2017年オシュコシュ・エアベンチャー・ショー


 2017-08-07(平成29年) 松尾芳郎

 EAA2017ポスター

図1:(EAA) 2017オシュコシュ・ショーのポスター。海軍の曲技飛行チーム・ブルーエンジェルス及びスケールド・コンポジット社製のプロテウスなどと共に、対日戦に使われたB-29爆撃機、B-25爆撃機がホスターを飾っている。これは日本本土への初空襲75周年になるのを記念したもの。

 

今年も7月23日から30日の間、全米試作機協会(EAA=Experimental Aircraft Association)が主催する世界最大の航空ショウ「EAA AirVenture 2017」が開かれた。会場のオシュコシュ(Oshkosh, Wisconsin)のウイットマン・リージョナル空港(Wittman Regional Airport)には、世界80ヶ国から55万人以上の航空関係者、愛好家が訪れ、同空港に飛来する飛行機は1万機に達し、期間中は世界一の超繁忙空港となった。

今回は空軍からの出展が多かったが、これを含め以下にEAAが今回のハイライトとして紹介した数十種類の機種のうち、主なものを列挙してみよう。

ボーイングプラザ

図2:(EAA) ウイットマン空港にあるボーイング・プラザには、中心にUPSのB-767-300F貨物機、その周囲にB-1、B-52、B-29、プロテウス、などが見える。

空港上を飛ぶ

図3:(Sean Tucker) 会場のウイットマン空港上空を飛ぶ2人乗り軽飛行機。

試作機群

図4:(EAA) EAA(全米試作機協会) の名が示すようにホームビルド機の展示も盛んで、駐機場の一角を埋め尽くした。

ブルーオリジン

図5:(Blue Origin)ブルー・オリジン製の打上げロケット「ニュー・シェパード(New Shepard)

これは垂直離着陸ができ再使用可能なロケット、有人カプセルを搭載して大気圏外を飛行する。エンジンは液体水素/液体酸素のBE-3、すでに5回の着陸に成功している。展示されたのは回収されたロケットで排気ノズル周辺が黒く汚れている。再使用可能な打ち上げロケットがEAAで展示されるのはこれが初めてである。

A400M輸送機

図6:(Airbus) エアバスA400M大型輸送機。

大きさはC-130とC-17の中間で、我国のC-2輸送機よりやや小さい。2013年8月からフランス空軍を始め8カ国に順次引き渡されている。受注数は174機、これまでに51機が完成している。エンジンはユーロプロップ製TP400-D6ターボプロップ出力11,000 hp x 4基、プロペラはフランスのRatier-Figeac製6翅で、片翼2基のプロペラはトルクを打ち消すためそれぞれ反対方向に回る。最大離陸重量は141 ton、ペイロードは37 ton、航続距離は3,300 km。

B-2爆撃機

図7:(US Air force) ノースロップ・グラマン製B-2“スピリット(Spirit)。

B-2はステルス戦略爆撃機、強固な防空網を突破して敵地深く侵攻できる。機内兵倉庫に230 kg級JDAM通常誘導爆弾を80発、あるいは1,100 kg級B83核爆弾を16発、搭載できる。単価が9億ドル(約1,000億円)にもなったため、生産は21機で打ち切られた。高度15,000 mを飛行し、航続距離は給油なしで11,000 km。1997年4月から配備開始。最大離陸重量は170.6 ton、最大速度はマッハ0.95 (1,000 km/hr)、エンジンはGE製F118-GE-100ターボファン推力17,300 lbs x 4基。

2008年2月23日グアム島アンダーソン空軍基地で”AV-12”号機が離陸時に墜落、全損したので現在稼働中は20機。この事故は、搭載する”Port Transducer Units”内に水蒸気が侵入、フライトコントロール・コンピューターの演算を狂わせ、機体の迎え角を30度に増やした、のが原因と判明した。乗員2名は安全に射出され無事だった。

