ロシア製に替わる米国製打上げロケットの開発、最終段階へ


2017-07-23(平成29年) 松尾芳郎

 

米国の大型打上げロケットにはロシア製「RD-180」が使われているが、国内で国産ロケットを使用すべし、との声が高まり、検討が進められて来た。これに対応するべく、エアロジェット・ロケットダイン (Aerojet Rocketdyne) は「AR1」、ブルー・オリジン(Blue Origin)は「BE-4」の開発にそれぞれ取り組んでいる。「AR1」は最終設計審査(critical design review)を終わり、「BE-4」は最大推力の試験運転に入る段階にある。

両者ともに、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA=United Launch Alliance)の打上げロケット、「アトラスV (Atlas V)」に使われているロシア製ロケット「RD-180」の後継に選ばれるよう開発を急いでいる。ULAが打上げる「アトラスV」は、空軍所管の情報収集衛星など安全保障上重要な衛星の打上げに多く使われている。

去る5月はじめにエアロジェット・ロケットダイン社は、“「AR1」の予燃焼室(preburner)の燃焼試験に成功した”と発表した。「AR1」は、「濃酸素予燃焼サイクル(oxygen-rich staged combustion)」型で、予燃焼室で発生する高温、高圧ガスでタービンを駆動、その力で燃料ポンプ、酸化剤ポンプを回す方式である。

「AR1」は2019年には全推力で試験運転を行う予定である。

液体酸素(LOX) /ケロシン燃料の「AR1」は、開発のリスクが少なく、「RD-180」とサイズが変わらないことから、「アトラスV」にほぼそのまま搭載できる。ただし燃料タンク、アビオニクス、それに第2段目は若干の変更が必要になる。また燃料がこれまでと同じなので、打上げ施設の改修も少なくて済む。

これに対しブルー・オリジンの「BE-4」は、液化天然ガス(LNG)を使う。ブルー・オリジンではLNG燃料について「すでに低軌道打上げロケット「New Shepard」に取付けた「BE-3」エンジンで使っているので技術上の問題はない」と説明している。また、「BE-4」は、「ULA」が開発中の次世代安全保障用衛星打上げロケット「バルカン(Vulcan)」の主エンジンの有力候補となっている。

「BE-4」は2011年から開発がスタートし、「AR1」よりも開発が進んでいる。しかしブルー・オリジンは、厳しい軍用規格の打上げロケットの経験がなく、技術上の要件で予期せぬ遅延に遭遇するリスクも否定できない。

もしULAが「バルカン」及び「アトラスV」に「BE-4」を選定すれば、巨額の政府資金とA-R社の自社資金で開発した「AR1」は行き場を失うことになる。

空軍は、ULAが「バルカン」のエンジン選定に直接言及する立場にはないが、「BE-4」の試験を注意深く見守っている。エンジン選定が遅れれば、空軍が必要とする衛星打上げが遅れるからだ。

空軍の「宇宙・ミサイル・システムズ・センター」の打上げ業務担当長クレール・レオン(Claire Leon)氏は次のように話している;—「ULAはエンジン選定に2つの道筋を考えている。すなわち「BE−4」が本命、「AR1」は予備として万一に備える」、「ULAは完全な透明性を持ってエンジンを決めるので、決定の経緯を調査委員会などで審査することは考えていない」。

空軍は、「AR1」に対し2015年に開発費8億ドル(880億円)の3分の2の支援を決めている、また、ULAに対しエンジン開発費として2億ドル(220億円)を支出しているが、このほとんどは「アトラスV」の2段目セントール(Centaur)の後継「ACES=Advanced Cryoganic Evolved Stage」」の開発費に使われている。

ロシア製「RD-180」に替わる米国製エンジンの開発現況はこのような具合だが、以下に関連する項目について多少詳しく述べてみよう。

 

ロシア製「RD-180」エンジン

既述のように現在米国防総省の情報収集衛星打上げはULA社の「アトラスV」を使っている。「アトラスV」の1段目は、ロシア国営企業「Energomash」」が供給する「RD-180」に頼っている。「RD-180」はすでに29台を購入済みだが、2015年末には追加20台を発注した。

