パイロット不足への対処策–大学での養成増が急務


2015-02-27 松尾芳郎

 

不足が顕在化

我国ではエアラインのパイロットの不足が問題となり、当局がパイロット養成の増員と、パイロットの制限年齢を67才に延長することなどを検討している。海外でもパイロット不足が問題化しているが、中でも航空先進国アメリカではその規模が大きい。アメリカでは国立のパイロット養成機関は無く、軍からの移籍を除けば、ほぼ全てを大学など民間の養成機関に頼っている。以下に外誌が報ずるその現況を中心にして纏めてみた。

Longacres Simulator

図:(Boeing/Aviation Week)着陸進入中のボーイング737NGのコクピット。両パイロットの前にあるのはヘッドアップ・デイスプレイ。

 

パイロット不足の現況

民間航空のパイロット年齢制限が現状の65才のままで推移すると、リージョナルおよび幹線を運営する全米の航空会社では、2022年までに18,000-20,000人のパイロットが不足すると云われている。特にリージョナル航空業界では業務拡大で大量の新人パイロットが必要となるので問題は深刻である。大量の退役と航空輸送の増大で、パイロットを養成する大学や飛行学校は、規模の拡充に追われている。

米国の民間航空で働くパイロットの筋道はこうだ。先ず、定期運送用操縦士(ATP)の資格を取ると、通常は給与の低いリージョナル航空に入社、ここで経験を積んでから、大手航空に移籍して高給を得るのが一般的である。軍を退役したパイロットも航空会社の供給元に変りはないが、次第に民間で訓練を受けたパイロットが増加していて、現在では大手航空のパイロットはリージョナル航空からの移籍が主流になっている。

大手各社は、2001年から2014年にかけて3,000人のパイロットを採用したが、その多くを引き受けたリージョナル航空業界では、一部の機材を運休するなどパイロット不足に悩まされている。例えば、ユナイテッドの子会社ユナイテッド・エクスプレス(United Express)やデルタの子会社デルタ・コネクション(Delta Connection)の路線を運営するゴージェット(GoJet)などの場合は次ぎのようである。

ゴージェットはセントルイスを拠点にボンバルデイアCRJ700(75席)を運航する会社で500人のパイロットを使っている、2014年には162名を採用したが170人が大手に移籍した。また、アメリカンの子会社であるエンボイ航空(Envoy Airlines)は、ボンバルデイアおよびエンブラエルのリージョナル機を使っているが、毎月40-50名のパイロットが大手に引抜かれている。

 

民間の養成機関は大学が主流

大手航空会社は、近年パイロット採用の基準として、4年制大学のパイロット専修課程修了者を求めるようになっている。この需要に対応するため今では全米に60を超える大学がFAA認定のパイロット専修課程を持つようになっている。その代表的な2校を紹介しよう。

 

エンブリー・リドル航空大学(ERAU=Embry-Riddle Aeronautical University)

ERAUは世界最大の航空宇宙関係の大学で、5つの学部(College)から成り、修了すれば4年制学士から修士または博士の資格が得られる。デイトナ・ビーチ(Daytona Beach Florida)とプレスコット(Prescott, Arizona)が本拠だが、世界各地に分校を持っている。パイロットを養成する操縦教育は“College of Aviation (COA)”のフライト部門で行われている。飛行訓練用の機材はDiamond DA42 L-360双発機とCessna 172単発機が主力。

ERAUのテイム・ブラデイ(Tim Brady)学部長は語っている;−

「リージョナル航空のパイロット採用は危機的状態で、これが大手に波及するのは時間の問題だ。以前はリージョナル航空では僅か250時間の飛行時間(Commercial)資格で副操縦士として採用できたが、コルガン航空(Colgan Air)の事故で規則が変った。以後リージョナル機の副操縦士には航空輸送操縦士(ATP=Air Transport Pilot)資格が必要となり、1,500時間の飛行時間が要求されることになった。」

 

(注)「コルガン航空」事故は、2009年2月12日にボンバルデイアDash 8 Q400ターボプロップ機が、バッファロー、ナイアガラ国際空港に着陸進入中3マイル手前に墜落、乗客乗員49名と地上1名が犠牲になった事故。原因は、進入中主翼が着氷して失速警報が鳴ったにも拘らず、パイロットの対処が不適切で失速したため。これには副操縦士の経験不足が大きく関わっていたとされている。

 

航空輸送操縦士(ATP)資格には飛行時間1,500時間が必要だが、FAAは認定済みの大学教育と引き換えに、飛行時間を1,000時間に緩和した“制限付き航空輸送操縦士(R-ATP=Restricted Air Transport Pilot)資格”を副操縦士の要件として認めている。これはエンブリー・リドル大学(ERAU)を含む約60大学に適用されている。ERAUでは毎年200-250人のパイロットが卒業するが、多くが訓練教官として1-2年働き1,000時間の飛行経験を得てR-ATP資格を取得し、それからリージョナル航空で仕事に就く、と云うシステムが定着しつつある。

DA142-8

図:((ERAU)エンブリー・リドル大学が使うDA42 L-320双発機は最新のグラス・コクピットGarmin 1000を装備し、自機の位置を航空管制機関に自動的に通報する装置ADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)を搭載している。現在ERAUは本機を10機運用中。最大速度180 Knots、巡航速度140 Knots、エンジンはLycoming IO-360 180馬力を2基。プロペラは3翅可変ピッチ。

Cessna-172

図:((ERAU)ERAUの主力訓練機セスナ172スカイホーク(Skyhawk)もGarmin 1000グラス・コクピットとADS-Bを装備し安全性を一層向上させている。エンジンはTextron製180馬力。最大速度は124 knots、失速速度はフラップ上げ/48 knots、フラップ下げ/40Knots。

