NASA、ウエブ宇宙望遠鏡の審査を完了、打上げは2021年3月に確定


2018-07-11(平成30年)  松尾芳郎

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図1:( NASA) JWSTの外観。金色の「主鏡」は18枚の6角形ミラーを組合わせ、直径が6.5 m。支柱の先には「副鏡」があり、主鏡で集めた光がここで焦点を結ぶ。主鏡の後ろには支持機構の「バックプレート」がある。バックプレートの後には「ISIM」/ 科学計測装置モジュールが取付けられる。「サンシールド」は太陽光を遮る薄膜5枚で構成されている。その下には「JWSTバス」があり望遠鏡位置決め用機器を収める。画面中央下の小さな丸は「スタートラッカー」、位置決め用の小型望遠鏡。

 

開発が遅れ、コスト上昇に悩む「次世代宇宙望遠鏡ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡(JWST=James Webb Space Telescope)」の打上げが漸く決定した。

ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡は、NASAが主導し、欧州宇宙機構(ESA)を含む欧州各國が協力して開発している最新の宇宙望遠鏡である。日本は参加していない。現在地球周回軌道上で観測を続けている「ハブル宇宙望遠鏡(HST= Hubble Space Telescope)」の後継機と位置付けられている。

ハブル望遠鏡は、波長の短い紫外線(波長0.1μm)から可視光線と近・中赤外線(波長5μm)の範囲を使って宇宙を観測をする、いわゆる普通の天体望遠鏡で、主鏡は直径2,4 mである。

これに対しウエブ望遠鏡は、主鏡の直径は6.5 m、面積比ではハブル望遠鏡の5倍以上にもなる。可視光線の長波長(橙から赤色)から中・遠赤外線(波長0.6 – 27μm)を使って観測する。これは、宇宙の姿は可視光線によるものは部分的に過ぎず、赤外線を通して遥かに詳しい像を知ることができるためである。

各望遠鏡の比較

図2:各望遠鏡の観測する波長の範囲と主鏡面積の比較図。ウエブ望遠鏡(JWST)は主鏡面積が格段に広く、それだけ集光能力が優れている。さらに遠赤外線までの観測ができる。

 

ウエブ望遠鏡(JWST)の計画は1996年にスタート、2002年にノースロップ・グラマンが開発を担当、25億ドルの経費で2010年打上げる構想だった。

しかしこれまでにない大型の主鏡の開発、そして赤外線観測には、観測機器の温度を絶対零度近く50 K / -220度Cまで下げる必要があり、そのための太陽光の熱を遮蔽するサンシールドの開発など、未経験の技術分野の解決のため予想外の時間とコストが掛かった。このため一部の他分野の科学者や政治家から計画続行に批判が出始めることになる。

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図3:(NASA / Chris Gunn) ウエブ望遠鏡をNASAジョンソン宇宙センターにある極低温試験室チャンバーAで低温試験を終え、取り出したところ。

 

このような状況を打開するためNASAは、ウエブ望遠鏡(JWST)の開発状況を審査する独立審査委員会(IRB=Independent Review Board)を設けて、審査を行ってきた。IRBの最終報告(6月28日)は「世界最先端の宇宙望遠鏡の建設計画は推進すべし」というもの。報告を受けてNASAはウエブ望遠鏡(JWST)の打上げを、これまで予定していた2018年10月から延期し、2021年3月30日に最終設定した。

報告では「JWST打上げには解決すべき技術上の問題点が残っているが、開発を担当するノースロップ・グラマン社の一層の努力を望む」と述べている。

NASAのジム・ブリデンスタイン(Jim Bridenstine)長官は、JWST担当部門に対し「ウエブ望遠鏡(JWST)は、活動中のハブル宇宙望遠鏡(HST)の後継となる次世代型の装置で、これまで見ることができなかった遠方の銀河を観測でき、それらの始まりの光を見ることができる。実現には数々の困難があるが、IRBの指摘を解決し、ミッションを成功させる」と述べ、激励した。

NASAはこれまでの打上げ予定を2年以上遅らせ、その間にIRBから受けた指摘項目について十分な改良と入念な試験をすることにしている。すなわち、ノースロップ・グラマンによる太陽光遮蔽のサンシールドと推進装置の改善をするため、十分な時間をとる。

