ピラタスPC-12独占の単発ビジネス機市場に、セスナが新型機“デナリ”で参入


2017-08-31(平成29年) 松尾芳郎

 

スイス中央にそびえるピラタス山(2,128 m)近くの町スタンス(Stans)に本拠を置くピラタス(Pilatus)航空機は、1939年末の創立で短距離離着陸可能な小型機生産を本業にしている、従業員は約1,900名。

ここが作る「ピラタスPC-12」は、単発ターボプロップの旅客/貨物両用機で、小規模航空会社やリージョナル航空で愛用されている。米空軍でもU-28Aとして28機を使用中で、世界の単発ターボプロップ機市場をほぼ独占している。

PC-12の初飛行は1991年5月、1994年の初号機納入以来2017年7月までの23年間に1,500機を引渡している。2008年からは、コクピットをハニウエル(Honeywell)製“プリマス・エイペックス(Primus Apex)”グラスコクピットに、エンジンを強力なP&WC PT6A-67Pに、内装を一段と近代化し、性能を向上した「PC-12NG」を生産中である。

PC-12の成功を決定的にしたのは、1994年のオーストラリアの“ロイアル・フライング・ドクター・サービス(Royal Flying Doctor Service of Australia)”からの32機の受注であった。これは医者のいない僻地での医療サービスをするために使われている。同社は2017年6月に33機目のPC-12を受領した。これがPC-12の1,500号機であった。

2008年からは米国内で富裕層を中心にPC-12NG(単価$4,900,000)の需要が高まり、PC-12全体の3/4を占めるようになった。

2014年になると、カリフォルニアのエアライン“サーフ・エア(Surf Air)”がPC-12NGを確定15機+オプション50機を発注した。また2015年にはニュー・ハンプシャー州の“共同所有機運用会社(Fractional Ownership Co.)”、”プレーン・センス(PlaneSense)“社から34機を受注した。

“サーフ・エア”は、サンタモニカ(Santa Monica)で2013年に発足した企業だが、ロサンゼルス近郊やサンフランシスコ周辺のビジネス空港数十カ所へ定期チャーター便を就航させている。毎月最低$1,950を払って会員になれば、何時、何処へでも利用できる。

Surf Air Pilatus PC-12/47E

図1:(Surf Air) “サーフ・エア“は会員制航空会社でPC-12を使っている。発足以来会員は着実に増え今では3,000名を超えている。2017年6月にはダラス(Dallas, Texas)の会員制航空”ライズ(Rise)社を買収、テキサス州にも定期路線を伸ばし、サービス・フライトは近日中に毎週445便に増える。

PC-12NG-Exterior-2

図2:(Pilatus Aircraft) PC-12 NGは時速280 knots (518 km/hr)、標準で乗客6名+乗員1名の計7名、最大で11名の搭乗が可能。最大離陸重量4.7 ton、巡航速度528 km/hr、航続距離3,400 km、巡航高度30,000 ft。単価は仕様により異なるが上級モデルで490万ドルとされる。

PC-12NG特徴

図3:(Pilatus Aircraft) 「PC-12 NG ( Next Generation)」の特徴を示す。図中の番号の説明を以下に示す。

 ハーツエル製5翅炭素繊維複合材プロペラ。直径2.67 m、回転数は1,700 rpm、先端部は後退角付きで客室ノイズを低減、高信頼性、低整備費。ブレード前縁はニッケル・コバルト合金被服で摩耗を防ぎ、ブレードは薄く抵抗が少ない。

 エンジンは、最も信頼性が高いとされるP&WC製PT6系列ターボプロップのPT6A-67P・軸馬力1,200 SHP。PT6系列には70種類以上のモデルがあり、500-2,000 SHPの出力範囲をカバーしている。これまでに5万台以上が製造され、使用実績は4億エンジン時間以上に達し、2016年1年間のエンジン空中停止回数は65万時間に1回、オーバーホール間隔は3,600-9,000時間、と高信頼性を誇っている。

