ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡打上げ、来年10月に


2020-07-19(令和2年) 松尾芳郎

 20-07撮影のウエブ望遠鏡

図1:(NASA/Chris Gunn) ノースロップ・グラマン社レドンド・ビーチ工場で完成したNASAジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡 (2020-07撮影)。主鏡の反射面の素晴らしさがよく分かる。

NASAは、フランス領ギアナから打上げるジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡の打上げ予定日を2021年10月31日に変更する。これまで2020-03-31を予定していたが、武漢コロナ・ウイルス感染拡大と技術的課題のため延期されることになった(2020-07-17発表)。

(NASA now is targeting Oct. 31, 2021, for the launch of the James Webb Space Telescope from French Guiana, due to impact from the coronavirus pandemic, as well as technical challenges. Previously, the Launch was targeted in March 31, 2021.)

NASA の科学ミッション担当・準長官(associate administrator for NASA’s  Science Mission Directorate)トーマス・ザーブチェン(Thomas Zurbuchen)氏の談話;―「ウエブ望遠鏡はNASAが最大の努力を傾注している最も複雑精緻な宇宙観測装置で、ウイルスの感染拡大のなか関係者は開発に献身的努力を続けている。当面する技術的諸問題は来年10月の打上げまでには解決する。」

開発スケジュールが厳しくなり始めたのは昨年の秋からで、以来見直しが進められ結論が出たのは先週。特にウイルス感染拡大でシステム検証の試験に携わる技術者の減少、シフト勤務体制の乱れ、などが影響し、予定延期もやむなし、になったものである。しかし打ち上げが7ヶ月延期にされても、計画は88億ドル(約9,500億円)の予算内で完遂できる予定である。

前回述べたが、ウエブ望遠鏡にはこれから極めて困難な環境試験、つまり打上げ時に遭遇する騒音、振動に対する耐久性を立証する試験が待っている。試験は8月に行われ、試験後一旦展張し各部品、各システムに異常がないことを詳しくチェックしなくてはならない。

来年初め(2021年)にウエブ望遠鏡は、再び“折り紙”状に折り畳まれエイリアン5ロケットのペイロード室(直径5 m)に収まる大きさに組立て、フランス領ギアナに運ばれる。

 

ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡の大要

復習のため望遠鏡の大要を示す。

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図2:(NASA)ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡。打上げ時重量は6.5 ton、主鏡直径は6.5 m、サンシールドは20.2 m x 14.2 mサイズ、観測期間は10年を目標にしている。

図の中の「観測機器モジュール(ISIM)」には、次の4つの観測機器が収納されている。

  •  近赤外線カメラ・NIRCam (Near-Infrared Camera)

アリゾナ大学(Univ. of Arizona)が開発

  •  近赤外線分光分析計・NIRSpec (Near-Infrared Spectrograph)

ESAが開発、NASAゴダードが協力r

  • l中赤外線観測装置・MIRI (Mid-Infrared Instrument)

ESAとヨーロッパ連合が開発、NASAジェット推進研究所が協力

  •  精密誘導センサー/近赤外線映像分析計 ・FGS/NIRISS (Fine Guidance Sensor/Near InfraRed Imager and Slitless Spectrograph)

カナダ宇宙機構が開発

 

打上げから「L2」点までの航路と望遠鏡の展張

以下に打上げ後の望遠鏡の展張の順序を示す。写真は全てYouTube [NASA Webb Telescope July 17, 2020 Release 20-072 “NASA Announces New James Webb Space Telescope Target Launch Date” by Felica Chou / Natasha Pinol, Laura Betz of Goddard Space Flight Center]から転写したもの。

 ブースター分離

図3:(NASA/Northrop Grumman) エイリアン5ロケットで打上げ、ブースターが分離したところ。

ペイロードカバー分離

図4:(NASA/Northrop Grumman) エイリアン5ロケットのペイロード室ファリングが分離する

上段と望遠鏡

図5:(NASA/Northrop Grumman) エイリアン5第1段から分離した中間段とウエブ宇宙望遠鏡は飛行を続ける

26分後望遠鏡分離

図6:(NASA/Northrop Grumman) 打上げ後26分に中間段からウエブ望遠鏡が分離する。

32分後ソーラパネル

図7:(NASA/Northrop Grumman) 打上げ後32分にソーラーパネルが展張する。円形部は宇宙機バス、望遠鏡の底部になる。打上げ後2時間、40万km付近で中間軌道修正(Mid-Course Correction)を行う。これは宇宙機バス底部のスラスターを噴射して行う(底部の黒い孔2箇所がそれ)。

宇宙機バスは、ウエブ望遠鏡の活動を支える装置で、コンピューター、地球との通信機能、推進装置、それらを収納する炭素繊維複合材製の構造筐体で構成され、サンシールド中央下・太陽に面する側に取付けられる。宇宙機バスは常時太陽に曝されるので300oK (27oC) になる。

宇宙機バスの重要装置、コンピューターは、観測機器相互のデータ処理だけでなく、ジャイロとスター・トラッカーの信号を受感して望遠鏡を観測する目標に正確に正対させる役目をする。望遠鏡の位置微調整はジャイロとスラスターの周りにある小型スラスターで行う。

1時間8分後アンテナ展張

図8:(NASA/Northrop Grumman) 打上げ後1日過ぎ、底部から地球との通信用アンテナが展張される。

3日6時間後前側シールドパレット展張

図9:(NASA/Northrop Grumman) 打上げ3日6時間後に、前方のサンシールドを収めるパレットが展張、続いて後方のパレットも展張される。

4日17時間後タワー展張

図10:(NASA/Northrop Grumman) 打上げ後4日16時間を経過、この辺りでタワーが伸び、望遠鏡本体とサンシールドを引き離す。

5日1時間後トリム・フラップ展張

図11:(NASA/Northrop Grumman) 打上げ5日後、後部サンシールドの端に姿勢安定用のフラップが開く。サンシールド・パレット底面にはソーラーパネルが張り付いている。

