原発の安全性、誇張された被曝リスクは見直されるか!


—米国の規制当局は放射線の安全基準見直しに着手した。日本は?−

 

2015-12-10 松尾芳郎

TVA原発

図1:(Tennessee Valley Authority)テネシー州TVAワッツ・バー(Watts Bar)原発。右2つの円筒状建物は原子炉格納建屋、中に本体である圧力容器が入っている。左2つの大型円筒は冷却タワー、発電タービン用の高温蒸気を冷却した温水をここで空冷している。日本では海水で冷やすのでタワーはない。

全米原発配置

図2:(MapCruzin.com)全米の原子力発電施設。全米の原発は104基が運転中で合計1億kwを発電し、米国電力需要の20%を賄っている。最大の電力供給源は化石燃料を使う火力発電所で、70%に達している。

 

現在パリで「COP21」すなわち「気候変動枠組み条約第21回締結国会議」が開かれていることは御存じの通りである。ここでオックスフォード大物理学名誉教授ウエード・アリソン氏が提案した地球温暖化対策は、極めて現実的で説得力のある講演であった。その主張は「国民と原子力発電所の労働者の被曝許容量の制限値を現行の1000倍に引き上げる」と云うものである。

 

(注)被曝許容量;—

「国際放射線防護委員会(ICRP)」は2007年に、被曝許容量について勧告を出した。内容は『自然および医療で被曝する分を除く一般人の年間被曝量は「1㍉シーベルト」、また放射線を扱う作業者のそれは「5年間の平均値で20㍉シーベルト」、また緊急時の被曝上限は1回あたり250㍉シーベルト、を目安とする。』これを受けて各国はそれぞれで被曝許容量を設定している。

 

COP21が行われているフランスは、年間の国民一人当たりの所得では世界20位だが、温室効果ガスの排出量は大変少なく50位である。フランスの温室効果ガス排出量が少ない理由は、電力の75%を原子力発電でまかなっているからだ。

 

(注) 2011年における日本の年間一人当たりの排出量は、米国、韓国、ロシア、に続く世界第4位の9.2トン。国別排出量では、中国/27%、米国/17%、インド/6%、ロシア/5%、日本/3.7%、ドイツ/2.2%、などとなっている。

 

一方、世界は核戦争や核実験に対する恐怖から、1960年代以降”LNT仮説”すなわち『放射線被曝の危険度は被曝量に正比例する』と云う根拠のない主張にこだわり続けてきた。

 

(注)”LNT仮説“とは;—

被曝量が200㍉シーベルト(mSv)より上では、がんの発生確率が放射線量に比例して増えることが確かめられている。すなわち1度に浴びた線量が3,000〜5,000㍉シーベルト(3〜5 Sv)の場合は50%の人が死亡、1,000㍉シーベルト(1 Sv)の場合は嘔吐を生じ、また500㍉シーベルトの場合は血中のリンパ球が減少する。年間被曝量が100㍉シーベルト以下では健康被害の証拠は見付かっていない。しかし100㍉シーベルト以下でも被害があるかも知れないから「この比例直線を100㍉シーベルト以下にも伸ばしておこう」と云うのが「しきい値なしの直線仮説」あるいは「LNT仮説(Linear Non-Threshold)」である。

被曝量

図3:(「反原発」の不都合な真実/藤沢数希著)「しきい値なしの直線仮説」の説明図。この点線部分を福島原発事故後の被曝評価に使い、人々を無用の恐怖に陥れ、巨額な無駄使いが行なわれてきた。

 

アリソン氏は“LNT仮説“を皮肉って次のように述べている;—

「これは、秒速わずか0.3 m (30 cm)で飛ぶ玉に当たって死ぬ確率は、実際のピストル(45口径)の発射速度の秒速300 mで撃たれて死ぬ確率の900分の1、と主張するのと同じだ。」

この「しきい値なしの直線仮説/LNT仮説」が、ロシア・チェルノブイリ事故や、福島事故の後に行われた“がんによる死亡者数の予測”の根拠に使われた。しかし、この予測は反原発活動家や一部のメデイアの密かな期待に反し全く的外れだった。すなわち;—