ストラトス714

図8:(Stratos)ストラトス(Stratos) 714超軽量ジェット機。

写真は1号機で、オレゴン州レドモンド(Redmond, Oregon)のストラトス航空機で作られた。2016年末に初飛行、目下開発中、単価は2億円。4人乗りで客室与圧装置付き、P&WC JT-15D-5推力2,900 lbsエンジン1基を装備する。

T-6テキサン練習機

図9:(Chris Miller) ノースアメリカン製T-6テキサン練習機。

会場には12機が整列した。T-6は単発高等練習機で米軍及び英国で多用され、15,000機以上が作られた。戦時中日本でも製造され、戦後は航空自衛隊でも使っていた。T-6G型のエンジンはP&W R-1340ワスプ600 hpを装備。

ステアマン

図10:(Jim Coepnick) ワイオミング州ケイヒ博物館から飛来した1927年製ステアマン(Stearman) C3B。

米国内で郵便飛行が盛んな頃、辺鄙な地域への飛行に使われ、1927年から1929年に掛け136機が作られた。1935年になると陸軍と海軍が改良型のステアマン・モデル75を初等練習機として採用、約1万機が製造されえた。

ユングマン

図11:(Larry Flieler and The Tiger Boys) ブルース・ペイラー(Bruce Paylor)氏が12年掛けて製造したバッカー・ユングマン(Bucker Jungman)機のレプリカ。

ペイラー氏製造の“ユングマン”機のレプリカは、個人が12年かけて作り上げたことで、EAAでも高く評価している。2016年8月に初飛行した。改良型の“バッカーBu 131ユングマン”は、80 hpエンジンを備えた1930年代のドイツ空軍の初等練習機で、スペイン空軍、日本の陸海軍でも使われた。

B-29 DOC

図12:(EAA) ウイットマン空港に飛来したボーイングB-29 “DOC”“超空の要塞”。

”DOC” は1944年に作られ、戦後は米海軍のチャイナ・レイク射爆場の砂漠に数十年間放置されていた機体。2000年にはEAA会場に陸上輸送して展示された。これをボランテアーが16年の歳月と35万工数を掛けて飛行可能な状態に修復し、今回飛行して参加した。飛行可能なB-29はこの”DOC”と”FiFi”の2機だけ。

B-29は1943年から1946年に掛け3,970機が作られた。太平洋での戦い、日本本土空襲に使われ、これで我が国は甚大な被害を被り戦闘継続能力を失った。戦後は朝鮮戦争にも参加した。

初めての日本本土空襲は1944年6月15日、中国成都周辺の基地を飛び立った47機による九州八幡製鉄所爆撃である。しかし製鉄所の損害は少なく、わずか1発の爆弾が構内で爆発しただけと云う。この空襲では2機が撃墜された。

B-29は、第二次大戦で使われた最大の飛行機で離陸重量は60 ton、与圧室を持ち、コンピューターを使い一人の射手で4箇所の銃座を操作できた。エンジンはライト製R-3350 二重星型2,200 hp x 4基、航続距離は5,200 km。

B-17

図13:(Maureen Spuhler) EAAが所有するB-17G型“空の要塞”爆撃機。

第二次大戦中に作られたB-17爆撃機は12,732機、戦闘で喪失したのは4,735機。1946年に民間払い下げが始まったが、最初のオーナーはガソリンを入れた状態の機体を$750で購入した。現在飛行可能なのは15機に過ぎない。

B-52

図14:(Adam Shuett) ボーイングB-52“成層圏空の要塞”。

B-52は1955年から配備が始まり744機が製造された長距離戦略爆撃機。爆弾、ミサイル等32 tonを搭載、給油なしで14,000 kmを飛べる。B-52は配備開始以来60年を経過したが、改良を重ね、現在でもB-52H (P&W JT3Dエンジン付き)が、予備機18機を含み76機使われており、2040年まで現役を続ける。B-52HはGAM-87 Skybolt弾道ミサイル4基を搭載でき、最大離陸重量220 ton。

