超大型機時代は終るのか—新しい広胴型機の登場で747とA380の製造ラインは苦境に


2016-09-07(平成28年)  松尾芳郎

 

米連邦政府の証券取引委員会が今年7月27日に出した報告書の中に、ボーイングの最高幹部の一人、財務・経営担当の責任者が次のように述べている;—

「ボーイングは、747の生産打切り決定をするのに十分な理由を見付けだせる」。

 

(注)証券取引委員会(SEC = US Securities and Exchange Commission)は、米国の株式、公社債などの証券取引を監督、監視する連邦政府の機関、大統領が任命する5人の委員で構成される。

 

世界の航空業界に革命をもたらした747の生産中止を示唆する言葉としては極めて控えめである。民間航空で就航以来46年間ボーイングの中核を担ってきた飛行機の生産中止を決めることは容易ではない。先日亡くなった7747の設計者ジョー・サター氏が若し重役として取締役会の一員であったら、間違いなく反対するだろう。しかし、747プログラムが始まってから50年以上が経過し、今では全ての兆候が747の時代が終わりに近づいていることを示している。

747の苦境を示す兆候とは;—

l   ボーイング幹部の“747生産中止を示唆する発言

l   最近の10年以上にわたる747市場の低迷

l   エアラインは新型広胴型機の購入に意欲的

ボーイングは1965年10月、空軍の大型輸送機C-5計画でロッキードに敗れたが、パンアメリカンから707の代わりになる大型の旅客機を作るよう要求された。C-5計画で敗れたボーイングは、この要求を受け入れ、C-5サイズの大型旅客機の検討を開始した、これが747となる。余談だがパンナムは、戦前太平洋横断に大型飛行艇を使ったがその際に、シコルスキー、マーチン、ボーイングに大量注文を前提に開発を要求した、しかし実際の購入は1〜数機ずつに止まったため3社は大きな損害を受けた。707に代わる大型機開発の話はロッキードにも持ち込まれたが、この前例のため断わられたと云う。

 

(注):ロッキードC-5 Galaxy大型輸送機は、米空軍の次期戦略大型輸送機として1965年12月に選定され、1970年に配備開始、C-5AとC-5Bがあり合計131機が作られた。GE TF39-GE-1C推力43,000 ibsを4基装備、貨物、人員120 tonを搭載し無給油で4,500 kmを飛ぶ。搭載貨物は、M1A1戦車なら2両、ストライカー歩兵戦闘装甲車なら7両を積める。エンジンをGE CF6-80C2に換装し新型アビオニクスを付けるC-5M型への改修が進行中で60機以上が完成、空軍に引き渡されている。C-5M型は2040年以降まで使う予定。

 

ボーイングは1966年7月15日にパンアメリカン(Pan American)から25機の発注を受けて747の製造に踏み切った。ほぼ同時にルフトハンザ航空が4機、日本航空とエアフランスがそれぞれ3機ずつを発注している。

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図1:(The Widebody Aircraft Parade) 写真はドイツ・フランクフルト(Frankfurt)空港での747-200の2機、胴体のカラースキームが異なる。パンナムは1970年1月21日にボーイング747でニューヨークーロンドン線を開設した。最盛期には747-100、-200、747SP、を合わせて65機運航していた。パンナムは航空界の先達で、1927にJuan T. Trippe氏がフロリダ州キーウエスト(Key West)で設立、以来中米、南米、太平洋と路線を伸ばしてきた。しかし、1960年台後半より、競争激化に対応できず衰退し1991年12月に破綻した。

 

同時期に、英仏共同の超音速旅客機コンコード(Concorde)の開発が進みつつあり、ボーイングでは主力の技術陣を投入し2707超音速旅客機の計画に取り組んでいた。当時ボーイングでは将来の主力となるのは1970年台半ばに登場予定の超音速機2707で、490人乗りの747は脇役として扱われ、その寿命は長くないと見られていた。1966年8月1日発行のAW & ST誌には“747の将来は、貨客両用型に改造されるか、あるいは貨物専用機になる”との予想記事が書かれていた。

ボーイング社内では、超音速機は747と比べて料金を10-15%高めに設定すれば十分採算がとれると考えていた。そして、2707型機がいずれは747などに取って代わる、としていた。しかしこの予測が全く間違っていたことが後年判ることになる。

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図2:(Boeing )ボーイング2707超音速旅客機(SST)の完成予想図。当時ボーイングは26社から122機の受注を獲得、と公表していた。最終案では、先端の尖った機首部は離着陸に際し2ヶ所のヒンジで折れ曲がる構造になっていた。諸般の事情で、試作機の完成を待たずに1971年に政府資金が打ち切られ、開発中止となった。2707は、全長318 ft、巡航速度マッハ2.7、巡航高度60,000 ft以上、エンジンは推力60,000 lbsを4基装備する予定だった。

