「パナマ文書」この税の不公平さに私たち庶民はもっと怒るべきだ


2016-05-02 (平成28年) ジャーナリスト 木村良一

 

これで税の最大の不公平さに風穴をあけられるかもしれない。中米パナマの法律事務所から流出した膨大な量の内部文書(「パナマ文書」)によって世界の権力者や資産家らが、タックスヘイブン(租税回避地)を利用して自国の課税を逃れている実態が、分かってきたからである。

極端に税率が低いタックスヘイブンは、パナマや英領のバージン諸島、ケイマン諸島など基幹産業のない小国や地域が設けている。秘匿性が高く、脱税や資金洗浄、テロ資金作りなど犯罪の温床とされてきた。

10年ほど前からは、各国間で税務情報を交換する体制が整えられ、日本も96の国や地域と租税交換協定などを結んでいる。一昨年からは海外に5000万円を超える資産を持つ人にその情報を税務署に提出させる義務付けも始まった。その結果、タックスヘイブンの情報も得られるようにはなってきたが、税務調査に非協力なところに資産を移されると、資金の流れが解明できず、課税できないケースは多い。

課税の基本は公平、公正。真面目な納税者が損をするようでは納得できない。パナマ文書の流出をきっかけに各国の税務当局が知恵を絞って国際課税の枠組みをさらに強化したい。もちろん、いかがわしい取引をしている資産家は早く手を引くべきである。

問題のパナマ文書は、60カ国以上の報道機関が参加する「国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)」が、独有力紙の南ドイツ新聞を通じて入手。約400人の記者が1年かけてウラ取り取材を進め、今年4月3に一斉に報じられた。ICIJには日本の共同通信や朝日新聞が参加してる。

3日配信の共同通信の記事などによると、南ドイツ新聞は匿名の人物から「犯罪を明らかにしたい」との情報が入り、ICIJに合同取材を提案した。パナマ文書は暗号化され、そのデータ量は2・6テラバイト、文書数1150万通。設立したタックスヘイブン法人(ペーパーカンパニー)数21万4488社、法人設立に関係した各国首脳61人、それ以外の政治家、政府幹部128人などとなっている。

たとえばロシアのプーチン大統領周辺の人物や中国の習近平国家主席の親族、キャメロン英首相の亡父、アイスランドのグンロイグソン首相、サッカー界のメッシュ選手、香港俳優のジャッキー・チェンら各国の指導者や著名人、その関係者の名が記載されている。日本の警備大手セコムの創業者らがタックスヘイブンを使って法人を設立していたことも分かった。

パナマ文書流出の影響は大きい。グンロイグソン首相は辞任し、キャメロン首相も退陣要求のデモが起きて窮地に追い込まれ、投資の事実を認めた。欧州や中南米の司法当局は、違法行為があるかどうか、捜査を始めている。ICIJに対し、10カ国以上の税務当局がパナマ文書の提出や閲覧を要求している。

日本の国税当局は黙っているが、私の取材経験からみてひそかに情報を集め、既存の税務資料と突き合わせているはずだ。

ところでパナマ文書の流出は、約30年前のリクルート事件によく似ている。リクルート事件では、パナマ文書に当たるリクルートコスモス社の未公開株の譲渡先リストを朝日新聞が入手、そのリストに基づいて調査報道が展開された。他の新聞社やテレビ局も譲渡先リストに関する情報を得て追いかけ取材を行い、1年以上も報道合戦が続いた。

当時、コスモス社の未公開株は公開されると、確実に値上がるため、譲渡を受けた政治家や著名人はまさに「ぬれ手でアワ」だった。そんな未公開株を入手しようにも入手できない一般庶民から大きな怒りがわき起こった。国会でも追及が始まり、政権を揺さぶった。最後には東京地検が捜査に乗り出し、ロッキード事件以来の大事件へと発展した。

それがどうだろうか。パナマ文書の流出をマスコミ各社が報じても日本の庶民は静かだ。一部でデモも行われたようだが、海外のように指導者を追い込む騒動にはなっていない。日本の企業名や投資家名がほとんど出てないからだろうか。それとも「タックスヘイブンに資産を移せるのはごく一部のお金持ちで、しょせん庶民には関係のない雲の上の話」と冷めているのか。

ただしこの先、急変する可能性はある。5月上旬には国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)がウェブ上で社名や関係者名が掲載されたリストの公表を予告している。ICIJによるパナマ文書の分析も続いている。戦々恐々としている日本の政治家や著名人、資産家もいるはずだ。分析とそれに基づく取材で大きな風穴をあければ、世論が動き、日本の検察当局も捜査に乗り出すだろう。

いまはパナマ文書のベールを1枚1枚はがしていくことが、重要である。

 

—以上—

慶大旧新聞研究所OB会「綱町三田会」によるWebマガジン「メッセージ@pen」の5月号から転載しました。

http://www.tsunamachimitakai.com/pen/index201605.html

 

http://www.message-at-pen.com/