2014-11-06 産経新聞論説委員 木村良一
「木曽の御嶽山が噴火し、山頂付近で人が倒れ、山小屋からは登山者が急いで下山している。死者が出ないといいが、どうして噴火が予知できなかったのだろうか」。９月２７日の土曜日のお昼前、テレビのテロップで御嶽山の噴火を知り、私はフェースブックにこんなメッセージを流した。
長野県と岐阜県にまたがる御嶽山は７合目までロープウエーで登れ、3000㍍を超える高山としては登山が比較的楽な山だ。噴火が始まったときは紅葉シーズンの週末で登山者は多く、とくに山頂は昼食時で混雑していた。
その結果、被害は当初の予想をはるかに超え、約60人もの死者を出し、1991（平成３）年に43人の死者を出した雲仙・普賢岳の火砕流の被害を大きく上回り、戦後最悪の火山災害となった。犠牲者には心から冥福を祈りたい。
今回の惨事では登山者に火山情報が十分に伝わっていなかったことが判明し、情報伝達の在り方が課題となっている。
御嶽山は1979（昭和５４）年に有史以来初の噴火をした後、91（平成３）年と2007（平成１９）年にも噴火している。今回は９月１０日に５２回、翌１１日に８５回の火山性地震を観測し、気象庁は１１日に火山解説情報を発表し、「火山性地震が５０回を超えたのは０７年以来で、火山灰の噴出する可能性がある」とホームページに掲載するとともに地元の自治体にも情報を提供して警戒を呼びかけた。
しかしマグマ活動に関連する火山性微動や地殻変動は観測されなかったため、噴火警戒レベルは変えず、５段階のうち最低の「１（平常）」をそのまま継続した。気象庁から情報の提供を受けた岐阜県下呂市防災情報課も噴火につながるとは考えずに外部に発信しなかった。
専門家によると、噴火予知は難しく、噴火の前兆と確認できない段階で警戒レベルを上げて入山規制をかけると、混乱するだけでなく、温泉旅館など地元経済に大きな打撃を与えかねない。しかし「噴火情報か、それとも観光か。そのどちらを優先すべきか」と問われれば、安全のための「噴火情報」だ。一度や二度、狼少年になっても問題はないと思う。
私も５年ほど前から山の魅力に取りつかれ、東京・奥多摩の低山から北アルプスの高山まで登っている。天候や登山道の状況、クマなど野生動物の出没などの情報は登山者にとって欠かせない。正確な情報を少しでも詳しく、できる限り多くほしい。得た情報に基づいて入山するかどうかを決め、装備も整えるからだ。
警戒レベルを上げられないならば、火山性地震の回数の増減をそのまま出すべきだ。その場合は登山者が火山性地震のデータからどこまで危険を察知できるかという問題は残る。それゆえ火山性地震の意味合いをできる限り分かりやすく解説しながら情報を出す必要がある。前述したように気象庁は火山性地震の増減をホームページに掲載していた。だが情報の掲載だけでは効果はない。登山者の立場に立ったきめ細かな対応が足りなかった。それに気象庁は噴火の予知は難しいと繰り返すが、「平常ではない」という注意は出せたはずだ。
次に重要なのは、情報をどの時点でどうやって登山者に伝えるかだ。伝えるタイミングもきちんと判断しなければならない。たとえば山頂付近に防災無線を備え付けたり、登山口に電光掲示板を設置したりする必要がある。防災無線や電光掲示板ならリアルタイムに情報を流すこともできる。
１０月６日付の産経新聞朝刊に今回の御嶽山の噴火に遭遇した６８歳の山岳写真家の話が載っている。この写真家は２０年以上前から計２００回も御嶽山に登っているというが、噴火の直前に①視界を遮っていた濃い霧が突然、切れて晴れる②卵が腐ったような強烈な臭気に鼻をつかれる―といったこれまでの御嶽山登山では経験したことない異変に気付いていた。しかし残念ながらこの２つの異変を噴火の可能性に結び付けて考えることはできなかった。異変が何を意味するかを考えるための知識が不足していたのかもしれない。登山者は日ごろから多くの知識を得ておきたい。
親しい山岳ガイドの５０代の登山家は、雨や風が強くても登山中はアウターのフードを頭に被らない。それは鳥や動物の鳴き声、風の音、沢の流れといった音を聞き取って気象などの自然の変化を把握しようと努めているからだ。
聴覚、視覚、嗅覚などの五感を研ぎ澄ませ、絶えず情報を集めて危険を避ける。登ろうとする山が火山であるならば、その火山が過去のいつごろ噴火をしてどのくらいの被害を出し、現在どんな監視が行われ、どの警戒レベルにあるかを確認したうえで登るか登らないかを決める。これが登山者の心得の基本だろう。
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※慶大旧新聞研究所のＷｅｂマガジン「メッセージ＠ｐｅｎ」の11月号から転載しました。
※http://www.tsunamachimitakai.com/pen/index201411.html
※http://www.message-at-pen.com/