B-1ランサー

図15:(US Air Force) ロックウエル(Rockwell)製B-1“ランサー(Lancer)”爆撃機。

超音速・可変後退翼のステルス爆撃機で1986年から空軍に配備開始。原型機B-1Aが4機と、改良型B-1Bが100機作られ、うち66機が世界攻撃空軍(Air Force Global Strike Command)に配備されている。高高度/マッハ1.25、低高度/マッハ0.96で飛行し、爆弾、ミサイルは翼下面のハードポイントに23 ton、胴体内兵倉庫に34 tonを搭載し、航続距離は給油なしで9,400 km。グアム基地から朝鮮半島周辺や南シナ海南沙諸島周辺をしばしば飛行し、中国、北朝鮮に圧力を加えている。

B-25ミッチェル

図16:(EAA) ノースアメリカンB-25ミッチェル中型爆撃機。

日本本土に対する初空襲75周年を記念して、飛行可能なB-25が多数集結した。1942年4月18日、ドウリットル(Jimmy Doolittle)中佐率いるB-25 の16機が空母ホーネット(Hornet)から飛び立ち、初の日本本土空襲を行なった。B-25は1941年から配備が始まり9,800機ほども作られた。米軍以外では英国で700機、ソビエトで800機以上、など多くの連合国で使われた。

最大離陸重量16 ton、エンジンはライトR-2600ツインサイクロン1,700 hp x 2基、最大速度430 km/hr、航続距離2,100 km、爆弾搭載量1.3 ton。

爆撃デモ

図17:(EAA) B-25爆撃機による日本初空襲75周年を記念して行われた爆撃デモの様子。

B-25による日本本土空襲は東京、横浜、横須賀、名古屋、神戸等に分散して行われたが、我が方の損害は軽微だった。しかし、不意を突かれた我が陸海軍は有効な迎撃ができず全てを取り逃がしてしまった。空襲を終えた16機のうち15機は中国本土に、1機はロシアにまで飛行し不時着した。いずれも廃棄処分となった。しかし、この空襲は当時敗戦続きで落ち込んでいた米国民の士気を高めるのに効果があった。これが冒頭のポスターにB-29と共にその写真が掲載された理由である。

プロテウス

図18:(Scaled Composites) スケールド・コンポジット社製プロテウス(Proteus)モデル281。

タンデム翼型、高高度長時間飛行の機体で、初飛行は1998年7月、バート・ルータン氏の設計で、高高度での通信中継を狙った機体。全体が複合材サンドイッチ構造で、翼幅は23.7 mだが、翼端を付け替えると28 mにできる。乗員2名だが無人飛行もできる。去る7月のパリ・エアショーにはモハベ砂漠から長駆パリに飛び参加した。最大離陸重量5.67 ton、エンジンはWilliams FJ44-2推力2,300 lbsを2基、高度19,000 m、滞空時間は14時間。

エグゼクテイブ

図19:(EAA)1930年代の資産家が愛用した自家用機、 スパルタン7Wエグゼクテイブ(Spartan 7W Executive)。

本機は5機が参加した。石油で富を成したWilliam G. Skelly氏が設立したスパルタン航空機が、1930年代から1940年代に掛けて34機製造した。エンジンはP&W R-985 出力600 hp、内装が立派で、ハワード・ヒューズに代表される当時の富豪たちが自家用機として購入した。4人乗り。

P-8ポセイドン

図20:(US Navy) P-8ポセイドン(Poseidon)哨戒機

P-8哨戒機はボーイングの防衛・宇宙・保安部門が737-800ERX旅客機を基本にして製作した哨戒機で、これまで長く使われてきたP-3Cの後継機である。すでに50機が米海軍に引渡し済み。米海軍は122機を調達する予定。エンジンはCFM56推力27,000 lbsを2基、魚雷、対潜爆雷、ハープーン対艦ミサイル、などを携行する。

インド海軍/8機、オーストラリア海軍/12機、及び英国海軍/9機などの注文を受け、引渡しが始まっている。輸出市場では、我が海自の川崎製P-1哨戒機と競合するが、P-8の知名度が高く、P-1輸出は成功していない。

