JAXAの火星衛星探査計画(MMX) 、フォボスの砂を採取、2029年に地球に帰還


2021-08-27(令和3年) 松尾芳郎

図1:(NASA) 2008年3月23日に NASAの火星探査機「MRO」/Mars Reconnaissance Orbiter)が撮影した火星の衛星「フォボス(Phobos)。「月」に比べ遥かに小さく直径22.2 km、火星から9,000 kmの軌道を7.7時間で周回している。火星にはもう一つ「ダイノス(Deinos)」と呼ぶ小さい衛星(直径12.6 km) がある。

JAXA(宇宙航空技術開発機構)が進めている「火星衛星探査計画/MMX (Martian Moons eXploration)」は極めて独創的!と評価が高い。「MMX」ミッションは火星とその衛星「フォボス(Phobos)」と「ダイノス(Deinos)」に接近・探査するのが目的だが、その際「フォボス」に接近してローバー(復路モジュール)とランダー(探査モジュール)を接合して着地、土壌サンプルを採取、カプセルに収納し2029年に地球に持ち帰る予定である。

(Japan’s JAXA is accelerating its Martian Moons Exploration (MMX) mission, which is highly assessed its ingenuity by other nations. In addition to its main mission for visiting Mars’ moon Phobos and Deinos, the spacecraft will deploy orbitor/lander to Phobos. The MMX’s orbiter will also have a sample return capsule, bringing a sample of Phobos back to Earth by 2029.)

JAXAのMMX担当部門は、「火星に多数の隕石が衝突した時代に火星から舞い上がった粉塵が「フォボス」に引き寄せられ表面を覆っている、と予想している。「フォボス」のサンプルを調べることで、火星に生命が存在していた痕跡を知ることできる。人類の火星への移住の可能性の調査が2020年代に始まろうとしている」とその意義を語っている。

MMXは、2024年に打上げ、火星近くに到着するのは1年後の2025年になる。

MMX宇宙機は次の3つで構成されている;―

  • 火星近くまでの飛行を担当する往路モジュール
  • 火星の衛星「フォボス」・「ダイモス」を周回するオービター(orbiter)/復路モジュール+ランダー(lander)
  • オービターに接合したまま「フォボス」に着陸、サンプルを採取するランダー(lander)/探査モジュール

オービター/復路モジュール+ランダーは、「フォボス」を回る擬周回軌道「QSO=Quasi Satellite Orbit」に入り、各種データを収集する。この際オービター+ランダーは「フォボス」に着地しサンプルを採取後に上昇する。

主開発担当は三菱電機

JAXAは「火星衛星探査計画(MMX)」の開発担当に三菱電機を選定した。三菱電機はこれまでに国際宇宙ステーション補給機「こうのとり(HTV=H II Transfer Vehicle))」の開発を担当、技術的実績がある。さらに将来の月探査に必要な高精度の着陸技術を実証するための「小型月着陸実証機(SLIM=Smart Lander for Investigating Moon))」開発に主契約社として参画している。

(注)小型月着陸実証機SLIMとは;―

将来の月惑星探査に必要にピンポイント着陸技術を研究、それを小型探査機で月面に着陸・実証する計画。これで従来の「降りやすいところに降りる」着陸でなく「降りたいところに降りる(100 mの精度)」着陸へ、質的転換を果たす。また月面からサンプル・リターンをする場合小型カプセルを月から打ち上げ、地球に送る。打上げ時質量は730 kg程度、打上げは種子島宇宙センターから2022年度にH-IIAロケットで予定。

図2:(JAXA) 小型月着陸実証機SLIMの完成想像図。

「SLIM」で開発中の高精度着陸技術および「HTV」で実証済みの航法誘導制御技術などを活用して世界初の火星衛星と地球の往復ミッションを実現する。「フォボス」表面のサンプル採取には、「SLIM」で開発中の“ピンポイント着陸技術” を使う。MMXシステムの構成を、火星近傍到着までの「往路モジュール」、衛星「フォボス」着陸・探査する「ランダー/探査モジュール」、「ランダー」が採取したサンプルをカプセルに収納・地球に帰還する「オービター/復路モジュール」の3分割構成にする。役目を終えたモジュールをその都度切り離して軽量化を図る。MMXの打上げ時の質量は約4,000 kg、その大半を占めるのが燃料だが、この3分割構造と最適な地球-火星の軌道を採る事で携行する燃料を最小にする。