 貨物室ドアは、1.35 m x1.32 mで、貨物機として使う場合は1.290 kgを搭載、客室内部の床はフラット、貨物室、医療室などにも使える。

 貨物室/客室スペースは与圧され、十分な容積(9.34 m3)があり、手荷物が少ないときには仕切り板をずらして客室を広げ9名搭乗ができる。客室内装は米国BMW社が担当。

 ランデイングギアは、不整地滑走路での離着陸が出来るよう頑丈に作られている。着陸速度は遅く、ブレーキの効果と相俟って滑走距離を短く(660 m) して安全な着陸を可能にしている。これで世界中の21,300箇所以上の滑走路を使うことができる。これは同クラスの航空機の2倍に達する。

 コクピットは、ハニウエル製“プリマス・エイペックス(Primus Apex)”アビオニックスを装備、タッチパネル式、乗員1名で運行可能。

 機体全体は、スイスの伝統的な精緻な技法で作られ最高の品質にまとめ上げられている。PC-12は今や、その多目的性、高い性能、信頼性、そして使い易さで、同クラス機の中で比類なき指標となっている。その結果が1994年以来今日まで1,500機を超える納入実績となっている。

Synthetic Vision

図4:(Pilatus Aircraft) PC-12 NGのコクピット。ハニウエル製“プリマス・エイペックス”「スマート・ビュー(SmartView)」が装備されている。

PC-12の成功を受け、テキストロン・アビエーション(Textron Aviation)の傘下にあるセスナ航空機(Cessna Aircraft)では、2015年にPC-12に対抗する新型機の開発を決めた。2016年の全米試作機協会主催のオシュコシュ・エアベンチャー・ショーで新型機“デナリ(Denali)”が発表された時、多くの人は大変驚いた。全体の形がPC-12にそっくりな上、与圧構造客室、T型尾翼、小さなウイングレット、さらに大きな後部貨物室ドア、も全く同じに見えたからだ。翼幅 16.54 m、胴体長さ14.86 mも数センチ程度の差しかない。

セスナは、1984年から非与圧キャビン、降着装置は固定脚3車輪式だが、PC-12と同サイズのCE-208キャラバン(Caravan)を貨物機市場向けに出荷している。キャラバンは高翼、単発ターボプロップ、フロート付き水上機もある。原型の208型の胴体を1.2 m延長し11席とした208B グランド・キャラバン等を含め、2,500機ほどが顧客に納入され、成功を納めている。しかし、セスナはこれに満足せず、今回PC-12に対抗するデナリの開発を決めた。

キャラバン

図5:(Cessna Aircraft) 208キャラバンは、標準9席から最大13席の客室と貨物室に変換できるキャビンと、必要に応じ胴体下に貨物ポッドを装着できる。エンジンはP&WC PT6A-114A出力675 SHP、プロペラは3翅マコーレイ(McCauley)定速可変ピッチ、金属製を装備。巡航速度344 km/hr、航続距離1,900 km、上昇限度は7,600 m。単価は220万ドル。

デナリ

図6:(Cessna Aircraft) セスナ“デナリ”の完成想像図。“デナリ”は乗員1名、客席数6-10のビジネス機で、単価はPC-12NGより僅かに安い480万ドル。2018年12月の初飛行、2020年初めのFAA証明取得を目指す。

 

(注)“デナリ(Denali)”とは、アラスカの中央やや南に位置する北米の最高峰(6,190 m)の”マッキンレー(McKinley)山“のことで、2015年から”デナリ“と改称された。周辺一帯は面積600万エーカーの”広大なデナリ国立公園(Denali National Park and Reserve)”となっている。“ピラタス”に対抗するため“デナリ”と名付けたセスナの意気込みが感じられる。

 

“デナリ”の客室は、高度9,400 mで室内の与圧は1,870 mに維持される。客室内寸法は高さ147 cm、幅160 cm、一方PC-12は高さ150 cm、幅153 cmで幅はやや狭い。貨物室ドアは高さ150 cm、幅135 cmで、PC-12の135 cm x 132 cmより僅か大きい。

