令和2年5月、我が国周辺における中露両軍の活動 および 米国CSBAの報告 “日本に挑戦する巨竜”


2020-06-01(令和2年) 松尾芳郎

 

令和2年5月、我が国周辺における中露両軍の活動として統合幕僚監部が発表した中露両軍の活動は1件のみ、しかし、中国海警局艦艇による沖縄県尖閣諸島周辺の領海、接続水域への侵犯は4月中旬から1日も休むことなく5月末日まで48日間連続した。この中には、5月8日、9日に発生した魚釣島領海で操業中の我国漁船への追尾事件も含まれる。

殆どの我国マスコミは報道しなかったが、注目すべき報告書が米国で5月19日に発表された。米国の有力研究機関CSBA (Center for Strategic and Budgetary Assessments / 戦略予算評価センター )が、日中海軍力を比較した「Dragon against the Sun /日本に挑戦する巨竜:日本の海洋パワーに対する中国の見解」と題する報告書である。

(According to the Japan’s MOD Joint Stuff, Russian and Chinese Forces movement around the Japanese Islands was one. The Chinese Coast Guard Ships, however, has being penetrates Japan’s territorial waters around Senkaku Islands, since mid-April to the end of May for 48 consecutive days. On May 19, a major US sink-tank CSBA issued a report titled “Dragon against the Sun”, describing “Chinese views of Japanese Seapower”.)

 

以下に5月に報道された安保関連問題の大要をまとめ紹介する。

 

  1. 5月18日 公表  ロシア海軍艦艇の動向について

5月17日(日)午前11時、上対馬北東90 kmの海域を南西に進むロシア海軍ウダロイI級駆逐艦1隻を発見した。同艦はその後対馬海峡を南西に航行し、東シナ海に入った。発見・追尾したのは海上自衛隊佐世保基地第3ミサイル艇隊所属「おおたか」および厚木基地第4航空群所属の「P-1」哨戒機である。艦番号(548)は去る3月末にオホーツク海で行われた太平洋艦隊の大演習に参加した艦である。

05-17 ウダロイ548

図1:(統合幕僚監部)ウダロイ(Udaloy) I級駆逐艦「アドミラル・バレンテーエフ」(548)。本級は「1155型大型対潜艦」と呼び、満載排水量8,500 ton、強力なソナー、長射程の対潜ミサイル、ヘリコプター2機、SA-N-9型個艦防空ミサイルを装備。1980-1991年に作られ8隻が就役中で太平洋艦隊には内4隻を配備。イージス艦に近い性能を持つ。

 

  1. CSBA報告書 “対日軍事的優位で中国自信”

5月19日に、CSBA (Center for Strategic and Budgetary Assessments / 戦略予算評価センター )作成の日中海軍力を比較した「Dragon against the Sun /日本に挑戦する巨竜・日本の海洋パワーに対する中国の見解」と題する95ページの報告書が発表された。

CSBAは、無党派の独立研究機関で、米国の安全保障に関わる戦略と予算に関わる方針について提言する研究機関、ホワイトハウスの政策立案に大きな影響力を持つ。

本報告の著者代表トシ・ヨシハラ氏はCSBAの上級研究員(senior fellow)で、海軍大学(U.S. Naval War College)で戦略担当教授を務めていた。現在はタフト大学(Tufts Univ.)フレッチャー校(Fletcher School)、カリフォルニア大学’(Univ. of California) サンデイゴ校(San Diego)、および米空軍大学(U.S. Air War College)で客員教授を務め、ジョージタウン大学(Georgetown Univ.)大学院では “インド-太平洋における海軍力”の講義を担当している。

本報告書は、5月19日付けサンケイ紙にワシントン駐在客員特派員古森義久氏の記事として紹介された。

その後5月27日には中国共産党機関紙、人民日報系の「環球時報」が、本報告について「中国の海軍力、規模では日本を追い抜くも、艦艇の平均サイズでは劣るー米誌」と題する報道をしている。

これらを含めてCSBA報告の内容を紹介したい。

CSBA報告

図2:(CSBA) CSBA報告書「Dragon against The Sun : Chinese views of Japanese Seapower / 日本に挑戦する巨竜:日本の海洋パワーに対する中国の見解」・上級研究員トシ・ヨシハラ氏作成、の表紙。背景の写真は、海自が撮影した最新のヘリ空母「いせ (DDH-182)」と発艦する「SH-60K」哨戒ヘリコプターである。

 

この10年間で中国の海軍力は、日本海上自衛隊の戦力をその総トン数とミサイルを含む総合火力で大きく上回るようになってきた。海軍力で中国が日本を凌ぐようになるのは、地域の戦略上好ましいことではない。これで両国の海洋戦略は一層緊張を深めることになり、この傾向が続けば日本の海洋における抑止力は今後10年でその力を失うことになる。そうなれば米国は同盟国としての責任を果たせなくなり、日米間では安全保障問題で軋轢が生じるようになろう。