「RD-180」は、ケロシン/液体酸素(LOX) を燃料とする2ノズル型ロケットで、地上推力は3.83MN (86万lbf)。1個のタービンで2つのノズルに酸化剤(LOX)を送る、濃酸素(Oxygen-rich)予燃焼室(Prebuerner)型で、従来の米国ロケットよりも進歩した設計。これで出力/重量比が78以上に改善されている。エンジン・ノズルの向きは4本の油圧アクチュエーターで変更できる。出力は可変式。

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図1:(NASA) 「ULA」は「アトラスV」ロケットの1段目にロシア製「RD-180」エンジンを使っている。1個のターボポンプで2基の主ノズルに燃料を送る方式。「ULA」では「アトラスV」用として29基を購入しているが、米国産エンジン完成までの繋ぎとして2015年末に20基を追加発注した。

 

「アトラスV」打上げロケット

「アトラスV (Atlas V)」は、ロッキード・マーチンとボーイングの合弁企業「ULA」(United Launch Alliance)が作る打上げロケット。1段目はロシア製「RD-180」ロケット、2段目は液体水素燃料の米国製「RL-10セントール」。1段目周囲には通常5本のオービタルATK製固体燃料ブースターを取付ける。2002年8月以降60回以上打ち上げて、極めて高い信頼性を示している。

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図2:(NASA)写真はULAが2011年8月5日にケープカナベラル(Cape Canaveral, Florida)空軍基地 41号発射台から打上げた「アトラスV551型」。551型は「アトラス」系列最大のロケットで、5本の固体燃料ブースターが付き、直径5.4 mのフェアリングの中にペイロードを搭載する。写真のロケットは、NASAの木探査機「ジュノー(Juno)」、重量4 ton、を搭載・発射し、2017年8月に木星周回軌道に到着した。551型は、これまでに冥王星探査機「ニュー・ホライゾンズ」(2006年)、木星探査機「ジュノー」(2011)、米海軍の「MUOS (Multi-User Objective System)」衛星網用衛星(2011以後)などの打上げに使われている。

 

エアロジェット・ロケットダイン製「AR1」

「AR1」は、濃酸素予燃焼室「Oxygen-rich staged-combustion cycle」設計なのでターボポンプ駆動には高温の酸素を使う、このため材料の酸化防止が課題となるが、コストを抑えるため在来の技術、酸化防止コーテイング材にはRD-180と同じものを使う。

2017-02-22にA-R社は米国でLOX/ケロシン燃料ロケットとして予燃焼室の試験運転をNASA ステニス宇宙センター(Miss.)で行い成功した。この試験でこれまでで最大の燃焼室圧力を達成している。

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図3:(Aerojet Rocketdyne)2017年2月22日ステニス宇宙センターで試験運転に成功した「AR1」の濃酸素予燃焼室。

 

A-R社は、「RL10」や「RS-25」その他のエンジン開発の長い歴史があり、その意味ではリスクが少ない。

同社は2015年12月に「AR1」設計の予備審査(preliminary design review)を終え、2016年の最終設計審査(critical design review)を通過している。そして2019年末の型式証明取得を目指している。これからは予燃焼室とインジェクター(主燃焼室)を中心に燃焼安定性に主眼を置いて試験が行われる。

「AR1」は「RD-180」と同じケロシン燃料を使うので、ULAが進めている「バルカン」にはそのままでは使えない。「バルカン」は、燃料に液化天然ガス(LNG=liquefied natural gas)使用を前提としているからだ。空軍からはULAに別途OTA資金が提供され、ケロシン燃料型も並行して開発することで進んでいる。これは競合する「BE-4」エンジン開発が何かの理由で遅れた場合に「AR1」でバックアップするための措置である。

A-R社の幹部は、「我社は、炭化水素系燃料(ケロシン)を使う大型ロケットの開発と生産には長い経験があるが、「ブルー・オリジン」は大型ロケット開発では全く実績がない。この点から我々の製品はリスクがなく、競争に勝つ自信がある」と語っている。

