航空輸送70年間における安全性向上歩み-(その3)


2016-02-20(平成28年) 松尾芳郎

 2016-02-22改定(19 page ETOPS説明を改定)

7. 地表への衝突防止(Preventing Ground Collisions)

 

3項で述べた「コクピット音声記録装置(CVR)」は、「正常に飛行中の飛行機が地表に衝突する事故(CFIT=controlled flight into terrain)」の調査で、パイロットがなぜ自機の位置、地形、高度、に対する注意を失ったのか、の解明に使われ、“CFIT”事故の状況を把握できるようになった。“CFIT”事故対策として、スカンジナビア航空(SAS)、ボーイング、およびサンドストランド(Sundstrand)の3社は共同で、1969-70年に最初の「地表接近警報装置(GPWS=ground proximity warning system)」を開発し、実機で試験を行った。

この「地表接近警報装置(GPWS)」は、デジタル化された初の安全装置で、FAAは、早速1974年から全ての旅客機に取付けるよう改善通報(AD)を出した。当初は、不要な警報が出る、音声が不明瞭、などの評価があったが、これは組込まれたロジックが簡単なために起きたことだった。

GPWS搭載が進むに連れ“CFIT”事故は明らかに減少をはじめ、その有効性が実証されてきた。すなわち1973年/13件から1980年代では2〜3件と云う具合だ。

しかし飛行機が直線飛行をしていない場合には、効用に限界があることが判ってきた。すなわち、1990年代に起こった事故、一つはアメリカン航空の757がコロンビアで山岳に衝突、もう一つは米空軍のCT-43Aが当時の商務長官ロン・ブラウン氏を乗せてクロアチアを飛行中起こした地表衝突事故で、それまでのGPWSの限界が示された。

これを受けFAAでは、在来のGPWSを強化型GPWS (E-GPWS=Enhanced GPWS)に改め、”GPS航法データ”と全世界の空港データ、その周辺の地表の状況を示す”terrain database”を新たに組込むことになった。現在の民間機のほとんどはE-GPWS装備になっている。

E-GPWSは、基本型GPWSが持つ機能に、地形認識と警告表示機能を加えた“地形認識警報装置(TAWS=Terrain Awareness and Warning System)”である。EGPWSが地表接近を検知すると、コクピット表示パネル(FDなど)に警報が表示され、次の音声警告がされる。すなわち;—

Mode 1

(基本形)降下率が大きくなり過ぎるとSinkrate(沈下率)」、「Pull Up(引き上げろ)

Mode 2

山岳など地表などへの接近率が大きくなり過ぎるとTerrain… Terrain(山だ…山だ)」、「Pull Up(引き上げろ)

Mode 3

離陸直後に高度が低下するとDon’t Sink, Don’t Sink(沈むな、沈むな)

Mode 4

対地高度が低くなり過ぎるとToo Low-Terrain(地面に近すぎ)」、「Too Low-Gear(脚を早く出せ)」、「Too Low-Flap(フラップを早く出せ)

Mode 5

着陸進入中グライド・スロープから外れ下にもぐり過ぎるとGlideslope(グライドスロープ)

Mode 6

飛行機の傾きが大きくなったり、設定した高度より下がると「Bank Angle(傾斜角)」、「Minimums(ミニマム)

 

GPWSで思い起こされるのは、1977年9月27日に起きた日本航空DC-8 JA8052の事故。羽田から香港経由でクアラルンプール空港に悪天候の中VOR/ADF進入を試み、ランウエイ手前の農地に接地、大破、乗客乗員79名中34名が死亡した。当時GPWS採用が遅れ、同機は未装備だった。

egpws_family

図9:(Honeywell)ハニウエル製EGPWSの例。ハニウエルでは大型機からヘリコプター、それらのシミュレーター用まで各種のEGPWSを揃えている。

 

  1. 丈夫な飛行機の設計[損傷許容設計](Building Airplanes to Last/Damage Tolerant)

 

1項で述べたように、コメット(Comet)とエレクトラ(Electra)の事故の教訓で設計方法が改まり、これで構造破壊の事故は無くなったと思われた。しかし、1977年5月に、以前のパン・アメリカン航空707-321Cで、英国のダンエア(Dan-Air)が使っていた貨物機が、ザンビアのルサカ(Lusaka, Zambia)空港に着陸進入中、副操縦士がフラップを着陸位置にセットしたところ右側の水平尾翼が折れると云う事故が起きた。機体は墜落、乗員6名が犠牲になった。

この事故は機体がかなり高齢(47,600飛行時間、16,700飛行回数)で、犠牲者は少なかったが、高齢機の安全性を研究中の構造設計技術者の間では注目を集めた。調査の結果水平尾翼の上部桁材に墜落の7,200飛行回数前からクラックが発生していたことが判った。

707型機の水平尾翼(stabilizer)は“フェイル・セーフ(fail-safe)”設計で、1箇所が破断しても、次回の検査で発見されるまで、付近の構造で荷重を受け持ち全体(水平尾翼)が壊れないように作られていた。

他の707を検査したところ多くの機体に似たような初期破損が見つかった。当時はすでに、新造機に対しては材料を靭性の高いものに変更し、設計方法に“有限要素法(finite-element analysis)”を使うなどの対策が採られていた。

ダンエアの事故を教訓にしてFAAは、設計基準を改め(1978年12月)、一層細部の実証試験を要求することにした。また主要部材が破損しても安全を保てるよう、構造設計には、原則として経年劣化による疲労破損の進み方を考慮に入れた“損傷許容(damage-tolerant)”設計法を使うよう改めた。以後型式審査を受けた757、767、MD-11、777などからは新しい連邦航空規則が適用されている。

 

  1. 信頼性のさらなる向上(Boosting Reliability)

