「パンデミック」はまた必ずやってくる


2023-08-03(令和5年)木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)

図:尾瀬はGWを迎えても雪の中にある。夕方、1泊する龍宮小屋の窓から残雪の至仏山を臨む。感染症が流行すると、3密(密閉・密集・密接)の山小屋はすぐに被害を受ける2017年5月3日、筆者撮影

■隅田川花火大会が4年ぶりに再開

 この夏は新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが2類相当から5類に移行し、イベントの規制が緩和された初めてのお盆(8月13日~16日)休みを迎える。

 JR各社のまとめによると、8月10日~17日までの新幹線の予約席数は昨年の1.5倍に増え、感染拡大前の5年前と比べて90%以上まで回復した。高速道路も8月9日~16日にかけ、渋滞の回数とその規模が昨年を上回ると予測される。

 7月29日夜には東京の隅田川花火大会が4年ぶり(2020年以降中止)に開かれ、例年と同じ2万発の花火が打ち上げられ、100万人を超える観客で賑わった。日本三大祭りのひとつ、大阪天満宮の天神祭も25日、本宮を迎え、大阪市中心部を流れる大川(淀川)に100隻の船が行き交う船渡御(ふなとぎょ)が4年ぶりに復活した。

 インバウンド(訪日外国人旅行)も回復傾向にある。日本政府観光局によると、水際対策緩和の結果、今年1月から6月までの半年間に日本を訪れた外国人の旅行者が、計1071万2000人(推計値)となった。上半期で1000万人を超えるのは、コロナ感染が拡大する前の2019年以来4年ぶり。国や地域別では韓国からの訪日が最も多く、これに台湾、アメリカ、香港が続いている。

■5類移行前の8倍近くも増加

 しかし、その一方で新型コロナの感染は5月8日の5類移行以来、感染拡大の傾向が続き、感染症の専門家からは「第9波に突入した」との指摘が出ている。インフルエンザや子供が罹患する夏かぜのヘルパンギーナや発熱、せきや鼻水の症状が出るRSウイルス感染症など新型コロナ以外の感染症の流行も目立ってきた。こうした現象は新型コロナ感染に対する警戒の緩みや自然免疫の獲得不足が原因で起きている。

 7月28日、厚生労働省は全国5000カ所の定点の医療機関(クリニック、診療所、病院)から17日~23日の1週間に報告された新型コロナの感染者数が1医療機関あたり「13.91人」と発表した。前週比1.26倍で、「緩やかな拡大状況」ではある。しかし、新型コロナが5類に移行する直前の1週間(5月1日~7日)の参考値(全数把握を定点把握に置き換えた感染者数)の1.80人と比較すると、8倍近くにも増えたことになる。

 ノドもと過ぎれば熱さを忘れるというが、警戒を怠らずに手洗いやうがい、健康の維持など基本的対策を続けることが大切である。パンデミック(地球規模の流行)はまだ続いているし、ウイルスが消滅したわけでもない。この先、大きな変異が起き、新たなパンデミックを生む可能性も否定はできない。

 厚労省は同時に新型コロナの関連死者数についても公表し、「5月は最大1367人。4月と比べると、ほぼ横ばい。急激な増加は起きていない」と発表した。5類移行後の死者数の発表は初めてである。厚労省は全国の死者数を毎日公表していたが、5類移行に伴って終了していた。今回は死者数を迅速に把握するために導入された、2カ月後に算出する新しい集計方法によって試算された。

 感染者の数が増えても死者の数が増加しなければ心配はないが、感染者数が拡大すると、通常それに比例して死者数は伸びる。やはり、基礎疾患のある人や高齢者は注意が必要だ。

■わずか3カ月で地球規模の感染拡大

 ところで、今後、新型コロナのような未知の新感染症がパンデミックを引き起こし、人類を襲うことはあるのだろうか。これを考える前に中国湖北省武漢市での新型コロナの発生からパンデミックまでを簡単に振り返ってみよう。

 中国での最初の公式な対外発表は、2019年12月31日に武漢市衛生健康委員会のサイトに発表された「原因不明の肺炎感染の通報」だった。中国国営中央テレビの当時の電子版によると、武漢市当局は30日には市内の医療機関で原因不明の肺炎患者が相次いで確認された、と発表している。その後、WHO(世界保健機関)に入った連絡で最も早い感染者の発症日が「2019年12月8日」だったことが分かる。翌年1月9日、中国中央テレビが複数の感染者からSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)のコロナウイルスとは違う、新型のコロナウイルスが検出された、と報じる。未知の感染症である。武漢市の8日までの発表によると、昨年12月以降の発症者は59人、うち9人が重症になった。

