医療事故に倒れた夫婦を弔う


2018-09-03(平成30年) ジャーナリスト 木村良一

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図:東京医科大学正門

東京医大病院

 

東京医科大学付属病院

 

▶裏口入学、トップの起訴、不正入試…

 

この夏、東京医科大学(東京・新宿)=写真=で、理事長(起訴前に辞職)と学長(同)が文科省汚職事件の贈賄罪で在宅起訴され、さらに女子と浪人生の合格者数が抑えられていた不正入試も明らかになった。

東京医大というと、傘下の東京医大病院(東京・西新宿)=写真=で15年前に起きた医療事故を思い出す。

その医療事故の第一報は、2003(平成15)年11月11日付の産経新聞(東京本社発行)の1面に書いた。特ダネだった。

同年8月4日、51歳の主婦に対し、直腸がんの手術の後、術後ケアのために栄養剤や抗生物質を投与する点滴用カテーテル(細管)を首の静脈から挿入した。

ところが、予想外の事態が起きた。主婦が意識不明の重体に陥って脳死状態になってしまった。カテーテルの挿入ミスだった。1年8カ月後の2005年4月、主婦は死亡した。

東京医大病院の医療事故から13年6カ月後の2017年2月16日、今度は東京慈恵医科大学病院(東京・西新橋)で72歳の男性が医療ミスで亡くなった。東京医大病院で死亡した主婦の夫だった。

男性は1年前に肺がんの疑いがCT(コンピューター断層撮影)検査で判明していながら、主治医らが検査結果を十分に確認せずに放置した結果、抗がん剤の投与や手術ができないほどがんが進行して死亡した。

妻の死後、男性は東京医大病院を相手に東京地裁に提訴していた。東京高裁まで争ったが敗れ、最高裁で戦うかどうか悩んだ末、和解した。

 

▶こんな理不尽なことは許せない

 

夫婦がともに医療事故で命を落とす理不尽なことが起きていいのだろうか。

東京医大病院での主婦の手術は成功していた。それなのに命が奪われる。意識を失うまで一晩中、痛みを訴え続けたが、病院側はカテーテルの挿入ミスに気付かなかった。

その夫は妻の医療ミスをきっかけに医療事故の被害者でつくる会に参加し、「妻と同じ被害をなくしたい」と医療事故撲滅を目指して精力的に活動していた。

その最中に医療ミスに遭った。妻の医療事故で辛く悲しい思いをさせられ、自分自身も医療ミスが原因で助からない末期のがんに冒される。さぞ悔しかっただろう。

男性とは医療事故の取材を通じて知り合い、何度か食事やお酒をいっしょにしたこともあった。

2016年の暮れだった。関係者から連絡をもらって私は驚いて男性を見舞った。呼吸用のチューブを顔に付け、個室のベッドに横たわって眠っていた。会話をすることはできなかったが、その表情には無念さがにじみ出ていた。

事情があって彼が受けた医療ミスを書かずにいたところ、年が明けた2017年1月31日、最初にNHKが放映し、それを他のテレビや新聞各紙が追いかけて報じた。

彼のことがニュースになると、CTなどの画像診断でがんが見落とされる医療ミスが他の病院でも起きていることが分かり、現在、厚生労働省が再発防止対策に乗り出している。

 

▶馴れ合いによる隠蔽体質が元凶だ

 

移植医療、生殖補助医療、終末期医療、尊厳死、安楽死などいわる生命倫理を中心にこれまでに医療問題を精力的に取材してきたが、医療事故ほど理不尽なものはないと思う。

病気を治そうと、病院を受診してその病院で思わぬ医療事故の犠牲になる。医療事故を取材する度に「なぜミスをしたのか。そこをしっかり解明して二度と同じ悲劇を繰り返さないでほしい」との遺族の訴えを耳にした。

過去にも手術する患者を取り違えて別の患者を手術したり、手術器具を患者の体内に置き忘れたりと信じ難い医療事故が起きている。

ならば医療事故をなくすにはどうすればいいのか。

病院が事故原因を突き止めて再発防止に努めようとする真摯な考えを持つことである。事故を進んで公にして他の病院で同様な事故が起こるのを防ごうとする姿勢も欠かせない。

ひとりひとりの医師や看護師たちはしっかりしているのにもかかわらず、「白い巨塔」と呼ばれる大きな病院ほど身内の馴れ合いから不祥事を隠そうとする。

東京医大病院も私がカテーテルの挿入ミスを書くまで、医療事故をいくつも隠していた。隠蔽体質が強かったし、いまの裏口入学や不正入試の問題を見ても、馴れ合いによる隠蔽体質を引きずっているように思えてならない。

ところで厚労省による医療事故調査制度が3年前にスタートした。しかし制度には大きな問題がある。

病院が院内調査を実施してから第三者機関に届けるこの制度は、病院側が「院内調査は必要ない」と判断すれば、医療事故は外部に出ることがないし、再発防止にもつながらない。患者のための制度ではなく、病院サイドに立った制度なのだ。

この問題をこれまで訴えてきたが、いまだに改善されないのが残念でならない。

ー以上ー

※慶大旧新聞研究所OB会のWebマガジン「メッセージ@pen」9月号http://www.message-at-pen.com/)からの転載です