推進装置/ロケットはIHIが担当

推進装置/ロケットは、IHIが製造する推力500N級の2液式(ヒドラジン燃料と酸化剤)の大推力エンジンが使われる。往路モジュールに4台、オービター/復路モジュールに2台が搭載され、MMXを目的の軌道に投入するための加減速や姿勢制御に使う。IHIはこのほかに姿勢制御用に推力22 Nの小型エンジンを複数製作、供給する。

火星衛星探査機「MMX」の構成

MMXは①往路モジュール、②復路モジュール/オービター、③探査モジュール/ランダーの3つで構成される。火星までは一体で飛行するが、火星圏に到着すると往路モジュールは不要になるので分離する。「フォボス」着陸・サンプル採取・上昇は復路モジュール/オービターと探査モジュール/ランダーは一体で作動する。その後、「ダイモス」をフライバイした後にオービター/復路モジュールからランダーを切り離す。

オービター/復路モジュールがサンプルの入ったカプセルを携行、地球に帰還する。

図3:(JAXA) 火星衛星探査機の構成。火星までは①、②、③一体で飛行し、「フォボス」でサンプル採取・上昇は②、③で実施、地球への帰還は③のみで行う。

図4:(JAXA) 地球から火星までのMMX探査機の姿。観測機器はオービター/ランダー内に搭載、火星までは往路モジュールの推力500 N級ロケット4台で飛行する。火星圏に到着すると往路モジュールは切り離される。

図5:(JAXA) MMXが火星軌道に入ると往路モジュールを切り離し、「フォボス」擬周回軌道「QSO=Quasi Satellite Orbit」に入る。ここで「フォボス」表面を詳しく調べ、サンプル採取地点を決めてから「フォボス」に着陸する。極めて重力が少ないので転倒を防ぐため広がりのある脚を使う。

後述の計測機器で「フォボス」表面を詳細に調べ、サンプル採取地点を選んでからオービター・ランダーは着陸する。

着陸したらランダーにある二重の筒を地中深さ数 cmに打ち込み、内側だけを引き抜く。これで10 グラムほどのサンプルを採取する。これを数回繰り返してサンプルをサンプル・リターン・カプセルに封入する。「フォボス」表面の土壌はその0.1 %が火星から来たと考えられるので、10 グラム中にはおよそ30 granulesの火星の土壌を含むと推定される。

オービター/復路モジュールとランダー/着陸モジュールは上昇、「ダイモス」をフライバイしてランダーを切り離し、2028年8月にオービター/復路モジュールは地球に向けて火星圏から離脱・帰路につく。地球に帰還するのは2029年9月。

図6:(JAXA)「フォボス」に着陸寸前の② ランダー/探査モジュールと③復路モジュール/オービターの一体構造。白いお椀はハイゲイン・アンテナ、よく見ると姿勢制御用スラスターのジェットが描かれている。

図7:(JAXA) 「lフォボス」に着陸したオービター/復路モジュール+ランダー/探査モジュール。ニューマテイック・サンプル採取装置を地表から数センチ押し込み、砂を吸い込み、サンプル・リターン・カプセル(真ん中の円形部分)に入れる。

MMXミッションの目的

  • 火星の衛星「フォボス」、「ダイノス」、は火星に捕捉された小惑星なのか、あるいは火星に大型惑星が衝突しその破片が集まって形成されたのか、を解明し、火星の誕生に関する疑問を解明する。
  • 火星の衛星と火星自身の表面の変化の仕組みを明らかにし、火星とその衛星系の歴史を詳しく知る。

火星の衛星に探査機を送り込むことは、宇宙研究に携わる研究者にとって長年の夢だった。JAXAは数年前から各國の科学者と連携しながらこのミッションの具体化に取り組んできた。

多くの科学者達は火星探査の次に重要なのは火星衛星への着陸・探査だ、と考えている。火星有人着陸を実施する前に「フォボス」、「ダイノス」に前進基地を建設し、ここを拠点にして火星に有人着陸するのが良策とする意見も多くある。

MMXのオービター/復路モジュールに搭載する観測機器

MMXミッションは国際協力で行われる。MMXには11個の計測機器が搭載されるが、うち4個は米国NASA、ヨーロッパESA、フランスCNES、ドイツDLRが用意する。

