米陸軍、次世代ヘリコプターにベル・テキストロン製「V-280バロー」を選定



2023-03-15 (令和5年) 松尾芳郎

図1:(Bell Textron)米陸軍はUH-60ヘリコプターの更新として計画する将来型長距離侵攻機プログラム「FLRAA」に、ベル・テキストロン製のテイルトローター機V-280を選定した(2022年12月5日)

米陸軍は昨年末(12月5日)に、将来型長距離侵攻機「FLRAA / Future Long Range Assault Aircraft」としてベル・テキストロン(Bell Textron)製のテイルトローター機「V-280 バロー(Valor)」を選定した、と発表した。「V-280バロー」は2013年に陸軍の公式展示会に出展、2017年12月に初飛行、2013年から選定までに10年を費やした。「FLRAA /将来型長距離侵攻機」は陸軍にとり不可欠なプロジェクトであると同時に、ベルにとっては今後の経営安定の基盤になるだろう。

(The U.S. Army announced December 5, it has selected Bell Textron’s V-280 Valor to build Army’s Future Long-Range Assault Aircraft (FLRAA) to replace the Sikorsky UH-60 Black Hawk. After a decade long study since 2013, when the aircraft unveiled at the Army’s Annual Forum AAAA. and made its first flight on December 2017. The FLRAA selection is vital to the Army and possibly a lifesaver for Bell Textron.)

「V-280」はテイルトローター式、速度は少なくとも280 kts (320 mph ・ 518 km/hr) で、競合相手のシコルスキー・ボーイング(Sikorsky-Boeing)製の同軸2重反転ローター形式「デファイアント(Defiant) X」に勝利し、これから陸軍が長年望んできた垂直離発着(VTOL)式兵員輸送機となる。

米陸軍は、現在2,000機以上使われているシコルスキー製UH-60ブラックホークの更新として、高速で長距離飛行が可能な機体、、等の条件を明示した(2019年4月)。このプログラムが「FLRAA」で、現有ヘリコプター全体を更新する「将来型垂直上昇機(FVL=Future Vertical Lift)」プログラムの重要な部分となる。

陸軍航空計画局長官ロブ・バリー(Rob Barrie)陸軍大将によると、調達額は最初13億ドル(1,700億円)、それに続く少数生産段階(low-rate production phase)で約70億ドル(9,100億円)、そして将来の輸出を含めた本格的量産段階では700億ドル(9兆1,000億円)に達する、と言う。

米陸軍は現在、シコルスキー製多用途ヘリコプターUH-60ブラックホークを約2,000機、およびボーイング製攻撃ヘリコプターAH-64アパッチを約1,200機保有するが、これら全てを「V-280」で更新する意向。すなわち「V-280」は単に「UH-60」と同じ兵員輸送能力だけでなく、侵入/攻撃能力をも併せ持つ機体となる。しかし発注機数は1対1でなく、かなり少ない数になりそう。

「V-280」は、開発段階の2019年3月に速度300 kts (555 km/hr)を達成済み、航続距離は陸軍の許可がないため未発表だが「UH-60」を大きく上回ることは間違いない。「UH-60」は最高速度322 km/hr、無給油航続距離は2,550 kmである。

試作機は2025年に陸軍に引渡して運用試験を始める。そして2030年中に生産型初号機を陸軍特殊作戦軍(U.S. Special Operation Command)に納入することが求められている。

図2:(US Army Acquisition Support Center)ベル 「V-280バロー」が「統合多目的技術実証 (Joint Multi-role Technology demonstration) 計画でホバリング試験をしている様子。主翼は固定で翼端のエンジン部分がテイルトする構造。主翼、胴体、尾翼は複合材構造、降着装置は引込み式。兵員14名を乗せ、520 km/hrの高速度で930~1,390 kmの戦闘行動半径を持つ。全長は15.4 m、翼幅は25 m、最大離陸重量は14 ton、ローター・プロペラ直径は10.7 m。

米国防総省は2011年に「将来垂直離発着機構想 (FVL/ Future Vertical Lift initiative)」を取り纏めた、これに従い米陸軍は2013年に「統合多目的技術実証 ( JMR /Joint Multi-Role Technology Demonstration)」計画を公示した。この「JMR/FVL」計画に沿って今回の「将来型長距離侵攻機・FLRAA / Future Long Range Assault Aircraft」の機種選定が行われた。

選定発表は2022年6月頃に予定されていたが、選定に敗れた側からの反対、抗議に対応するため12月になったとされる。

ベルは国防総省や陸軍が検討を進める将来型垂直離発着機の構想に適合する機体として、2000年台半ばからテイルトローター機の研究を始めた。

同時期にシコルスキー・ボーイングも小型の実証機「ライダー(Raider)」の開発を開始し、ベル機から1年遅れで試験飛行を行なった。「ライダー」実証機は同軸2重反転ローター装備で、尾部のプッシャー・プロペラで高速水平飛行を目指した機体である。「ライダー」は2017年8月試験飛行中に墜落、予備機は1機のみだったので試験が遅れ、本命の「デファイアントX (Defiant X)」計画の進行に影響を及ぼした。

