2025-6-21(令和7年) 松尾芳郎

図1:(JetZero) JetZeroが開発する翼胴一体型 [BWB]旅客機の完成想像図。乗客230名を乗せ、9,000 kmを飛行する。“翼・チューブ” 構造の現用旅客機に比べ[BWB]機は空力抵抗が著しく少なくなり燃料消費が半分になる。
ユナイテッド航空(United Airlines)は、スタートアップ企業 [JetZero] 社が開発中の翼胴一体型 [BWB=Blended Wing Body] 輸送機について、今年4月24日に開発費の出資と、条件付き発注100機とオプション100機の発注を発表した。
ユナイテッドによると ”条件付き発注(conditional purchase agreement)“ とは、[JetZero] 社が実機並みの実証機の初飛行を2027年に実施すること、さらにユナイテッド航空の安全規定、運行要件など重要項目を順守るすること、を条件としている。
[JetZero]のCEOで創立者の一人でもあるトム・オレリー(Tom O’Leary)氏は、次のように語っている;―
「ユナイテッドの今回の発注方式は、革新的な技術を効率よく低コストで実用化するための斬新な手法である。これで全世界で増え続ける航空輸送需要に対応できる」。
[JetZero]は、カリフォルニア州ロングビーチ(Long Beach, California)にある企業で、200-250席級の旅客機 [Z4] を開発している。[Z4] は、翼胴一体型 [BWB] 設計で、後部胴体の上にターボファン・エンジン2基を取付ける構造。航続距離5,000 n.m. (9,260 km)を目標にしているが、燃費は現用機対比で50 %少ない。2030年までに民間航空輸送を開始する。
アトランタ(Atlanta, Georgia)を本拠とするデルタ航空は、運航方式や客室設計などの面で[JetZero]を支援している。
[JetZero]の [Z4] が就航すれば、旅客は広々としたキャビンで快適な旅を楽しめるし、エアラインは燃料消費を大幅に節減できる。
[Z4] は既に昨年に「初期設計審査(preliminary design review)」に合格済みで、[JetZero] 社は試作機開発に向け、協力企業(suppliers)の選定を始めている。
2025年3月にはエンジンにP&W製 [PW2040]の採用を決めた。これは2軸式ターボファンでボーイング757旅客機、軍用では[F117] として4発のボーイングC-17 輸送機に採用されている。P&WC社(カナダ)は [APS3200] APU(補助動力装置)を供給する。コリンズ・エアロスペース(Collins Aerospace)社はエンジンのナセルと支持装置を製作する。[P&W] 、[P&WC]、[Collins] 、の3社はいずれも航空宇宙統合企業 [RTX] を構成する企業である。
2023年には米空軍から、試作機を2027年に初飛行すること、製作費は2億3500万ドル、の条件で受託契約をした。空軍は[Z4] を戦術輸送機と空中給油機/タンカーとして使おうとしている。
[JetZero]は、2024年11月に[Z4]試作機のフライト・コントロール・システム(Flight Control System)の主要サプライヤーとして次の通り選定、開発契約を結んだ。
BAEシステムズ:パイロットが操作するサイドステイック(sidesticks)コントローラーには、機体が「飛行包絡線(Flight Envelope)」から逸脱しないようにする制限ソフトが組み込まれる。また正副操縦士用のサイドステイックは、機械的結合ではなく電子的結合とし、構造が簡単、軽量化を図っている。
モーグ(Moog):フライト・コントロール・アクチュエータ(Flight Control Actuators)システムを担当する。「モーグ」は民間航空機の操縦系統の開発製造で世界第1の評価を受けている企業である。
サフラン(Safran):サフラン電子防衛部門(Safran Electronics & Defense) は、パイロットが操作する装置、すなわちスロットル・レバー装置(Throttle Quadrant) 、ラダー・ブレーキ・ペダル(Rudder Brake Pedal)、スピード・ブレーキ(Speed Brake)、フラップ操作レバー(Flap Control Lever)、および[Z4]実証機の飛行試験に必要なすべての操作装置の製造を担当する。
タレス(Thales):フライ・バイ・ワイヤー(Fly by Wire(方式のフライト・コントロール・コンピューター(Flight Control Computer)を開発する。タレス製のフライト・コントロール・コンピューターは、これまでに12,000機に搭載されてきた実績がある。
ウッドワード(Woodward) :トリム・コントロール・パネル(Trim Control Panel)の開発を担当する。これで機体の方揺れトリム(yaw trim)、ピッチ・トリムを自動的に修正しパイロットの負担を軽減する。

