ESAero、NASA向けに電気推進式の輸送機を提案


2016-07-12(平成28年)  松尾芳郎

 

電気推進で走る自動車はすでに市場でその地位を確保しているが、航空機ではこれからだ。ジェットエンジンが出現した初期の頃のジェットは出力が小さく燃料をがぶ飲みする代物だった。電気推進の航空機も現在はごく初期の段階で、その将来を疑問視する向きもあるが、努力を重ねることで道が開けてくる。以下はNASAが主導し、それに参加して電動推進機の開発に取り組むベンチャー企業「ESAero (Empirical Systems Aerospace)社」の紹介である。

ESAero 社は2003年創業でセントラル・コースト( central Coast, Calif.)にあり、従業員はわずか20人程度、2011年9月からNASAに協力して電気推進航空機の開発に取り組んでいる。社長はアンドルー・ギブソン(Andrew Gibson)氏。

ESAeroは2009年に、NASAと”SBIR”(small business innovative research=小規模ビジネス革新的研究)プログラムのフェイズ1契約を結び、それに基づいて独自に”TeDP” (turboelectric distributed propulsion=ターボ・エレクトリック分散型推進装置)付き「ECO-150」型機の設計を取り纏めた。その後「ECO-150」案は、ハイブリッド電気推進航空機の基本形と認められるようになった。

同社は、NASAが電気推進システムの研究を始めた時からNASAに協力しており、本稿最後にあるようにNASAのX-57分散型電動推進実験機(Maxwellと呼ぶ)製作の主契約社になっている。

ESAeroは、「ECO-150」を更に改良し、細部設計を行い今年7月からNASAの”SBIR”フェイズ2に基づき作業を進めている。これにはロールス・ロイス(RR=Rolls-Royce)のリバテイー・ワークス(LibertyWorks)が費用を分担する形で、電気推進装置の開発を担当する。またESAeroは、NASAの「将来型Xプレーン」の実証機として小型の80席級の「ECO-80」も提案する準備を進めている。

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図1:(ESAero) ESAeroがNASA向けに設計した「ターボ・エレクトリック分散配置型推進装置」航空機のコンセプト

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図2:(ESAero) 150席級のECO-150Rは、両翼のほぼ真ん中に取付けるターボシャフト・エンジンで発電機を回し、その電力で内翼を上下に分割しその間に16個のダクテッド・ファンを装備する。これらを回して推力を得ている。ボーイング737-700型機のサイズ。

 

NASAがN+3計画として2035-40年頃の就航を目標とした旅客機は、2009年の原案では、液体水素を搭載し超電導モーターを使う推進装置を使う予定だった。この案では燃費を現用機対比で40%低減するとされていた。しかし空港での液体水素の供給設備を設置するのに難点があることが判り、実現は先送りされた。

2011-12年にNASAと空軍研究所(AFRL=Air Force Research Lab.)は、ESAeroとN+2の時期(2025-30年)に供用開始可能な「ハイブリッド型電動分散推進装置付き」の軍/民両用の輸送機の設計をまとめる契約を結んだ。しかし得られた結果は芳しくなかった。

2015年になると、ESAeroは2009年以来蓄積した研究成果を基に、洗練された電動推進式ECO-150Rの案を作り上げた。これは現在数多く使われているボーイング737-700型機、航続距離1,646 n,m,、燃費は68 seat-mi./gal.、を目標にし、これ以上の性能を出すように設計してある。この案で、燃費は737より少なくとも20-30%改善できそうだと判った。

ECO-150Rの推進システムは、ロールス・ロイスの先端技術研究部門“リバテイー・ワークス”が担当し、片方のエンジン停止、あるいはどれかのファンが停止しても安全に飛行ができるよう、設計上配慮してある。つまり、一方のエンジンが停止しても、他方のエンジンのフルパワーで全部のファンが駆動されるようにしてある。

