「新潮45」の休刊問題 新潮社はなぜ、検証しないのか


 2018-11-06(平成30年) ジャーナリスト木村良一

 新潮45

図:木村良一氏撮影

▶「差別的表現だと小誌は考えます」

純文学を扱う新潮社の月刊誌「新潮」(11月号)の編集後記に編集長名でこんな一文が掲載された。

「これは言論の自由や意見の多様性に鑑みても、人間にとって変えられない属性に対する蔑視に満ち、認識不足としか言いようのない差別的表現だと小誌は考えます」

「これ」とは、休刊した月刊誌「新潮45」の10月号に掲載された特別企画の中で、文藝評論家の小川榮太郞氏がLGBT(性的少数者)と痴漢症候群の男性を比べ、「後者の困苦こそ極めて根深かろう」と書いたことを指している。同時に、特別企画に対する批判でもある。

同じ出版社内でひとつの雑誌が、別の雑誌の記事や企画を批判するのは異例といえば異例だろう。

ここで「新潮45」が休刊に追い込まれた経緯を簡単に説明しておこう。

問題の発端は、「新潮45」の8月号に掲載された自民党の衆院議員、杉田水脈(みお)氏のLGBTを「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と書いた論文だった。

この論文に対し、批判の声が寄せられ、「新潮45」は「真っ当な議論」をしようと、10月号に特別企画「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」を掲載した。

その中のひとつが小川氏の論文だったが、さらに批判を呼び、作家や文化人、書店、読者が次々とネット上で批判の声を上げ、事態は新潮社本社前での抗議行動にまで発展した。

結局、新潮社は9月21日に社長が談話を出して謝罪し、25日には休刊を発表した。

 

▶特別企画までの経緯が不透明だ

「新潮45」の編集部は、特別企画を組むに当たってどんな議論を経てどう判断したのか。

新潮社はそこを検証した記事を「週刊新潮」などの同社の他の雑誌に掲載するだろうと期待していたところ、「新潮」の編集後記が触れた次第である。

「別の雑誌を批判するのは異例」と前述はしたが、編集後記は編集後記で

しかない。期待した検証記事ではない。

ちなみに11月号の「新潮」には、「『文藝評論家』小川榮太郞氏の全著作を読んでおれは泣いた」と題する作家、高橋源一郎氏の論文も掲載されているが、これは小川氏の内面を見事にえぐり出した圧巻だ。

どうして新潮社は「新潮45」の休刊問題を検証し、その結果を公表しないのか。

「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現が見受けられた」という社長談話と、「企画の厳密な吟味や十分な原稿チェックがおろそかになっていた」という休刊を伝える文書を出したものの、それらは形式だけのものに過ぎない。

特別企画を組むに至るまでの議論や経緯が、不透明なのである。このままでは読者に失礼だ。老舗の出版社としてきちんと責任を果たしてほしい。

新潮社は同じ轍を踏む危険性がある。なぜなら事実上の廃刊にまで追い込まれた原因を社内事情などの背景も含めて洗い出して検証しないと、再発防止には結び付かないからだ。

 

▶メディアは他山の石としたい

休刊の背景のひとつには、出版業界の深刻な不況がある。

「新潮45」は1985年創刊で、ピークの2002年には10万部を発行したが、休刊直前には1万7千部まで落ち込んでいたと聞く。最近は読者を獲得しようと、過激な右寄り路線に走るなど悪戦苦闘していた。

不況は新聞社も同じだ。その新聞の社論に合う読者を少しでも多く確保しようと、保守系新聞がさらに右寄りになり、革新系新聞がさらに左寄りになる。その過程で、不祥事を起こし、さらなる読者離れが生じる悪循環に陥っている。

たとえば産経新聞だ。今年2月8日付1面と3面に「おわびと削除」を掲載した。

沖縄県内で起きた交通事故で、米兵が「日本人を救出した」と報じた昨年12月の記事を「誤報」と認め、取材不足をその原因に挙げ、沖縄の地元2紙を批判したことに「行き過ぎがあった」と謝罪した。

産経新聞の誤報に対し、毎日新聞の社説(2月10日付)が批判していた。

毎日社説は「今回の産経記事が特異なのは、琉球新報と沖縄タイムスの地元2紙が米兵の行動を『黙殺』していると一方的に非難し、インターネット版では『メディア、報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥だ』とののしったことだ」と指摘した。

さらに「自民党の会合で米軍に批判的な沖縄2紙を『つぶさなあかん』という発言が飛び出したことがある。産経の記事も同様の考えを背景に、事実関係よりも地元紙攻撃を優先させたようにすら思える」とまで書いている。

毎日社説の推測が当たっているとしたら実に情けない話である。

問題は産経新聞だけではない。新聞や雑誌など不況が続く既存メディアは、「新潮45」の休刊問題を他山の石と受け止めなければならない。

 

—以上—

 

※慶大旧新聞研究所OB会主宰のWebマガジン「メッセージ@pen」11月号から転載しました。http://www.message-at-pen.com/?cat=16