代理出産、人工授精、体外受精…。生殖医療の議論から逃げるな


2014-11-06  産経新聞論説委員 木村良一

 東京療院・医療シンポジウム

科学や医学の進歩によって法律が想定しない事態が次々と起きて法整備が追いつかない。どうルール作りを進め、高度な技術を活用したらいいのだろうか。最近、こんな思いを強くしている。

たとえば遺伝子を特定するDNA鑑定。これによって血縁関係のないことが明らかになった場合、法律上の父子関係を取り消せるのかどうかが、2つの裁判で争われている。いずれの訴訟でも妻が夫とは別の男性と交際して出産し、生まれた子供はDNA鑑定によって100%近い確率で夫ではなく、男性との間の子供だと判明した。しかし民法772条では「妻が婚姻中に懐胎した子供は夫の子供と推定する」(嫡出推定)と定められているため、妻側が父子関係の取り消しを求めた。

2つの裁判とも1、2審の判決ではDNA鑑定の結果が採用されたが、6月9日、上告審の最高裁第一小法廷が当事者から意見を聞く口頭弁論を開いて結審した。このため最高裁判決(ともに7月17日)でそれぞれの2審判決が見直される可能性が出てきた。DNA鑑定という科学技術の進歩で父と子に血縁関係がないことが明らかになったにもかかわらず、最高裁が100年以上も前の明治時代に作られた民法(772条)をもとに「父子が親子だ」とみなす判断を下すとしたら納得し難い。

代理出産に代表される生殖補助医療(不妊治療)はもっと深刻だ。自民党のプロジェクトチーム(PT)が法案(議員立法)を作ったものの、意見がまとまらず通常国会に提案できなかった。

法案が認めている代理出産は、夫婦間の受精卵を第三者の女性の子宮に移植して産んでもらういわゆる借り腹だ。生まれつき子宮がないか、病気で子宮を摘出した女性に限って認めるという条件付きで、民法や最高裁判例の「出産した女性が母親で、母子関係は分娩の事実によって確定する」という分娩主義によって子宮のない「遺伝上の母」は母親とみなされない。つまり医学的に子供と血縁関係があっても、その子供を産んでいないと法律上、母親とはみなされない。このため養子縁組を結ぶ必要が出てくる。

DNA鑑定で父子関係のないことがはっきりしても、民法の嫡出推定から婚姻中に妻が産んだ子供はその夫の子供とみなされるという矛盾とまったく同じだ。

代理出産には問題が多く、根本的に「産みの母」と「遺伝上の母」という2人の母親が存在し、親子関係が複雑になる。生まれた子供に障害が見つかり、代理出産を依頼した夫婦が子供の引き取りを拒んだり、逆に愛着が生まれて産みの母が子供の引き渡しを拒否したりするケースもある。出産という大きなリスクを第三者に負わせていいのかという倫理的問題点も議論されている。日本から米国やインドなどに渡航してお金で代理母を求めるケースも後を絶たないという。

基本的な人工授精や体外受精も今回の生殖補助医療法案の対象となる。法案には①精子と卵子の売買を罰則付きで禁止する②精子と卵子の斡旋は国指定の非営利医団体が行う③厚労相が認定した医療機関で実施するーことが盛り込まれた。さらに子供が自分の出自を知りたいと希望したときにどう対応すべきか、という大きな課題もある。法案では精子や卵子の提供は匿名で行い、提供者の情報は国の指定機関で管理するとともに開示制度を設けるよう求めている。

こうした生殖補助医療の問題に対し、厚生労働省は法整備を目指して審議会で議論を重ね、2003(平成15)年に報告書を公表した。日本学術会議も2008年に報告書をまとめている。しかし立法化は宙に浮いたままで、これまで規制のない状態で代理出産などの生殖補助医療が実施されてきた。なかには代理出産で第三者に子供を産んでもらい、「(子供と血のつながりのある)自分を母親と認めてほしい」との訴えを起こしたが、最高裁が認めなかったタレントの向井亜紀さん夫婦のようなケースも起きている。

自民党のPTでまとまった法案をなるべくはやく国会に提案し、議論を深め、世論を喚起する必要がある。しかし勉強不足から知識のない国会議員が多く、議論を進めようとしているのは、一部の国会議員に限られている。国会議員はもっと関心を持ってほしい。

人の生死に関する生命倫理の問題になると、国会は逃げ腰になる。2月号のメッセージ@penで「死に方を考えよう-延命治療は受けるべきか、否か」という見出しを付けて書いた「尊厳死」の問題も同じだ。一昨年に超党派の国会議員でつくる議員連盟がこの尊厳死の法案をまとめ上げ、議員立法として今年の通常国会に提案する予定だった。しかし障害者団体に「社会的弱者の生存を脅かす」と反対され、提案は断念された。その原因はやはり国会議員が勉強不足で、反対の声にきちんと反論できなかったからだ。

–以上−

※慶大・旧新聞研究所OB会の「メッセージ@pen7月号」から転載しました。