この報告書で著者は、中国側が如何にして日中両国の海軍力のバランスを覆してきたか、その経緯を述べるとともに、中国側は数年以内にその差を一層拡大できると自信を深めている、と述べている。さらに中国は優勢な海軍力を背景に、政府高官や軍幹部は、日本に対し尖閣諸島、沖縄本島を含む海域での紛争に関し、ますます攻撃的・挑発的発言をするようになっている、と警告している。著者は、日中間の海軍力の不均衡をこのまま放置すれば、日米同盟の緊張が高まり、アジア全体に不安定さをもたらす、と主張。日米両政府・特に日本に対し、中国海軍力の増強を直視し、迅速に行動を起こし海軍力のバランスを復元すべし、と警告している。

国防費比較

図3:(CSBA Dragon against The Sun) 日本・中国の国防費過去30年間の推移を示す図。日本は年間500億ドル(5兆円規模)で1990年から昨年まで殆ど変わっていない。中国は300億ドルから増やし続け2000年頃から年率10 %の割合で急激に増加、2019年には2,500億ドル(25兆円)に達し、日本の5倍の金額を軍事力増強に注入している。

 ミサイル

図4:(CSBA Dragon against The Sun) 中国海軍と海上自衛隊が装備する対艦ミサイルの射程距離の比較表。海自が配備している「90式」対艦ミサイルは、亜音速で射程は81 n.m. (150 km)。これに対し中国海軍が「052D型」(旅洋III級)および改良型「「055型」駆逐艦に搭載する巡航ミサイル「YJ-18」は亜音速だが射程は290 n.m. (530 km) に達し、しかも着弾直前のターミナル段階では超音速で飛行する。このように巡航ミサイルの性能面での彼我の差は拡大を続け、さらに運用する艦艇の数でもその差が拡大している。「055型」は12,000 tonの大型艦で3隻が就役済み、5隻が建造中、2023年には8隻体制となる。既報したが「052D型」(旅洋 III)は7000 ton級、12隻が就役済み、建造中と合わせると23隻になる。これでイージス艦相当の中国艦は、海自の8隻体制の4倍、31隻になる。

トン数比較 

図5:(CSBA Dragon against The Sun) 主要水上艦の合計トン数では、かつては海自が優勢だったが、2013年に逆転、中国側が「052D型」や「055型」イージス艦を続々就役させた結果、今では「海自/37万トン」に対し「中国/52万トン」とその差が逆転、拡大し続けている。個艦平均トン数では依然として海自が6,000 ton台で優位だが、中国海軍は4,000 -5,000 ton級のフリゲート「054A型」(江凱II級)などを30隻を超える量産中のため、4,000 ton台にとどまっている。しかし「054A型」はフリゲートとは言うものの、搭載する「YJ-83」対艦ミサイルは射程180 km 、海自の「90式」より長く侮りがたい存在である。

沖縄との距離

図6:(CSBA Dragon against The Sun) 中国が侵攻を目論む沖縄本島は、海自の主要基地からの距離は、「佐世保」から800 km、「横須賀」からは1,580 kmの遠距離にある。一方中国海軍基地からは、「寧波」から700 km、「上海」から840 km、「青島」からは1,275 km、と近い。睨み合いが続く尖閣諸島は(図11)に示すように沖縄から西410 kmにあり、中国海軍基地から一層近距離に位置している。

 

  1. 「環球時報」の報道

中国「環球時報」は本報告を論評する中で、過去30年間の軍事費の増強については中国にはそれに見合うだけの経済成長があった、と云うにとどめている。中国の経済成長と日本の停滞で、西太平洋における日本の長年の地位は損なわれるようになった、と記述。彼我の軍事力バランスが逆転したのは中国の責任ではなく、日本側の理由による、と自己正当性を主張している。

日本は過去30年間経済が伸びなかったため、艦艇の数が64隻から41隻に減少した。中国は経済発展のお陰で」55隻から125隻に増やすことができた。唯一強調しているのは「艦艇の平均サイズは日本に劣る」点で、これをもって中国は軍拡のスピードを緩めるべきでない、と述べている。

巡航ミサイルについては、中国海軍は海自より多くのミサイルを配備することに成功した。日本は米海軍に重要な基地を提供しており、有事の際は日米が共同して戦うだろう。中国は全軍で3,300発のミサイルを保有するが、日本は1,600発を配備する、そして米太平洋艦隊は6,000発を備えている。つまり配備する対艦巡航ミサイルは、日米同盟の7,600発に対して中国は3,300発で、依然として劣勢にあるので、拡充が必要と強弁している。

