なぜ、人は新型コロナウイルスに過剰反応してしまうのか


2020-05-02(令和2年) 木村良一(ジャーナリスト)

 

神社から鈴緒が消え、清めの手水も使えなくなった

毎朝のウォーキングで立ち寄る東京・西新宿の熊野神社で、鈴緒(すずのお)が取り外された。手水鉢(ちょうずばち)の周囲には縄が掛けられ、使えないようになっている。鈴緒は拝殿の鈴を鳴らすための縄やひもで、多くの人がこれをつかむことによって感染が広まると神社は考えたのだろう。手水鉢は手や口中を清める水を溜めた石の鉢だ。これも感染源になる危険性があるとみなされたのだと思う。

4月7日、オーバーシュート(感染爆発)やロックダウン(都市封鎖)という激しい言葉が飛び交うなか、東京都など7都道府県に緊急事態宣言が発令された。16日には全国に拡大された。期間はGWが終わる5月6日までの1カ月間だが、延長される。

法律に基づく宣言が出されたことで、政府や自治体は「人との接触を8割減らす。不要不急の外出を控えてほしい」と私たちに強く求めるようになった。感染者の数が減る効果は出たが、その一方で過剰反応と思われる事態も次々と起きている。神社の鈴緒や手水鉢の使用が禁止されたのも、そんな過剰反応のひとつだ。ネットで調べてみると、全国の神社やお寺でも実施されていた。

 

本当にジョギング中にマスクは必要なのだろうか

鈴緒や手水から感染するとは思えないが、どうしても気になるというなら鈴緒をつかんだり、手水舎の柄杓(ひしゃく)を持ったりした後、手を洗えば問題はない。

驚いたことに公園や川べりでのジョギングに対し、マスクをつけたりするよう求める新聞やテレビの報道もある。息が上がると、後ろを走る人に飛沫が飛びやすくなり、その実験データもあるという。 しかし野外であることを考えると、ウイルスは風に吹かれて拡散する。神経質になり過ぎではないか。報道が過剰反応を煽っている。私は野外ではマスクはつけない。

湘南や千葉の海がサーファで混雑して神奈川や千葉の県知事が「海に来ないでほしい」と呼びかけていたが、これもどうかしている。海岸は陸風海風と常に強い風が吹いている。ウイルスは風に吹かれてあっと言う間に消える。サーフィンの帰りにレストランに立ち寄ってそこが混雑するような事態は避けたいが、「海に来ないで」というのは過剰反応に思えてならない。登山も同じだ。登山者が込み合う山小屋は密閉・密集・密接の3密状態になりかねないが、1人用のテントで過ごせば何ら問題はない。

すべて過剰反応の連鎖に思える。そもそも感染して体調が悪いのにランニングやサーフィン、山登りを楽しもうと考えるだろうか。

 

感染者と濃厚に接触しなければ感染はしにくい

それではなぜ、サイファーや登山者から感染が広まるのではないかと地元は心配するのか。新型コロナウイルスについて正しく理解していないからではないか。

新型コロナウイルスは感染力も病原性(毒性)も季節性のインフルエンザと大差はない。インフルエンザと同様、飛沫感染によって人から人へと伝播してく。直接飛沫を浴びたり、テーブルの上や電車の吊革、ドアノブに付着した飛沫に触れた手で口や目鼻を擦ったり(接触感染)することを避ければ、感染は成立しない。飛沫とは会話や咳、くしゃみで飛ぶ唾液鼻水などのしぶきで、このしぶきの中に無数の新型コロナウイルスが含まれている。しぶきが感染源である。

ただし、感染力の強い麻疹(はしか)ウイルスや結核菌などと違って空気中をウイルスが漂いながら感染していく空気感染(飛沫核感染)はしない。患者・感染者と濃厚接触しなければ感染はしにくい。

国立感染症研究所によれば、新型コロナウイルスの場合、患者・感染者とマスクを付けずに1メートル以内で15分以上会話し、その2日後に感染すれば濃厚接触とみなされる。

死者も多少出ているだけに不安になり、自分たちが犠牲になりたくないという気持ちはよく分かる。しかしバランス感覚を失って過度に怖がるのはよくない。過剰反応やパニックを呼ぶ。ここは正しい知識を学んで正しく怖がりたい。

 

医療従事者に対する偏見と差別、嫌悪は許せない

過剰反応の中でも許せないのが、治療に当たる医療従事者とその家族に対する偏見と差別、嫌悪である。4月22日に公表された政府の専門家会議の提言でも「絶対にあってはならない」と強調していた。

子供がいじめに遭うだけでなく、保育施設が登園を拒否する事態までエスカレートしてきている。医師や看護師が昼も夜も懸命に働いているからこそ、私たちの健康と命が守られていることを自覚し、医療従事者に深く感謝してほしい。

ところで日本赤十字社が、「ウイルスの次にやってくるもの」というタイトルを付けた絵本風の動画(下記URLをクリック)をネット上に流している。不安と恐怖が広がり、人と人とが互いに傷付け合う状況を描きながら「そのような恐怖はウイルスよりも恐ろしいかもしれない」と警鐘を鳴らす。

動画は「非難や差別の根っこに、自分の過剰な防衛本能があることに気付こう」とも呼びかけ、対策として「不確かな情報をうのみにせず立ち止まって考える」「いつものようにきちんと食べて眠る」「正しく知り、正しく恐れて励まし合う」ことなどを挙げている。

この動画が指摘するように感染症は社会の病でもある。人間には自らの命を守ろうとする防衛反応がある。目に見えない病原体に対しては、その防衛反応はより強く働く。そこをよく自覚して行動することが重要だと思う。

 

―以上―

 

(注1)日本赤十字社の動画のURL

(注2)慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の5月号から転載しました。

(注3)メッセージ@pen5月号 http://www.message-at-pen.com/?cat=16