「V-280バロー」は、すでに214時間の試験飛行を終了。「デファイアントX」も63.9時間の試験飛行を実施済み。いずれも陸軍のテスト・パイロットが操縦した時間を含んでいる。試験飛行中「デファイアントX」は「FLRAA」要件の最高速度250 ktsにほぼ相当する247 kts (457 km/hr)で連続飛行を行った。

ベルが今回勝利した背景には、ボーイングと共同開発したV-22オスプレイを始め、蓄積してきたテイルトローター技術がある。テイルトローター無人多用途機「V-247 ビジラント(Vigilant)」の開発もその一つ。ベルは2016年9月に「V-247」の1/8サイズのモデルを作成し、2023年までに実機の製造開始が可能、と発表した。

「V-247」は空虚重量7,300 kg、それに燃料・兵装・センサーを搭載、離陸重量は13 tonになる。これは現用の無人多用途機「MQ-9リーパー」の3倍の重さ。エンジンは、翼端に装備する「V-22」や「V-280」と違い、胴体内に5~6000 shp(軸馬力)エンジン1基装備する。翼幅は20 m、翼端に直径6.1 mのテイルトローターを取付ける。大きさはV-22より少し小型のイメージ。これで米海軍のミサイル駆逐艦(アーレイバーク級)に搭載できる。巡航速度は250 kts (460 km/hr)、最高最高高度は7,600 mで、11~15時間滞空が可能。海兵隊に採用を働きかけているが、決まっていない。

図3:(Bell) テイルトローター多用途無人機「V-247 ビジラント(Vigilant)」の完成予想図。最大連続巡航速度300 kts (555 km/hr)、または最大滞空速度178 ktsで最大15時間の飛行が可能。主目的は「諜報・監視・偵察 (ISR=Intelligence, surveillance, and Reconnaissance)だが、ウエポンベイにMk.50魚雷、AGM-114ヘリファイヤー・ミサイル、JAGMなどを搭載できる。

「FLRAA」の詳細要件は;―

  • 要求最高速度は、250 kts(285 mile/hr or 460 km/hr)以上・できれば280 kts (518 km/hr)。(UH-60Mは200 mph (370 km/hr)以下)
  • 無給油状態での戦闘行動半径は、200 n.m. (370 km)以上できれば300 n.m. (555 km)。また無給油で飛行可能な航続距離は少なくとも1,725 n.m. (3,190 km)、目標は2,440 n.m. (4,510 km)。
  • 胴体内部は、兵員12名分の耐衝撃性座席(crash-resistant seats)を設置可能なこと、または貨物4,000 lbsを搭載できること、あるいは両方を適宜収容可能なこと。そして外部貨物吊下げ能力は少なくとも1万ポンド(4,500 kg)、できれば13,100 lbs (5,900 kg)が望ましい。
  • “高温・高高度” 環境下 (hot-and-high)で運用可能なこと。外気温華氏95度(摂氏35度)で高度6,000 feet(2,000 m)の環境下で、兵員12名を乗せ戦闘行動半径120 n.m. (220 km)を飛行するに十分な燃料を搭載し、離着陸地点から500 feet/分の上昇率で上昇可能なローター出力の95 %を出すことが必要。

陸軍は「FLRAA」の耐用年数を、途中で改良を加えながら性能を向上して、関連性(relevancy)を維持しつつ50年間使用したいとしている。そして単価の目標は2018年ドルで4,300万ドル(約55億円)。これは2020年のUH-60Mブラックホークの単価1,550万ドル(約20億円)に比べかなり高額、だが同じテイルトローター機V-22オスプレイ(Osprey)の2019年単価7,600万ドル(約100億円)に比べればかなり安い。

[V-280バロー]のエンジンは;―

ロールスロイス(RR=Rolls-Royce)はベルと共同で、米陸軍の「FLRAA」向けのテイルトローター機「V-280 バロー(Valor)」計画に取組み、信頼性の高い「AE 1107」エンジン2基の装備を決定した。これは最新のモデル「AE 1107F」ターボシャフト・エンジン。

AE系列エンジンは、C-130J輸送機、V-22オスプレイ・テイルトローター輸送機、グローバルホーク無人偵察機、など多数の機種に採用され、これまでに7,200台以上を生産、8,000万時間以上の運転経歴を持つ。米国インデアナポリス(Indianapolis)工場で生産されている。米軍呼称は「T 406」。

