「イルクートMC-21」、エアバス・ボーイングの独占市場に参入


2016-06-26(平成28年) 松尾芳郎

 

「イルクートMC-21」は、双発、150-212席の中長距離用のロシア製狭胴型旅客機である。ロシアの国営航空機企業UAC (United Aircraft Corp)傘下のイルクート(Irkut)社が製作する。英語名は「MS-21」、ロシア語では「MC-21」と呼ぶ。これは“Magistralny Samolyot 21 veka”、つまり”Airliner of the 21st Century(21世紀の旅客機)”の意味で、世界市場に打って出ようという意気込みを込めた名前になっている。

Dailymail MS-21

図1:イルクーツクのUACイルクート工場で6月8日にMC-21のロールアウト式典が行われた。ボーイング737MAX-8及びエアバスA320neoとほぼ同じ大きさ、性能を備え、ロシアはこれで世界の狭胴型機市場に参入しようとしている。

 

この6月8日に極東シベリア・アムール河ほとりにあるイルクーツク(Irkutsk)の工場で、ロシア政府のドミトリイ・メドベーデフ(Dmitry Medvedev)首相が出席し「MC-21」の完成式典が行われた。席上メドベーデフ首相は「MC-21はロシア民間航空の誇りだ。ロシア国民と外国の人々はこれで飛ぶことを楽しみにしてくれるだろう。」と語った。

「MC-21」は、当初の計画では2016年からエアラインに引渡しの予定だったが、今では2018年末とされている。最新の情報では、ロールアウトしたもののシステム試験が遅れており、初飛行は2017年に延期された。

ロシアの民間航空機産業はソビエト政権の崩壊と運命を共にした。その後再建を目指し中型旅客機「スーパージェット100」を完成、市場に送り出したが西側では受け入れられず、僅かにアイルランドの「シテイジェット(Cityjet)」とメキシコの「インタージェット(Interjet)」に採用されただけだった。では「MC-21」の将来はどうだろうか。

テイール・グループ(Teal Group)のアナリスト、リチャード・アボーラフィア(Richard Aboulafia)氏は語っている;—

「MC-21はロシアの国営企業が作る旅客機なので市場の慣行に馴染まない。中国と同じく豊富な人材と資金を投じて作られるが、中国が作る同サイズの旅客機「コマック(Comac) C919」と同じく西側市場への本格参入は極めて難しい」。「西側業界の協力を得て顧客を譲り受けない限り難しかろう」。「特に重要なのは性能で、かつて中型旅客機「ツポレフ(Tupolev) Tu-204」は、737やA320のレベルに達しなかったので顧客から見向きもされなかった」。

MC-21の計画が予定通り進んだとしても、UAC側の生産目標は、ボーイングやエアバスが計画している月産60機以上の水準には遥かに及ばず、ピーク時でも年産は70機に過ぎない。これは、125-150席クラスのボンバルデイアCSeriesが計画している2020年以降の年産機数と変わりはない。このようなことを考慮すれば、MC-21は当面ロシア国内で使われても、西側エアラインズでの使用は望めないだろう。

そうは言っても中国と異なり、ロシアは航空宇宙技術では長い経験があるので、MC-21は中国製コマックC919と比べ格段に優れた技術的背景を持っている。

MC-21は、ロシアが作る最も優れた民間機で、主翼には737MAXやA320neoでも採用していない革新的な炭素繊維複合材を使っている。エンジンは西側の最新型でA320neo搭載のPW1100G-JMのMC-21版であるPW1400Gを搭載する。

開発が始まったのは2005年頃だが、設計が決定し公式にスタートしたのは2011年、そして今回ロールアウトしたのはMC-21-300型である。最大離陸重量79 ton (174,700 lbs)、乗客211名を乗せて6,000 km(3,200 n.m.)を飛ぶ。

狭胴機リスト

図2:狭胴型機の比較。MC-21-300の胴体長さはA320neoより5 m長いが、重量はほぼ同じ、また737MAX-8より3 ton軽い。座席数はいずれもほぼ同じ、航続距離は737MAX-8及びA320neoが200 n.m.ほど長い。価格は市場参入上重要な点だが、MC-21は競合相手より15%ほど安く設定している。

 

UACはさらに2つの系列機の開発を検討中;—

・  MC-21-200型:胴体を短くした長距離型で、最大離陸重量72.56 ton、胴体長さ33.8 m、座席数165席、航続距離3,500 n.m.。現在は初期設計の段階。

