ステルス実証機「ATD-X」、初飛行に向け準備整う


2016-01-26(平成28) 松尾芳郎

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図1:(防衛技研)我国の次世代戦闘機「仮称F-3」計画の実証機“先進技術実証機[ATD-X]”は、三菱重工名古屋航空宇宙システム製作所小牧南工場で完成し、現在地上滑走試験が行われている。防衛省は数日中に、2月予定の名古屋から空自岐阜基地までの初飛行に関する情報を発表する。初飛行は昨年早々に行うはずだったが、主としてエンジン制御ソフトの改良のため伸びていた。

「ATD-X」は実証機のため小型で、長さ約14 m、重量8トン、エンジンはIHI XF5-1アフタバーナー時推力5トンを2基装備する。XF5-1エンジンは推力偏向機構やレーダー・ブロッカーなどの第5世代機に必要な技術を組込んである。これで実証された技術を元にした「F-3」はずっと大型になり、開発決定は2018年に行われる。

 

2030年頃の実用化を目指して次世代ステルス戦闘機「仮称F-3」の開発が進んでいる。これに搭載するエンジンは、IHIが主契約となり型式は低バイパス比ターボファンと決まり、実証エンジン用コアの地上試験が始まっている。

機体側の開発は、技術データの収集段階にあり、“超音速で兵装庫(weapon bay)ドアを開きミサイル発射の研究”がほぼ終わっている。

機体側のデザインは三菱重工が担当し、数次の改良ののち決まった2013年モデル、すなわち「25DMU」(平成25年版デジタル・モック・アップの略)をほぼ踏襲した形になっている。「25DMU」は、速度性能ではなく航続距離の延伸とミサイル搭載数に重点を置いた設計になっている。

防衛省技術研究本部 (TRDI) は、機体全体の形について言及していないが、最近発表された「F-3」の外観図は「25DMU」と良く似ている。

「25DMU」は、胴体内下部にMBDA製「ミーテイア(Meteor)」ミサイル相当の空対空ミサイル6基を収納できる兵装庫(weapon bay)を備えていた。主翼は大型で薄く、空力抵抗が少なく長距離飛行に必要な燃料タンクを収める形状になっている。

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図2:(防衛技研)防衛技研が公表している次世代戦闘機「F-3」の概念図で「25MDU」をほぼ踏襲し、2030年の完成を目指している。2基のエンジンの間隔を広げその間に大型空対空ミサイルを納めるウエポン・ベイがあり、大きい主翼には大量の燃料を搭載し長距離巡航を可能にする。エンジン空気入口は薄い長方形で、ファンからのレーダー反射を抑えステルス性を高める。

 

(注)”ミーテイア“は日英共同開発中の空対空ミサイルで、シーカーに三菱電機開発の窒化ガリウム(Ga-N)素子製AESAレーダー搭載を検討中。長さ3.65 m、直径0.178 m、重さ185 kg、射程300 km。我国の「99式改 AAM-4B」に相当する。詳しくは「欧州製ミーテイア空対空ミサイルに日本製シーカーを搭載」2014-08-05掲載、を参照されたい。

 

防衛技研は「F−3」案で航続性能を重視した理由について「航続性能に勝る戦闘機部隊は、速度に重きを置いた戦闘機に比べ、基地で待機できる機数が増える、このため次期戦闘機では航続性能重視を選択した」と説明している。

最新の“「DMU-26」”は公表されていないが外形は「DMU-25」とあまり変わらないようだ。関係筋によれば、改定案では「25DMU」案から2点、すなわち、兵装庫収納のミサイルを4基としたこと、機首前下面の赤外線センサーをなくしたこと、が異なるとしている。

エンジン開発はコアの組立試験をする段階になっている。低圧コンプレッサー(LPC)と低圧タービン(LPT)の組合せ試験は2017年から開始され、続いて2018年には実証エンジンの地上試運転が始まる予定。防衛省は同時期に次世代戦闘機「F-3」の開発を独自で行うか、他国との共同開発にするか、を決める。

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図3:(防衛技研)「F-3」用のエンジン概念図。高圧コンプレッサー(LPC)6段、タービン(LPT)1段、低圧系はファン3段、タービン(HPT)1段の構成。高圧系/低圧系は互いに逆回転する方式で、これで低圧タービンのベーンを省いている。HPT外周のシュラウドは我国開発の耐熱材料“CMC”で作る。HPTブレードとベーンはニッケル基超合金の単結晶構造となる。