全体のトーンは、西太平洋における中国軍の圧倒的な優位については多くを語らず、さらなる軍拡の正当性を主張している。

 

  1. 米艦による台湾海峡、南シナ海で活動

・5月13日、米太平洋艦隊第7艦隊所属のアーレイ・バーク(Arieigh Burk)級イージス駆逐艦「マックキャンベル(MacCampbell)・DDG-85」が台湾海峡(幅180 n.m.)を通過、自由で開かれたインドー太平洋を維持する姿勢を示した。一週間後に行われる台湾の蔡英文(Tsai Ing Wen)大統領の就任式を支援する目的もある。米艦による台湾海峡通行は今年これが6度目となる。

・5月28日、米太平洋艦隊第7艦隊所属のアーレイ・バーク級イージス駆逐艦「マステイン(Mustin)・DDG-89」は、南シナ海パラセル諸島(西沙諸島)内のウッデイ (Woody)島12 n.m.以内の海域を航行し、航行の自由作戦を実施した。中国海軍は直ちに退去するよう警告した。

ウッデイ島

図7:(Reuters ) 南シナ海パラセル諸島(西沙諸島) ウッデイ( Woody)島に建設した中国軍の拠点。H-6K戦略爆撃機が発着できる3,000 m級滑走路と付属の施設が完成している。海南省三沙市西沙群の庁舎はここに置かれている。

南シナ海

図8:(産経新聞) 中国政府は4月18日に、海南省の「三沙市」の下に南シナ海のパラセル諸島(西沙諸島)、スプラトリー諸島(南沙諸島)を統括する行政区として、それぞれ「西沙群」、「南沙群」を設置した。「西沙群」の本拠はウッデイ島(中国名:永興島)に、「南沙群」の本拠はファイアリー・クロス礁(中国名:永暑礁)に置く。「パラセル諸島」は1974年までは南ベトナムが管轄していたが、中国軍との戦いに敗れ中国の実効支配下になった。「スプラトリー諸島」はベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、台湾、中国が領有を主張しているが、圧倒的な軍事力を持つ中国の実効支配が着々と進んでいる。

 

  1. 米空母のフイリピン海展開と日米共同の戦闘攻撃訓練

5月21日、米海軍は空母セオドア・ルーズベルト(USS Theodore Roosevelt / CVN71)が2ヶ月ぶりに航行を再開したと発表した。翌日にはフイリピン海に入り、搭載する第11空母航空団 (Carrier Air Wing 11= CVW 11)の飛行訓練を開始する。これで本来の任務 ”インド-太平洋ミッション (mission in the Indo-Pacific) “ を開始することとなった。

同空母は乗員が多数コロナ・ウイルスに感染、3月下旬グアム基地に停泊、乗員4,000名を下船、感染検査を行い、艦内ずみずみまで消毒を完了した。感染者約1,000名(内1名死亡)をグアムに残し、健康者のみで乗組員を編成、今回の出動となった。乗組員は全員マスク着用、いわゆる3密を避けて任務に当たっている。

中国が支配を強める南シナ海への航行も視野に入れている。米軍の象徴・空母の南シナ海派遣は、中国軍に対する大きな抑止力となる。

「セオドア・ルーズベルト」は「ニミッツ(Nimitz)」級空母の4番艦で今年1月17日にサンデイゴ(San Ciego, Calif.)を出港 ”インド-太平洋ミッション“に就く予定だった。

同艦は、満載排水量105,000 ton、搭載航空機は、第11空母航空団のF/A18Eなどで編成する4個戦闘攻撃飛行隊を主力にE-2 C早期警戒機など合計約70機。現在は太平洋艦隊(U.S. Pacific Fleet) 第9空母打撃群(Carrier Strike Group 9)に所属、旗艦をしている。

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図9:(U.S. Navy Zachary Wheelerr/ Stars and Stripes ) 5月21日、米空母セオドア・ルーズベルト(CVN 71)はグアム米海軍基地を出港、フイリピン海に向かった。写真は同25日からフイリピン海で始まったF/A-18E スーパー・ホーネット(Super Hornet) 戦闘攻撃機の訓練の様子。

 

5月27日、米空軍の B-1B 戦略爆撃機2機と航空自衛隊 F-15JおよびF-2戦闘機16機が日本海と沖縄周辺の空域で共同訓練を実施した(日経6月1日)。航空幕僚長丸茂空将は「日米共同の抑止力や対処力を一層強化する上で非常に重要な意義を持つ」と強調した。B-1Bとの共同訓練はこれで3回目となる。米空軍は今回のB-1B派遣について、「コロナ・ウイルスの流行の最中でも、我々は世界中にB-1Bを展開する能力を有している」と語った。