 

ボーイング2707超音速旅客機は政府資金で作られる予定で、ロッキードとの競争に勝ち、ボーイングが契約を勝ち取った(1966年末)。250-300席で、先行していた英仏共同開発のコンコードより大きく高速飛行ができる予定だった。しかしやがて航空業界から経済性に疑問が出され、さらに折からの環境意識の高まりで、一般世論はソニック・ブームによる被害とオゾン層破壊の懸念を声高に指摘するようになった。設計面では当初予定していた可変後退翼(swing wing)の採用は重量がかさみ、機構が複雑になるため普通のデルタ翼に変更するなどで、開発費が膨らんだ。開発費の上昇と市場の不透明感から試作機2機の完成を待たずに1971年に開発中止が決まったのである。

 

747は、仮に2020年に生産が中止されても、1,500機以上が作られ、巨額な開発費と途中での様々な改良に要した費用を勘案しても、長年にわたりボーイングに大きな利益をもたらしてきた。747は、1970年代から1990年代にかけて大西洋および太平洋を横断する長距離路線を独占してきたのである。

しかし、別の見方をすれば今の747の状況は、自身の成功の犠牲だとも言える。747が開設した路線に使うため、ボーイングとエアバスは新しい小型の広胴型機の開発に力を注いだのがそれだ。新しいやや小型の広胴型機、787、777X、A350、A330neo、は単価が低廉なことで航空会社が競って購入するようになった。さらに、これらの改良型機は、座席-マイル当たりのコストでも747に優れていることが明らかになった。エアラインは、もはやコストダウンのために大型化を求めたりはしない、その代わり空席のまま運航することで生じる損失に注意するようになっている。空港の混雑緩和のために747やA380を使うという考えには重きを置かなくなってきた。

一方のエアバスは、747に対抗するため2000年末にA380の開発を決めたが、これは皮肉な巡り合わせだったようだ。A380は2007年に就航を始めたが、その数年前から747の引渡し機数は減少し始めていた。エアバスはこれを捉えて「“ジャンボ(747)”は21世紀を象徴する“スーパージャンボ(A380)”に取って代わられる」と主張した。しかし現実はA380も747と同じ問題に直面することになる。

エアバスはA380開発計画を始めるにあたり、来るべき20年間に500席級の大型機の需要は1,200機に達し、これに同機の貨物機型は300機の販売が見込める、と予想していた。しかし、2007年から10年経った今エアバスの初期の目算は大きく外れている。現在の確定受注は319機で内193機は引渡し済み。最大の顧客エミレーツ(Emirates)は、この内の142機を発注、内81機を受領しているが、ここが受取りをキャンセルすれば大変なことになる。

A380をめぐる最近のエアラインの動向は;—

カンタス航空(Qantas)は、同機を12機運航中だが、同社CEOのAlan Joyce氏は“発注済みの残り8機は受け取りたくない”と話したと云う。シンガポール航空(SIA)はエミレーツ航空と同じくA380のローンチ・カストマーで、現在19機を運航、さらに5機を購入する予定だが、Dr. Peters Groupからリースしている4機の期限が来年春に迫る中、これの返却の可能性を仄めかしている。マレーシア航空も6機のA380を中古機市場に放出すると言われている。

これら市場の動向を受けて、エアバスは今年7月にA380の月産数を現在の2.5機から2018年には1機に減らすと発表した。

とは言っても、前述のように現在の確定受注は19社から319機、全てが旅客型で受注残は126機あり、747に比べて状況には余裕がある。またエアバスは、最大の顧客142機発注のエミレーツが、更新用として改良型のA380neoの購入にいずれは踏み切るものと読み、これに望みを託している。実現すれば、他社からの新規発注にもつながる、としている。

747の場合は手持ちの受注残は僅か21機でずっと厳しい。予想を下回る旅客型と貨物機の需要、さらに世界的な航空貨物需要の低迷で、これまでの2019年から月産1機の水準に戻すという計画は破棄せざるをえなくなった。

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図3:(Lufthansa / Aviation Week)ルフトハンザは747-8とA380の両方を運航している。747-400 を13機、747-8を19機、それにA380を14機運航中、しかし発注中は747-8の8機のみ。いずれも旅客型である。

 

