ブーム超音速旅客機「オーバーチェア」用エンジン「シンフォニー」の開発が決定


ブーム超音速旅客機「オーバーチェア」用エンジン「シンフォニー」の開発が決定

2023-01-22(令和5年) 松尾芳郎

図1:(Boom Technology)ブーム社が開発する「オーバーチェア」超音速旅客機の想像図。2026年にロールアウト、試験飛行を開始する。エンジンは4基になり、胴体は、燃費向上のため主翼の付近で細くし抵抗を減らす。主翼は、付根付近で上反角を付け先端では水平になる“ガル・ウイング(Gull wings)”にし、衝撃波ノイズを少なくする。

以前にも紹介したが、ブーム(Boom Technology)社が開発中のオーバーチェア(Overture)は、65-88席級の超音速旅客機、洋上はマッハ1.7の超音速で巡航し、航続距離は7,800 km、2029年末の就航を目指す。エンジンは、中バイパス比2軸ターボファン推力35,000 lbs、名前は「シンフォニー( Symphony )」として開発が決まった。受注は、ユナイテッド航空、アメリカン航空の合計で確定35機、オプションは日本航空の20機を含め合計95機になる。

(As reported previously, the Boom Overture is a Mach 1.7, 65-88 passenger supersonic airliner with 7,800 km of range, plan to be introduced in 2029. The Symphony, the engine for Overture, is a two-spool medium-bypass turbofan, producing 35,000 pounds thrust at takeoff and during supersonic cruise. United Airlines and American Airlines signed firm order of total  35 aircraft on June 2021 and August 2022 respectively, with option 95 units together with JAL’s 20.)

超音速旅客機「オーバーチェア」に装備するエンジンの開発先の選定は難航していたが、昨年(2022)末12月14日に決定した。ブーム社は、エンジンに関しこれまでいわゆるビッグ4「GE Aerospace、Safran、Rolls-Royce、Pratt & Whitney」各社と交渉をしてきたが、いずれも不調に終わっていた。

最終的にはブーム社が主導する形で開発することが決まった。すなわち12月14日の発表では、設計は「フロリダ・タービン・テクノロジー(FTT=Florida Turbine Technology)」、製造は「GE アデテイブ(GE Additive)」、整備と支援は「スタンダード・エアロ(Standard Aero)」が参加する3社体制で「シンフォニー」の開発が始まる。

  • 「フロリダ・タービン・テクノロジー(FTT=Florida Turbine Technology)」

「FTT」は、「クラトス・デフェンス&セキュリテイ・ソリューション(Kratos Defense & Security Solutions)」社のエンジン設計部門で、巡航ミサイルや無人機用の小型・軽量のエンジンを手掛けるエンジン専業のメーカー。メンバーは200名ほどで、超音速エンジン設計の専門家が多く含まれている。彼らはこれまでプラット&ホイットニー(P&W)社でF-22戦闘機用エンジン「F119」およびF-35戦闘機用エンジン「F135」の開発に10年以上携わってきた中心的技術者達である。「FTT」社長ステーシー・ロック (Stacey Rock)氏は「我々はこれまで革新的な高性能エンジンの開発に取り組んできた実績がある。「シンフォニー」の開発チームに選ばれたことを誇りに思う。これから経済的な超音速旅行の実現に向けて最善の努力を払う決意だ」と抱負を語っている。

ブームの狙いは、「オーバーチェア」の飛行経路(flight profile)、つまり離陸・上昇、超音速加速・巡航、亜音速・降下・着陸の飛行経路、に最適なエンジンを開発すること。このために効率的な最新の技法・ソフトを活用して設計を進め、タービンなど高温部分でも特殊な耐熱材料を使わず維持費を低く抑えることを目標にしている。

  • 「GE アデテイブ(GE Additive)」

3-Dプリント技法を使いエンジン部品製造を専門とする「GEアデテイブ」は、現在は「GE」の子会社だが、2023年予定の組織改正で「GEエアロスペース(GE Aerospace)」の一部門になる。「GEアデテイブ」が「シンフォニー」の生産を担当することで、開発が一層スムースに進み、軽量化され、結果として燃費向上につながるエンジンが完成する期待が持たれる。しかしGEは、2020年にエリオン(Aerion) AS2超音速ビジネスジェットの開発が頓挫したため、そのエンジン「アフィニテイ(Affinity)」の開発を中止した。これを踏まえ、今回は「GEアダプテイブ」の協力範囲に限定してプロジェクトに参加する意向と伝えられる。

  • 「スタンダード・エアロ(Standard Aero)」

「スタンダード・エアロ」はフェニックス(Phoenix, Arizona)を拠点にする独立系のエンジン整備・修理・オーバーホール(MRO)の最大手企業の一つ。これまで米国防総省から、GE製「F110」超音速戦闘機用エンジンを含む多種類のエンジンのオーバーホールを受注、手がけている。GE F110エンジンは「F-14」、「F-16」、「F-15E」、「F-2」などに使われている。「スタンダード・エアロ」の参加で、「シンフォニー」の設計に整備性の視点が反映されることになる。また、「オーバーチェア」就航後は「シンフォニー」エンジンの整備を通じてエアラインを支援していくことになる。

「シンフォニー」の構成

図2:(Boom Technology)ブーム社スコールCEOが「シンフォニー」の説明をする様子。

図3:(Boom Technology)「シンフォニー」のカットビュー。中バイパス比・2軸式ターボファン、推力35,000 lbs。低圧(LP)系は、ファン1段・コンプレッサー2段+タービン3段。高圧(HP)系は、コンプレッサー5段+タービン1段。燃焼室は円筒形アンニュラー型。排気ノズルは騒音低減を目指し大型ローブ型の2重構造で可動式になる。

