スペースX社、「ファルコン9」で次世代通信衛星10基を打上げ、1段目の回収にも成功


2017-02-10(平成29年) 松尾芳郎

 

電気自動車「テスラ(Tesla)」の開発でも名を知られる「スペースX(Space X)社」のイーロン・マスク(Elon Musk) 社長は、昨年9月の「ファルコン9 (Falcon 9)」の打上げ失敗を克服して、再びビジネスを再開した。

今年1月14日(東部標準時)に、タレス・アレニア社とオービタルATK社が共同開発した次世代通信衛星「イリジウム (iridium) NEXT」を打上げ、低地球周回軌道(LEO)に乗せることに成功した。「イリジウムNEXT」は1990年代に打上げた通信衛星の代替となるもので”L”バンド使用で従来より通信速度が早く、これでFAAは世界中を飛行する航空機の位置把握ができるようになる。

今回は「ファルコン9」に合計10基の衛星を搭載して、カリフォルニア州バンデンバーグ(Vandenberg)空軍基地から打上げた。同時に打上げに使った第1段ロケットを、海上のプラットフォームに無事着地させ回収に成功した。

この成功をベースにファルコン9とドラゴン有人宇宙船を組合わせ、2018年末に国際宇宙ステーション(ISS)への人員派遣の再開を目指す。

イリジウム打ち上げ

 

図1:(SpaceX) 次世代通信衛星「イリジウムNEXT」が「ファルコン9」により西部標準時2017年1月13日に打上げられた。衛星は頂部の「ペイロード・フェアリング」内に10基が収められ、順次それぞれの軌道に乗せられた。

1段目帰還

図2:(SpaceX) 1月13日「イリジウムNEXT」衛星打上げ後、分離したファルコン9の第1段ロケットが洋上のプラットフォームに着陸に向け降下するところ。減速のため、上部のスタビライザーの役をするグリッッドフィンが展張しエンジン1基が点火、作動している。

1段目j着陸

図3:(SpaceX) 1月13日「イリジウムNEXT」衛星打上げ後、第1段は太平洋上のプラットフォームに無事回収された。

着陸経路

図4:(SpaceX / Jon Ross, NBC News / Alan Boyle) Jon Ross氏が描いた「ファルコン9」打上げと1段目ロケットの分離から洋上プラットフォームへの着陸、回収の経緯を示す図。かなり複雑なプログラムだ。最終の接地時の速度は2 km / hrである。

 

「ファルコン9」はこれまで6年間に29回打上げられ、27回成功している。また第1段ロケットの回収は12回試み7回成功している。回収した第1段ロケットは整備後再使用することで将来のミッションのコスト低減に繋がる。最初の再使用第1段ロケットは、この2月末打ち上げ予定のヨーロッパ通信衛星「SES-10」の発射に使われる。

打上げで失敗したのは次の2回;—

ひとつは2012年10月、国際宇宙ステーション(ISS)にドラゴン宇宙船で貨物を輸送するのには成功したが、その際に予定していたOrbcom衛星を軌道に乗せるのには失敗した。これは1段目エンジン9基のうち1基が停止したためとされる。

もう一つは2016年9月1日にケープ・カナベラルの40号発射台(SLC-40=Space Launch Complex 40)で起きた事故で、イスラエルの通信衛星Amos-6を乗せ、発射台で第2段ロケットに燃料補給中に爆発炎上した。調査の結果、液体酸素(LOX)タンク内にあるヘリウムガス・タンク(3個)の不備と判明した。ヘリウムのガス圧で酸素をエンジンに送り出すようになっている。

LOXの超低温で炭素繊維複合材製ヘリウム・タンクが変形、金属製のLOXタンクと擦れて発火したと云う。一般のロケットは酸素を液化点まで冷却して搭載するが、ファルコン9では搭載量を増やすため [ -362°F ]に 冷却、氷状化に近い酸素を搭載し、タンク内の温度を約[ -340°F ]に保持していた。

対策として、当面は搭載する液体酸素の温度を液化点まで上げることで解決し、ヘリウム・タンクの再設計は検討中、と云う。

これとは別に米政府のGAO (General Accounting Office)は、ファルコン9のロケットに燃料を送るターボポンプの強度が弱く多数のクラックが発見され、これが9月の事故に寄与したかも知れない、と報告している。

スペースX社とNASAは協力してポンプの対策を進めているが、この改修のためISSへの人員輸送の予定は多少遅れるかも知れない。

スペースX社は、今年はNASAと民間企業の要望に応え16基のロケット打ち上げを計画しており、これは昨年の2倍になる。次回の打上げはISSへの貨物輸送で2月14日の予定だ。

