中国、世界最大の口径500 m電波望遠鏡 [FAST]を完成、運用開始


2019-09-21(令和元年) 松尾芳郎

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図1:(Fraser Cain / Universe Today) 中国南西部の貴州省平塘県の山間部・標高1,000 m、に中国科学院国家天文台が建設した固定式の口径500 m球面電波望遠鏡。周囲に6基の支持塔があり、そこから受信機(レシーバー)付き「ケーブル・ロボット」を吊り下げてアンテナ鏡面が捉えた電波を受信する。鏡面の中心に白く光る物体がケーブル・ロボット。

電波望遠鏡は[FAST = Five-hundred-meter Aperture Spherical Telescope]と呼ばれ、貴州省平塘県山間部の窪地に建設された。工事は2011年に開始、2016年完成、2017年から運用を始めている。測定できる波長帯域は10 cmから4.3 mとされる。

(China announced at Sept. 2019 that their Five-hundred-meter Aperture Spherical Radio Telescope (or FAST) is now operational and ready to do science at a massive scale)

[FAST]のアンテナ鏡面の周囲には6本の支持塔がありそれを囲む鋼製の「フィード・キャビン(feed cabin)」が支える網で地面から約140 m浮かしてある。
アンテナ鏡面は、一辺が11 mの正3角形アルミパネル 4,450 枚をつなぎ合わせて球面状ドーム(geodesic dome)に成型している。下面には2225個のウインチがあり、これでパネル間を結ぶ継ぎ手を調整し鏡面に生じる歪み等を補正して、パラボラ・アンテナが目的の方角を指向するようにしている。
鏡面の上には、6本の支持塔のケーブルが支える「ケーブル・ロボット(cable robot)」があり、その位置と向きは、支持塔側にあるサーボ機構で調整している。「ケーブル・ロボット」下面に取り付けてある受信レシーバーは、「スチュワート・プラットフォーム(Stewart platform)」機構で支持され、精密な位置決めと風によるゆらぎを補正し、視野角「8 アークセコンド(8 arcseconds)」の精度を維持している。「ケーブル・ロボット」とはスポーツ・スタジアムなどでカメラなどを取り付け、使われている装置の総称。

(注)「スチュワート・プラットフォーム(Stewart platform)」とは、「プラットフォーム(台座)」を6本のアクチュエーターで3カ所を支持、これをコンピューターで操作し、「プラットフォーム」の向きと位置を任意に変える装置。これで「プラットフォーム」は6軸自由に動かせる。すなわち、”X”、”Y”、“Z”の3軸の線形の動きと、 “ピッチ”、“ロール”、“ヨー” の3軸周りの回転の動きである。このため“6軸プラットフォーム(six-axis platform)”とも呼ばれる。身近な例としてフライト・シミュレーターがある。

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図2:(Wikipedia) 「スチュワート・プラットフォーム」or「6軸プラットフォーム」の原理。上は実際のフライト・シミュレーター。

(注)「アークセコンド( arcseconds)」:角度を示す尺度に「アーク・ミニッツ(arcminute)」があるが、これは直径22 cmのサッカーボールを775 mの距離から見た視差角を「1アーク・ミニッツ( 1 arcminute )」と定義し[ 1’ ]と表す。[ 1’ ]は、角度表示では[ 1/600 = 0.0160 ]となる。「 1アーク・セコンド( 1 arc second)」その [ 1/60 ]である。

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図3:(Wikipedia) 「 1 アーク・ミニッツ (1 arc minute)」[ 1’ ]の定義。角度表示では[ 0.0160 ] になる。

反射鏡面は口径500 m だが、パラボラアンテナの球面形状を補正維持しながらレシーバーで受信できるのは口径(aperture) 300 m の範囲になる。
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図4:(Ohio University)反射鏡面の口径は500 m、受信機付きケーブル・ロボットは、支持塔からのケーブルを伸縮して動かすことができ、その可動域は口径206 mの範囲である。
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図5:(Wikipedia) 口径500 mのアンテナ鏡面と実際に一度にレシーバーで受信できる鏡面の範囲の関係を示す図。一度に受信できる範囲は口径300 mに限定される。