米空軍はB-1B戦略爆撃機を62機保有、「Air Force Global Strike Command (AFGSC) / 全世界攻撃司令部の意」 配下に5個爆撃航空団(Bomb Wing)その他として全米各地に展開している。この「AFGSC」は、冷戦時代の「戦略空軍(Strategic Air command)」の後継とされる。

米空軍は。5月1日にテキサス州ダイス空軍基地 (Dyess AFB, Texas)から4機のB-1B戦略爆撃機をグアム島アンダーセン空軍基地(Andersen AFB, Guam)に展開したと発表した。

空軍発表では、第9爆撃飛行隊B-1B が4機と要員200 名が派遣され、同盟国との共同訓練を通じて、緊密な協力体制を作り上げ、インド-太平洋で予想される不測の事態に備える、のが目的と説明している。

B-1Bランサー(Lancer) は、超音速可変後退翼の大型爆撃機で、B-2スピリット(Spirt)、B-52と共に米空軍の戦略爆撃機の主力を務めている。乗員4名、全長45 m、翼幅42 m、最大離陸重量216 ton、エンジンGE製F101-GE-102 アフタバーナ付きターボファン・推力30,000 lbsを4基、性能は最大速度マッハ1.25、航続距離9,400 km、搭載兵装は、翼下面のハードポイント6箇所を含め最大で23 tonに達する。

B-1B

図10:(U.S. Air Force photo by Senior Airman Mercedes Porter) ダイス空軍基地、第7爆撃航空団所属の第9爆撃飛行部隊の B-1B戦略爆撃機が離陸、グアムに向け飛び立った。B-1Bは、米空軍の中で最大の誘導ミサイル/非誘導兵器を携行できる。特に長射程対艦巡航ミサイルAGM-158C LRASM を多数携行できる。

 

  1. 尖閣諸島海域、中国海警局艦艇による領海侵犯

5月8日、9日には、海警局艦艇4隻が魚釣島領海に侵入、操業中の日本漁船・与那国島漁況所属「瑞宝丸」に接近してきたので海保巡視船が間に入り、事なきを得た事件が発生した。8日、外務省アジア太平洋局長は駐日中国大使館公使に電話で抗議した。北京日本大使も中国外務省に電話で抗議したと云う。電話で済む話とは思えない。なるべく中国を刺激しないよう穏便に収束を図ろうとする姿勢が透けて見える。

11日、中国外交部の趙立堅副報道局長は「日本漁船は中国領海で不法操業していたので退去を求めた。日本側に外交ルートを通じて中国主権を侵害しないよう求めた」と述べた。つまり「尖閣諸島は中国の領土であり施政下にある」と宣言したのである。

中国海警局が実行する尖閣諸島領海侵犯に対する我国の対応は極めて弱い。このままで推移すれば、間も無く中国による奪取が現実になる。

海上保安庁の奥島高弘長官は5月20日の記者会見で、中国海警局の船が日本漁船を追尾した件に関し「国際法、国内法にのっとり適切に対処している。領土、領海を断固として守り抜く方針の下、冷静かつ毅然と対応していく」と強調した。国内の記者向けの発言だが、実行力を伴わない言葉は“犬の遠吠え”に過ぎない。このように政府中枢からは、中国に対する明確な抗議や、対抗措置を講ずる話など、は全く聞こえてこない。

香港の反政府活動を禁じる国家安全法の制定(5月25日)で、今や香港が「一国1制度」になる問題でも、強硬な態度で撤回を迫る米国や西欧諸国とは距離を置き、日本は官房長官が「深刻な憂慮」を示すに止めている。これらは政府・外務省・自民党に根強く残る親中派の影響を受けた対応と言わざるを得ない。

尖閣諸島は客観的に見て日本の施政下にあると明言できるだろうか。実際には入島は許されず、海保は先日の漁船に対して危険を理由に操業を止めるよう勧告したと云う。

早急に尖閣諸島に日本人が常駐するなど我国の施政下にあることを明確に示す必要がある。自身の島嶼防衛姿勢を明確にすることで、中国に高圧的な姿勢の変更を迫ることができ、また不幸にして戦火を交える事態になっても安保条約に基づく米軍の支援が期待できる。竹島や北方4島のように相手国の占拠・実効支配を許せば、安保条約による奪還は最早期待できない。日本政府は「独立を守る気概」を内外に示して貰いたい。

尖閣諸島地図

図11:(海上保安庁白書2017)尖閣諸島の位置関係を示す図。尖閣諸島は接続水域(海岸線から44 km)を含めると東西200 km、南北110km、四国全土の3分の2に相当する海域になる。中国軍の傘下にある海警局の艦艇は5月31日までに連続48日間に渡り接続水域・領海への侵犯を繰り返し、実効支配を試みている。

 

―以上―