F-16

図21:(US Air Force) デモ飛行に参加したF-16多目的戦闘機。

F-16“ファイテイング・ファルコン”はゼネラル・ダイナミックス(General Dynamics)製で後日“ロッキード・マーチン”製と名前が変わる。1976年に生産開始以来4,500機以上が作られた。米空軍への納入は終了したが、25カ国で使われているので生産はまだ続いている。

我が空自の三菱製F-2戦闘機は、F-16を基本にして改良した機体である。最大離陸重量19 ton、最大速度は低空でマッハ1.2、高空でマッハ2、翼下面に各種ミサイル、爆弾等を7.7 ton携行できる。エンジンは1基でGE製F110-GE-129またはPW製F100-PW-220のいずれか。

P-51ムスタング

図22:(Jim Coepnick)ノースアメリカン製戦闘機、 P-51B(真ん中)とP-51D(下)

ノースアメリカン(North American)製P-51“ムスタング(Mustang)”は単座長距離戦闘機として第二次大戦と朝鮮戦争で使われた。元来は英国の注文で作られ初飛行は1940年9月。P-51Bはロールス・ロイス製マーリン(Merlin)エンジンを備え、高度15,000 ft(約5,000 m)でドイツ戦闘機と渡り合える十分な性能を発揮した。最終版のP-51Dは、エンジンを2段2速スーパーチャージャー付きパッカード(Packard) V-1650-7出力1,500 hpに換装、口径12.7 mm機関銃6門を備え、ドイツ爆撃のみならず対日戦でも多用され、15,000 機以上が作られた。P-51が撃墜した日独両軍機は4,900機とされる。最大離陸重量5.5 ton、最大速度は高度8,000 mで700 km/hr、航続距離は増槽付きで2,700 km、ロケット弾、爆弾等を合計500 kg搭載できる。

OV-1モホーク

図23:(Jim Coepnick) グラマン製OV-1モホーク(Mohawk)偵察攻撃機。

OV-1モホークは並列複座機で、エンジンはライカミングT-53ターボプロップ1,400 hp x 2基。米陸軍地上部隊の支援用に1960-1970年間に380機ほど作られたが、1996年9月に全て退役。最大離陸重量約8 ton、最大速度720 km/hr。

F-86セイバー

図24:(John Dibbs) F-86セイバー(Sabre)戦闘機はF-86Aを含み多数が参集。

ノースアメリカン製F-86戦闘機は、米国初の後退翼付き亜音速ジェット戦闘機でソビエト空軍のMiG-15と朝鮮戦争(1950-1953)で戦いを繰り広げた。1949年から1956年に掛け9,800機以上が生産され、米国、日本、イタリア、カナダ、オーストラリアで使われた。

我が航空自衛隊では、F-86Fを435機、F-86Dを122機導入した。そのうち三菱重工がF-86Fを300機ノックダウン生産している。またカナダではCAC Sabreとして1,800機が作られた。最大離陸重量8.2 ton、エンジンはGE製J-47-GE-27推力5,900 lbsを1基、爆弾搭載量は2.4 ton、航続距離は2,400 km。

パイパーJ-3

図25:(Brady Lane) 今年のEAAにパイパーJ-3カブは150機が集合。

パイパーJ-3カブは1937-1947年の間パイパー航空機で製造された2人乗り軽飛行機、2万機が作られたが、これは世界の航空機生産で9番目になる。多くの飛行機愛好家を育ててきただけでなく、戦時中はL-4 Grasshopper(バッタ)の名前で陸軍が多数を偵察、連絡用に使った。

離着陸が容易で、草っ原でも使える飛行機という意味で“bush aircraft”とも呼ばれる。パイパーでの生産が終わった後も、数社が製造権を買い、生産を続けている。改良型は ”Piper PA-18 Super Cub” でエンジン出力を150 hpに上げて、2,650機が作られた。J-3は、離陸重量550 kg、最大速度140 km/hr、エンジンはコンチネンタルA-65-8出力65馬力。

本当に操縦がしやすく、自転車に乗っているような気分になる。

エキストラ電動飛行機

図26:(EAA) Extra 330LE電動飛行機。

エキストラ(Extra)航空機が作る330LEはタンデム複座機、ドイツ・シーメンス(Siemens)の新しいSP260D電動エンジンを付けた曲技飛行試験機。330LEはドイツのワルター・エクストラ(Walter W\Extra) 330Lを基本にした機体。