『チェルノブイリ原発事故に関わる国連科学委員会UNSCEARの最終報告;—

事故(1986-04-26)の直後、UNSCEARをはじめ多くの調査機関は、被曝による死者数は4千人〜20万人になると予測していた。事故の25年後までに国連科学委員会UNSCEARが詳細な調査を行い、最終報告書を発表している。それによると、原発施設内で復旧に従事していた作業員134名が放射線の大量被曝で入院し、そのうちの28名が死亡した。また事故直後に、周辺住民6000人が放射性沃素(I 131)を大量に含んだ牛乳などを摂取したため、甲状腺癌となり、うち15名が死亡した。従ってこの事故の合計死亡者数は「43名」と確定された。』

福島原発の場合は、原子炉本体(圧力容器)が爆発したのではなく「使用済み核燃料プールの冷却水が過熱沸騰して水素爆発を起こした」事故であった。従って爆発の性質が異なり、放射性物質の飛散は少規模で、被曝量も桁違いに少なくこれによる死者は一人もでてない。

 

スエーデン政府は数年前になってやっと、「チェルノブイリ事故後、ほぼ1年分の供給量に相当するトナカイの肉を無駄に廃棄していた」と認めた。

2013年の行われた調査によると、福島原発事故による被曝を避けるため最大時で155,000人が「年間被曝量が20㍉シーベルトに達する恐れあり」として強制的に避難させられた。このうち1,600人が「避難によるストレス」で死亡している。当時の被曝量は“フィンランドの人々が日常的に受ける被曝量よりも少ないほとんど危険のないレベルであった”ことが判っている。世界には毎日これより多い量を浴びて生活している人が沢山いる。

1980年代には台湾で、放射性コバルトで汚染された再生鉄を使い建設されたアパート(1700戸)が問題となった。この件を米国の研究者が調べた2008年の研究論文によると、アパートの住人のがん罹患率は極めて低かった。執筆者らはこれを参考にして「米国で放射性物質の危険性評価が修正されれば、原発運転にかかる多額の資金が節約でき、原子力発電の拡大が促進されるのではないか」と報告していた。

今日になって見ればこれら米国人研究者の意見は正しいとわかる。これまで一部の学者やマスコミが煽る“被曝に対する過度な恐れ”が、原子力発電の安全コスト、放射性廃棄物の管理コスト、許認可のコストなどを極端なほど押し上げてきた。これは特に福島事故を経験した日本において著しい。詳細は、「フォーブス」誌の記事を紹介した「2013-09-25掲載“日本人が知るべき国連の結論—福島原発の放射線”」に記載してある。

しかし変化が起きる兆しが見えてきた。米国の原子力規制委員会は、今年(2015) 6月「放射線ホルミシス」説を根拠に被曝に関わる安全基準を改定する是非について意見募集を開始した。

「放射線ホルミシス」説とは『自然放射線を浴びた生物は低レベルの放射線から身を守る細胞性反応を獲得する』とする理論である。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校の核医学教授キャロル・マーカス氏は、この安全基準の根拠の変更を求めた申請者の一人である。同氏は前述の”LNT仮説”について、「科学的に有効な裏付け」がなく、「LNTに基ずく規制を守るには巨額のコストが掛かる」と指摘している。

”LNT仮説”の誤りを指摘し続けてきた学者は、冒頭のオックスフォード大アリソン氏の他にも、マサチューセッツ大学アマースト校の毒物学者エドワーズ・J・カラブレーゼ氏などがいる。カラブレーゼ氏は学術誌「エンバイロンメンタル・リサーチ(Environmental Research)」誌10月号に掲載した論文で「”LNT仮説”は、以前マンハッタン計画に関わった放射線遺伝学者が自分たちの研究分野の地位を高めるために主張した説だ」とその経緯を明らかにした。

今では”LNT仮説”に不利な証拠を示す多くの論文が書かれている。

ドイツ・ミュンヘンの放射性生物学研究所が昨年発表した研究論文は、低レベルの被曝が特定の細胞保護機能に「非直線的な反応」を引き起こす具体的仕組みについて、明らかにしている。

これまでに放射線被曝に関わる”LNT仮説”は、計り知れない影響を及ぼしてきた。2000年代に入ると、コストや安全性で特に優れている訳でもない石炭が、中国やインドなど新興国を中心にエネルギー源の主力に台頭してきた。この結果、著しい大気汚染が生じ、世界中が対応に追われる状況になっている。