 

高圧コンプレッサー(HPT)、燃焼室、高圧タービン(HPT)、などのモジュールの開発は順調に進んでいて間もなく組立てられる。

3年前に決まった計画では、エンジンは推力33,000 lbs (15トン)、かなり細い空気抵抗の少ない形になる。ファンは3段、高圧コンプレッサーは6段、高圧および低圧タービンはそれぞれ1段で、それにアフトバーナの構成。排気ノズルは、3枚のペダルを使う推力偏向ノズルとなる。

高圧タービン(HPT)の入口温度は1,800℃ (3,300 F)とかなり高温だ。これに対応するためタービン外周のシュラウドなどには、新開発の「セラミック・マトリックス・コンポジット(CMC=ceramic matrix composite)材が使われる。またタービン・ベーンとブレードは、ニッケル基超合金の単結晶合金(single-crystal alloy)で作られる。タービン・デイスクは、ニッケル・コバルト基超合金TMW-24を使う。このように運転温度の高温化を可能にする新開発の技術が多く用いられている。

 

(注)セラミック・マトリックス・コンポジット(CMC);—炭化けい素(SiC=Silicon Carbide)繊維は1975年に東北大で開発され、日本カーボン(株)の「ニカロン」、宇部興産の「チラノ」として実用化された。シリコンとカーボンを含んだボリマーを極細の糸状にし焼成してセラミック化する。CMCを使ってタービン・ブレード、ベーンが試作されているが、現在実用化されているのには「ニカロン」で作ったCFM Leapエンジンのタービン・シュラウドがある。詳しくは「超合金に変わるセラミック・マトリックス複合材(CMC)」 2014-04-09を参照されたい。

 

注)TMW-24;—新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託で、物質・材料研究開発機構(NIMS)が開発したニッケル・コバルト基耐熱合金(TMW合金)がある。これの実用化を目的とし、2007年から三菱マテリアルで、インゴットから鍛造工程を経て熱処理に至る製造技術を確立したのが「TMW-24」合金。TMW-24は結晶粒10ミクロン級の微細組織で、最新のタービン・デイスク材であるニッケル基超合金「Udimet 720Li」よりも運転温度は50℃以上高い、世界最高の耐熱性を持つ合金である。

 

5年前に計画がスタートした際には、タービン・ベーンをCMC製とする案が検討された(IHI)が、金属製に変更された。またデイスクはTMW-24金属粉末を使い3-Dプリンテイングで作る案があったが、これにも在来の鍛造法が採用された。

防衛技研によるとTMW-24製のタービン・デイスクは、運転中630メガパスカル(megapascals) (91,000 lbf / sq. inch)の遠心力を受け、温度は710℃にも達するので寿命は1,000時間に設定する、と云う。

兵装庫(weapon bay)の研究は2010年から2013年までかかった。これで、超音速の下で機体の姿勢の変化にかかわらず、ドアが開閉されミサイルが発射できることを確認した。次の課題は発射メカニズムの開発である。

ドアを開きミサイルを発射する機構は、すでに川崎重工製の「P−1」対潜哨戒機で、亜音速時であるが開発の経験ある。超音速下でのドア開閉、ミサイル発射の解析は、コンピューター流体力学(CFD)と、防衛省が保有する風胴(マッハ0.3-2.5)で行われている。2012年発行の報告では、「F-3」がミサイルを発射する時の予定速度マッハ1.4で試験を行い、予定の性能を得たとしている。

 

-以上-

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week Network Jan 21, 2016 “Japan Ready for Next Fighter Engine Core” by Bradley Perrett

Popular Science Dec 5, 2015 “Japan’s Stealth Fighter will Fly for first time Next Year” by Kelsey D. Atherton

防衛技研“将来の戦闘機に関する研究開発ビジョンー将来の戦闘機に必要な技術”by 土井博史

防衛技研 平成27年7月ニュース “次世代エンジン主要構成要素の研究”

“日本の次世代戦闘機F-3は実現するか?”2012-11-12掲載

“我が国の次世代戦闘機「F-3」の概念設計が進む”2014-12-08改定、掲載

物質・材料研究機構プレスリリース@2009-03-13 “世界最高の耐熱特性を持つ航空機エンジン用鍛造合金素材の製造技術開発に成功”by 独立行政法人・材料研究機構および三菱マテリアル

IHI技報(Vol.53 No.4-2013) “航空機エンジン用CMCタービン部品の開発”by 中村武志 ほか