2016-4-2(令和8年)木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)
■有権者に悪影響
前回のメッセージ@penでこう書いた。
〈アメリカと中国の動きが、高市旋風の背後にある。習近平・国家主席の中国に対する嫌悪がトランプ大統領のアメリカ第一主義と相まって、日本社会の振り子を右へと傾かせる大きな力となり、高市旋風を舞い上がらせ、2月の衆院選での自民党の大勝利に結び付いた〉
トランプ氏と習近平氏のほかに高市旋風の背後にはもう1つ大きなものが存在する。それはSNSである。ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略がこのSNSだ。インターネット上のフェイスブック、X(旧ツイッター)、ライン、ユーチューブ(YouTube)、インスタグラム、ティックトックなどをひっくるめて指す。
SNSを使った誹謗中傷がなくならない。ニセ情報の発信も後を絶たない。収入目当てのデマの投稿も多い。SNSの持つ負の側面が相手を深く傷付けて自殺に追い込む。生成AI(人工知能)を使えば、だれもがリアリティに富んだニセの動画を簡単に作れてしまう。それが選挙期間中に発信されると、有権者の判断を誤らせる。選挙の結果に悪影響を及ぼし、私たちの社会を混乱させる。
これまで「ネット社会を生きる」と題し、SNSの問題を度々追及してきた。今回は「高市旋風とSNS」、「選挙とSNS」について考えてみたい。
■ネット広告費用の制限
衆院選(1月27日告示、2月8日投開票)で自民党がユーチューブに投稿した高市早苗首相の動画が、他党を圧倒する異常な再生回数を記録した。〈高市総裁メッセージ 日本列島を、強く豊かに。〉とタイトルを付けたわずか30秒の動画である。
2月4日配信の時事通信のニュースサイトJIJI.COMは〈再生回数が、1億回を超えた。政治関連の動画としては異例。「広告費にいくら使ったのか」といった疑問の声も出ている〉と書く。2月6日配信の朝日デジタルも〈約1億3千万回再生され、その異例の多さに注目が集まっている。公職選挙法ではビラの枚数まで細かく規制がある一方、ネット上の広告の規制が追いついていない〉と言及する。
2月18日付の東京新聞の社説は〈政党ネット広告 選挙の公正損なう懸念〉との見出しを掲げ、〈再生回数が衆院選公示前日の公開から投開票日までに約1億6000万回にのぼった。公職選挙法は有料のネット広告に関し、候補者や政党が投票を呼びかける内容を禁止する一方、政党には理念や活動を紹介する「政治活動としての政党広告」を選挙運動期間中にも認めている〉と書き出し、〈YouTubeの無料視聴者には広告が配信されるが、YouTube側に費用を多く支払うなどした広告主の広告は露出が大幅に増える仕組みだ。自民党は高市氏の広告配信に数億円を投入したのではないかとも指摘されている〉と問題点を並べる。
1億、1億3000万、1億6000万と日を追うごとに再生回数がうなぎ上りに増えた。資金力のある自民党が有料のネット広告を出し、その広告が多くの有権者の目に触れ、その結果として投票の意思決定を歪める危険性があった。高市旋風に便乗して暴利をむさぼろうと、ニセ情報が投稿されるケースも多かった。
選挙は民主主義の根幹である。ネット広告に使う費用を制限する必要がある。
■誹謗中傷に屈しない国会審議を
SNSで深刻な事態となっている誹謗中傷も、今回の衆院選で同様に問題となった。たとえば、元外相の岡田克也氏(中道改革連合、旧立憲民主党)のケースである。岡田氏は高市首相のあの存立危機事態発言を引き出したことで「中国のスパイだろう」「見解をただした岡田氏に問題がある」などとSNS上で攻撃された。親族の企業の中国進出や中国政府の幹部との面会写真も引用された。そして岡田氏は落選した。
中国政府は昨年11月7日の高市氏の存立危機事態発言に猛反発し、国民に渡航自粛を強く呼びかけ、さらにはデュアルユース(軍民両用)品を輸出禁止にするなど様々な手段を使って反日行動を続けている。12月7日には航空自衛隊の戦闘機に対し、武器使用に準じるレーダー照射まで行った。