採炭事故で起きる毎月の死者数は、原子力産業が始まって以来の数十年間のすべての事故の合計死者数(前述チェルノブイリ事故の43名を含む)を上回っている。また米国肺協会によると、石炭火力発電所から排出される有害ガスで年間13,200人が死亡している。

米国で1992年に民主党政権の副大統領になったアル・ゴア氏は、環境に熱心な政治家で1980年代から気候変動問題を政治に取り上げてきた。環境を改善するには石炭など化石燃料の使用を減らし排出炭素量を抑える事が必要、そのためにはソーラー発電、風力発電などの普及を促進すべし、と云うのがゴア氏の主張であった。これに、反原発のイデオロギー主義者が加わり、環境改善と原子力発電反対の機運を連帯して盛り上げてきた。しかし、排出炭素量を減らすのに明確かつ最も容易な解決策は「原子力発電」であるのは、誰も否定できない事実である。

WSJ紙は、その(オピニオン)で次のように書いている。すなわち;—

『オバマ大統領は気候問題で有益な意思表示をしている数少ない大統領なので、左派からの追求さえなければ「被曝リスクの見直し」提言に冷静な判断を下す可能性が大きい。しかしニューヨーク・タイムスなどの有力マスコミが「環境派に対する背信行為だ」と論説で派手に書き立てれば、大統領はすぐに引っ込めてしまいそうだ。』

 

おわりに

世界の原発

図4:(ENECO Channel)世界の原発は約400基があり、中国、ロシアなどで建造計画が進み、2030年までに800基に倍増するとみられる。現在の最大の保有国は米国で104基が稼働中、発電量は1億kwを超える。2位はフランスの54基で6,600万 kw。3位は日本で48基を保有し発電可能量は4,400万kwだが、大部分が定期検査中で現在稼働しているのはわずか2基。

 

本稿は“ウオールストリート・ジャーナル”日本語版2015-12-07掲載の記事を紹介、解説したものだが、反原発の立場を採る我が国のマスコミは環境問題に熱心であるにもかかわらず、これを黙殺し報道しようとしない。

しかし米国の原子力規制委員会が“LNT仮説”の見直しに着手した事実は、原子力発電の普及を制限している過重な制約を取り除く上で大きな意味を持つ。もし米国政府が冒頭のウエード・アリソン氏の提言に沿い被曝線量の制限値を改めれば、将来の原発建設に弾みがつき、「COP21」が目標とする環境改善に大きく資することになろう。

我が国では、「3条機関」として強い権限を持つ原子力規制委員会が事実上国の原子力政策を握っている。48基の原発の定期審査に異常なほどの時間を掛け、過度な安全対策を要求しているため、現在審査を通り稼働している原発は2基に過ぎない。さらに活断層問題で見られるように、規制委の審査には偏りが多く見られる。11月には高速増殖炉“もんじゅ”の運営母体を否定し、根本的に見直せと政府に迫ったが、これは思い上がりも甚だしい。国家の生存を左右するエネルギー問題/原子力政策は、本来政府が責任を持って決めるべきであり、規制委員会ではない。規制委の在り方をなぜ放置しているのか。「3条機関」ではなく、通常の諮問機関に改めるべき、と考える。

米国で“LNT仮説”の見直しが実現し、広く原子力発電を認知する時代が来るよう願ってやまない。

−以上−

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Wall Street Journal 日本語版2015-12-07 「(オピニオン)原子力の安全性めぐるパラダイムシフト、誇張された被曝リスク」by Holman W. Jenkins, Jr.

2011-07-19, 2011-09-05改定 掲載“福島原発事故と放射線”

2012-09-14 掲載“放射性セシウムは心配無用”

2013-09-25 掲載“日本人が知るべき国連の結論—福島原発の放射線”

国立環境研究所“温室効果ガス・インベントリ・オフィス”@06/16/2014

Yahooニュース2014-10-01 “アル・ゴア元米副大統領.日本の原発再稼動について語る“ by 本田雅一

ENECO Channel “世界中で利用されている原子力発電。一番多い国はどこ?”

日本原子力産業協会“世界の原子力発電の現状”