SP260Dエンジンは260 KW (348 hp)モーターで短時間での加減速が可能だが離陸、上昇、縁起の持続時間は20分弱、これでも曲技飛行には十分な航続時間という。初飛行は2016年6月にドイツのシュワルツ・ハイデ(Schwarze Heide)空港で行われた。同機は高度3,000 mまで4分22秒で上昇したが、これは国際航空連盟(FAI=Federation Aeronautiqe International)が2016年11月にこのクラスの飛行機の世界記録と認定した。

330LEは14個の高出力リチウム・イオン(Li-Ion)バッテリーを2パックに分けて搭載している。モーターの重さは50 kg、全体の重量は約1ton。

セスナ172

図27:(EAA) セスナ(Cessna) 172型機の1号機。

セスナ172“スカイホーク(Skyhawk)”は1955年6月に初飛行してから60年以上も製造が続いていて、その数は43,000機以上にもなり珍しくも何ともない。しかしこの写真は今年EAAに参加した製造初号機である。

172型は、基本は尾輪式のセスナ170で、これを3車輪にし、エレベーターを大きくして172型として売り出した。これが人気を呼び翌年の1956年には1,400機も生産した。172R型までは160馬力エンジンであったが、1998年の172S型からは180馬力エンジンに変わった。

4人が搭乗でき個人用自家用機として操縦も容易で最適な軽飛行機である。

F-35A

図28:多目的戦闘機ロッキード・マーチン製F-35AライトニングII。

F-35ライトニングIIは第5世代戦闘機で、ステルス性能、高速性能、卓越した機動性、高度に統合されたセンサー情報、ネットワーク情報による友軍との連携性能、優れた生残性、を備えている。F-35には空軍用/F-35A、海兵隊用/F-35B、海軍用/F-35C、の3種類がある。これらは、空軍のA-10対地攻撃機、F-16戦闘機、また海軍と海兵隊のF/A-18戦闘機、AV-8Bハリヤー、などの後継機と位置付けられている。

F-35は、単発、単座で先進的なセンサーを備え、従来個別の機種で行なっていた情報蒐集、偵察、監視、電子戦などの任務を、1個中隊(10-20機編成)規模のF-35だけで遂行できる。

F-35の開発には、英、伊、豪、カナダ、など8カ国の企業が参加したが、大きなパートナーとしては、ノースロップ・グラマンが中央および後部胴体とステルス技術で、BAEシステムズが短距離離陸・垂直着陸技術および試験飛行とシステムの生残性の分野で、プラット&ホイットニーが強力な戦闘機用エンジンで、それぞれ協力している。米空軍、海軍、海兵隊の3軍で2037年までに2,663機を調達する計画だ。

各國の導入予定は、豪州/98機で2機受領すみ、デンマーク/27機、イスラエル/75機で5機受領すみ、イタリア/90機で3機受領すみ、日本/42機で2機受領すみ、うち38機は三菱重工で組立てる、オランダ/35機で2機受領すみ、ノルウエイ/52機で6機受領すみ、韓国/60機、トルコ/120機、英国/138機で10機受領すみ、となっている。

わが国では三菱重工のFACOで最初の機体、空自向け5号機が2017年6月に完成、6号機も年度内に完成する。

F-35Aの最大離陸重量は31.8 ton、エンジンはP&W製F135、推力はドライで28,000 lbs、アフタバーナで43,000 lbs。最大速度はマッハ1.6+ (1,900 km/hr)、航続距離は2,200 km(給油なしで)、兵装は翼下面に6.8 tonを含め8.1 tonの爆弾、ミサイルを携行する。

