NASA主導の壮大な民間宇宙旅行計画が進展 —NASAは民間有人宇宙飛行計画に90億ドルを投入中—


2018-06-24(平成30年) 松尾芳郎

 

以前にも紹介したが、ボーイングは、低地球周回軌道(LEO)を往復できる再利用可能な有人宇宙カプセルCTS-100スターライナー(CTS-100 Starliner)を開発中だ。ボーイングは、ケネデイ宇宙センター(KSC= Kennedy Space Center)の整備工場から今月(2018-06)中にニューメキシコ州ホワイトサンド( White Sands, New Mexico)にスターライナーを送り、ここで打上げ失敗時に使う回収用ロケットとパラシュート(Pad Abort System)の試験を行う。

カリフォルニア州エルセグンドにはボーイングの環境試験室があり、ここでは高温、真空、音響、電磁妨害への適合性検査ができる。ボーイングは、今年夏にスターライナー2号機をこの施設で試験する予定である。

またスターライナー3号機の完成も急いでいる。

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図1:(Boeing) 低地球周回軌道(LEO)上のISSに向かうボーイングCTS-100スターライナーの想像図。クルー・モジュールの先端カバーが外れ、ここでISSにドッキングする。サービス・モジュールを付け姿勢を制御しながら結合する。CTS-100は再利用可能な与圧式乗員室/クルー・モジュールと地上帰還時に分離するサービス・モジュールから成っている。

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図2:(Boeing)ボーイングCTS-100スターライナーの外形図。10回までの再使用可能なよう設計されている。大きさは、直径4.56 m、高さ5 m、重量約9 ton、収容人員は7名。大気圏突入時にはサービス・モジュールを分離、クルー・モジュールだけで着地する。

 

CTS-100スターライナーは、ロッキード・マーチンがNASA向けに製作中のオライオン(Orion)宇宙船に似ているが、昔使っていたアポロ宇宙船よりやや大きく、オライオンより少し小さい。

サービス・モジュールは着陸用に頂部にパラシュート3個を備え、これを開いて高度1,500 m付近まで降下、ここで底部に収納したエアバッグを膨らませパラシュートの効果と合わせて時速16-40 km/hrで着地する。ISSとのドッキングは完全自動結合で行われ、このための乗員訓練は不要になる。

最初の軌道投入にはULA (United Launch Alliance)社のアトラスV (Atlas V) N22ロケットを使う予定で、現在ULAのアラバマ州デカチュール(Decatur, Alabama)工場で組み立て中である。NASAによると、最初のISS向け有人飛行は2名が搭乗し2019年末か2020年に行われる。無人貨物輸送はその前に行うことになっている。

アトラスVロケットは、使い捨て型で、第1段にはケロシンと液体酸素を燃料とするロシアのRD Amros製RD-180エンジン地上推力86万lbsを1基使い、第2段には国産のエアロジェット・ロケットダイン製RL10を使う。第1段には固体燃料ブースターを2本装着する。ペイロードを覆うフェアリングはCTS-100打ち上げでは使わない。通常の打上げで使うフェアリングは直径4または5 m、長さはペイロードにより適宜決められる。

アトラスVは2002年以来78回打上げられ、いずれも成功している。

アトラスV N22

図3:(Boeing and ULA) CTS-100 スターライナーとULA製アトラスV N22型ロケットの構成図。ペイロードとなるCTS-100を覆うフェアリングが無いことに注意。

 

アトラスV系列ロケットには3桁の数字が付いている。最初の数字はペイロード・フェアリングの直径m 、2番目の数字は装着する固体燃料ブースターの數、3番目は第2段セントール・ロケットに装備するRL10エンジンの数である。例えば「アトラスV 431」は、フェアリング直径が4 m、固体燃料ブースターが3本、2段目セントールのロケットが1基、であることを表す。

スターライナー用のアトラスVは、ペイロード・フェアリングが無く(No fairing)、固体燃料ブースターは2本、2段目セントールには2基のRL10 エンジン(DEC=dual-engine Centaur) の形式のため、“N22”と呼ばれる。

N22からは、固体燃料ブースターが従来のロケットダイン製AJ-60Aから新しいオービタルATK製GEM 63に変更される。

「ULA (United Launch Alliance)社」は、ロッキード・マーチン・スペース・システムス(Lockheed Martin Space Systems)とボーイング・デフェンス・スペース&セキュリテイ(Boeing Defense, Space & Security) の合弁会社で、2006年12月に設立された。米国政府の宇宙探査機、宇宙船、衛星の打上げを主な業務とし、2016年にスペースX社が空軍のGPS衛星打上げを受注するまでは、政府契約を独占していた。打上げロケットには、デルタII、デルタIV、およびアトラスVを使っている。現在純国産のバルカン・ロケットを開発中で2020年の完成を目指している。

