三菱MRJ、小型のMRJ70を米国市場に投入、優位を目指す


2018-06-17(平成30年) 松尾芳郎

 

エビエーションウイーク誌2018年6月4-17日号でGuy Norris氏が“Restoring Confidence (自信を取り戻しつつあるMRJ)“と題して三菱MRJの開発近況と将来展望を報じた。ここではこの記事を中心にMRJの近況を紹介する。

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図1;(三菱航空機)2017年中に重要な試験を実施してきたMRJチームは今年に入ってからは大変忙しい。写真はFTA-4号機(No.10004)、昨年8月にアリゾナ州フェニックス(Phoenix-Mesa Gateway Airport, Arizona)で気温42度Cの炎天下で耐高温試験をするため機首に灰色と後部胴体に黒色ペイントをした姿。同機は、2018年に入りフェニックスの北約200 kmにあるフラグスタッフ(Flagstaff)上空で重要な高空試験を行った。これは、高空の希薄な大気中でエンジン、APU、その他の重要なシステムが異常なく作動すること確かめる試験で、それらの機能が確認された。MRJ90はこれまでに1,700時間以上の飛行試験を終えている。

 

三菱航空機では、昨年行ったMRJ開発プログラムの見直しで、将来に自信を取り戻している。今年になりMRJ90に加えて小型版の76席級MRJ70の開発を正式に決断したことがその表れである。

88席級のMRJ90の開発計画は昨年初めの5度目の改定で、やっと2020年完成、引渡しの目処がたった。昨年行った大幅な組織改定、三菱重工による資金投入が決まり、一時沈滞気味になっていた関係者の士気が再び高揚し、今では目標達成に結集している。

MRJ90は世界市場を目標にしているのに対し、MRJ70は米国市場に焦点を当てている。米国内では、主要エアラインとパイロット組合との間で結ばれた協約”scope clause” があり、主要エアラインがリージョナル路線運航を外注する場合、使用する機体は席数76席以下で最大離陸重量は86,020 lbs (39 ton) 以下でなければならいない、と決められている。この範囲にある現用機はボンバルデイアCRJ900しかない。

MRJ90とMRJ70の主な違いは胴体長さだけで、翼幅、システム等には変わりはない。胴体長はMRJ90 / 35.8 mに対しMRJ70 / 33.4mである。したがってMRJ70の証明取得にはMRJ90の試験実績が多く適用されるため、就航はMRJ90の1年後、2021年を予定している。

また度々紹介しているように、MRJは最新型エンジンP&W製PW1200Gを装備し、新しい技術で作り上げた次世代型のリージョナル機である。一方ブラジルのエンブラエル社は同じエンジン付きのE-175-E2をほぼ同時期に米国市場に投入される。

E-175-E2は、1999年就航のE-170胴体を1.78 m延長して2003年から就航しているE-175が基本形である。エンジンをGE製CF34-8EからPW1700Gに変え、操縦系統をフライバイワイヤに、新しいアビオニクスを採用した機体である。客席数80席、最大離陸重量44.8 tonで前述の協約”scope clause” に抵触するのはMRJ70と同じだ。

米国内でMRJを発注しているのは、トランスステーツ(Trans State Holdings)とスカイウエスト(SkyWest Airlines)の2社で合計150機、いずれもMRJ90またはMRJ70のいずれかを選択できる。

MRJ90の試験飛行は、モーゼスレイクの4機ですでに2,000時間に近くなっている。これに、重要なアビオニクス装備品室を移設し、ワイヤリングを改修した7号機(No. 10007)と10号機(No. 10010)の2機が間もなく加わり6機体制で証明取得作業を加速する。

アビオニクス装備品の移設は、大量の水の浸入、爆弾等の爆発、ローターの爆発、タイヤバーストなどの被害を最小にするための新ルールに基づく措置で、これが2016年の5回目の遅延の原因であった。

この解決に尽力し計画を軌道に乗せたのは、MRJ Chief Development Officer (MRJ 主席開発役員)のアレキサンダー・ベラミー(Alexander Bellamy) 氏の努力によるところが大きい。ベラミー氏は、ボンバルデイアCSeries機の飛行試験マネジャーとして勤務し、2016年3月から三菱航空機に移籍し、2017年中は5回目の遅延問題解決に貢献した。