 

ボーイングが1978年に開発を決めた767型機は、当社は707やDC-8の後継機として長距離飛行用の3エンジン付きの主翼の大きい機体を想定していた。しかし同じころ西欧諸国と締結された大西洋路線協定で、米国内の多くの空港が国際線向けに解放されることが決まり、767構想は大西洋路線に適したやや小振りの双発機に改められた。

このとき障害になったのが、ピストン機時代に制定された双発機の洋上飛行制限に関わる規則であった。当時のFAA規則では、双発機は片方のエンジンが停止した場合、残った1基のエンジンで60分間飛行できなくてはならない、とされていた。つまり片発で1時間以内に飛行場に着陸できることを要件にしていた。

ボーイングは767開発に合わせてこの制限を120分にするよう要求した。この要求は、すでに実証済みの「エンジン信頼性の著しい向上」に基ずいた主張だったので、ほどなく認められ、767は双発機として大西洋路線に就航するようになった。次に出現した777は太平洋横断可能な「ETOPS 180」機として設計され、以後ボーイングは、747の改良型である747-8を除き、4発機を作らなくなった。

“ETOPS”とは、“Extended-range Twin-engine Operation Performance Standards”の略で、双発機が洋上飛行する際に課せられる制限のこと。

その後の改定で2015年2月以降製造される3発以上の旅客機にも、予定航路から代替空港まで180分以上要する場合は、ETOPS認証が必要となった。これに伴いボーイング747-8旅客機にFAAから330分のETOPSが認められた(2015-03-18)。

「60分以内に代替空港へ緊急着陸することができる航路を飛行しなければならない」の規定が適用される双発機は「ETOPS 60」機と表され、初期の767のように120分ルール適用機は「ETOPS 120」となる。

欧州航空安全庁(EASA=European Aviation Safety Agency)は、エアバスA-350 XWBに対し、就航当初から、片発飛行で代替飛行場まで180分以上要するルートを航路として設定して良い、と認定した(2014-10-15)。すなわち「ETOPS 180+」が認定され、申請があれば300分あるいは370分も認定される。これでA350 XWBは、どこでも最も効率の良い航路を選択できることになる。

 

10. フライ・バイ・ワイヤへ(Switching to Fly-by-Wire)

 

後に“ミスター・エアバス”と呼ばれるロジャー・ベチレ(Roger Beteille)氏は、それまではスド・エビエーション社で超音速巡航ミサイルの仕事に携わっていた。同氏はミサイルなど飛翔体の複雑な自動化システムに詳しく、同氏の指導でエアバス機には多くの斬新な技術が採用されてきた。

A320は1984年に開発が決まり、1988年に就航した150-250席級の狭胴型機である。A320には、“フライ・バイ・ワイヤ(FBW=fly-by-wire)”操縦システム、飛行範囲を定める“飛行包絡線”から逸脱しないようにする防護システム”full flight envelope protection”、操縦舵輪に替わる“サイド・ステイック(side-stick)”コントロール、さらに最新型”グラス・コクピット“、などが当時の競合機に先駆けて採用されたが、これには同氏の考えに依るところが大きい。

“飛行包絡線防護システム(flight envelope protection system)”は、飛行機が、あらかじめ決められた迎え角(angle of attack)、傾斜角(bank angle)、および高速制限、低速制限、のリミットを超えないよう働く装置である。このシステムを最初に搭載したA300試験機では、パイロットが如何に乱暴に操縦桿を操作しても、“防護システム”が働き機体はゆっくりと姿勢を変えながら包絡線内で安定した飛行を続けることを実証し、関係者を驚かせた。

A320は就航開始間もなく事故が連続し問題となった。そのうちの2件は、機体が正常であったにも関わらず、着陸進入時に滑走路手前に墜落した。ノースウエスト航空でも進入方位を変える際にシステム故障を経験していた。その後パイロットの訓練方法を改めてこれらの事故、故障はなくなった。当時のノースウエストの運航本部長Clay Foushee氏は「これで問題は解消した。しかし自動装置に任せきりだと不測の事態になることがある。パイロットは常に注意が必要だ」と語っている(1992年)。

“フライ・バイ・ワイヤ(FBW)”操縦システムと“飛行包絡線防護”システムは、その後の新型機では標準装備になっている。

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図10:(Airbus)写真は今年1月ルフトハンザ航空に引き渡された最新型のA320neo初号機。エンジンはPW1100G-JMだがCFM LEAP-1Aも選択できる。A320neoは在来型A320に比べ、新型エンジンと翼端のシャークレットの効果で燃費を15%改善し、2020年にはこれを20%に改善する。

A320系列機は今年1月現在で確定受注12,400機以上、うち4,500機は新エンジン搭載の「neo」型機。引渡し済みは6,800機以上、さらにオプションが6,600機ある。需要に対応するため、2014年2月の月産42機を2019年中期までに60機に引き上げる。最終組立工場は、現在のハンブルグに加え中国の天津、米国アラバマに設置中である。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week January 18-31, 2016 page 46 thru 51 “Staying Alive” by Bill Sweetman and John Croft

Boeing “Statistical Summary of Commercial Jet Airplane Acidents worldwide Operations 1959-2014

FAA Feb 28, 2011 “Introduction to TCAS II Version 7.1”

Airbus A350 XWB News 03 May 2013 “A350 XWB is the first commercial aircf\raft capable of flying with total hydraulic failure”

Honeywell “Mk6 and Mk8 Enhanced Ground Proximity Warning System (EGPWS) Pilot’s Guide”

Airbus Press Center @ 15 October 2014 “EASA certifyiews A350 XWV for yp to 370 minute ETOPS”

Airbus.com “A320 Family-the Market Leader””