 1月23日、武漢市はロックダウン(都市封鎖)されたが、感染者はすでに中国全土に広がり、600人を超えていた。オーバーシュート(感染爆発)である。WHOは1月30日、「国際的な公衆衛生上の緊急事態」を宣言する。この時点で中国では200人を超す死者を出している。感染は世界の国々にも広がり、3月11日、遂にWHOがパンデミックを表明する。武漢市で第1号の感染者が確認されてからわずか3カ月で世界中に感染が拡大したことになる。航空機など交通網が発達している現代だけに新感染症の広がるスピードは速い。

 ちなみに、日本では1月15日に初めて感染者(武漢市へ渡航していた中国人男性)が確認され、2月13日には初の死者(80歳代の女性)が出ている。

■新型インフルエンザに注意

 ジャングルなど未開の地の開発にともない、私たち人類は新種のウイルスなどの病原体と遭遇し、アウトブレイク(地域的流行)やパンデミックを引き起こしてきた。そうした未知の新感染症は感染力が強く、人から人へと次々に感染していく。人類が免疫(抵抗力)を持たないからである。この感染力の強さに病原性(毒性)の高さが加わると、致死率が一挙に跳ね上がる。

 過去には何度も新感染症が出現している。SARSやMARSもそうだが、幸いパンデミックには至らず、アウトブレイクで済んでいる。

 パンデミックを引き起こす感染症として注意しなければならないのは、100年以上前のスペインかぜに代表される新型インフルエンザである。とくにスペインかぜの場合、感染力が強いうえに病原性が高かった。

 『流行性感冒』(1922年、内務省衛生局編)によると、日本での第1波(1918年8月~1919年7月)は2117万人が感染し、26万人が死亡している。致死率は1.22%だった。第2波(1919年10月~1920年7月)は、241万人が発症して13万人が亡くなった。致死率は5.29%と高かった。第3波(1920年8月~1921年7月)では、感染者が22万人で死者が3700人、致死率が1.65%だった。第2波と第3波で感染者数が少ないのは第1波で多くの人々に免疫ができたからで、第2波の致死率の高さはウイルスが変異して病原性が高まった可能性がある。(感染者数と死者数の端数は筆者が四捨五入した)

 新型インフルエンザにはスペインかぜのほか、1957年のアジアかぜや1968年の香港かぜがある。いずれも世界で大流行した。2009年3月にはブタのウイルス由来の新型インフルエンザがアメリカとメキシコの国境付近で発生し、3カ月後の6月11日にWHOがパンデミックを宣言している。この新型インフルエンザはマイルドといわれ、大半の感染者が軽傷だった。

■警戒すべきは鳥インフルエンザ

 しかし、侮ってはならない。ブタのウイルス由来の新型インフルエンザは例外だ。スペインかぜのように感染力が強く、病原性も高い新型インフルエンザが出現する可能性は十分に考えられる。これまでのWHOや厚労省の予測によれば、新型インフルエンザが出現すると、世界で7400万人が命を落とし、日本では4人に1人の割合で感染して17万人から64万人が死亡する。64万人という数は日本の新型コロナの死者数(2023年5月9日時点で計7万4694人、厚労省集計)の8倍半以上にもなる。

 繰り返すが、新型インフルエンザは過去に何度も出現し、パンデミックを引き起こしている。パンデミックは繰り返し起きる。必ずまたやってくる。

 新型インフルエンザのウイルスは、もともとは鳥インフルエンザのウイルスだ。今年のメッセージ@penの2月号で指摘したが、鳥インフルエンザは人にも感染する人獣共通の感染症であり、しかも変異すると、人から人へと次ぎ次に感染してパンデミックを引き起こす未知の新型インフルエンザとなる。

 いま、この鳥インフルエンザが家禽や野生動物の間で世界的に流行して危険な状況にある。鶏卵価格の高騰に頭を悩ますだけの問題ではない。多くの人々の命がかかった重大事なのである。WHOも警告しているが、鳥インフルエンザに対しては調査・研究・監視やプレパンデミックワクチンと治療薬の開発・製造など新型コロナと同様の、いやそれ以上の警戒が求められる。

―以上―

◎慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の8月号(下記URL)から転載しました。

「パンデミック」はまた必ずやってくる | Message@pen (message-at-pen.com)