確定申告の時期になると思い出す「立花隆インタビュー」


2022-03-07(令和4年)  木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)

図:(産経新聞)筆者作成の「立花隆インタビュー記事」(2010年3月9日付~11日付「話の肖像画」の一部より転載。

■29年前、国税は「永田町のドン」の脱税を摘発した

 確定申告(2月16日~3月15日)のシーズンである。今年は「e-Tax(電子申告)」に挑戦してみた。念のために申告書に記入して税務署まで出かけ、教わりながら行ったが、なんとか送信まで漕ぎ付けた。サラリーマンの医療費控除の還付申告ぐらいなら、自宅でパソコンやスマフォを使って簡単にできると思う。電子申告は労力と時間の節約に結び付くので勧めたい。

思えば、国税当局との縁は深い。まず思い出すのが、「永田町のドン」と呼ばれた金丸信・元自民党副総裁=1996(平成8)年3月28日、81歳で死去=に東京国税局が査察(強制調査)を実施した巨額脱税事件である。

査察は忘れもしない1993(平成5)年3月6日の土曜日だった。29年前になる。当時、私は国税庁と東京国税局の記者クラブに籍を置く産経新聞の社会部記者だった。記者クラブの加盟社はどこもこの査察には気付かず、この日の夜に東京地検が所得税法違反(脱税)容疑で金丸元副総裁を逮捕し、それを記者発表してはじめてマスコミの知ることとなった。国税に詳しい他社の古手のベテラン記者も国税当局の動きを察知できす、温泉旅行先で査察を知ってあわてて戻ってきていた。それだけ国税当局は極秘で動いていたのである。

事件がはねた後は数カ月間、昼も夜もなく取材に駆けずり回った。まだ36歳と若かったから過酷な取材に耐えられたのだと思う。

金丸氏の逮捕容疑は、非課税の政治資金で無記名の割引金融債(ワリシンなど)を毎年購入して課税を逃れていたといものだった。政治家が政治資金を私的に使うと、雑所得として課税されるが、金丸氏は申告していなかった。献金された政治資金に税が発生しないことを悪用したのである。金丸氏の事務所(高級マンション「パレロワイヤル永田町」内)にあった金庫からは問題の割引金融債の他、金の延べ板や現金など計35億円相当が見つかった。そのほとんどがタマリ(不正な蓄財を指す国税用語)だった。

小沢議員の立件は国税と検察のやる気次第だった

 次に思い出すのが、民主党幹事長(当時)の小沢一郎・衆院議員と検察が対決した政治資金規正法違反事件である。この事件で東京地検は2010(平成22)年2月4日、小沢氏の元秘書ら3人を起訴したものの、小沢氏本人については「共謀が十分に立証できない」と不起訴処分にした。

あのころ私は取材現場の第一線を退き、社説を書く論説委員に就いていたが、「小沢氏の違法性を追及すべきだ」との思いから国税庁長官ら国税幹部、それに国税OBらを取材して国税当局の動きを探るとともに小沢氏に対する査察を行うよう説得した。

論説委員が担当するコラム「一筆多論」=2010(平成22)年1月11日付=では、「国税の活躍の時である」との見出しを付け、「資金管理団体の土地購入をめぐる疑惑が浮上している民主党の小沢一郎幹事長に対する税務調査を忘れてはならない」と訴えた。

ロッキード事件をはじめとする疑獄事件に詳しい評論家の立花隆さん=2021(令和3)年4月30日、80歳で死去=にも取材し、その中で「脱税罪での立件の可能性がある」との見解を引き出し、上・中・下の大型インタビュー記事(2010年3月9日付~11日付「話の肖像画」)を書いた。その記事を紹介してみよう。

 取材は12年前の2月、立花さんの仕事場である猫の顔が描かれた「猫ビル」(東京・小石川)で行った。小沢氏への捜査は不起訴で終了したのかと質問すると、立花さんはこう答えていた。

「微妙だが、終わっていない。小沢と検察の力関係次第。検察のやる気次第でしょう」

政治資金規正法違反では立件できなかったが、口利きをして見返りを得ることを禁止するあっせん収賄罪やあっせん利得罪の適用はどうかと尋ねると、「そっちの方では立証が難しい。たぶん、脱税つまり所得税法違反で追及するしかない」と明言していた。

■小沢議員の不動産は金丸元副総裁の割引金融債に当たる

 資金管理団体の陸山会は政治献金で数多くの土地やマンションを買い、それらの不動産が小沢氏の名義で登記されていることが問題になり、小沢氏は「不動産は陸山会のもので、政治活動に使っている」と反論していた。前述したように、政治家が政治資金を流用して申告しなければ脱税の罪に問われるからだ。実際、金丸元副総裁は政治献金で割引金融債を購入して脱税罪に問われた。