デルタ系列ロケットはボーイング開発で、主エンジンにロケットダインRS-68を使用する。これに対しアトラス系列はロッキード・マーチン製で、主エンジンにロシア製のRD-180を使っている。

詳しくはTokyoExpress 2017-07-23“ロシア製に替わる米国製打ち上げロケットの開発、最終段階へ”を参照されたい。

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図4:(ULA) ユナテッド・ローンチ・アライアンス社のロゴ。

 

同じような計画がカリフォルニア州ホーソーン(Hawthorne, California)のスペースX社でも進行中である。こちらは、自己資金でNASAの民間有人飛行プログラム(CCP=Commercial Crew Program)向けに、6人乗りカプセル・ドラゴン(Dragon)の完成を急いでいる。

NASAの要求に沿った最初のドラゴン2無人飛行実証カプセルがこのほど完成し、オハイオ州サンダスキー(Sandusky, Ohio)にあるNASAの熱真空試験設備へ送られ試験を行う。試験終了後はフロリダに運ばれ年末にファルコン9(Falcon 9)で打上げる予定。有人デモ飛行はその後、来年(2019年)早々になる予定である。

無人飛行、有人飛行を行ってから、NASAから国際宇宙ステーション(ISS) の乗員交代輸送の認可証明と、FAAが所管する民間人宇宙飛行に関わる安全証明を取得する。

予定通り行けば、ロシアのソユーズ(Soyuz)に頼っているISS向けの乗員交代輸送は2019年末で終了する。NASAは残り4回の乗員交代輸送をロシア側に発注していて、“Expedition 61 (遠征飛行第61号)”輸送で委託を終わることになる。

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図5:(SpaceX) ドラゴンは、頂部・与圧カプセル・トランクからなり、打上げ時の重量は6 ton、ペイロード容積は25 m(カプセル/11 m3+ トランク/14 m3) 。帰還時の重量は3 ton、ペイロード容積は11 m3である。全体の高さは7.2 m、直径は3.7 m。

 

ドラゴンはISSを含む地球周回軌道上の宇宙船等に貨物や人員を運ぶために作られたカプセルだ。政府の援助を受けず2012年から自己資金で開発し、すでにISS-地球間の往復無人貨物輸送を数回実施している。そしてNASAと結ばれた協約に基づき有人飛行に向けさらに完成度を高める作業に取り組んでいる。

貨物や人員を搭載する部分は与圧式カプセルで、姿勢制御用スラスター、航法コントロール装置などを装備し、底部は大気圏再突入に備えた耐熱シールドになっている。

カプセルの下にはトランク(Trunk)が取付けられる。トランクは非与圧構造で、貨物を搭載して軌道に運搬する。また、上昇時にカプセルの姿勢制御を支援する装置や電力供給用のソーラーパネルを備えている。トランクはカプセルがISSにドッキングして任務を終え帰還航程まで取付られていて、再突入の前に分離される。

カプセルには、打上げ時の不測の事態に備え安全にカプセルを回収するシステムが備えてある。このシステムは、2015年5月6日に最初の“発射中止試験(Pad Abort Test)”を行って成功した。

ドラゴンの“発射中止システム”は、カプセル下部側面にある8基のスーパー・ドレイコ(SuperDraco) エンジンが出す合計推力15,000 lbsが中核だ。このエンジンはスペースXが、有人カプセルの安全性向上のため、自身で開発した液体水素燃料のロケットである。

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図6:(SpaceX) 8基のスーパー・ドレイコ・エンジンは、着火後直ぐ最大推力になる。

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図7:(SpaceX) 空中でカプセルからトランクが分離される。

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図8:(SpaceX) カプセルは、ロケット着火後2分以内にパラシュートが開き安全に着水した。

ファルコン9 1

図9:(SpaceX) ファルコン9は全長70 m、重量549 ton、直径3.7 m、第1段は9基のマーリン・エンジンで発射時の合計推力171万lbs (7,607 kN)。第2段はマーリン・エンジン1基で推力21万lbs (934 kN)。

 

NASAの前副長官でスペースシャトル計画部長を務め現在ではNASA諮問会議のメンバーであるウエイン・ヘイル(Wayne Hale)は、民間による有人宇宙飛行について次のように語っている;—