この結果、JWSTの開発費は、これまでの80億ドルから88億ドルに増え、打上げ後の運用費などを加えると全体のプログラム・コストは96億6,000万ドル(約1兆円)に膨らんだ。

JWSTは、遠距離にある未発見の星や銀河系宇宙から、近距離に存在する生物の存在可能な惑星までを探る初めての宇宙探査機となる。

ウエブ望遠鏡は欧州宇宙機構(ESA) のアリアン5 (Ariane 5) 打上げロケットの頂部の直径5 mのフェアリングの中に、折り紙状に畳まれて収納される。打上げ後は、地球から150万km離れた太陽・地球を結ぶラグランジェ・ポイントL-2点に運ばれる。

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図4:(NASA)ラグランジェ・ポイント。中心に太陽、太陽からの距離1億5000万km)に地球と月(月は地球から40万kmの距離で地球を周回)が描かれている。地球からさらに遠方( 150万km)の[ L-2 ]点にウエブ望遠鏡(JWST)が打上げられる。ラグランジェ・ポイントとは、衛星を含む3個の天体がお互い引力を受けながら、それぞれの軌道を回る場合、太陽、地球に対する衛星の相対位置が安定する点は5箇所ある、と言う理論。[ L-1 ] 点は地球から太陽側に150万kmにあり、ここでは太陽観測衛星、Discover、Wind、SOHO、ACEなどが観測活動中。[ L-2 ] 点は地球の外側150万kmにある太陽周回の軌道で、ここではESAの“太陽及び赤外線観測衛星[ハーシェル(Hershel)] ”が活動中だが、これに2021年3月からウエブ望遠鏡が加わる。ハブル望遠鏡は地球を周回する低軌道((高度約560 km)で月よりずっと地球に近いところを回っている。

 

打上げ後33分にソーラー・アレイが開いてから、14日後に副鏡が展張するまで、一連の複雑な作動を経て、ハブル望遠鏡は長時間掛けて展開される。

中でも太陽光遮断用サンシールドは大きさがテニスコートほどもあり、複雑に折り畳まれ、100個余りの超小型モーター付きアクチュエーターで、打上げ後2.7日から3日ほど掛けてゆっくり展張される。サンシールドが展張されると、望遠鏡の直径6.5 mの主鏡が開き、副鏡や付属の装置が位置決めされてサンシールドで太陽光から遮蔽される。観測機器類が十分低温になり微細な赤外線を感知できるようになると観測が始まる。

ウエブ望遠鏡はそのサイズとシステムの複雑さのため、全体の組立てと試験は、これまでのNASAのサイエンス・ミッションでは経験したこのない領域だった。昨年末には、組み込んだバッテリーによる望遠鏡全体のシステムの作動試験がようやく完了した。これから完全な姿のウエブ望遠鏡が各種の環境試験を受け、続いてシステム全体の展開試験を終えてから、折り畳まれてフランス領ギアナ(Guiana)のコールー(Kourou)に運ばれる。

 

終わりに

ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡についてはTokyoExpress 2016-11-18 “NASAのジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡、完成近ずく“で紹介したので、詳しくはそちらを参照されたい。

何れにしても1兆円の巨費を投じて、人々の好奇心を満足させようと言う試みだ。しかし世界の大多数の人々の主な関心事は、それぞれの身近な事象に留まり、国レベルの問題にも無関心。まして遠方の遠ざかりつつある銀河や近くにある生物存在可能な星々の探査に興味を持つ人はほんの一握りしかいない。その人達の期待に応えようとしているのがウエブ望遠鏡計画である。

数次にわたる計画の見直しとコスト増にも関わらず、米国政府と議会はNASAの計画の推進に力を注いで来た。そして数年後に成果が得られようとしている。さすが世界一の経済・軍事の大国、宇宙技術でも世界を指導し続ける立場に代わりはない。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

NASA June 28, 2018 “NASA Completed Webb Telescope Review, Commits to Launch in Early 2021” by Fellicia Chou, Laura Betz, Tim Paynter, and Editor/ Brian Dunbar

NASA March 13, 2018 “NASA’S James Webb Observatory Prepares for Additional Testing” by Eric Villard and Editor: Lynn Jenner