存立危機事態発言は、衆院予算委員会での岡田氏の質問に対し、高市氏が「(中国が台湾を海上封鎖した場合)米軍の来援を防ぐために武力行使が行われる事態も想定される。戦艦を使って、武力行使をともなうものであれば、どう考えても(台湾有事であり、)存立危機事態になりうる」と踏み込んで答えたものだった。
2月14日のTBSの報道特集に出演した岡田氏は「高市さんに厳しく出ると、影響を受けるというようになり、国会審議そのものが死んでしまう」と語っていた。
選挙と同様に国会の審議も民主主義の根幹である。SNSの誹謗中傷を厳しく規制し、誹謗中傷に屈せず、国会審議を公正に行う必要がある。
■ジャーナリストの江川紹子さん
ところで、ジャーナリストの江川紹子さんが週刊文春(2月26日号)に「高市フィーバーとSNSの問題」について寄稿している。
江川さんは高市首相がNHKの「日曜討論」への出演を取り止めたことを挙げ、〈私自身、高市さんが討論を避けた直後に演説に向かう様子を見て、「討論はキャンセルでも、支援者の前で一方的に話せる遊説については支障がないようです」とXに投稿しました。すると、関節リウマチ患者をいじめるな、との声ばかりか、「人間のクズ」「クレーマー」などと大量の中傷が寄せられました〉と指摘し、〈SNSは現代に欠かせない情報インフラですが、運用次第で〝洗脳ツール〟になる。マスメディアは、この現実を深刻に受け止めるべきです。そして権力を批判すると逆に攻撃されるからといって、萎縮してはいけません。野党が弱体化した今、権力の監視を担うメディアの役割はますます高まっています〉と主張する。
「萎縮してはいけません」という呼び掛けは、TBSの報道特集に出演した岡田氏と同じスタンスの主張だ。3月号のメッセージ@penで述べた「左からの視点」でもある。江川さんも岡田氏もSNSの誹謗中傷の被害者だ。
40年以上も前の話になるが、当時、神奈川新聞の記者だった江川さんとは神奈川県警の記者クラブ詰めの事件記者として抜いた抜かれたを繰り返した仲である。当時からはっきりとものを言う男勝りの性格だった。あれから彼女はフリーランスとなり、オウム真理教問題の追及で菊池寛賞を受賞するなど活躍している。女性の独り立ちは、苦労の連続だったと思うが、いまや押も押されもせぬジャーナリストである。
■SNSから一歩引いた判断
高市旋風の背後には、トランプ大統領のアメリカ第一主義と、習近平主席の反日的な言動に対する嫌悪感、それに動画サイトなどのSNSが存在する。この3者が合わさり、左に振れていた日本の振り子を右へと傾かせる大きな力となり、高市旋風を舞い上がらせ、今回の衆院選での自民党の歴史的な勝利となったのである。なかでもSNSは高市旋風に強く拍車をかけた。
SNSが普及するにつれ、「ネット右翼」とか「ネトウヨ」という言い方が流行した。3月号でも触れたが、1960年代から70年代にかけ、ベトナム反戦運動や安保闘争など左翼活動が盛んで、若者は左一色だった。世の中の振り子が、敗戦の影響で大きく左に傾き、右派思考は受け入れてもらえなかった。右派的発言をすると、変わり者扱いされた。右派思考者の居場所がなかった。だが、ネット社会が到来して新たにSNSが登場すると、右派思考者の格好の居場所となり、ネット右翼やネトウヨの言葉も定着したのである。
一方、「ネット左翼」「ネトサヨ」という言葉も生まれたが、左派思考者にはもともと社会の中に居場所があったのでこれらの言葉は定着しなかった。
「SNSは右派思考者の居場所だ」と書いたが、匿名で投稿できるSNSはニセの情報を蔓延らせたり、誹謗中傷という感情を揺さぶったり、冷静な議論には結び付かない。江川さんも「運用次第で〝洗脳ツール〟になる」と警告している。それゆえ、選挙でだれを選ぶかを決める有権者には、SNSから一歩引いた判断が求められる。

ー以上ー
◎慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の202年4月号(下記URL)から転載しました。メッセージ@penには慶大HPからも入れます。