・  MC-21-400型:胴体延長型で座席数は230席を予定。実現は不透明。

エンジンはPW1400Gで推力は31,000lbs(14 ton)を2基。これはA320neo用としてすでに5月にFAA証明を取得済みのPW1100G-JMと同じもので、違うのは補器類の一部とパイロン取付け方法など僅かである。

UACは、PW1400Gを当面使うが将来は自社のエンジン部門アビアドビガテル(Aviadvigatel)製PD-14を使うことも視野に入れている。PD-14エンジンは、昨年末から飛行試験機IL76LLで飛行試験を始めている。そして2017年にはMC-21に取付けて試験を開始、2019年には顧客へ引き渡しを始めたいとしている。

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図3:(Perm Engine Co.)PD-14エンジンは、ロシアUAC傘下のUEC(United Engine Co.)のAviadvigatel Co.とPerm Engine Co.で開発中、推力31,000 lbsで将来のMC-21への採用を目指す。詳細は不明。

 

構造部材には炭素繊維複合材を多用し、高アスペクト比でスーパークリテイカル翼型を採用した主翼は、中央翼部分を含め、複合材製である。尾翼も同様複合材で作る。中央翼と主翼パネルはUAC傘下のエアロ・コンポジット(AeroComposit)部門が作る。製作には一般に使用されるオートクレーブ(高温焼結釜)を使わず、新しい製法である「真空吸着法(vacuum infusion process)」で製造する。この部門はロシア中部のウリアノスク(Ulyanovsk)にある。

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図4:(AeroComposit)MC-21の 1号機に取付けられた複合材製の主翼パネル。ウリアノスクのUTC傘下企業エアロ・コンポジット社で作られ、イルクーツクに運ばれた。

 

アビオニクスは、西側のハニウエル(Honeywell)、タレス(Thales)、エルビット(Elbit)などのシステムを導入、UACが統合して搭載している。すなわち、多機能型の9 X 12 inch デイスプレイ、電子式フライトバッグ(Electronics flight bags)、強化型合成視認表示(enhanced vision and synthetic vision systems)、そしてユナイテッド・テクノロジーズ・エアロスペース(United Technologies Aerospace Systems)製のサイドステイック操縦桿などを採用している。

西側の技術を導入するのは、これまでにスーホイ(Sukhoi)スーパージェット100で経験済み。前述のメドベーデフ首相はMC-21のロールアウト式典で「西欧技術をロシア製航空機に組込むことは大歓迎だ」と述べている。

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図5:(Aleksey Kudenko / Sputnik)MC-21のコクピット・モックアップ。西欧技術がふんだんに採り入れられ、操縦桿はサイドステイックである。

 

イルクーツク工場のモダンな製造ラインは西側技術で作られ、スーホイSu-30MK戦闘機やヤコーレフ(Yakovlev) Yak-130ジェット練習機が量産中であり、MC-21はここで作られる最初の民間機となる。

イルクート部門は、エアバスA320のランデイング・ギア格納部のサプライヤーになっており、西側民間航空機製造に係る技術的な標準を習得済みである。この仕事は2004年に契約され2007年からエアバスに納入してきた。現在は月産12セットを製造、供給している。

イルクートの幹部は、「MC-21はこれから20年間に1,060機を作るのが目標だが、国外エアラインへの販売が最大の念願だ」と話している。しかし、現在の確定受注はこの数年190機に止まったまま。しかも、中身は政府所有のリース会社の発注が大半を占めている。イランへの売り込みを図っているが、まだ成立していない。

最大の顧客はアビア・キャピタル・サービスで50機とローンチ・カストマーのエアロフロート航空(Aeroflot)の50機、残りはイリューシン・ファイナンス/50機とVEBリーシング/30機、エアラインとしてはイルクーツクのローカル航空会社Iraero社からの10機となっている。

価格は市場参入上重要なポイントだが、前述のようにMC-21はA320neoや737MAX-8より15%安く設定してある。アビオニクスを含む各システムには、競合機と同じ西欧製品を多く採用しているので、製造原価はほとんど変わらないはずである。

開発費は15億ドルと言われているが、その80%はロシア政府が負担し、残りをUACが拠出している。何れにしてもスーホイ・スーパージェットSSJ100と同じように政府の全面的支援が続くと見て良い。

—以上—

 

本稿作成の参考にした記事は次の通り。

Aviation Week Network Jun 16, 2016 “Can Russia’s MS-21 Crack The Airbus-Boeing Duopoly?” by Lens Flottau, Maxim Pyadushkin, John Croft and Joe Anselmo

The Gardian 9 June 2016 “MC-21:Russian hail new airliner as better than Boeing or Airbus”

AirInsight March 4, 2016 “Rhe second MC-21 composite wing panel delivered to Irkut Corp.”