747-8貨物機の市場は、初期に作られた747-400Fの退役に伴い2020年までには回復するとの見方があり、新規発注がないのは生産機数の減少のため、とも言われている。ロシア・ボルガ・ドニエプル(Volga-Dnepr)航空との747-8F貨物機20機購入の商談は今年初めに不調に終わった。これは同社の希望する納入時期が折り合わなかったためだ。2016年の引渡しは70%が埋まっていたためとされる。

イラン航空との交渉では、イラン側の購入覚書に747-8が含まれているとされるが、こちらは議会の承認が必要なためしばらく時間がかかる。

ボーイングは、2019年以降再び747を増産することはない(前述)、と決めたが、それまでの予定では、1969年に製造を始めてから2020年末までに合計1,574機を生産する計画だった。今回の決定で、年産数は6機となり合計生産機数は1,555機に止まる。従って新たに生産コスト12億ドルが、2019年までに引き渡される予定の32機に加算される。

747-8の販売努力にもかかわらず、新規の確定受注数は前述の21機に止まったまま、これは航空貨物市場が当初の年率成長予測の3%を下回り2%になったことが影響している。ボーイングでは、747の生産ラインを767生産ラインの一部に含めるなどコスト削減に努力している。767ラインはこれから空軍向けタンカーKC-46Aの生産が月産2.5機に上昇するので多忙になる。

KC-46A多目的タンカー

図4:(US Air Force))KC-46Aタンカーが尾部給油ブームを使ってC-17大型輸送機に給油している写真。両翼下面のポッドには海軍機に給油するためのホース&ドローグ(hose & drogue)システムがある。最大離陸重量415,000 lbs (188 ton)、給油用燃料搭載量94 ton、メインデッキには兵員114名または463L型貨物パレット18個を搭載可能、これらの搭載重量は30 tonになり、従って“多目的タンカー”と呼ばれる。

 

ボーイングKC-46Aタンカー”Pegasus”は767-200ER型旅客機を基に空軍仕様で多目的タンカーにした機体で、50年使われているKC-135 “Stratotankers”の更新用。2011年2月に空軍に採用され、2018年1月までに最初の18機が納入される予定、合計179機を520億ドルで2027年までに生産、納入する。米空軍以外では我が航空自衛隊が3機、韓国空軍が4機を発注中。KC-46AのエンジンはPW4062推力63,300 lbs・2基装備である。

 

ボーイングは747について“引き続き手持ちの完成機と製造予定ポジションの成約に努力するとともに、製造コストの削減に努力する”と言っている。そして“もし市場から十分な受注が得られなければ、損失は避けることができず、結果として製造を中止せざるをえない”とも述べている。

787-8の将来性についての最初の兆候は2013年4月に表面化していて、その時ボーイングは747の月産機数をこれまでの2機から2013年末には1.75機に減らすと発表した。そして2013年末になると、さらに月産1.5機に減らすと公表した。しかしそれまでにも747の受注には浮き沈みがあり、その都度なんとか生産を回復してきたので、当時はまだ将来に何とか希望をつなげたいと考えていた。2013年以前の状況を見ると;—

747-400から747-8に移行する2010年には引渡し機数はゼロだった。2004年から2009年にかけての不況では、期間中の平均年産機数は13機を少し上回る程度だった。

しかし2014年の年末に掛けて受注残は依然として減少し続けたため、ボーイングは月産を2015年9月までに1.3機に減らすことにした。これでも生産ラインを維持できず、2015年5月に再度減産を進めることとし2016年までに月産1機体制とすることを決めた。その後、さらに減産圧力が高まり今月(2016-09)までに月産0.5機と過去最低にする予定にした。

747の生産縮小に伴い、コストの削減と熟練作業員の確保が問題となり、この対処のため747と767の主要部分の共通化を進めている。今年の秋までに尾翼の製造を同じラインで行うなど、両機種の主要機能の統合化を目指している。

さらに、これまで長期間747の胴体パネルを製造してきたトライアンフ・エアロストラクチャー(Triumph Aerostructures)から、仕事をボーイング社内に移管することを決めた(2015年)。現在移行に伴う作業をトライアンフのメーコン(Macon, Georgia)工場で行っている。この工場は空軍の大型輸送機C-17の胴体パネルも作っていた。移管作業は2019年9月に完了する予定だが、この時期には747の生産ラインが停止しているかもしれない。

 

—以上—

本稿作成のp参考にした主な記事は次の通り。

 Aviation Week Aug 1, 2016 “Boeing’s 747 Struggles Indicate Large-Aircraft Market Decline”by Guy Norris and Jens Flottau

Aviation Week Aug 1, 2016

“Singapore Airlines Weighs Returning Early A380s As Leases Expire”by Jens Flottau

Boeing.com “Supersonic Transport-Historical Snapshot”