5日3時間後後ろ側シールドパレットを開く

図:12(NASA/Northrop Grumman) フラップが開いて2時間後、後部サンシールド・パレットが、続いて前部サンシールド・パレットが開き始める。

5日17時間後シールド左右展開中

図13:(NASA/Northrop Grumman) 打上げ後5日16時間過ぎに、サンシールドを支える支持棒が左右に釣竿のように伸びる。

5日23時3シールド展張

図14:(NASA/Northrop Grumman) 打上げ後6日に近くなる頃、サンシールドが展張する。5層の薄膜はまだ一体で開いていない。

6日9時間後サンシールド完成

図15:(NASA/Northrop Grumman) 6日9時間後にはサンシールドが5層になり、完成する。

6日16時間後バス、アンテナ、スタートラッカー

図16:(NASA/Northrop Grumman) サンシールドの太陽側の中心にある宇宙機バスの様子。左下にはアンテナ、中央円形には2個のスラスター、側面にはスター・トラッカー望遠鏡2個が見える。

11日10時間後副鏡展開

図17:(NASA/Northrop Grumman) 打上げ11日10時間後、主鏡上部に折り畳まれていた副鏡が主鏡正面の定位置に展張する。

13日10時間後主鏡ウイング展開

図18:(NASA/Northrop Grumman) 打上げ13日10時間後に主鏡両側にあるウイングが先ず左、続いて右の順で展開する。

23日望遠鏡完成

図19:(NASA/Northrop Grumman) 23日後頃の組立が完了したウエブ宇宙望遠鏡。サンシールドの背面は太陽に正対している。29日後に2度目の軌道修正を行い、「L2」点を周回する軌道(halo orbit)に入る。

28日後サンシールド太陽面側

図20:(NASA/Northrop Grumman) 太陽に正対するサンシールド背面、大きさは21.2 m x 14.2 m。中央の宇宙機バスの右下はソーラーパネル(黒色)、その先にフラップが見える。

L2点へ

図21:(NASA/Northrop Grumman) ウエブ望遠鏡の観測位置ラグランジェ「L2」点の説明。太陽―地球の距離は1億5千万km、地球―月の距離は38万km、地球―「L2」の距離は140万km。ウエブ望遠鏡は直線飛行ではなく、地球軌道の外側を途中で2回軌道修正を行いながら周り、打上げ後ほぼ30日掛けてラグランジェ「L2」点を周回する軌道(halo orbit) に入る。[halo orbit]は地球軌道に対し傾いた長径80万kmの楕円軌道で、1周するのに半年ほどかかる。「L2」点は仮想の点で重力はないので周回する望遠鏡は毎年数m以上移動してしまう。この修正は宇宙機ハブのスラスターを噴射して行う。

 L2へ1

図22:(NASA/Northrop Grumman) ウエブ望遠鏡の「L2」までの航跡。

スクリーンショット 2020-07-19 12.49.25

図23:(NASA Goddard) 「L2」点を周回する[halo orbit]、ウエブ望遠鏡は地球の太陽周回軌道面に対しほぼ垂直の長径80万kmの楕円軌道[halo orbit]を周回する。

 

終わりに

ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡はハブル宇宙望遠鏡の後継として1996年から開発が始まり、2007年に5億ドルの費用で行うことが決まった。その後2005年に再設計が必要となり総費用は55億ドルと試算された。新設計の望遠鏡は2016年に完成、試験が始まった。2018年にサンシールド展張に問題が発生、続いて2020年3月のコロナ拡大、で遅れ、打上げは2021年10月31日に延期される。そして既述のように総費用は88億ドルに膨らんだ。(ハブル望遠鏡は10億ドル)

ウエブ望遠鏡は地球から140万km離れた「L2」点を回る軌道で使うが、ハブル望遠鏡は高度550 kmの地球周回軌道で使われている。この距離の差を考えるとハブルで行われた打上げ後の整備は無理と考えて良い。

ウエブ望遠鏡は、メリーランド州グリーンベルト(Greenbelt, Maryland)にあるNASAゴダード宇宙飛行センター(Goddard Space Flight Center)が開発を主管する。そして、宇宙機バスとサンシールドを含めてノースロップ・グラマン航空宇宙システム(Northrop Grumman Aerospace Systems)が全体を受託、さらにボール航空宇宙・技術(Ball Aerospace & Technologies)が主鏡開発で協力している。

観測に使える期間は設計上は5年、目標は10年間としている。これは望遠鏡を「L2」点近傍を周回する「halo orbit」軌道上に維持するためスラスターを使う必要があり、その搭載燃料に制限があるためである。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

NASA Webb Telescope July 17, 2020 Release 20-072 “NASA Announces New James Webb Space Telescope Target Launch Date” by Felica Chou / Natasha Pinol, Laura Betz of Goddard Space Flight Center

NASA 2014-04-08 “James Webb Space Telescope Deployment in Detail”

NASA James Webb Space Telescope Feb. 7, 2018 “The James Webb Space Telescope Pbsevatory”

NASA/Northrop Grumman 2017-01-25“James Webb Space Telescope Launch and Deployment” by Jonathan Arenberg

https://youtu.be/v6ihVeEoUdo

Astrum 2019-03-03  “Why is the James Webb Space Telescope taking so long?”

Wikipedia “James Webb Space Telescope”