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図3:(ESAero) エンジンはRR製15,000軸馬力のターボシャフトで、1台で2個のジェネレーターを駆動する。主翼の中央部分に取り付け、ナセル内にはジェネレーターから出る熱を冷やすため冷却装置を取り付ける(図の下半分がそれ)。

 

ESAeroは熱管理にも注意を払い設計している。EC-150Rは上昇して巡航高度に達する際にジェネレーターなどから1,500 kwの熱を発生する。これを冷却するため、先の大戦中の戦闘機P-51ムスタングと同じように、エンジンの下に大きなラジエーターとその空気取入ダクトを備える。この冷却装置はかなり大きく、重さはジェネレーターなどの電気装備の20%にもなる。

既述のように、内翼には片翼に8個、両翼で16個の電動式ダクテッド・ファンを取り付ける。当初の案では、対称翼型を単純に上下に分けて(split-wing)、その間にファンを取り付ける予定だったが、ロッキード・マーチンが検討した方法で行うと燃費が8%も改善されることが判り、こちらを採用することにした。

これで内翼の翼型が見直され、空気抵抗が減り、しかも内部にはダクテッド・ファンを収めるに十分な容積を確保できる。翼上面に比べ下面はコード(chord)/前縁—後縁の長さ)が短くなり、やや平らになっている。そしてファン直径が僅か小さくなり、駆動するモーターの長さが技術の進歩でずっと短くなる。

内翼を上下分割型(sprit-wing)にすることで、離着陸時はファン後流が翼後縁から広がるフラップの上面を流れ、揚力を増やす働きが生じる。このためECO-150Rのフラップは弦長が短くて済み、翼幅方向も短くなり、軽量化できる。

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図4:(ESAero) ESAeroが検討中のECO-80型機、これは胴体後部上面にも複数のファンを取り付け、胴体上面の境界層吸入(BLI=boundary layer ingestion)効果を狙っている。NASAのXプレーン計画に採用される可能性がある。

 

ESAero社の創立者の一人、財務部長で航空宇宙エンジニアでもあるB. シルゲン(Benjamin Schiltgen)氏は『「ECO-150R」は改良すべき点が多くあるが実現性は高い。NASAのSBIR計画のフェイズ2の資金で改良ができそうだ』と言い、続けて「ただし実機を作るというのではなく、上下分割型翼(split-wing)の細部の研究を進め、一層改良された機体に仕上げたい」と語っている。

推進システムについては必要な推力について検討が必要である。普通のターボシャフト・エンジンでは、高度が上がり空気密度が減るに従い、出力が減少するが、電気推進ではそうはならない。上昇して巡航高度に達してもそのままでは推力は減らない。このため電気推進では、飛行フェイズに応じた最適な電気システムを作る必要がある。

ファンやその駆動モーターなど個々の装置の大きさを適切に決めることで相当の重量軽減が期待できる。「ハイブリッド電動分散型推進システム」全体を、バッテリーを含め検討し、重量軽減を図ることになっている。

フェイズ2ではさらに、推進システム以外で、尾翼の大きさを小さくするか尾翼そのものを廃止することが検討される。これには胴体後部をフラットにし、”V”字型尾翼の間に複数のダクテッド・ファンを配し、胴体上面を流れる空気流の境界層を吸入して抵抗を減らす(BLI=boundary layer ingestion)方式の採用が含まれる。ファンの排気は尾部に設けるボデイ・フラップ(Coanda body flap)の上面を流れる。このフラップは水平尾翼の役目をして、ピッチ・コントロールをする。そして主翼に取付けたダクテッド・ファンはその出力を調整して横方向(lateral)コントロールをする。これで尾翼をなくすことができる。

 

