衰弱しても存在感、自民党総裁選と派閥


2019年11月25日(令和元年)       政治アナリスト・元杏林大学教授  豊島典雄

中選挙区制と派閥 

自民党総裁選が近付くと、派閥の動向が頻繁に報じられるようになる。近年の自民党総裁選挙からは、昭和後期の角福(田中角栄と福田赳夫)戦争のような派閥抗争の迫力は消え失せたが、派閥は今でも天下取りを狙う者には、力強い基盤なのだ。ポスト安倍の一人である石破茂氏も派閥を結成しているし、小泉進次郎環境相が政権を狙うなら派閥結成は避けられまい。菅官房長官も天下取りを目指しており、事実上の“菅派”がある。

今日、自民党(衆議院議員285人、参議院議員113人)には安倍首相の出身母体の細田博之派(97人)、麻生太郎派(55人)、竹下亘派(54人)、岸田文雄派(47人)、二階俊博派(47人)、石破茂派(19人)、石原伸晃派(11人)がある。安倍政権は細田派、麻生派、二階派、菅グループに支えられている。

細川護煕内閣時代の平成6年にいわゆる政治改革が断行され、衆議院に小選挙区比例代表制が導入された。それまでの定数が3から5を中心とする中選挙区制の下では政権を狙う政党は当然複数の候補者を立てる。当時の衆議院は定数が511で、選挙区は129だったから、-選挙区平均2名当選させないと過半数は取れない計算となる。

ちなみに、平成2年の第39回総選挙では、自民党が338名、社会党は149名が立候補した。自民党では5人区に4人立てたり、4人区に4人立てたりもした。

敵は政策の違う野党ではなく、政策が同じ党の候補者であり議員なのだ。このライバルに勝つためには、党の公認、選挙資金、企業・各種団体へのコネが必要だ。

これをまとめて面倒見てくれるのが“党中党”の派閥だ。ある幹部も「俺が○○派に入ったのは、派閥のボスを尊敬していたからではない。選挙区には、A派、B派の現職議員がおり、空き家のC派に入らざるを得なかった」と告白していた。

中選挙区制の最大の定員は5。三角大福中(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘)の5大派閥が存在し得た。

この派閥の領袖と子分の関係は鎌倉幕府のご恩と奉公の関係だ。子分は日頃、人事や選挙で、資金を含め面倒を見てもらう代わりに、いざ鎌倉の時=総裁選の時には奉公の限りを尽くすのだ。

当選すれば、派閥特に巨大派閥は「総合病院」(田中角栄)であり、若手代議士の陳情処理を強力に支えてくれる。

また、政治家としての出世も、派閥抜きでは語れない。“派閥均衡人事”の言葉が示すように、各派閥の勢力に比例して大臣などのポストが割り振られてきた。かつては無派閥で政治生活を全うできるものは少なかった。

派閥を作る側のメリット 

「派閥の領袖としては、総裁選があるかぎり、派閥は手放せない」(渡辺美智雄・元副総理)ものである。

数は力である。派閥は「領袖やニューリーダーにとっては、自己の影響力の最も重要な基盤であり、総裁=首相のポストを獲得するためのスプリングボードである。したがって自派の勢力を維持し拡大しうるかいなかは、その領袖の政治的運命を大きく左右することになる」(佐藤誠三郎・松崎哲久『自民党政権』)。

学会、企業等いかなる社会にも派閥はある。「人間が三人いれば二つの派閥ができる」(大平正芳元首相)。しかし、政権党の派閥は総裁=首相のポストの争奪をめぐっての金のやり取りなど弊害が多い。”ニッカ“(二人の総裁候補から金をもらうこと)、“サントリー”(三人からもらうこと)、“オールドパー”(全候補者からもらう)という言葉はよく知られている。だからかねてより「派閥解消は天の声」(岸信介・元首相)と言われるが一向に解消しない。

しかし、これから天下をとろうというものには、そうした声はきれい事にしか聞こえない。

「派閥があっても犯罪になるわけでもないし、少しも悪いとは思わない。池田総裁が派閥解消を申したようだが、私も総裁になれば同じことをいうだろう」(河野一郎・昭和38年10月)、「派閥には罪があるが、功のほうがより働いてきたと言えるかもしれない。絶えず党内で切磋琢磨してきたから」(竹下登、首相になる前の昭和60年11月)と開き直る。

また、「有権者へのサービス競争に候補者を駆り立てるよう、特別に工夫した制度のようにも見え………派閥抗争に極めて適した制度」(米国カリフォルニア大学のハンス・ベアワルド名誉教授)である中選挙区制を残したままでは、派閥解消は掛け声倒れに終わってきた。

往時の結束力はないが…

しかし、平成になり自民党はいったん下野して集金力を失い、ポストも配分できなくなった。そこに、中選挙区制の廃止、小選挙区制の導入となった。

原理的には、選挙資金も選挙運動も党が責任を持って集めたり進めたりする「党営選挙」になるのだから、派閥の存在は必要ないはずだ。

さらに、民主党に3年あまり政権を奪われて派閥の結束力は弱くなった。町村信孝、安倍晋三のように一つの派閥から二人が総裁選に立候補したこともある。

確かに、398人の自民党所属国会議員中、無派閥は68人(衆議院に49、参議院に19人)いる。

しかし、派閥は無くならない。派閥の機能はある。

①、国政選挙での党の公認の獲得。

―昨年秋の総選挙での山梨県での岸田派と二階派の争い等6選挙区での公認争いは記憶に新しいところである。二階派の膨張作戦により、次期衆院選でも激しい公認争いが予想される。子供の喧嘩に親が出てくる構図である。無理が通れば道理が引っ込むこともある。

②、政府与党のポスト獲得。

安倍内閣も令和元年11月に、史上最長政権になった。政権が長くなると各派閥に配慮せざるを得なくなっている。

「なんでこんな者を国務大臣にするのか? 週刊紙の餌食になるだけでは」と言われものが入閣することがある。

不適在不適所の大臣も誕生する。親分の腕力による総理に対する無理強いである。また、領袖が政治資金パーティで「組閣では○○先生はうちの推薦候補の筆頭です」と断言したのに、空手形に終わり落選となると領袖も責任を問われ、領袖交替となる。

③、陳情処理。

選挙区への新幹線の整備などに貢献すれば金と票を得ることになる。派閥に入れば領袖や有力幹部の支援で陳情を解決できる。

④、若手代議士の教育機関。

魔の二回生(今は魔の三回生)という言葉に象徴される若手にさまざまなスキャンダルが噴出した

時に、元高検の検事長が「派閥が衰退したからだ。派閥は若手代議士の教育機関だよ」と言っていた。政治と金に鋭いメスを入れてきた検察OBの発言に驚いたものだ。

⑤、情報交換の場。

派閥に入っていないと永田町の情報に暗くなる。

⑥、国取り。

総裁選こそ、派閥の存在感を示す好機である。だから、派閥拡大に狂奔する。

二階派は、訳あり派閥等と揶揄されながらも派閥拡大に余念がない。人事でもかなり無理を通している。「無理が通れば道理が引っ込む」か。派閥らしい派閥とも言える。

政界でも覇権を目指してM&Aが盛んである。

保守傍流の三木武夫派の流れを組む者(山東派)と、保守本流の吉田茂の孫が率いる麻生派が合流した。数は力だからだ。山東氏は参議院議長になれた。

派閥の創立者たちは絶句しているのではないか。