 立花さんは小沢氏について「脱税の罪を立件するためのタマリ、つまり金丸の割引金融債に当たるものが不動産だ」と指摘した。

 そうなると、その不動産が小沢氏のものか、それとも陸山会の所有かという帰属が問題になると聞くと、立花さんは「小沢は個人としての『小澤一郎』と陸山会代表の『小沢一郎』との間で取り交わされたという確認書を示して土地やマンションが自分のものではなく、陸山会のものだと主張してきた。ところが、陸山会から押収したパソコン内のデータを東京地検が解析した結果、確認書の作成日が偽造されたものだと分かった。これは新聞記事にもなっているが、確認書の信用性が失われたことになる」と話していた。明解で説得力のある説明である。

「小澤」と「小沢」の使い分けこそが仮装・隠蔽に当たる

 次に私が脱税罪を問うにはタマリを隠していなければならない。仮装・隠蔽の行為の立証が必要だ。小沢氏は不動産を登記して公にし、だれでも見ることが可能にしているから仮装・隠蔽がないと思うが…と問うと、立花さんはこう指摘した。

 「旧字体の『小澤』と新字体の『小沢』という2つの人格を使い分けて確認書まで取り交わすという行為それ自体が仮装・隠蔽に当たる。そもそもそういうことはあり得ないからだ」

 これも実に分かりやく、説得力がある答えである。個人の脱税罪を立件するには➀タマリが3~5年間で1億円以上ある②タマリの帰属がその個人にある③タマリを隠す仮装・隠蔽の行為がある―の3要件がそろっていなければならない。国税を長く担当した新聞記者として、敢えて脱税(所得税法違反)を立件するうえで欠かせない脱税3要件を立花さんにぶつけてみたのだが、立花さんはみごとなまでに応じてくれた。田中角栄元首相の金脈を暴き出し、ロッキード事件に結び付けたジャーナリストの視点は健在だった。

 このとき、私には思惑があった。立花さんに「小沢氏には脱税の疑いがある」と言わせれば、国税や検察は動かざるを得ない。火が点くはずだと考えたのである。立花さんはそんな私の思惑を理解したかのように的確に答えてくれた。だがしかし、国税当局と検察は動こうとはしなかった。それだけではない。29年前の金丸元副総裁の摘発以来、国税当局は大型の脱税事件を手掛けていない。マルサ(査察部)の力が衰えているのではないだろうか。

 一方、東京第5検察審査会は小沢氏の強制起訴(政治資金規正法違反罪)を議決し、公判が開かれた。しかし、東京地裁判決(2012年4月26日)と東京高裁判決(同年11月12日)は共謀を認めず、無罪が言い渡され、同年11月19日には検察官役の指定弁護士が上告を断念、小沢氏の無罪が確定した。

 その後、小沢氏(岩手3区、現・立憲民主党)は昨秋の衆院選(10月31日投開票)の小選挙区で敗北(比例選では復活当選)した。1969(昭和44)年の初当選以来、17回連続で当選を重ねてきた選挙区で初めて敗れたわけで、小沢氏が政界から姿を消す日も近いと思う。

■小沢議員は田中元首相と金丸元副総裁のDNAを受け継いでいる

 立花さんになぜ小沢氏はあれほどまで不動産に執着するのかと質問すると、「走っている車の中から良い売り物件を見つけると、すぐにそれを秘書に調べさせるというエピソードによく表れているが、そうした性癖は田中も持っていた」と語った後、こう解説してくれた。

「小沢の今回の事件は田中のロッキード事件や金丸の巨額脱税事件とそっくりだ。たとえば事件の金額。小沢の政治資金規正法違反事件では、政治資金収支報告書に記載されていない土地購入代金の4億円が問題になった。田中の賄賂は5億円だし、佐川急便事件で金丸が受けたヤミ献金も5億円だった。金額の点で小沢の場合は文句なしに同列に並ぶ」

「それに不動産。田中は不動産をいくつもの幽霊企業(ペーパーカンパニー)名義で所有していたけど、小沢は陸山会などの政治団体を利用している。形こそ違うが、構造的にはそっくりだ。小沢の政治家修業は、田中と金丸の下でやったわけだから自然と2人のDNAを受け継いでいる」

 巨悪と批判された政治家の金脈を追及してきた立花さんだからこそ、できる解説だと思う。インタビューでは最後に立花さんの金脈追及のエネルギーはどこから来るのかと聞いた。立花さんからは「けしからんと思うからだ」との一言が返ってきた。

 日本の税制は納税者が申告して税金を納める「申告納税」で成り立っている。それゆえ、虚偽の申告をして脱税に走るのは許されない。課税の公平性が保たれなくなる。タマリが巨額であればなおさらだ。毎年、確定申告の時期が来ると、思うことである。

―以上―

※慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の3月号(下記URL)から転載しました。

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