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図4:(Aerojet Rocketdyne)20年と3億ドルを投じて開発中の「AR1」エンジン。濃酸素予燃焼室サイクルを使う液体酸素/ケロシン燃料の2本ノズル(Injector)型ロケット。海面上推力は50万lbs。

 

ブルー・オリジン製「BE-4

「ブルー・オリジン」とULAは、次世代型打上げ機用燃料として、低価格、入手も容易なLNG(液化天然ガス)を選択し、これで競争力を高めることで合意している。メタンを使うことも検討されたが、純粋なメタンはコストが高く、性能面ではLNGと大差がないため不採用とされた。

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図5:(Blue Origin)「BE-4」は自社資金で開発中のエンジン、液体酸素(LOX)と液化天然ガス(LNG)を使い、推力は55万lbs (2,400 kN)。濃酸素予燃焼室燃焼方式(Oxygen-Rich Staged Combustion Cycle)の設計。LNGはケロシンと違い、気化するに連れて自動的にタンクが加圧されるので、ケロシンで必要なヘリウムを使う複雑かつ高価な燃料加圧装置が不要になる。

 

ULAのトリー・ブルノ(Tory Bruno)社長は「今年末に予定されている「「BE-4」の地上運転試験が成功すれば決着が付き、2018年3月にはエンジンが決まる、「BE-4」の開発スケジュールは「AR1」より2年程進んでいる」と語っている。

LNGはケロシンより比重が軽いので、「BE-4」用に作られた「バルカン」の燃料タンクは長くなる。

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図6:(Blue Origin) West Texasの試験台にセットされたBE-4のパワーパック部

 

2017年5月にブルー・オリジンは、「BE-4」のPowerpack部の地上試験中に故障が起きたと発表した。これはWest Texasにある試運転台で発生したもので、主としてソフト面で問題箇所を改善し、間も無く試験を再開できる、としている。破損したのはターボポンプ、バルブ、その他で構成するPowerpack部で、「BE-4」の心臓部に相当する。Powerpack部の中心、“主ターボポンプ”は毎分回転数19,000 rpmで75,000馬力を発生し、超低温のLOX/LNG燃料を5,000 psiの圧力で燃焼室に送り込む役目をしている。ブルー・オリジンはこのPowerpack部を2014年から試験中で、すでに百回を超える試験運転をしているが、この部分の破損事故は2回目になる。

この故障にもかかわらず「BE-4」の全推力地上試験運転は数週間後から開始する予定と云う。

ブルー・オリジンが2020年に初飛行を計画している巨大な「ニュー・グレン(New Glenn)」ロケットには「BE-4」を7基搭載する予定にしている。

ULAのCEO兼社長トリー・ブルーノ(_tory Bruno)氏は2017年4月4日に行われた第33回宇宙シンポジウムで次のように語っている。「ブルー・オリジンはエアロジェット・ロケットダインより開発が進んでいる、「BE-4」の全推力地上試験運転が完了し、十分なデータが得られれば、「アトラスV」打上げロケット用としてロシア製RD-180の交代、それに開発中の「バルカン」打上げロケットの主エンジンとして選定することになろう。」

これまで何度か述べたように「ブルー・オリジン」は、通販大手「アマゾン」の創業者ジェフ・ベゾス氏が設立した企業。ベゾス氏が出す資金で自社の地球周回軌道打上げ用ロケットとして、「BE-4」を開発してきた。BE-4」の量産工場は、ケント(Kent, Washington)に設置済みである。ケント工場は旧ボーイングの工場で、「BE-4」を年産12基でスタートし、将来はULAだけでなく他社への納入、さらに自社開発の打上げロケットにも使う予定で、宇宙ロケットメーカーとして確固たる地位を築くのを目標にしている。

「BE-4」は同社が先に開発した「BE-3」に比べずっと大きいので、社内では”VBB=Very Big Brother”と呼んでいる。「BE-3」と同様「垂直離昇、垂直着陸(VTVL=Vertical takeoff and Vertical landing)型」で再利用可能なロケットとなる。前回述べたように、同社は、地球周回軌道に打上げ弾道飛行する「BE-3」付き無人カプセル「ニュー・シェパード」で、「垂直離昇、垂直着陸(VTVL)」に関わる技術を習得している。