測定可能は周波数範囲は70 MHz~3.0 GHz、受信には9個のレシーバーを使っている。そのうちのHydrogen Lineを含む1.23~1.53 GHz波帯のレシーバーは、オーストラリア政府機関[CSIRO]が開発した装置。

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図6:(Ohio University)「ケーブル・ロボット」下面に取り付けられた「受信レシーバー」の取付け見取り図。「受信レシーバー」の位置は正確さが必要なので「スチュワート・プラットフォーム」で支持されている。

[FAST]はこれまでに84個の「パルサー(Pulsar)」の観測を行い、天文学の発展に寄与した。

ここで「パルサー」について触れてみよう。
「パルサー」とは、数秒以下(1,000分の1秒〜10秒の範囲)の周期で、自転の周期に対応して規則的に電波を出す天体を云う。この電波は中性子星や白色矮星が出すものでビーム状に放射される。中性子星は強力な磁場を持ち、高速で回転している。これまでに銀河系内で1,000個以上が見つかっている。このビームは中性子星の磁極から出るが、磁極と回転軸にズレがあるため地球から見ると磁極が見え隠れするので、ビームは断続的に受信される。

(注)中性子星(neutron star)とは、太陽の10倍から29倍ほどの質量を持つ重い星が核融合反応を終え、自身の重力で収縮し遂には中心核が崩壊し、超新星爆発を起こした後の姿である。中性子星の質量は太陽の1.4倍もあるが直径は僅か10 km位しかない。つまり密度は1立方センチ当たり数億トンにも達する超高密度の天体である。“中性子”とは原子を構成する粒子で電荷を持たない、“陽子”より少し大きい。

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図7:(JAXA)中性子星「パルサー」の説明図。

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図8:(NASA, ESA, J. Hester and A. Loil / Arizona State Univ) 「かに星雲 (Crab Nebula)」[NGC1952] [M1] は、「おうし座 (Taurus)」にある超新星の残骸で地球からの距離は約6,500光年。幅は6光年あり今も膨張し続けている。オレンジ色は水素ガス、青は酸素、緑はイオン化した硫黄、赤は2重にイオン化した酸素を示している。中心には中性子星「かにパルサー」があり、強力な磁力線で内部を青くしている。青い光は、中性子星からの光速に近い磁力線で加速された電子で生じている。中性子星からは磁極方向に2本の放射ビームが出ていて、この中性子星は直径10 km、毎秒30 回の高速回転をしており、周期33 ms (ミリ秒) で電波やX線を出し、可視光線で「かに星雲」全体を照らしている。超新星爆発は1054年に発生、1ヶ月ほどは昼間でも見ることができたようだ。日本では藤原定家の“明月記”に記録されている。「かにパルサー」は1969に発見された。

(注):「おうし座 (Taurus)」は、冬で言えば「オリオン座」の三つ星の右上辺りにあり、オレンジ色の1等星「アルデラバン」、スバルのマークの元となった「プレアデス星団」、そして「アルデラバン」の左上に「かに星雲」が見える。

(注)白色矮星(white dwarf)とは、太陽と同じほどの質量を持つが、大きさは地球程度でこちらも極めて密度が高い。自身の持つ熱エネルギーを殆ど放出し輝きを失いつつある星をいう。太陽から8.6光年の距離にある「シリウス B(Sirius B)」は白色矮星の一例である。太陽に近い距離にある100個の恒星系の中に8個の白色矮星がある。「白色矮星」は、質量が太陽の10倍以内の比較的小さい恒星の終末期の姿である。銀河系の星々の97 %がこの系統の星で、自身を構成する水素を核融合でヘリウムに変換し終わると赤色巨星となり、やがて白色矮星に変わる。

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Fraser Cain / Universe Today
China Daily 2019-07-03 “China’s FAST telescope identifies 84 pulsars” buy Xinhua
Mechanical Engineering Ohio Univ. July 2015 “FAST Cable-suspennded Robot Model and Comparison with the Aredibo Observatory” by Robert L. Williams II, Ph.D
JAXA平成24年2月23日“かにパルサーから吹き出す超高速のパルサー風を捉えた”