JAXAが用意する計測機器類は;―

  • 地形を詳しく観測する狭角度望遠カメラ(TENGOO)、
  • 含水物質(hydrated mineral)や有機物(organic matter)を特定できる広角望遠カメラ(OROCHI)、
  • レーザー高度計(LIDAR)、
  • 火星周回ダスト・モニター(CMDM / dust monitor)および衛星周辺の荷電イオンを調べるマス・スペクトラム・アナライザー(MSA= mass spectrum analyzer)、
  • サンプル・リターン・カプセル(SRC)
  • 放射能モニター(radiation environment monitor)

NASAは;―

  • 衛星の構成要素を調べるためのガンマ線および中性子線分光分析計(MEGANE / gamma ray and Neutron spectrometer)を製作
  • ニューマテイック・サンプル採取装置(P-Sampler)を製作
  • 地上局支援(管制、ミッション・データ受信)

フランスCNESは;―

  • 高度数十kmから、氷を含む鉱物や物質の所在を数mの単位で判別する近赤外線分光分析計(MacrOmega)を製作、このデータで物質分布地図を作成し、これを元に着陸地点を決める。
  • MMXローバー製作でドイツDLRに協力

ドイツDLRは;―

  • 「フォボス」表面を探査するローバー(MMX Rover)を設計・製作、ローバー重量は25 kg。「フォボス」表面の高度40-100 mから自由落下し着陸する。「フォボス」の重力は地球の2000分の1とはるかに弱い。

ヨーロッパESAは;―

  • 深宇宙通信に必要な通信機(Ka 帯)

米国は火星着陸探査機「パーセビランス」(2021-02-18着陸)で、また中国も「天問1号/祝融」(2021-05-14着陸)で、火星本体の調査と土壌のサンプル回収を目指している。MMXミッションのスタートは遅いにも関わらず、「フォボス」からのサンプル持ち帰りは早く2029年になる予定。

JAXAが発表した最新の論文によると、「火星の表面に水があり、生命存在の可能性があったとしても、火星表面で発生する巨大な砂嵐で水分は宇宙空間に放出されたと考えている。MMXミッションで「フォボス」から採取したサンプルで証明できるかもしれない。」

図8:(JAXA) MMXは火星軌道到着までは、①往路モジュール、② ランダー/探査モジュール、③復路モジュール/オービター、は一体で飛行する。

図9:(JAXA)  MMXが火星軌道に入ると①往路モジュールが分離する。「フォボス」の調査と着陸は②探査モジュール/ランダーと③復路モジュール/オービターで行う。

図10:(JAXA) 「フォボス」でサンプル採集、上昇して「ダイノス」周回軌道でフライバイする。ここで②探査モジュール/ランダーを切り離す。これで③復路モジュール/オービターは単独で地球に向けて飛行する。

図11:(JAXA) MMX ③復路モジュール/オービターは地球を目指し帰還、地球の太陽周回軌道に到着するとサンプル・リターン・カプセルを分離、降下させて回収する。

図12:(JAXA) MMXの軌道計画図/ミッション・プロファイル。

図13:(JAXA) MMXミッション・プロファイル。2024年9月に種子島宇宙センターからH-3ロケットで打ち上げられる。2025年8月に火星圏に到達。地球帰還は2029年なのでミッション期間は約5年になる。地球―火星間の飛行期間は往路・復路共1年弱。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • Universe Today 2021-08-20  “Japan’s Mission to Phobs will alsoBring A Sample Home by 2029” by Nancy Atkinson
  • JAXA “火星衛星探査計画(MMX)とは”
  • JAXA 2019-6-27 “フランス国立宇宙センター(CNES)との火星衛星探査計画(MMX)、および小惑星探査機「はやぶさ2」の関する実施取り決めの手活け越について“
  • JAXA “開発中/火星衛星探査計画(MMX)“
  • JAXA  2020-02-19 ”火星衛星探査計画(MMX)プロジェクト以降審査の結果について“
  • 三菱電機2020-02-21 “火星衛星探査計画(MMX)探査機システム”
  • IHIニュース 2020-09-29 “火星衛星探査計画(MMX)探査機用推進装置を受注――IHIグループとして世界初となる火星圏往還ミッションに貢献“