民間航空輸送における技術進歩の足跡(その2)・改定


2015-11-18 (平成27年) 松尾芳郎

2015-11-25  改定(図8Aと説明を追加)

 

 

後退翼(Sweep Back)

6後退翼

図6:(Boeing)ボーイングB-47 ストラトジェット(Stratojet)は米国が作った世界初の後退翼付き大型ジェット爆撃機。米国は、ドイツで解明された“後退角翼理論”を戦後直ぐに入手、主翼後退角35度の試作機XB-47の開発を開始、GE製J35ジェットエンジンをポッド形式で主翼に吊り下げる型式とした。量産機B-47AではエンジンをGE J47に換装、1947年から1956年まで2,034機が作られ、米空軍の戦略爆撃機部隊の主力となった。

後退角が高速時の抵抗を減らすのに有効、と云う理論は1930年代にドイツのアドルフ・ビューズマン博士(Dr.Adolf Busemann)が提唱した。しかし当時の飛行機の速度は400 km/hr以下だったので関心を呼ばなかった。その後ドイツでは、1939年にAVA Gottingenの高速風洞を使い、一方は後退角無し、他は45度後退角付き、の二つの翼をマッハ0.7と0.9でで試験をし、後退角の有効性を確認した。これが世界初のMe-163ロケット戦闘機やMe-262ジェット戦闘機に採用され、これら後退翼付きの戦闘機が大戦末期のドイツ防空戦で活躍した。

 

主翼に後退角を付けることで衝撃波の発生を遅らせることができ、飛行機は音速に近い速度で飛べるようになった。高速飛行では主翼に衝撃波が発生、抵抗が増えるが、後退角を付ければ衝撃波の発生を遅らせることができる。第二次大戦中ドイツのメッサーシュミットは、ロケット戦闘機Me-163およびジェット戦闘機Me-262 を完成実用化したが、いずれもやや少なめの後退角付き主翼を備えていた。これは空力抵抗の削減よりも安定性を保つため後退角度を少なめに抑えるためだった。このドイツの革新的な空気力学の成果は、戦後直ぐにボーイングのジェット爆撃機B-47に採り入れられた。B-47は大きな後退角(35度)の主翼とポッド吊り下げ式エンジンを初めて採用した大型機で、この形式が以後60年間の大型旅客機の模範的形式となった。

 

疲労寿命とフェイルセーフ(Fatigue Life and Fail Safe)

7コメット

図7:(Flight Global)デハビランド・コメット(de Havilland Comet)は世界最初の民間用ジェット旅客機である。DH 106と呼ばれ、デハビランド社で開発、初飛行は1949年7月27日、同社製のゴースト(Ghost)エンジンを4基翼内に納め、胴体は与圧構造、客室の窓は四角形で大きく、1952年の就航時には好評を博した。就航後1年経過してから巡航中に破裂墜落すると云う大事故が3件起きた。コメットは使用中止となり、大掛かりな試験が行われた。その結果、「離陸−高高度飛行−着陸」のサイクルの中で、与圧胴体が大気圧との差で膨張/収縮の繰返し応力を受け、構造が金属疲労で破壊したのが原因と判明した。これを受け、改良型のII型、III型を送り出したが、総製造機数は114機に止まった。

 

高高度飛行と客室与圧の実用化で旅客機の受ける繰返し荷重が増えた結果、初期のジェット旅客機は、それまで未知だった構造疲労の問題に直面するようになった。すなわち1953年から1954年にかけてデバビランド・コメットI型機で飛行中に機体が分解すると云う惨事に見舞われた。調査の結果客室の窓の隅に応力の集中が起き、疲労のため付近のリベット周囲の部材にクラックを生じ、これが拡大、破壊に繋がったものと判った。このコメットの事故が教訓となり、その後作られる旅客機は繰返し応力に対する疲労試験が行われ、“フェイル・セイフ設計(fail-safe design)”が導入されるようになった。“フェイル・セイフ設計”とは;—

「構造部材の一つにクラックや損傷が発生しても、次回検査で発見されるまでの期間、構造に致命的な破壊が起きないようにあらかじめ“荷重経路を複数化(multiple load paths)”する設計」と云うことができる。

