「アマゾンの創立者Jeff Bezos」が設立した宇宙企業「ブルー・オリジン」とは


2016-04-11(平成28年) 松尾芳郎

 

世界的なネット販売大手「アマゾン(Amazon)」の創立者で、巨万の富を築いた「ジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)」氏は、550億円を投じて2000年7月に航空宇宙製造企業「ブルー・オリジン(Blue Origin)」社を設立、活動を始めた。我国ではあまり知られていないが、その一端を紹介しよう。

「ブルー・オリジン」社は米国西海岸シアトル郊外Kent, Washingtonのボーイング工場跡地に本拠地と工場、テキサス州西部に打ち上げ施設を持ち、低価格で地球低軌道を飛ぶ「sub-orbital flight」の実現を目指して関連技術の開発を進めている。

最初の試作無人宇宙船「ニュー・シェパード(New Shepard)」は2015-04-29に初飛行、予定通り高度93.5 kmで、マッハ3(3,600 Km/hr)で飛行したが、回収には失敗した。

2回目の試験は2015-11-23で、高度100 kmに達し、ロケット・ブースターとカプセル(宇宙船)を軟着陸させて回収に成功した。

3回目の試験は2016-01-22で、2回目の試験で回収したブースターと「ニュー・シェパード」を再び使い、高度101.7 kmに達してから大気圏に再突入させ地上に帰還している。

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図1:(Blue Origin)地球低周回軌道飛行をする「ニュー・シェパード」の航程。「BE-3」ロケットの先端に乗せて打上げ(1)、予定高度で切り離され(2)、軌道上を自由飛行し(3)、パラシュートで帰還する(6)。ブースターはブレーキ(Drag Brakes)を開きエンジンを再点火して降下を開始(4)、目標地点に着陸する(5)。

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図2:(Blue Origin)頂部に「ニュー・シェパード」宇宙船を乗せた打上げロケット・ブースター「BE-3」の外観。「ニュー・シェパード」システムは、宇宙船、打上げロケット共に完全に再使用可能なように作られているのが特徴。打上げ時は、ブースターは2分半噴射して停止、それから宇宙船を分離し宇宙空間を弾道飛行する。ブースターは数分後に自由落下、頂部のブレーキを開き減速する。そしてロケットを再起動して垂直姿勢を保ちながら、着地する。

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図3:(Blue Origin) 「ニュー・シェパード」宇宙船の内部容積は530立方フィート(約8立方m)あり、これはAlan Shepard氏が宇宙軌道飛行で乗った「マーキュリー(Mercury Capsule) 宇宙船のほぼ10倍の容積である。同氏の宇宙飛行は、1961年5月、米国人として最初の飛行をした。「ニュー・シェパード」は炭素繊維複合材で作られている。室内には6人を収容でき、軌道飛行と無重力状態を体験できる。窓は透明で、衝撃に強いシート數層でできており、可視光線の92%を通す。数分間の無重力弾道飛行をしてから、3個のパラシュートを開き降下、着地する。着地直前には減速用ロケットを噴射してショックを和らげる。

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図4:(Blue Origin)ブースターが大気圏に再突入する時には、ブースター頂部のリングの中を空気が抜け、本体を垂直に保つようにする。そしてリング周囲から4枚のフィン(白く見える)が出て安定性を保つ。降下速度が音速になると8枚の空気抵抗板/ブレーキ(黒く見える)が展開し、半分に減速する。ブースター後端にある4枚にフィンは、上昇時と着地時で安定性を保つように働く。底部に黒く見えるのは「BE-3」エンジンのノズル、推力11万lbs で「ニュー・シェパード」を軌道に打ち上げ、停止し、帰還の時には再起動して推力2万lbs(約9トン)にし時速8 km/hrで着地する。BE-3エンジンは、燃料に液体水素-423°Fと液体酸素を使う。極低温と燃焼温度6,000°Fに耐える構造になっている。

 

これらの様子はBlue Origin社が製作しYouTubeに公開した動画で、見ることができる。

4度目の試験は2016-04-02で、同じブースターとカプセルで、高度103 kmに上昇してから地上に無事帰還した。

「ブルー・オリジン」社は2014年に地球周回低軌道用の宇宙技術分野に進出を決めた。そして自社で開発中の大型ロケットエンジン「BE-4」(地上静止推力2,400トン)を米国の「ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA=United Launch Alliance)」社に供給する契約を結んだ。