図2:(JetZero) 米空軍が開発支援中の[Z4]をベースにした次世代型空中給油機の予想図。2027年に[Z4]実証機の試験飛行を開始する。
[JetZero] 社は、[Z4] 翼胴一体型(BWB)輸送機を製造するためノース・カロライナ州グリーンスボロ(Greensboro, N.C.)に47億ドル(約7,000億円)を投資して工場を建設すると発表した(2025年6月12日)。これでN.C.州で最大となる14,500人の雇用が生まれる。新工場はピドモント空港(Piedmont Triad Airport)敷地内に建設される。さらに[JetZero] は、将来の雇用を確保するため「ノースカロライナ地域カレッジ (North Carolina Community College)」に3,000万ドル(約45億円)を拠出する予定。
既述したが、空軍から2億3,500万ドルの資金供与で、[JetZero] は [Z4] BWB機の実証機の製造を急ぎ、2027年からの試験飛行を目指す。[Z4] は、民間用として旅客機および貨物機、空軍用として輸送機およびタンカーとすることを目標にしている。
新設する工場は、完全にデジタル化されAI (人工頭脳)駆動の工場となり、稼働開始までの期間が著しく短縮され、完成機のコストが低減し、品質が向上し、サプライ・チェーンからの納入が正確に行われるようになる。
[JetZero]は民間機型について、アラスカ航空とユナイテッド航空から“条件付き発注”を受領済み、さらに14社と発注条件や機体スペック、空港地上設備との整合性などについて話し合い中、と述べていいる。
N.C.州政府によると、[JetZero]がグリーンスボロに工場建設を決めたのは、州が課す企業税が2.25 %で低率であること、さらにN.C.州に本社を置くドイツ系企業「シーメンス(Siemens)」社の「スマート・インフラストラクチャー、エレクトリフィケーション& オートメーション部門 (Smart Infrastructure , Electrification and Automation Div.)」が、[JetZero]社の新設工場の設計を全面的に支援、協力することが決めたことが大きい。「シーメンス」は、さらに2027年に予定されている[Z4]実証機の設計・製造・試験飛行も支援する。
[JetZero]は、実証機の小型版で地上試験用の試験機(Iron Bird)を製作、試験を行っている。また、実機と同じサイズの燃料タンクを製作して試験中、同時に翼構造の最適設計を検討している。コクピットの実機モデルも完成済みで、近く実証機の「最終設計評価(CDR= critical design review)」が行われえる。
ノースカロライナ州ピドモント空港に建設予定の新工場が完成すれば、現在ロングビーチ(Long-beach, Calif.) にある本社機構は全てここに移転する。
[Z4]は、超効率的な翼胴一体型の全翼機で燃料消費を大幅にカットする「革新航空機 (game-changer)」である。全翼構造で揚力を最大にし、胴体・尾翼を廃したことで空気抵抗を大幅に減らし、燃料消費を半減することに成功、それに伴い排ガス・エミッションも少なくなる。
現在[Z4] は、ロングビーチの本社で、「ノースロップ・グラマン社スケールド・コンポジット部門(Northrop Grumman’s Scaled Composites unit)」の支援を受けながら設計が進められている。

図3:(JetZero) [KC-Z4] タンカーがB-21爆撃機に給油する想像図。[B-21]爆撃機はノースロップ・グラマン」が開発中の長距離戦楽爆撃機、2025年までに運用開始する。最終的には100機程度を調達し、戦略空軍は改修型B-52とB-21に統一される。
「ノースロップ・グラマン」と[JetZero]の両社 は、米空軍が提示す「次世代空中給油システム (NGAS=Next Generation Air Refueling system)」計画に対し、共同で「KC-Z4」を提案する。
この機体は最大離陸重量362,000 lbs (約163 ton)、搭載燃料 200,000 lbs (約90 ton)で、現在のKC-135やKC-46タンカー/空中給油機とほぼ同じサイズである。しかし[KC-Z4]はBWB構造のため航続距離は遥かに勝り、貨物搭載用パレットの数も21個でKC-46の17個より多く、4発大型輸送機C-17にほぼ近い。
貨物専用機の場合には新しく後部胴体に取り下ろし用ランプが必要になる。
[JetZero]の技術部門長・兼・戦略部門長のネイト・メツラー氏(Nate Metzler)は、[KC-Z4]タンカーの性能について次のように語っている;―
「[KC-Z4]タンカーは、ハワイのパールハーバー・ヒッカム統合基地を出発、台湾に向かい、4000マイル飛行して台湾から500マイル地点に近づき、そこで米国・同盟国のF-35戦闘機6機に対し,それぞれに10,000 lbs (4.5 ton)ずつの燃料を給油する。それからハワイ基地まで戻る(給油なしで)。
一方、現在の最新型タンカー[KC-46]は、同じミッションで僅か1機のF-35に給油できるだけで、その差は歴然としている。[KC-Z4]タンカーの乗員は6機の給油が完了するに要する時間45分間じっと座っているだけで任務が遂行できる。」
終わりに
既述したが無尾翼機/全翼機(Flying Wing Aircraft)は、尾翼・胴体が無く、乗員、搭載貨物、燃料などを主翼の中に収める機体で「翼・胴一体型(BWB)と呼ぶ。このため抵抗が著しく減るが安定性に難があった。しかしAI技術の進歩で安定飛行が可能となり、これで実用機としてノースロップB-2爆撃機、ノースロップ・グラマンB-21爆撃機などが出現している。[JetZero]が開発中の[Z4]は初の民間予想機となる。米国の有力エアラインが購入の名乗りをあげているが、既存のエアバス、ボーイングがどのような対応をするのか、注目したい。
空軍用タンカーは、米空軍でKC-46の導入が始まったばかり、我が空自も同じKC-46の購入を進めている。しかしゲーム・チェンジャーとしての[KC-Z4]が実用化した場合には再検討が必要となろう。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
- FlightGlobal 19, May 2025 “Start-up JetZero seeks to cut airliner fuel while electric aircraft makers turn to manufacturing”
- FlightGlobal 24, April 2025 “United places conditional order for up to 200 of JetZero’s blended-wing airliners” by Howard Hardee
- FlightGlobal March 7, 2025 “RTX confirms PW2040 engines will power JetZero demonstrator, with Collins to supply nacelles” by Jon Hemmerdinger
- RTX.com 2025/3/6 “RTX’s Pratt & Whitney and Collins Aerospace to lead engine integration and supply power units and nacelles for JetZero blended wing aircraft”
- Air & Space Forces Magazine June 12, 2025 “JetZero to build Blended Wing Body Aircraft in North Carolina” by John A Tirpak
- Air & Space Forces Magazine June 20, 2025 “JetZero: Blended-Wing-Body Tanker is Game-Changer” by David Roza