巡航速度は528 km/hr(285 kt)、航続距離は乗客4人の場合2,900 km(1,600 n.m.)、離陸滑走距離は900 mとされる。

こうして観ると、ピラタスPC-12とセスナ“デナリ”の間には違いがないように思える。しかし、明確に異なるのは「アビオニクス」と「エンジン」だ。

コクピットは、ガーミン(Garmin) G3000アビオニクスを装備し、でタッチスクリーン方式。

デナリ・コクピット

図7:(Cessna Aircraft) “デナリ”のコクピットはガーミンG3000アビオニクスで高解像度・多機能型のタッチスクリーン3枚で構成。気象レーダー、地表接近警報機能(TAWS=terrain awareness warning system)、合成視認表示システム(Synthetic Vision System)、自動従属監視放送機能(ADS-B=automatic dependent surveillance-broadcast)を備える。

 

エンジンはGEが開発中の先進ターボプロップ(ATP) ”GE 93”軸馬力1,240 SHPを装備する。GEが大型エンジン開発で取得した最新技術を組み込むため、燃費は競合するPT6より1割以上少なく、最初からオーバーホール間隔を4,000時間に設定する。GE93は2020年初めに型式証明を取得できる見込み。GEが2008年に取得したチェコ共和国、プラハ(Prague, Czech)のワルター航空エンジン社で製造する。FADECエンジン管制装置付きなので、1本のパワーレバーでエンジンとプロペラのコントロールができる。これで乗員1名の型式証明を得る予定。

プロペラは、新設計のマコーレイ複合材製5翅定速プロペラ、直径105 inch (2.67 m)で、メーカーは異なるが直径は同じ。

GE93断面

図8:(GE Aviation) GE93の内部構造。図の右半分がいわゆるコアで、軸流4段+遠心1段のコンプレッサー・燃焼室・2段高圧タービンとなっている。左半分は高圧タービンからの排気ガスで3段のパワータービンを回し、減速ギアを介してプロペラ軸を駆動する。コア部分とプロペラ駆動部分を分離した設計で、細部は異なるが基本的にP&WC PT6と同じ構成である。

 

以上述べたように“デナリ”は、新型エンジンGE93、ガーミン・アビオニクス、を備え、わずかに幅広の客席などの特徴で、PC-12が独占する単発ビジネス機市場に参入する。

一方“デナリ”の出現を2年後に迎えるPC-12NGは、対抗のため準備を整えつつある。去る2017年5月に開催されたヨーロッパ・ビジネス航空会議でピラタス航空機会長オスカー・シュエンク(Oscar Schwenk)氏は「デナリの出現を迎え撃つ準備はできている」と述べている。「デナリは多少の市場を獲得するだろうが、我々は競争に勝ち抜く決意だ」とはピラタスの営業本部長の言葉だ。

セスナの技術本部長ブラッド・トレス(Brad Thress)氏は「非常に多くの顧客がデナリに関心を寄せ、購入覚書を結びたいと言ってきている」と話している。

これまで11年来のPC-12のユーザーでニューイングランド在住の某企業家は「PC-12は予期以上に素晴らしいビジネス機だ。デナリに関心はあるが、PC-12と殆ど同じなのに、むしろ驚いている」と話している。

セスナの意気込みに並々ならるものを感じるが、10年後には判定がつくだろう。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week Aug 14-Sept 3, 2017 “Me, Too” by William Garvey

Aviation Week Network Aug 23, 2017 “Opinion: Surf Air Bets Membership Airlines will Succed Abroad” by William Garvey

Paramount Business Jets Mar 27, 2017 “Pilatus PC-12NG: The Survivor that Keeps Adapting” by PBJ Staff

Pilatus Aricraft Home “PC-12 NG”

Business Jet Traveler May 2017 “Cessna Denali” by Mark Huber

Military and Commercial Technology 27 July 2016 “Textron Aviation debuts Cessna Denali single engine turboprop”