ULAは、「ニュー・シェパード」打上げに使った一回り小さい「BE-3」エンジンにも興味を示し、これを同社の新しい2nd Stageロケット“ACES= Advanced Cryogenic Evolved Stage”に採用したいと考えている。ACESはULA社が2020年に打ち上げを目指す「バルカン・軌道打上げ用ロケットVulcan orbital launch vehicle」の2段目になる。

「ブルー・オリジン」社は2016年3月にはKentの本社、工場を一般報道陣に公開した(面積28万平方m)。2016年中に工場設備を拡張し宇宙船カプセル「ニュー・シェパード」とBE-4ロケットの量産を進める。従業員は600人の水準から1,000人に増やす。創設者Bezos氏はこの場で報道陣に対し長期ビジョンとして「地球周回軌道上の飛行を増やして、一般人に宇宙旅行に慣れてもらい、数百年後には、大規模な生産設備は地球上から大気圏外の地球周回軌道上に移し、地球は人類の居住と軽工業のために使いたい」と提案している。また「ニュー・シェパード」で行う有人飛行は2017年から始めたい」とも述べた。

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図5:(Blue Origin)BE-3ロケットで3回目の試験(2016-01-22)で「ニュー・シェパード」宇宙船を打上げ、West Texasの発射基地に帰還するBE-3付きブースター。着陸精度は数メートル以内という

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図6:(Blue Origin) BE-4エンジンの主燃焼室(main injector) 。今年末に全出力での試験を行う。量産が始まれば年産12基の割合で製作、出荷する予定。

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図7:(Blue Origin)軍民両用として作られた「BE-4」エンジンの外観図。燃料には液体酸素と液化天然ガス(LNG)を使い最大推力は55万LBS。現在開発中で、1次燃焼室は過酸化状態で燃焼(Oxygen-rich preburner)し、次いで主燃焼室(main injector)で燃焼、推力を出す。

液化天然ガス(LNG)は入手が容易で、ケロシンと違い、燃料タンクに圧縮して搭載でき、従来必要だった加圧して燃焼室に送る必要がない。

「ULA(United Launch Alliance)」社のバルカン・ロケット(Vulcan Rocket)に採用され、2017年には初飛行を予定。これで米国は大型エンジンをロシアから再びアメリカ製に取り戻すことになる。

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図8:(Blue Origin)West Texasの発射基地から地球周回低軌道に打上げ中のBE-3ロケット・ブースターと、その先端の宇宙カプセル「ニュー・シェパード」。

 

「ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA=United Launch Alliance)」とは;—

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「ULA」社は、「ロッキード・マーチン、スペース・システム(Lockheed Martin Space Systems)社と「ボーイング・デフェンス・スペース&セキューリテイ(Boeing Defense, Space & Security)社の合弁企業で、2006年末に設立された米国最大の宇宙開発企業である。目的は米国政府の国防総省(DOD)およびNASA、その他の打ち上げ業務を担当する。

これに対し近年「Space X」のような競合企業が台頭してきている。

・  「Space X」は、Hawthorne, Calif.に本拠を待つ企業で、2002年に電気自動車で有名な「Tesla Motors」を立ち上げたイーロン・マスク(Elon Musk)氏が創立した企業。再利用可能な打上げロケット「Falcon 1」、「falcon 9」、および「Dragon」宇宙船を開発中である。「Dragon」宇宙船は国際宇宙基地(ISS)に物資供給に成功済み(2010年)。

・  「Orbital ATK」は、2015年に”Orbital Sciences Corp”と”Alliant Techsystems (ATK)”が合併して創立した会社。国際宇宙基地(ISS)への貨物輸送用宇宙船「Cygnus」を製造している。またNASA主導の「Space Launch System」に使う「Space Shuttle Solid Rocket Booster (SRB)」の開発を担当している。これは有人宇宙飛行打上げに使われる初の固体燃料ロケット(推力12,000 kN)となる。これまでに270回発射され、その内4基の洋上回収に成功している。

 