形式は「フリータービン・ターボシャフト(free-turbine turboshaft)」、内部構成は、高圧コンプレッサー14段で前方5段は可変迎角ベーンを装備、環状燃焼室、高圧タービン2段で高圧コンプレッサーを駆動、エンジン後部にパワー・タービン2段があり、これででローターブレードを駆動をする。全長約2 m、直径89 cm、自重440 kg。コンプレッサー圧力比は16.7 : 1。

図4:(Rolls-Royce) ロールスロイス「AE1107F」ターボシャフト・エンジン。

協力企業は;―

一部既述したが、ベル社「V-280バロー」の設計案は2013年6月に陸軍の要求する「JMR- TD (Joint Multi-Role Technology Demonstrator)(統合多目的技術実証機)」計画に適合すると判定、選定された。「JMR-TD」は「将来垂直離発着機構想 (FVL / Future Vertical Lift initiative)の前段階と言える。

2013年9月にベルは「V-280」開発にロッキード・マーチン(LM=Lockheed Martin)をパートナーに選ぶと発表した。ロッキード・マーチン社はアビオニクス、センサー類、兵装などの統合化で協力する。同10月には、フライト・コントロール開発にモーグ(Moog Inc)、尾翼構造にGKN、複合材製胴体にスピリット(Spirit AeroSystems)、油圧システムと先進電力分配システムにイートン(Eaton Corporation)、ナセル構造にイスラエル航空宇宙工業(Israel Aerospace Industries)、高精度のシュミレーターと机上型トレーナーの開発販売にテキストロンの子会社TRU (TRU Simulation & Training)、の各社の参加が決定した。エンジンは試作機にはGE 製T64が使われたが、後にロールスロイス製AE 1107Fの採用が決まった。

敗退したシコルスキー・ボーイング「SB-1デファイアント(Defiant)」;―

「SB-1デファイアント」は、二重反転同軸ローターでハニウエル(Honeywell) T 55エンジン2基を装備、尾部にプッシャー・プロペラを備えるコンパウンド・ヘリコプターである。2019年3月に初飛行した。2021年1月にシコルスキー・ボーイングは「FLRAA」候補機として「SB-1」を発表、2022年2月にエンジンを「T 55」から改良型の「HTS 7500」に変更した。

「SB-1」の巡航速度は250 kts(450 km/hr)、戦闘行動半径229 n.m.(424 km)、「UH-60」と比べて速度は100 kts (185 km/hr)、戦闘行動半径は60 %向上し、“高温・高高度” (hot-and-high) 環境でのホバリング性能は50 %向上している。

図5:(Sikorsky)「FLRAA」競争で敗れたシコルスキー・ボーイング(Sikorsky and Boeing)製SB-1デファイアント(Defiant)」コンパウンド・ヘリコプター。同軸二重反転ローターと尾部にプッシャー・プロペラを備える。

終わりに

米陸軍は10年に及ぶ検討の末、将来型垂直離発着機「FVL」構想の前段階「将来型長距離侵攻機(FLRAA)」としてベル・テキストロン製「V-280バロー」を選定した。これは将来700億ドル・9兆円に達する巨額なビジネスとなる。ベル・テキストロンは、経営基盤を支える大きな成約を勝ち取ったことになる。敗れたシコルスキーは2015年からロッキード・マーチンの傘下にあるヘリコプター製造で全米第一の企業である。今回の失注で将来どうなるか、これまで5,000機を製造したUH-60ヘリに頼っていられなくなる。対応を迫られている。

垂直離発着機の将来は、ヨーロッパでも高速化を目指してテイルトローター機の開発が進んでいる。レオナルドの民間用AW609が飛行に成功しFAA承認を待っている。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • U.S. Army News Service December 14, 2022 “Army awards contract to develop future vertical lift capability” by Joe Lacdan
  • Bellflight.com “Bell V-280 Valor-Future Long Range Assault Aircraft (FLRAA)”
  • Rolls-Royce “Proven Power for the Bell V-280 Valor, RR AE 1107F: Optimized propulsion solution for US Army modernization”
  • Aviacionlinee.com 05/12/2022 “US Army’s Blackhawk successor will be the Bell V-280 Valor”
  • Army-technology.com  December 6, 2022 “US Army selects Bell V-280 Valor as next-generation assault Aircraft”
  • Forbes Dec. 04, 2022 “Bell V-280 Valor just Won the most important Army helicopter competition in 40 years” by Eric Tegler
  • Air Defense News Dec. 30, 2022 “Sikorsky dispute US Army’s choice of Bell V-280 Tiltrotor” by Thinago Vinholes
  • Aviation Week December 08, 2022 “FLRAA win could mean $ 70 Billion payout for Bell” by Brian Everstine