三菱重工、哨戒ヘリコプター「SH-60K(能力向上型)」の飛行試験を開始


2021-06-16(令和3年) 松尾芳郎

SH-60K能力向上型

図1:(三菱重工)三菱重工は開発中の哨戒ヘリコプター「SH-60K(能力向上型)」の初試験飛行/ホバリングを約30分間名古屋空港で実施/成功した(2021年5月12日)。

防衛装備庁SH-60K向上型

図2:(防衛装備庁)防衛装備庁は、浅海域を含む我国周辺の海域で対潜水艦戦闘を優位に進めるために現在の哨戒ヘリコプター「SH-60K」の性能向上が必要と判断、三菱重工と契約し「能力向上型」の開発に取り組んでいる。

哨戒ヘリコプター「SH-60K(能力向上型)」は、防衛装備庁との契約に基づき2015年から三菱重工(MHI)名古屋航空宇宙システム製作所小牧南工場で開発している機体で、「SH-60L」と名付けられる模様。「SH-60L」は2001年8月初飛行の哨戒ヘリコプター「SH-60K」を基本にして、搭載システムや飛行性能などの能力向上した機体で、防衛省への納入は今年度末を予定している。搭載システムでは、新しく「マルチスタテイック・ソナーシステム( multi-static sonar system)」、「適応制御ミリ波超高速通信システム(クリック・システム)」が搭載される。

(Antisubmarine-warfare helicopter, SH-60K modernized version , “SH-60L”, a locally developed from U.S. Navy/Sikorsky SH-60B Seahawk, by Mitsubishi heavy Industries has made first flight. SH-60L will equips multi-static sonar system and heigh speed com.click system.)

 

(注):「マルチスタテイック・ソナー・システム( multi-static sonar system)」

従来のソナー・システムは「モノスタテイック・ソナー」で、探知音を発信する「送信部/ソース(source)」と目標からの反射音を受信する「受信部/レシーバー(receiver)」がほぼ同位置にある。これを改良したのが「マルチスタテイック・ソナー(multi-static sonar)」で、層深下(冷水帯など)に潜航した潜水艦を探知する能力を高めるため開発された(2016~2020年)。複数の送信部と受信部で構成され、防衛装備庁は一昨年度150億円を投じ水上艦用システムを完成、最新の護衛艦「あさひ」(満載排水量7,800 ton)から搭載している。

 

(注):「適応制御ミリ波ネットワーク・システム」

近年のネットワーク中心の戦闘に於いて増大する通信量に対応するため、ミリ波帯を使い高速大容量の移動通信を出来るようにする通信システムをいう。装置は、GaN(窒化ガリウム)素子基盤を使用するアクテイブ・フェイズド・アレイ・アンテナと通信制御技術を組み合わせ、複数の友軍(航空機・艦艇・陸上基地/中継アンテナ)が常時アクセスできる「ミリ波高速ネットワーク」。防衛装備庁は、2019年度までに300億円を投入2020年にほぼ完成した(担当富士通)。

 

「能力向上型」/「SH-60L」は、最近の(中国・ロシア)潜水艦の静粛化、ステルス性能向上化に対応し、大陸棚/浅海域を含む我国周辺の海域での対潜水艦戦の優位性を確保するとともに、不審船行動監視などの事案に対応できる能力を獲得するのが目的。

搭載する電子機器等の開発および地上連接試験は2015年度から始まり、飛行試験機の製造を進め、2021年度から翌年にかけて実用化のための飛行試験を実施する。

試作機は今回初飛行した機体を含め2機となる予定で、防衛省に納入された後、海上自衛隊厚木航空基地で性能確認試験が行われる。厚木基地は、「SH-60K」の支援体制が整っており。さらに搭載艦艇が多く配備されている横須賀基地が近いという利点がある。

開発費は2017年度、2019年度、2020年度の3会計年度で、合計約490億円が投入されている。

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図3:(防衛装備庁)「SH-60K(能力向上型)」/「SH-60L」試作機 (8501)。外見、寸法、エンジンなどは「SH-60K」36号機以降と変わっていない。

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図4:(Fly Team / Yabyanさん撮影)5月12日名古屋空港で初飛行をした「SH-60K(能力向上型)」/「 SH-60L 」。外見は「SH-60K」と区別がつかないが、3年の歳月と500億円を投じた機体なので、対潜戦能力が大幅に向上している。

 

ベースとなる「SH-60K」とは;―

海上自衛隊では、シコルスキー・エアクラフト(Sikorsky Aircraft)/現在はロッキード・マーチンの1部門、が製造する米海軍用哨戒ヘリコプター「SH-60B」を三菱重工でライセンス生産し技研が開発したシステムを搭載した機体を「SH-60J」として1991年から使ってきた(合計103機)。