「これはNASAにとり初めての試みで、これまでNASAが掌握してきた有人宇宙飛行の管理を民間の手に委ねるものである。これから国際宇宙ステーション(ISS)の運営は民間が主導する第一歩となる。」

民間有人宇宙飛行プログラム(CCP)は、初期の予算不足とその後に生じた技術上の問題のため多少遅れ気味になっている。しかし、米国政府の予算管理局(The US Government Accountability Office) は今年1月に、スペースX社は2019年12月に有人宇宙輸送の証明を取得するだろう、また、ボーイングは2020年2月に同じく証明をする見込み、と公表している。

有人宇宙飛行では、2003年2月1日に起きたスペースシャトル・コロンビア(Columbia)の痛ましい事故が思い出される。コロンビアはケネデイ宇宙センター(KSC)に着陸すべく大気圏に再突入したが、着陸の16分前に大気との摩擦熱のため機体が分解、7名の乗員が犠牲となった。

NASAはこの経験を教訓として、進行中のCCPの安全性検査には一切妥協することはないと公約し、両社と協議を進めている。

 

貨物輸送から有人飛行へ

 

NASAの指導で、ISSへの貨物輸送は、スペースX社とオービタルATK (Orbital ATK)の2社で行われるようになっている。オービタルATKはノースロップ・グラマンに買収され、今では“ノースロップ・グラマン・イノベイテイブ・システムズ(Northrop Grumman Innovative Systems)”と改称されている。そして第3の貨物輸送企業として、シエラ・ネバダ・コープ(Sierra Nevada Corp.)が2020年から参加する。

民間有人宇宙飛行計画(CCP)最初のステップは、American Recovery and Reinvestment Actからの出資金5,000万ドルで始まり、これがブルー・オリジン(Blue Origin)、ボーイング、パラゴン(Paragon)宇宙開発、シエラ・ネバダ、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の5社に分配された。続いて2011年に民間有人飛行開発契約として2億7,000万ドルが支出され、これにスペースX社が加わった。

 

(注) “American Recovery and Reinvestment Act” とは2009年に米国議会が制定した、“雇用を維持しながら新規の事業をできるだけ早く軌道に乗せる”ことを目的とした法律である。“Recovery Act (復興法?)”とも呼ばれる。

 

またNASAはCCP用に別途12億ドルの資金を用意、ボーイング、スペースX、シエラ・ネバダの3社に競争させた。この結果、最終的に2014年9月にボーイングと42億ドル、スペースXと26億ドルを支払う内容で、「2017年末までに国産打上げロケットを使いISSへ有人輸送を開始する」と云う固定価格契約を結んだ。

これが“民間有人宇宙輸送能力(CCtCap=Commercial Crew Transportation Capability)”と呼ぶ契約である。契約には、1回の無人飛行と、有人飛行の認可取得後ISSの乗員交代飛行となる6人乗りの有人飛行を1回実施することを含んでいる。

NASAは2010年から2017年の間民間宇宙飛行計画に合計85億ドルを支出したが、これと併行して深宇宙飛行用のオライオン(Orion) 宇宙船とスペース・ローンチ・システム(Space Launch System)の超大型ロケットの開発に30億ドル以上を投入している。

CCtCap契約は固定価格だが、NASAは安全面でかなり厳しい姿勢で臨み、ボーイング、スペースXは共に追加の試験を要求されている。さらに必要に応じNASA自身でも再試験を行っている。

2016年9月1日、ケープカナベラル基地の発射台で、ファルコン9の第2段に給油中爆発事故が起きた。原因はCOPV( composites overwrapped pressures vessel)と呼ぶ複合材製の液体酸素(LOX)タンクが破裂したためと判明した。このタンクはアルミ内張に複合材を巻きつけた構造で、タンクを加圧するための超低温、高圧のヘリウム(He)ガスから、構造を保護するよう作られている。

破裂した原因は、アルミ内張とCOPVの間に生じた空隙にLOXが浸透、それに超低温、高圧のHeガスの力が加わり破壊したと結論された。

スペースXでは、対策としてCOPVの編み方/製法を変更し強度を増やし、注入するHeの温度を上げる改修をしている。しかし、NASAはスペースXとは別に独自で再試験を行なっている。

そしてNASAは、無人飛行のデモミッション1と有人飛行のデモミッション2を行う前に、新型のCOPVを組込んだファルコン9の7回連続の打上げ成功を求めている。

前にも述べたがスペースXは、ファルコン9ではドラゴン・カプセルに乗員を乗せてから燃料を注入する方法を採用する予定だ。NASAは、これは従来と異なる方法だとして懸念を示しているが、スペースX側は時間短縮上優れた方法と主張している。