「ブルー・オリジン」は、「VBB」/「BE-4」打上げ用としてケープカナベラル(Cape Canaveral, Florida)の36号発射台(Launch Complex 36)の使用権を取得済みで、隣接地に2億2,000万ドルを投じて新ローンチャーの組立工場を併設する計画である。

ベゾス氏は語っている;—「宇宙への人類移住とそのための輸送手段を作ることが私の夢/情熱だ。開発中の有人宇宙船が完成すれば、世間は納得するだろう。」

「ブルー・オリジン」の「BE-4」計画が実現すれば、これはULAが近く「アトラスV」で打上げる予定の民間人用宇宙船、ボーイング製「CST 100 Starliner」と直接競合することになる。一方ULAは「バルカン」ローンチャーで軍用のみならず民間市場でも優位に立とうとしている。ベゾス氏は、軍用打上げ市場への参入は明言していないが「ULAが軍用市場を重視するのは当然だ。我々はエンジンの分野でそれを支援して行く」と話している。

 

ULA開発の「バルカン(Vulcan)

「バルカン」は、次世代打上げ機(NGLS=next generation launch system)で、米国が必要とする最も重要な衛星等の打上げに使用する。「バルカン」本体で、低地球周回軌道(LEO)から冥王星(Pluto)まであらゆる探査機を打上げる能力を持つ。単純な構造で低廉な価格で軍用からNASAまで広い範囲の要望に応えることができる。

「NGLS」は米国製エンジンを使い、2段目はACES (Advanced Cryoganic Evolved Stage)と呼び、これまでの「セントール」段よりも容量が大きい。

主エンジンに「BE-4」を選んだ場合、最初の打上げは2019年末の予定で、「セントール」段を使い直径4 mフェアリングの中にペイロードを収め発射する。2023年には2段目を「ACES」にして、フェアリングは直径5 mと太くして打上げる。「AR1」にすると打ち上げ予定はさらに1年以上遅れる。

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図7:(ULA) ULAが開発中で2023年打上げ予定の「バルカン」。ブルー・オリジン「BE-4」エンジンを2基(または「AR1」を1基)装備し、本体周囲に固体燃料ブースター6本を取付けペイロード15 tonをGTO(地球周回静止トランスファー軌道)に打上げる。ブースターはOrbital ATKが開発中の固体燃料GEM 63XLで2019年には完成する。アトラスV用のGEM 63より1.5 mほど長い。

 

まとめ

米国の宇宙開発は、2010年代からそれまでのNASA中心から商業化路線へ転換が進み、打上げロケット分野では民間企業の進出が目立っている。米国の宇宙開発関連予算はほぼ4.5兆円、その半分以上を国防関連部局が支出している。

我国の2017(平成29年)年度予算は総額97兆円、この中で宇宙開発関連費として計上されているのは、防衛省分(700億円)を含み僅か2,500億円となっている。これは米国の18分の1に過ぎない。大口支出は、相変わらず高齢者・弱者救済を含むいわゆる社会保障費で32兆5,000億円、これは歳出総額の3分の1を占める。これでは民間企業が独力でロケット開発をするなどできる訳がない。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

TokyoExpress 2016-04-30 “米国、打上げロケットのロシア依存から自国製への切り替えを急ぐ“

Aviation Week Network May 5, 2017 “Race to Replace RD-180 atzCritical Juncture” by James Drew

Aerojet Rocketdyne Feb. 22, 2017 “A-R’s AR1 Engine Sets US Record”

Spaceflight Now May 15, 2017 “Blue Origin encounters setback in BE-4 engine testing” by Stephen Clark

ULA “Vulcan Centaur and Vulcan ACES”

Spaceflight Now April 18, 2017 “ULA chief says Blue Origin in driver’s seat for Vulcan engine deal” by Stephan Clark

SpaceNews May 15, 2017 “Blue Origin suffers BE-4 testing mishap” by Jeff Foust

Spaceflight Insider September 23, 2015 “ULA selects Orbital ATK’s GEM 63/63XL SRBs for Atlas V and Vulcan Boosters”