「SH-60J」は、新規に搭載した捜索用電子機器で機内空間が狭くなり汎用性に欠けるようになった。これを改めるべく、対潜戦、対水上戦、人員・物資輸送、安全性、等の能力向上のため後継機「SH-60K」の開発が決まった。

「SH-60K」への主な改良箇所はエンジンの換装、キャビンの拡大の他に、高性能ローター、着艦誘導支援装置、戦術情報処理表示装置、の装備などがある。

・「キャビンの拡大」:高さ15 cm、長さ30 cm拡大した。

・「高性能ローター」:ローター・ブレードは全複合材製で翼端を上下反角にした特殊な形で、ホバリング性能が向上している。これでローター直径をそのままにして最大設計重量を「SH-60J」の21,884 lbsから24,000 lbsの増加した。

・「着艦誘導支援装置」:夜間、悪天候など視界の悪い時に母艦への誘導/ホバリング/着艦操作を全て自動で行う装置で最先端の技術である。機首右側にSLASセンサーがある。

・「戦術情報処理表示装置」:[ AHCDS=Advanced Helicopter Combat Direction System]でコクピットのアビオニクス・システムを統合管理している。AHCDSはパイロットに最適な戦術計画を提供し、友軍機、友軍艦艇と情報を交換する機能を備える。

・「対水上レーダー」:機首下面に見える円盤状の「対水上レーダー」は分解能の高い“逆合成開口レーダー (ISAR=Inverse Synthetic Aperture Radar)に、また胴体下から吊り下げ潜水艦の音響を探知するデイッピング・ソナーは探知距離の長い新型の低周波ソナー[HQS-104]になっている。米海軍のAN/AQS-6を国産化したのがHQS-101、哨戒飛行艇PS-1に搭載、これを改良しRDI送信方式による探知距離の延伸、FM送受信で残響を少なくしヘリコプター用にしたのがHQS-103 でSH-60Jに搭載されている。

・「兵装」:胴体左側のウエポン・パイロンは大型になり、AGM-113MヘルファイアII対艦ミサイル2発とMk 46短魚雷や97式及び12式短魚雷、対潜爆弾/爆雷を搭載できる。

・「兵装用センサー類」:機首右側に「前方監視型赤外線装置 ( FLIR=forward looking infra-red) / AN/AAS47 )」が装備され、ヘルファイアII型ミサイルを誘導するレーザー・デジグネーター機能を持つ。機首前方左右には電子戦支援用アンテナESMが装備されている。

・「エンジン」:「SH-60J」ではGE T700-IHI-491CからIHIで改良したT700-IHI-401C2に変更された。

SH-60K改良箇所

図5:(海上自衛隊/三菱重工)「SH-60K」哨戒ヘリコプターは、購入予算を2002年度から計上し2020年度まで合計81機が発注され、2020年3月までに63機が海自に納入済み。最新の中期防衛力整備計画(2019年度〜2023年度)では、「SH-60K」と「SH-60K(能力向上型)」を合わせて13機を調達する予定、と記載されている。

 

「SH-60K」の諸元

乗員:3または4名、人員輸送に使う場合は最大12名

長さ:ローター回転時で19.8 m

全幅;ローター折畳時で3.3 m、ローター回転時で16,4 m

全高:5.4 m

ローター直径:16.4 m

全備重量:10,650 kg /最大設計重量:10,900 kg

エンジン:T700-IHI-401C2を2基/出力2,145 SHP

航続距離;900 km

実用上昇限度;4,000 m

 

終わりに

初飛行を終えた「SH-60K(能力向上型)」、「SH-60L」の内容は明らかにされていないが、近年増強著しい中国・ロシアの潜水艦群を抑え込むために海自には必須の装備である。早急の開発完了と十分な数の実戦配備を期待したい。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

・Aviation Week May 31-June 13, 2021 page 8 “First Take / Defense”

・防衛省(お知らせ)令和3年5月11日“回転翼哨戒機(能力向上型)の飛行試験について”

・三菱重工ニュース2021-05-12 “回転翼哨戒機(能力向上型)の飛行試験を開始”

・防衛装備庁 お知らせ・研究開発・航空装備・研究開発中の主なもの「回転翼哨戒機(能力向上型)」

・防衛省・自衛隊 “マルチスタテイックソーナー(信号処理部)の研究に関する外部評価委員会の概要”

・三菱重工技報Vol.42 No.5 (2005-12) ”SH-60K哨戒ヘリコプタの開発“ by 山下尚之ほか4名

・海上自衛隊・装備品 ”哨戒機「SH-60K」

・Fly Team 2021/05/12 “SH-60Kベースの回転翼哨戒機・能力向上型、飛行試験を開始“