 

デイトナ・ビーチ・キャンパスは同大学最大の施設で、操縦課程(Flight部門)を含む”College of Aviation”全体で2014年には1,160人が卒業した。2016年には1,200人を送り出す予定で、4年制学位取得のパイロット・コースに必要な学費は1人年間5万㌦(約590万円)になる。プレスコット分校は2012年に開校したがここでは414人の学生が訓練を受けている。

操縦課程に学ぶ学生の90%以上は航空会社パイロット志望で、4年間勉強して学士号を取るがその間に250-350時間の飛行訓練を受ける。時間に差があるのは教育証明取得の有無による。教育証明を取得して教官となる者は170名ほどいるが、そのうちこの半年間で65名がリージョナル航空に移籍した。

同校ではなるべく多くの学生に教育証明を取得させるために、ATP訓練費に$5,000の補助をしている。受講学生総数のうち18%は外国人、また女性の比率は17%である。

学生は全般に意欲的で1,000時間の飛行経験を積んでリージョナル航空のパイロット勤務を目指している。彼等は、パイロットの生涯所得が地上技術職よりも高額なことを知っており、そのため最初の就職先での低額給与を甘んじて受入れている。米国のリージョナル航空のパイロット初任給は年額$20,000+ボーナスで計$30,000(約360万円)が標準である。

 

ノースダコタ大学(Univ. of North Dakota)

1883年に創立され、Grand Fork, North Dakota州に本拠がある。法学、医学、など10学部を持つ総合大学だが、最も知られているのがエアロスペース・サイエンス(Aerospace Sciences)校。ここではパイロットと航空管制官を養成し、世界に供給している。

ノースダコタ大学(Univ. of North Dakota)では、年間160名のパイロットを養成しているが、その殆どは卒業後1年半ほどの飛行教官の仕事をしながら時間を稼ぎ、R-ATP資格を得ている。現在航空学科に1,300人の学生がいて、そのうち55%が操縦技術の習得に関心を持っている。10年前には75%の学生が職業パイロットを目指していたのに比べると少なくなっている。

学生の話では、操縦訓練の費用が高過ぎる、就職後の最初の給与が少ない、常に移動が必要、などの諸点が、職業パイロットの人気低下に繋がっていると云う。国外からの学生は常時200-250人いるが、多くがエアライン(主に中国)からの派遣学生で、彼等は操縦技術の習得に熱心で300-400時間の飛行時間の消化に意欲的だ。

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図:(University of North Dakota) ノースダコタ大学エアロスペース・サイエンス(Aerospace Sciences)校のフライト・オペレーション学部は、ヘリコプターを含め120機以上の飛行訓練機を所有している。機種は、単発のセスナ150、同172S、パイパー・アロー、双発機ではパイパ−・セミノール、ビーチクラフト・キングエアなど。

 

パイロット不足の対処策

去る1月中旬にERAUで、リージョナル航空、大手航空、パイロット養成機関などが集まりパイロット供給問題の解決策について話し合い、お互い協力することを約束した。討議の内容は、FAAの飛行時間規則、訓練生に課す飛行時間の低減、操縦訓練に掛かる高額な費用、リージョナル就職当初の低額な給与、以前の不況時に行われていたパイロットに対する一時帰休や給与カットなどの諸点であった。

出席者からは、高額な訓練費も問題だが、R-ATP資格取得の教育の質を高めることが社会的要望に応える道だとし、新しい奨学金制度の充実や、航空会社からの財政援助で大学教育を進めるべし、との意見が多く出された。

リージョナル航空協会のロジャー・コーエン(Roger Cohen)会長によると、米国大手4社の2022年までの退職パイロット数は18,000人に達し、各社別の割合は次ぎのようになる;–アメリカン:61%、デルタ:47%、ユナイテッド:40%、サウス・ウエスト:18%。ところがこれの補充役を担うリージョナル航空のパイロットの現在数は16,000人、これはまさに危機的状態である。

大手航空会社は、今後3-5年間はなんとかリージョナル航空からの昇格・移籍で不足を補えるが、その後の補充については白紙の状態。サウス・ウエストは“これからはパイロット養成コースを持つ大学と協力して問題の解決に当たらねばならない。”としている。

米国政府の会計監査を行う部局GAO (Government Accountability Office)の昨年の報告では、2012年の4年制大学のパイロット養成課程卒業者は約1,000人、同短大課程の修了者数は同じく1,000人となっている。

パイロット要件

図:米国FAA制定の主な操縦士に関わる飛行時間要件の表。「その他の要件」として夜間飛行、長距離飛行、教官同乗飛行、単独飛行、あるいはそれらの離着陸回数など細かく規定されているが省略する。(我国の対応資格)はFAA規定と多少異なっているが、これも省略する。

 

我国の状況

我国でも“指定航空従事者養成施設”と呼ぶ操縦士養成の規則があり、指定施設で履修すれば、資格試験の一部または全部が免除される。この中にはJAL、ANA、エア日本、JAL Expressなど航空会社、防衛省、海上保安庁、航空大学校などと並んで、一般大学のパイロット養成機関として次ぎの諸校が認定されている。

東海大学飛行訓練センター/米ノースダコタ大学内に設置、事業用操縦士養成、

桜美林大学飛行訓練センター、事業用操縦士養成、

法政大学飛行訓練センター、自家用操縦士養成、

いずれも規模は米国のそれと比べ極めて小さく、パイロット補充の補完的役割をしているに過ぎない。

 

−以上−

 

Aviation Week Feb 16-Mar 1, 2015 page 68 “Back to School” by John Croft

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“Pilot certification in the United States” Wikipedia