ファルコン9の両側に2本のブースターを取り付けた超大型の「ファルコン・ヘビー(Falcon Heavy)」の打上げ (図11参照) は7月と9月に予定されている。

IridiumNEXT

図5:(Thales Alenia Space) 「ファルコン9」で、今年1月14日に打上げられた「イリジウムNEXT」通信衛星の展開想像図。重量は860 kg、衛星網は全体で(予備を含め)70基を予定、今回の打上げはその最初の10基、今後6回に分けて2018年初めまでに極高度780 kmの低地球周回軌道(LEO)に投入される。これで現在イリジウム通信社 (ICI=Iridium Communications Inc.)が運用中の66基の衛星が更新される。衛星網は6面で各面に11個の衛星が配置される。衛星間の通信はKaバンド使用のISLで行う。

 

スペースX社が2017年1月15日に公開した「Falcon9 Launch & Land (Iridium 1)」と題する6分間の動画ある。タップして観て頂くと全体像が理解できる。

 

https://youtu.be/_iuMJFfJYxI

ファルコン9構造

図6:(SpaceX) 「ファルコン9」と搭載の「ドラゴン」宇宙船の概略。ペイロードは、このほかに「コンポジット・フェアリング」にも搭載できる。

 

ここで「スペースX」社の最新の公開記事に基づき「ファルコン9」の概略を紹介しよう。

「ファルコン9」は、2段式ロケットで、「人工衛星」や「ドラゴン宇宙船」を軌道に打上げる。2段式としたことで、上昇途中の複雑な分離を少なくし、エンジンには1段と2段に同じ「マーリン (Merlin)」を使っている。「ファルコン9」は2012年に民間企業としては初めて「ドラゴン宇宙船」に貨物を搭載し「国際宇宙ステーション(ISS)」へ送り込むことに成功した。以来NASAとの契約で複数回のISSへの貨物輸送と不要貨物の地球送還を行なっている。「ドラゴン宇宙船」は、将来の有人宇宙船とすべく開発が進んでいる。

図6に示す項目を、順次説明しよう。

a)    ペイロード(Payload):

ペイロードには2種類がある。

  • 「ドラゴン宇宙船/カプセル」と「貨物室/トランク(trunk)」からなる「ドラゴン宇宙船」。

「カプセル」は容積11 m3の与圧式、これに「トランク」が付くがこちらは与圧無し。全体は高さ8.1 m、直径3.7 mで25 m3 の容積に6,000 kgが搭載できる。「宇宙船」の与圧室には宇宙飛行士6人が搭乗可能で、2018年には有人試験飛行を始める予定だ。「トランク」は容積14 m3で、「カプセル」を支援する与圧不要の装置や貨物を搭載し、ソーラーパネルが付いている。「カプセル」が地球に帰還する際に大気圏上層で「トランク」は分離落下し、大気との摩擦で消滅する。

ドラゴン宇宙船

図7:(SpaceX) 「ドラゴン宇宙船/カプセル」と「付属貨物室/トランク」。これが一体となり第2段ロケットの頂部に搭載される。

 

  • コンポジット・フェアリング(Composite Fairing)、この中に各種衛星を収納、低地球周回軌道(LEO)や地球静止軌道(GTO)に投入できる。大きさは高さ13.1 m、直径5.2 mで大型バスほどの容積がある。

IridiumNEXT_AutoD

図8:(Iridium) 10基の「イリジウムNEXT」衛星はコンポジット・フェアリング内に積み重ねて搭載され、ファルコン9で軌道に向け発射された。

 

b)    第2段ロケット(Second Stage):

第2段ロケットは高強度のアルミ・リチウム合金 (aluminum-lithium) 製で、真空用「マーリン」エンジン1基を装備、ペイロードを所定の軌道に投入する。エンジンは第1段の分離後数秒してから作動、その後複数のペイロードをそれぞれ異なる軌道に乗せるため、必要に応じ作動・停止を繰り返すことができる。真空用「マーリン」エンジンの推力は934 kN (210,000 lbs)、作動時間は397秒である。

c) インターステージ(Interstage) :

図6で黒で示されたインターステージは複合材製で第1段と第2段を接続し、分離システムを備えている。「ファルコン9」の分離システムは信頼性の高いニューマテイック・システムを使っている。分離システムには火薬を使うのが一般的だがこちらは故障が散見される。

c)     第1段ロケット(First Stage):

第1段ロケットは第2段と同様、アルミ・リチウム製燃料タンクで、液体酸素とロケット用ケロシン(rocket-grade Kerosene /RP-1)を搭載し、9基の「マーリン1」エンジンに供給している。発射時には、点火後は先ず “hold-before- release system” で全エンジンの作動に問題がないことを自動確認してから、フル推力にする。発射時の地上推力は7,607 kN (1,710,000 lbs) 、つまり170万lbsだが、上昇し真空中になると180万lbs以上( 8,227 kN = 1,849,500 lbs) に増える。燃焼時間は162秒で、上昇するに連れて燃料が消費され軽くなり一層加速される。

d)    9基の「マーリン」エンジン:

