

“セラミック–マトリックス・コンポジット(CMC=ceramic matrix composites)”とは、セラミック–マトリックスにシリコン・カーバイド(SiC)のような耐火性繊維を混合した複合材で、低密度、高硬度で耐熱性と耐腐食性に勝れると云う特徴がある。

CMCについては、別項目で紹介する予定。

Trent1000 CMC試験

図:(Rolls Royce & Boeing)NASAステニス(Stennis, Hancock, Mississippi)宇宙センター内に設置(2013年10月)したロールスロイス社の“屋外ジェットエンジン試験装置”。目下試験中のトレント1000エンジンには、“787エコ実証機”プログラム用のセラミック・マトリックス・コンポジット”(CMC=ceramic matrix composites)製排気ノズルを組込み済み。トレント1000はボーイング787用、トレントXWBはエアバスA350用で、内部部品は殆どが共通である。

 

787-8のエコ実証機(EcoDemonstrator)プログラムで採り上げるその他の項目では、やや長期的な効果を狙い以下の項目の試験を併せて行なう。

*  試験のために使う測定システムには、MEMS (micro-electro-mechanical system)つまり「微小電気機械システム」技術を適用して、試験用ワイヤリングの量を減らす。MEMSとは、ミクロン単位の微小ワイヤリングや微小モーター・システムの総称で、今では車のエアバッグ、iPadやスマホの加速度センサーなど我々の身の回りで沢山使われている。

*  787はこれまでのボーイング製航空機の中で、最も広範囲に数値流体力学(CFD=computational fluid dynamics)を使って設計した機体だが、主翼表面等にセンサーを取付けて実際の飛行での空気流を調べ、将来のCFD技法の改善に役立てる。これはまた、現在エンジンナセルに採用した“層流”設計区域を拡大するのに資すると考えている。

*  エンジンナセルやパイロン内部の熱管理を改善したい。これ等には耐熱性の観点からインコネルやチタン合金が使われているが、炭素繊維複合材で代替することを試みる。

*  コクピットでは、“周囲の状況把握”、“意思決定の支援”、“システム等の不具合管理”、に焦点を当てて試験をする。737エコ実証機では、CMC製のSwiftBroadband(可変広帯域)用中利得アンテナ、タレス(Thales)製のサテコム・データ処理装置、それにボーイング製の搭載用ネットワーク・システムを組合せてサーバーを作り、他機システムとネットワークで接続する試験を行った。787では、可変広帯域ではなく衛星のKuバンド(12~18GHz / 3~10cm波)を使い同様なシステムで試験をする。これで”システム等の不具合管理”や”気象情報”の常時入手の助けをする。

*  コクピット表示では、タッチパネルの試験をすると共に、ヘッドアップ・デイスプレイ(HUD)上に“周囲の状況把握”が一層容易になるよう、“合成視認方式”(synthetic–vision system)表示をして試験する。“合成視認方式”とは、コクピットの液晶表示上に、視程に関わらず降下・進入・着陸時に周辺の状況を合成画像として表示し操作を支援するシステムで、最新のビジネスジェット機に装備が始まっている。

65834main_svs_display_300x299

図:(NASA)2004年にNASAがガルフストリームGVで試験した“合成視認システム”。ガルフストリームでは、これを改良した「合成視認・PFD (Synthetic Vision–Primary Flight Display)“SV−PFD”システム」の証明をFAAから取得した(2009年)。 787エコ実証機ではパイロットのHUD上にこの合成画像を表示させ、試験する。

 

* 787エコ実証機には、実験用の“フライト・コントロール・ロー・ソフト”(flight-control-law software)を組込み、787の改良だけでなく次世代機に向けた試験を行う。787では、離着陸時の尾部接地を防ぐことと、騒音低減と操縦性改善のため主翼のスラット/フラップに使う操作ソフトを試験する。

 

757エコ実証機(EcoDemonstrator)では、さらに進んだ実験を予定している。試験にはシアトルに保管中の英国TUI航空の757を使う。最も注目されるテストは、アクテイブ・フロー・コントロール(AFC=Active Flow Control)装置を付けた垂直尾翼を搭載し飛行する試験だ。

NASAエームス研究所(NASA Ames Research Center)ではボーイングと協力して、アリゾナの“飛行機の墓場”にあった757から垂直尾翼を取外し、それにAFC装置を取付けて昨年秋に風洞テストを行い、ラダー(Rudder)の効率改善に有効なことを確認した。

このテストはモフェット・フィールド(Moffett Field, Calif.)にある空軍の40 x80 ftサイズの風洞で約2ヶ月間行われた。これでAFCを付けたラダーでは角度を大きくしても空気の剥離が遅れ、その効果が変らないことが判った。言い換えると、これで尾翼を小さく(約17%)でき、抵抗を減らせ、重量軽減で、燃費は1~2%改善されると云う。

aircraft_tail_1

図:(NASA Ames Research Center) モフェット・フィールドの大型風洞(40 x 80ftサイズ)にセットされた757垂直尾翼。垂直尾翼にはAFC用として沢山の”sweeping jet actuators”と呼ぶ細かいジェットが取付けられ、ここから空気を噴き出し、ラダー舵角を変えた時の空気流の剥離を防ぐ。

2014-04-01掲載“NASAがB757型機の垂直尾翼、実物大模型で風洞実験”にある写真は、本稿757エコ実証機(EcoDemonstrator)試験の様子を示したもの。

 

風洞試験の結果を使って、ボーイングは757エコ実証機の垂直尾翼の前縁ヒンジ付近にAFC用ジェット孔を配置し、飛行試験をする。

757エコ実証機ではこの他に、主翼の層流域拡大の試験、主翼の後縁フラップを使って飛行中に最適なキャンバーを得る“アダプテイブ後縁技術”の試験、新型のAPU試験、混雑するターミナル空域での速度コントロール用の表示装置、新しい地表衝突回避装置、等の試験を予定しているが、説明を省略する。

 

まとめとして、一旦航空機が完成してもそれに関連する多くの技術的課題をこまめに解決し適用して行くのが大切であることを、このエコ実証機プログラムを通して改めて感じた。

–以上−

 

本稿の作成の参考にした記事は次ぎの通り。

Aviation Week Mar. 17, 2014, Page 46 “Double Demonstrators” by Guy Norris

Composites World 11/1/2013 “Ceramic-matrix composites heat up” by Karen Wood in “High-Performance Composites”

Mississippi Business Journal Feb. 21, 2014 “Rolls-Royce testing jet engines nonstop at Stennis” by Lisa Monti

Rolls Royce “Rolls-Royce donates Trent 1000 to NASA’s INFINITY Space Center” 17 Oct. 2013

東京大学生産技術研究所 年吉研究室 What is MEMS?/Introduction

NASA Ames Research Center, Nov. 14, 2013 “NASA, Boeing Finish Tests of 757 Vertical Tail with Advanced Technology”