既述のようにブームはエンジン開発について大手エンジン・メーカーと協議、最終的に残ったロールス・ロイス(RR)との話し合いも2022年9月に解消した。これまで検討してきたのは、RRのBR700/Pearl、P&WのPW800、GEのPassportなどのエンジンコアを中心にファン/低圧ローターを組合わせる方式だったが、いずれも「オーバーチェア」には不適と判断、見送られた。

ブームのCEOブレイク・スコール(Blake Scholl)氏は、「RR」との協議を続けた中で多くの学びがあり、新しい視点からエンジンを開発するという構想が浮上・今回の体制につながった、と話している。

これで既存エンジンのコア技術を中核としたエンジンを作るのではなく、全く新しいエンジンを開発することになった。このため「オーバーチェア」の初飛行は当初予定より1年遅れ2027年にずれ込むが、FAA証明取得は予定通り2029年末を目標とし、直ちに就航を開始したい、と述べている。

多くの社外関係者は「シンフォニー」の開発スケジュールが短すぎるのではないか、と懸念を示している。しかしスコールCEOは、「世界は超音速旅行の早期再開を待っている。我々は期待に応えるべく挑戦する、最善の努力を払う覚悟だ」と決意を語っている。

「シンフォニー」は、直径72 inch (183 cm) のファン1段と高圧タービン(HP Turbine) 1段の2軸式中バイパス比ターボファンで、細部は明らかにされていない。しかし公表されたカットビューから、ファン後部に低圧コンプレッサー (LP Compressor) 2段、その後ろの高圧コンプレッサー (HP Compressor) は5段であることが判る。燃焼室は大型円筒形のアンニュラー型 (annular-type)、高圧タービン(HP Turbine)1段、その後ろに3段の低圧タービン (LP Turbine)が配置されている。

問題は最新の騒音基準をクリアすること、このため「シンフォニー」は超音速機で一般的なアフタバーナーは使わない。一時期使われた超音速旅客機コンコードでは、ロールス・ロイス/スネクマ製「オリンパス(Olympus) 593」が使われたがこれはアフタバーナー付きだった。

「シンフォニー」では騒音低減のため大型のローブ付き2重可変ノズルを採用する。

図4:(Boom Technology) 「シンフォニー」エンジン取付けのイラスト。原案に比べエンジン・カウル全体が長くなり、前部は同軸超音速インレットに、後部は同軸2重可変ノズルの構造。NASAが2009-10年にロールス・ロイスとガルフストリームの協力で研究した「静かな超音速機研究(quiet supersonic project)」で得た成果を基本にしている。

公表されたイラストからいくつかの事が解る。

超音速機では、エンジン・インレット円周の縁/エッジやインテイク・コーンの先端をを鋭くして衝撃波による抗力増加を少なくし、空気流を音速以下にし圧縮してコンプレッサーに送る。「シンフォニー」では、固定式インテイク・コーンで超音速流を亜音速に変え圧縮してファンに送り、マッハ1.7から0.6の速度範囲で良好な圧縮を得ることを目指している。インレット・カウルの内側には環状のバイパス・ダクトを設け、亜音速空気流をファンに送る。そしてエンジン本体を亜音速流で包む。これをタービン部外周のコンバージェントーダイバージェント (convergent-divergent)セクションを通し圧縮・次いで高速にして排気ノズル周囲を流す。このダクト流は、低速飛行時にはエンジン本体の排気騒音をシールドする役目をする。超音速飛行時にはインレットで生じる衝撃波で流量が減り超音速流となる。

ブームによると、エンジンは完全にバイオ燃料(sustainable aviation fuel)に適合し、騒音レベルは「ICAO 14章(Chapter 14)/FAA stage 5 基準」を満足するレベルにする。さらにエンジン取降ろし間隔は現用エンジンに比べ25 %延長し整備コストを安くする。

超音音速機用エンジンは現在の亜音速機用エンジンとは使用法が異なる。亜音速エンジンでは、離陸・上昇時の大出力に耐える耐熱材と冷却空気が必要だが巡航時には温度が下がる。超音速飛行では、離陸から巡航まで長い時間大出力で飛行するため、この間は多くの冷却空気が必要になる。既存のコアを使うとこの設計変更が難しくなる。従って「シンフォニー」のHPタービンでは常時より多くの冷却空気を流す構造にする。同時に、現在一般的になっている高価な単結晶ブレードや耐熱コーテイングを見直し、低価格の素材で製造したい、としている。

終わりに

ブームの超音速旅客機「オーバーチェア」は、昨年(2022)8月にアメリカン航空が確定20機+オプション40機の購入を発表したことで、実現する可能性が大きくなってきた。これは2021年7月のユナイテッドの確定15機+オプション35機発注と2017年の日本航空からの20機優先購入権付きに続くもので、総開発費60~80億ドルとも言われる大プロジェクトがアメリカンの大量発注で急に動き出した。アメリカンは、ブームとの協議の中で新エンジン「シンフォニー」の開発構想を評価、発注を決断したものと想像される。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • Boom Overture
  • Boom Dec 14, 2022 “Introducing Symphony: The Sustainable and Cost-Efficient Engine for Overture”
  • Florida Turbine Technology December 2022 “Boom’s Overture Engine” by Lorenzo Massei
  • Aviation Week Network December 13, 2022 “Boom Unveils Supersonic Engine Partner Team” by Guy Norris
  • Aviation Week Network August 23, 2022 “New Clues Emerge About Boom’s Supersonic Engine Game Plan” by Guy Norris
  • TokyoExpress 2021-06-09 “ユナイテッド航空、ブームが開発する超音速旅客機15機を発注、オプション35機を追加“
  • TokyoExpress 2022-08-10 “ブーム超音速旅客区「オーバーチェア」、実現へ大きく前進”