燃料供給に伴う危険性は乗員のみならず地上で働く関係要員にも等しく加わるので、この面での安全確保に万全を期す、と説明している。

ファルコン9の場合、宇宙飛行士がカプセルに乗り込んだ状態で、30分で給油は終了するが、その間カプセルの非常脱出システムはいつでも作動できる状態にセットし、給油中は全ての地上の打上げ支援要員を退避させる、としている。NASAの問題点に対する姿勢は極めて厳格で、スペースX側もNASAと緊密に協力しながら対処している。

飛行士がカプセルに乗り込んだ状態で給油する方法を“load-and-go”方式と呼ぶが、NASAはこれを”重大懸念問題点(hot-button topics)”の一つとしている。

もう一つの問題点は、打上げ直後に1段目ロケットがコースを外れた場合に備えて装備する自動飛行停止システム(autonomous flight termination system)だ。アトラスVロケットやこれまでの空軍の打上げロケットでは、ロケットがコースから外れた場合、地上の安全担当員が破壊指令を出す仕組みになっている。ファルコン9装備の新システムは2017年2月の発射から使われているが、この採用で、ファルコン9の安全担当員の数は半分に減り、その分だけミッション弾道飛行コースの修正に人員を回せるようになった。

かつてNASAで宇宙飛行士として核心的業務に携わり、現在は民間宇宙飛行士計画(CCP)に関わるNASAチームの関係者は、3年間にわたりボーイングとスペースXの開発状況を注視し続けている。特に宇宙飛行士が直接触れるもの、すなわち宇宙服、座席、デイスプレイ、これらの配置状況、などの設計、仕様について可能な限り助言をしてきた。

NASAチームのメンバーは、さらにセンサーが故障した時の対処法や代替装置について、紙上設計から実物作成まで、これまで多くの経験を積んできた。この経験をボーイング、スペースXの両社に伝え、カプセルの完成度を高めるよう取組んでいる。

ボーイング、スペースX両社の宇宙船は試験の最中にあり、間も無く打上げパッドに備え付けられる。その間にも予期しない問題が生じるだろうが、NASAと両社は素早く対応し、安全性を確保しながら解決して行くことになろう。

NASAはこのプロジェクトで、国際宇宙ステーション(ISS)の継続運用だけでなく、現在のISSの低地球周回軌道(LEO=low earth orbit)から遠く離れた深宇宙探査に向けて、民間企業の活力を得ながら、より安い費用で活動を進めていくことになる。

この(CCP)プログラムの最大の眼目は、これまでのNASAが進めてきた割高な宇宙開発でなく、民間とチームを組み“一緒に働く(working together)”体制で、新しい開発に取り組んでいる点である。ここでNASAは、設計の主導権を握るのではなく、設計の内部を把握し確認する立場に徹し、2社の自由な発想を生かすよう心掛けている。民間に埋もれている既存の技術を活用し、安価なISS乗員交代が実現すれば、納税者に取っては利益につながり、NASAは余った資金を他の宇宙開発に使うことができる。

 

終わりに

 

本稿のタイトル副題に「—NASAは民間有人宇宙計画に90億ドルを投入中—」と書いた。

NASAの規模は人員:約17,900人、年間予算:約176億ドル(約1兆9,300億円)といわれる。これに対し日本の独立行政法人JAXAは人員:約1,600人、年間予算:約20億ドル(約2,100億円)。つまりJAXAは人員予算共NASAの10 %ほどに過ぎない。

アメリカのGDPは16兆,2500億ドル、日本のGDPは6兆ドルなのでGDP比では日本はアメリカの37 %位である。両国の国家経済規模を考慮するとJAXAの予算は異常に少ないことが分かる。これが日本の宇宙開発や航空機産業が他国に比べ大きく遅れを取っている原因だ。

政治家や国会議員は、科学技術振興が大切と言いながら実態はこのような状況。我が国では予算人員共に、宇宙開発を含む科学技術活動が極端に冷遇されていることが分かる。こんなことで日本の将来はどうなるのか。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week June 14, 2018 “NASA’s Grand Commercial Space Taxi Experiment Heads into Home Stretch” by Irene Klotz

Boeing CTS-100 Starliner home

NASA Spaceflight.com

United Launch Alliance (ULA) home

SpaceX Falcon 9, Dragon Capsule Home

Composites World Jan.2, 2017 “SpaceX announces COPV’s role in September rocket explosion” by Ginger Gardine

職場で役立つ旬な話題.com “NASAとJAXAの規模の違いを比較してみました!“