スコーピオン

図29:(EAA) ローターウエイ・インタナショナル社製「スコーピオン(Scorpion)」ヘリコプター。

1967年創立のローターウエイ(RotorWay)社が、自作キット用として開発したのが2人乗りの“スコーピオン”ヘリコプター。同社はこれまで多くのキットモデルを製作してきたが、これはその集大成。自社製のエンジンを使い、組立てに必要なすべての部品がキットに含まれている。組立てには350-400工数が必要。価格はA600型が$94,000、高級なA600 Turbo型が$100,000。

セスナ185

図30:(EAA) 発売以来70年になるセスナ185ビジネス機、毎年EAAに参加。

セスナ185“スカイワゴン(Skywagon)”は、単発6人乗り尾輪式の軽飛行機、1961年3月から量産が始まり生産が終了する1985年までに4,400機以上が作られた。

基本はセスナ180型で、全体の構造を強化し、垂直尾翼を大きくし、エンジンをコンチネンタルIO-520-D 出力300 hoに換装してある。フロート付き水上機や水陸両用機、さらには胴体下に150ガロンの薬剤タンクを付けた農薬散布機などがある。最大離陸重量は1.5 ton前後、速度は250 km/hr、航続距離は900 km。U-17として軍用でも使われた。

A-10サンダーボルト2

図31:(EAA) フェアチャイルド・リパブリック(Fairchild Republic) A-10 サンダーボルトII対地攻撃機。

A-10サンダーボルト (Thunderbolt ) IIは、単座、双発のCAS (close air support)と呼ばれる対地攻撃機で、地上部隊を支援しながら敵戦車や装甲車両等の攻撃が任務、1976年から配備が始まり1984年までに700機が作られた。

機首に30 mm 回転式機関砲(GAU-8 Avenger)を備え、防弾装甲として540 kgのチタン鋼鈑を使い乗員と重要システムを防護している。中東での多くの紛争に使われ効果を発揮した。やがてF-35戦闘機の配備が進めば交代することになるが、空軍では2040年まで使う予定。

離陸重量23 ton、速度700 km/hr、戦闘行動半径460 km、エンジンはGE製 TF34-GE-100Aターボファン推力9,000 lbs x 2基、兵装は前述の機関砲の他に11箇所のハードポイントに合計7.2 tonのロケット弾、ミサイル、爆弾等を搭載する。

 

終わりに

EAAは「全米試作機協会」の名前が示すように民間の団体で、EAAショーは例年多くの飛行機愛好家が集まる世界最大の“飛行機のお祭り”である。

EAAショーでは、ここに述べた以外にも気球の大会や動力グライダーの飛行会、大人向けの自作機講習会、子供向けの模型飛行機の作り方教室、各種航空関連の講演会や夕食会、さらには著名なポップシンガーを招いて開く夜の演奏会など多彩な催しが行われ、皆が楽しめるよう工夫されている。これを通して航空思想を普及するのがねらいである。しかし民間団体だけでこれだけの大会を毎年開催するのはなかなか難しい。

そこで登場するのが政府、空軍だ。特に今年は、日本本土に対する初空襲から75周年になるので、空軍機の参加が目立ち、意気込みが感じられる。前述のように、当時の太平洋の戦いでは敗北が続き、米国内が意気消沈ムードになっていたが、この初空襲が国民の鬱積した気持ちを晴らし愛国心を高めるきっかけとなったのである。

このような戦勝記念行事は、官民の違いはあるもののどこの国でも普通に行われているが、我が国では、敗戦以来全く行われていない。しかし振り返ってみれば、我国が勝利した戦さは、奉天大会戦、日本海海戦、真珠湾攻撃、マレー沖海戦、シンガポール攻略、など多くある。いつまでも他国の意向を慮って卑屈にならず、たまには先達が成し遂げた勝利を祝うのも良いのではないか。それが「日本を普通の国に近付ける」一つの手助けにもなる。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aircraft Highlights at AirVenure Oshkosh 2017

Aviation Week Network July 24, 2017 “B-29 “Doc” arrives in Oshkosh” by Molly McMillin

Aviation Week Network July 27, 2017 “Warbirds Takes Center Stage at Oshkosh” by John Morris

Aviation Week Network July 31, 2017 “We Fly EAA’s B-17 Flying Fortress” by John Morris

その他