第1段ロケットにはエンジン9基を束ねて取付け、上昇中に2基が停止しても所定の打上げミッションを遂行できる。

「マーリン(Merlin)1」エンジンはスペースX社製で、既述したが液体酸素( LOX )とロケット用ケロシン(Rocket-grade kerosene)を燃料とする。1基あたりの推力は地上で845 kN (190,000 lbs)で、上昇し大気圏外に達すると914 kN (205,500 lbs)に増える。推力/重量比は150を超え打ち上げロケットとしては最も効率が高い。

現在は2011-2012年に完成した「マーリン1D」が使われている。

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図9:(SpaceX) 2014年末に完成した100台目の「マーリン1D」エンジン。ホーソーン工場(Hawthorne, Calif.)で月産5基の割合で製造中。

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図10:(SpaceX) 「ファルコン9」の第1段には「マーリン」エンジンが9基、図のように取り付けられる。

ファルコンヘビー

図11:(SpaceX) 今年7月と9月に打ち上げられる世界最大の打上げロケット「ファルコン・ヘビー(Falcon Heavy)」は、ボーイング737-300型旅客機の最大離陸重量に相当する54 ton (119,000 lbs)を軌道に乗せる能力がある。これは現在最大のロケット「デルタ IVヘビー」の2倍に相当し、しかも打上げ価格は3分の1とされる。「ファルコン・ヘビー」は第1段ロケットに、「ファルコン9」を三本束ね、合計27個の「マーリン1D」エンジンで打上げ時は推力5,000,000 lbsを発生、将来の月及び火星に向かう有人宇宙船の発射を可能にする。第2段ロケット分離後に第1段ロケット部の3本の「ファルコン9」はこれまでと同じく地上に回収され、整備の後再使用される。

 

終わりに

Tesla MotorsとSpaceX社の創始者兼CEOのイーロン・マスク(Elon Musk)氏は、45歳、南アフリカに生まれ、両親の離婚で母親の母国カナダに17歳で移住、1992年ペンシルベニア大学に入学物理と経済を学び、卒業後はスタンフォード大学に進みエネルギー物理学のPh.Dを取得し、2002年に米国籍となった。

フォーブス誌選定の「2016年度世界で最も有力な人物」リストの21位にランクされている。今月(2月)8日には、新大統領ドナルド・トランプ氏と技術業界リーダーとの初会合に業界代表10数名の一人として、アップル、フェイスブック、オラクル、 IBM、マイクロソフト、の代表らと出席した(GE、GM、ボーイングなどの代表は呼ばれていない)。参加者の大半は選挙期間中クリントン氏を支持していたが、この会合でトランプ氏の政策支持に転向し、雇用増加に協力する姿勢を示した。

これまで世界中どこでも巨額の費用が掛かる宇宙開発は、政府機関の仕事が当然とされる中、マスク氏は自身の資産(138億ドルとされる)を使い、自身の才能で、宇宙開発に乗り出した。2002年にスペースX社、2003年にテスラ・モータースをそれぞれ設立した。目標として有人の惑星探査を掲げて活動を続けている。

電気自動車、宇宙開発で活躍中のマスク氏は、2013年に革新的な地上交通機関「ハイパーループ(Hyperloop)」の開発に進出すると宣言した。これは都市間に巡らした低圧チューブの中に、乗客用のポッドを高速で走らせようと云う構想である。2016年6月に試験トラックをスペースX社用地内に設置している。

アメリカにはこのような途方も無い事業家を育み、活躍させる土壌がある。

 

—以上—

 

本稿作成に際し参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week Network Feb 2, 2017 “SpaceX faces ‘Cliff’ of Work to Human- rate Falcon 9” by Frank Morring, Jr.

The Wall Street Journal Feb. 2, 2017 “Congressional Investigators Warn of SpaceX Rocket Defects” by Andy Pasztor

Popular Science Nov. 8, 2016 “SpaceX Finally Knows what Caused its Falcon 9 _rocket to Explode” by Sarah Fecht

Space.com “SpaceX Back in Action for 2017”

EoPortal Directory “Iridium NEXT (Hosting Payloads on a Communications Costellation)

SpaceX Aug 31, 2015 “Merlin Engine”

Forbs Feb 10, 2017 “he World’s Most Powerful People”

TokyoExpress 2016-04-30 “米国、打上げロケットのロシア依存から自国製へ切り替えを急ぐ“