米国西部

図2:MRJの飛行試験が行われている空域、拠点はモーゼスレイク、耐高温試験はアリゾナ州フェニックス、フラッグスタッフで行われた。

型式証明は米連邦航空局(FAA)と日本の航空局(JCAB)から取得する予定だが、日米間にはFAAの型式証明規則Part 25合格をJCABが追認する“相互航空安全承認協定(BASA=bilateral aviation safety agreement) “ は結ばれていない。しかし両者は証明交付に向け緊密に連携しながら試験飛行に参加しているので問題はない。FAA、JCABからの証明取得後は直ちに欧州航空安全庁(EASA)の承認を得ることになる。

こうして現在モーゼスレイクに派遣されている4機で、必要な飛行試験の80 % が行われる。5機目のMRJ90は名古屋にあり、地上試験と新しいソフトの試験に当てられている。

そして8号機(No. 10008)と9号機(No. 10009)がMRJ70の最初の2機で、現在名古屋で最終組立中である。

前にも述べたが、三菱ではMRJ70を米国向けと位置付け、リージョナル機市場で70%のシェア獲得を目指している。エアライン対パイロット組合の協約”scope clause”に合致させるため、MRJ70の最大離陸重量を40.2 tonから39 tonに減らしてFAA証明を取る考えである。これで航続距離は3,740 kmから30,90 kmに減ることになる。

近く試験に投入される前述の改修済み7号機(No. 10007)は、機能試験と信頼性試験、運用/操作評価試験、地上での耐落雷試験、高放射能環境下での試験に充てる。また10号機(No. 10010)は、アビオニクス試験と高温環境下での客室空調システムなどの試験に使う。この10号機は完全な形のMRJ90とした初号機で、高放射能の環境下での追加試験、電磁妨害および落雷に対する耐久試験を行う。さらにFAA/JCABによるヒューマン・ファクター評価試験に使われる。

主に1号機(10001)と2号機(10002)を使ったこれまでの飛行試験では、高度と速度の関係で示す飛行可能な範囲、すなわち「飛行包絡線図(flight envelope)の確認作業をほぼ完了した。

これで失速特性と主翼の防氷について珍しいことが判明した。すなわち、失速特性については、主翼の揚力が予想より大きいことが影響し、失速操作をしても失速を感知しにくいことが判った。対策として昇降舵(elevator)の操舵用ギア比を変えるなど空力的な改修を行った。さらに主翼の内翼部分の防氷ダクトを外し、この部分に配分するエンジンからの暖かい抽気を廃しした。これで僅かだがエンジン性能の向上が図れた。

飛行包絡線関連の試験がほぼ終わり、これからの3ヶ月間はランウエイ性能試験に注力することになる。ここで行われるのは、離陸、着陸、ミニマム・コントロール・スピード(minimum control speed)、ミニマム・アンステイック・スピード(minimum unstick speed)、の試験である。

これまでの試験中に起きたトラブルは、2017年8月21日に2号機(No. 10002)の飛行中に起きたエンジン故障、停止の1件だけである。P&Wによる調査の結果、アクセサリー・ギアボックスのギア破損が原因と判明、20日間の飛行停止後、試験が再開されている。

搭載エンジンPW1200Gは所定の性能と信頼性を示しており、同系列のエアバスA320neo搭載のPW1100Gで生じた冷却時に生じるローター曲がりの問題は起きていない。これは推力の違いによるもので、MRJで発生の恐れはない。MRJ就航の2020年には、系列エンジンの使用実績が十分に蓄積され、それが反映されるため一層信頼性が増すとみられている。

このように三菱はMRJの将来展望に自信を深めつつあり、販売拡大に力を入れ始めている。今年夏の英国ファンボロー(Farnborough) 航空ショーではMRJ90を展示し、デモ飛行を行う予定である。昨年のパリ航空ショーでは地上展示だけだった。

今年のファンボローでは、元空自戦闘機パイロット、第8航空団(築城基地)、飛行開発実験団(岐阜基地)で勤務、2007年より三菱航空機MRJの首席テストパイロットを務める安村佳之(やすむらよしゆき)氏の手で華麗なフライトが行われる。安村氏はF-15、F-2戦闘機などを主に6,500時間以上の飛行時間を持つ優れたパイロットである。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week June 4-17, 2018 “Restoring Confidence” by Guy Norris

FlightGlobal 29, May 2018 “Can MRJ70 win regional battle?”

Mitsubishi Aircraft “MRJ Kicks off a Productive 2018” Feb 8, 2018

Aviation Safety Network “ASN Wikibase Occurrence No. 199168”

TokyoExpress 2018-01-27改定“三菱MRJ、設計変更後の2機は2018年末までに完成”

TokyoExpress 2018-02-24 “三菱MRJの最新情報、性能はスペック値を超えそう“

TokyoExpress 2018-05-18 “防衛省、新型電子戦情報収集機の開発に取り組む“