 

スーパークリテイカル翼型(Supercritical Wings)

8S:C翼型

図8:飛行速度が音速に近くなると、図5に示したように、翼を流れる空気流が部分的に音速を超え超音速となる(図8の青色で示す領域がそれ)。超音速領域から音速以下(亜音速)になる所で衝撃波(shock wave)が生じ、これが大きな抵抗となる。スーパークリテイカル翼型は、普通翼に比べ上面が平らで衝撃波の発生が翼の後方に移り、弱くなり、翼上面に生じる乱流が少なくなり、結果として抵抗が減る。翼上面が平らになるため揚力が少なくなるが、翼後方下面の凹み部分で揚力を補っている。

mn_mrj10

図8A:(MONOist MRJはいかにして設計されたか)コンピューターを使う“流れの可視化技術”で解明したMRJの主翼とエンジン取付け部の圧力分布図。青色部分は超音速領域、草色部分は音速に近い亜音速領域を示している。スーパークリテイカル翼型で超音速領域を少なくし、抵抗を減らすことに成功している。“流れの可視化技術”の進歩で風洞試験が必要だった事象をコンピューターで解析可能になった。

 

ボーイイグ707やダグラスDC-8のような初期のジェット旅客機は、主翼に普通の翼型を使っていたが、NASA Langleyや英国のRAEの空気力学の専門家たち(Richard WhitcombやDietrich Kuchemann)は、遷音速領域に適合するもっと良い翼型が有るはずだ、と考えた。そして、翼上面に生じる衝撃波を遅らせ抵抗を減らすことができれば、巡航性能が向上することに気付いた。この結果考え出されたのが、これまでに比べ上面がずっと平らで、翼後部の下面には凹みを付けた翼型である。上面を平にしたことでスムースな境界層を後ろまで維持でき、翼下面の後ろの凹みで翼に働く揚力は後ろに移動する。これらの効果で、翼上面に生じる衝撃波(shock wave)は、ずっと後ろに移りかつ弱くなる。

 

ウイングレット(Winglets)

9-Winglet

図9:(Wikipedia)手前の赤色のウイングレットはボーイング737-800の翼端。向こうに見えるのはエアバスA319で左翼端の黄色の部分がそれ、エアバスではこのような“ウイングチップ・フェンス(wingtip fence)を旧型のA320系列機に使っていたが、数年前からボーイング機と同じ”Blended Winglet”に変更している。

10ウイングレット

図10:(NASA)ウイングレットの有無の違い、ウイングレットがあると翼端渦が小さくなり、翼端渦で生じる抵抗、すなわち誘導抵抗が減る。ウイングレットによる燃費節減の効果は1—3%に達する。

 

最近の亜音速機の翼端に見られるウイングレットも空力性能の改善策の一つである。翼に生じる揚力とは、上面の空気流は早く圧力が低いが、下面の流れは遅く圧力が高くなる、この両面の差圧で飛行機が空中に浮くことができる。このため翼端では、下面から上面に空気が回り込み翼端渦(tip voltex)が生じ、これが抵抗となる。これを誘導抵抗(voltex induced drag)と云う。この翼端渦を小さくし誘導抵抗を減らすためにウイングレットが考案された。最初の装置は、第二次大戦末期ドイツのハインケル(Heinkel) He 162Aジェット戦闘機の翼端に下向きに取付けたものだった。

”Winglet”の名称は、1970年代にNASAの研究者Richard Whitcombが考案した翼端を上向きに曲げた装置に付けられたものである。ウイングレットは、翼端渦を小さくするだけでなく、翼幅を伸ばし、翼の縦横比(aspect ratio)を大きくするのと同じ効果があるので、大型機の場合、翼端の伸びを節約できるので空港内の取扱いが容易になる。民間旅客機には、1988年就航のボーイング747-400に採用されたのが最初である。

ウイングレットの形状は進化して、787、747-8、777X、A350などは、よりなだらかな“レーキド・チップ(raked tips)”と呼ぶ形に変わってきている。

(その3に続く)