「ULA」の現在の打上げロケットは、「Delta II」、「Delta IV」、および「Atlas V」、の3系列、いずれも打上げ後は再利用せずに廃棄するタイプ「Expendable System」である。「Atlas」、「delta」系列ロケットは、共に同名の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を先祖にして改良、発展してきたロケット。これまで50年以上に渡って気象衛星、通信衛星、安全保障用の探査、監視、誘導用の衛星を打上げ、さらに深宇宙探査ミッションでも重要な役割を担ってきた。政府系の発注をほぼ独占してきたULAに対し、「Space X」社は異議を申し立て「Falcon 」系列ロケットで競争を挑み、最近は打上げ後、海上で回収する事に成功している。これに対抗するためULAは打上げサイクルを短くし、コストを半減する具体策を公表した。(2014-10月)

ULAは2015年4月に、「Delta IV」、「Atlas V」ロケットの後継機として、経済的な新型の「バルカン(Vulcan)」の開発を決定し、2019年の初飛行を目指している。

 

「バルカン(Vulcan)」打上げロケットとは;-

米国の重量物打上げ用として開発が始まったロケットで、米国政府が開発費約2億ドル(220億円を拠出(2016年3月)。「Delta IV」1段目に「BE-4」ロケット2基を取付ける予定。対抗するロケットダイン社は「ARI」ロケットを提案しているが開発が遅れている。1段目周囲には必要に応じ固体燃料ブースター(SRB= solid rocket booster) を最大6基取付ける。これで「Atlas V」よりも打上げ推力は大きくなる。2段目には、当面「 Atlas V」と同じ「RL10」エンジン付きの「Centaur」を使うが、開発中の「ACES=Advanced Cryogenic Evolved Stage」が完成すればこちらに変更する。こうして将来の1段目を3本にした「Vulcan Heavy」が実現すれば23トンのペイロードを地球周回静止軌道(GTO)に打上げ可能になる。

 

ここで簡単に「Delta IV」と「Atlas V」について触れてみよう。

「Delta IV」(Boeing);-

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図9:(Boeing)写真は「Delta IV」系列中最大の「Delta IV Heavy」の打上げの様子。「Delta IV」系列機(Small、Medium、Heavy)は、1段目にいずれも「CBC=Common Booster Cores」と呼ぶロケットダイン社製「RS-68」を共通のエンジンとして使っている。「Small」では1基のみ。「RS-68」エンジンは、液体水素と液体酸素を燃料とし、1970年代からスペース・シャトルに使われ、推力調整が可能である。CBCは直径5 m、推力は70 万lbs(3,100 KN)。2段目は「RL10-B-2」推力25,000 lbs。

「Delta IV Heavy」は、CBCを3本にし、推力を3倍に増やした打上げ機。

 

「Atlas V」(Lockheed Martin);—

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図10:(Lockheed Martin)「Atlas V 401」の打上げの様子。「Atlas V」系列には400型と500型があり、いずれも1段目にロシアの[RD AMROSS]が供給する「RD-180」エンジン1基(推力約4,000 kN)を使っている。2段目は米国ロケットダイン社製「RL-10」。最初の打上げは2002-08月、以来60回以上の発射に成功している。

 

終わりに

以上「ブルー・オリジン(Blue Origin)」社を中心に米国の宇宙開発用ロケットのあらましを述べた。ここで感じたことは、NASAなど政府の主導もさることながら、民間で事業に成功した資産家がその富を宇宙開発に投じる仕組みが彼の国には存在していることだ。貧富の格差是正のために高額所得者に重税を課すだけが正しい政治だとは云えない気がする。我国では、明治大正時代はいざ知らず、平成の時代にはこのような資産家は存在せず、その富に頼って、社会を活性化させる大事業の出現は期待できそうもない。

 

—以上—

 

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Space.com “Launch, Land, Repeat, Blue Origin’s Amazing Rocket Liftoff & Landing In Pictures” @ April 4, 2016 by Calla Cofield, Space com Staff Writer

Blue Origin’s “Inspired by the Potential of Space and the Incredible Humann Feats that Technology Enablees”

Aviation Week March 14-27m2016 page 28 “Lifting the Veil” by Frank Morring, Jr.