(注) :コアンダ効果を利用するボデイ・フラップ(Coanda body-flap)とは、「流体は表面が湾曲した突起面に吸付く」と云う性質を利用したフラップ。ルーマニアの空力学者ヘンリ・コアンダ(Henri Coanda)が1934年にフランスで特許を取得した原理である。航空機のフラップの上面にジェット排気を流し、揚力を増やすフラップを言う。米空軍の大型輸送機C-17グローブマスターIIIは、コアンダ効果を使ったフラップを広げ、低速飛行時の安定性を得ている。海自救難飛行艇US-2は、フラップ境界層制御用のエンジンを備え、低速離着水性能を高めている。

 

この“無尾翼”設計はESAeroの主任技師ドナルド・カミングス(Donald Cummings)氏のアイデアで、図4のECO-80型機に適用されている。これで胴体上面の境界層吸入(BLI)だけでなく、機軸方向の姿勢制御もできる。このECO-80型機は、マクドネル・ダグラスMD-80型機の胴体をベースにして作る予定。

前述のESAeroのシルゲン氏は次のように語っている;—「我々のハイブリッド推進システムの開発はECO-150が中心で、関係する多数の開発項目を遂行しなくてはならない。これがNASAのX-57計画達成への道である。」

続けて、「ECO-150とECO-80計画を通じて我々はXプレーンでかなり良い評価を得ている。これからNASAの指導、助言を得ると共に、他社からの有益な知識を吸収して設計の完成度を高めて行きたい」。「新知識を導入する度に“なるほど”と認識させられる、これで目標の“ターボ・エレクトリックーハイブリッド分散型電気推進システム”(turboelectric and hybrid electric distributed propulsion system)の飛行機を完成して世間を驚かせたい」。

 

この詳細は2016年6月開催のAIAA (American Institute of Aeronautics and Astronautics) Aviation会議で発表された報告書「AIAA 2016-4064」に記載されている。

 

NASA X-57計画は、燃費、エミッション、ノイズを低減する技術を実証するための実験機で、イタリア製4人乗りTecnam P2006T小型双発機を改造した、電動飛行機である。主翼前縁に14個の電動モーターで駆動する小型プロペラで推力を得て飛行する。前述のAIAA会議で発表された。

X-57はNASAの”新型航空機展望政策(New Aviation Horizons Initiative)”に掲げてある5種類の航空機の一つで、最初で最も小型の1-2 Mega Wattクラスの電動飛行機に分類されている。次に来るのが2-5 Mega Watt級の機体でECO-150とECO-80がそれに相当する。X-57は、SCEPTOR計画 (Scalable Convergent Electric Propulsion Technology Operation Research)の中で、4年間掛けて開発し、2017年の初飛行を目指している。開発はNASAのアームストロング飛行研究センターが行い、製作はESAeroが担当している。

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図5:(NASA) X-57実験機は、離着陸時は14個の電動モーターでそれぞれのプロペラを回し、巡航時には翼端の2個のみを使って飛行する。翼上面のプロペラ後流で揚力が増えるので翼弦長は短くて済むので細長い。これで時速175 mphで巡航する際の燃費はピストンエンジン付きの原形機の5分の1に節減できる。X-57の動力はバッテリーだけで賄うのでエミッションは皆無である。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は以下の通り。

Aviation Week Network Jul 5,2016 “ESAero Refines Turboelectric Airliner Desighn for NASA” by Graham Warwick

Emprical Systems Aerospace: ES AERO Home

The Tribune Sept. 29, 2016 “ESAero, based in Oceano, to build MASA X- plane

Aviation Week July 4-17, 2016 page 22 “The Right Stuff” by Graham Warwick

TokyoExpress 2015-03-11「インド海軍向け飛行艇US-2iが正式契約へ、防衛装備輸出の第一号」

NASA June 20, 2016 “NASA’s X-57 Electric Research Plane” by Sarah Loff

NASA/ESAero August 3rd, 2015 “Hybird Electric Integrated System Testbed (HEIST) and Full Scale Testing Update of the LEAPTech Wing” by Andrew Gibson