北米地区における小型ビジネス機の売上げ予想 2020年・2029年


2019-12-16(令和元年) 松尾芳郎

 

エビエーション・ウイーク誌の予測によると、2020 – 2029年における全世界のビジネス機の売上高は2,000億ドルを超えるとされ、その大半( 59 %)を北米地区が占めると予想している。

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図1:(Aviation Week/Business Aviation Digest “2019-12-10” Data Snapshot) 世界の小型ビジネス機売上高は2020 – 2029年の10年間で、合計2,000億ドル (約22兆円)に達するとされ、その6割ほどは北アメリカ地域に集中している。【本図は(出典)を邦訳した】

 

世界最大のビジネス機市場である北アメリカ地域では、2020年には年末までに392機が引き渡される予定である。そして2029年末までの売上げ機数の合計の62 %は、上位5機種で占めることになりそうだ。

(Taken from Aviation Week’s 2020 Fleet & MRO Forecast, business aircraft deliveries between 2020 – 2029 will reach a retail value of over $200 billion, with the highest retail values expected in North America. Deliveries are expected to  392 aircraft in North America by the end of 2020. The top 5 aircraft deliveries account for a combined 62% of the new aircraft entering the North American market in 2029

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図2:(Business Aviation Digest 2019-12-08) 小型ビジネス機の最大の市場・北アメリカ地域で最も需要の多い上位5機種は、2020年と2029年ではかなり変動する。【本図は(出典)を邦訳した】

 

以下にこれら上位5機種にランクされた小型ビジネス機を簡単に紹介して見よう。

 

  1. シーラス ビジョン(Cirrus Vision)

シーラス ビジョン SF50は、ミネソタ州ダルース(Duluth, Minnesota)にあるシーラス航空機が設計、製造する単発超軽量ジェット。2008年7月に初飛行したが資金不足で開発に手間取り、2011年に中国資本CAIGA(広東省珠海に本拠)が買収・開発を再開して2016年10月にFAAの型式証明を取得、2016年12月から引き渡しを始めた。

単価は装備により異なるが250万ドル(2億7000万円)程度。これまでに600機以上を受注、2019年10月までに150機が顧客に納入済み。

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図3:(Cirrus Aircraft) シーラス ビジョンは複合材製で、エンジンは巡航ミサイルなどに使われているウイリアムス(Williams) FJ33-5A推力1,800 lbsを1基、パイロットを含め最大7名を乗せられる。コクピットは、Garmin G3000アビオニクスを装備。与圧構造で、巡航速度は560 km/hr、航続距離は2,200 km、非常時には備え付けのパラシュートで機体ごと降下・着地できる。ウイリアムスFJ33エンジンやガーミンG3000の技術はすでに中国が入手したものと見られる。

 

  1. ピラタスPC-12 (Pilatus PC-12)

ピラタスPC-12は、スイス中央に聳えるピラタス山(2,128 m)の近くの町スタンス(Stans, Switzerland)にあるピラタス航空機が製造する貨客両用の単発ターボプロップ機。1991年に初飛行、1994年にスイス航空当局および米国FAAから型式証明を取得し、就航開始。以来、離陸重量の増加、エンジン推力の向上、新アビオニクスの搭載、航続距離の延伸、客室の改良、など数々の改良を加えてきた。2007年には強力なP&W PT6-67Pエンジンに換装、操縦室はハニウエル製プリモス(Honeywell Primus Apex)グラス・コクピットに改めたPC-12NGを発売、直ぐに200機の受注に成功した。PC-12系列機は1,700機が作られ単発タービン エンジン機として最も成功した機体。単価は最新型のPC-12 NGXで約480万ドル(5億2000万円)。

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図4:(Pilatus Aircraft) ピラタスPC-12 NGは、P&W PT6A-67Pターボプロップを装備するが、出力1,200 shpの70 %を定格値(flat rated power)として使っている。機体構造は頑丈で不整地滑走路での離着陸も問題ない。乗員を含む最大9席と化粧室、貨物室の与圧キャビンを備える。右翼端の突起はウエザー・レーダー(オプション)。プロペラはハーツエル(Hartzell)製の複合材製5翅プロペラ。最大離陸重量は4.74 ton、巡航速度は520 km/hr、航続距離は3,400 km。

 

  1. チャレンジャー300/350

チャレンジャー300はカナダのボンバルデイア(bombardier Aerospace)がウイチタ(Wichita, Kansas)工場で作る航続距離5,700 kmのビジネス・ジェット。2003年5月にカナダ航空当局から、同年7月には米国FAAから、型式証明を取得、2004年初めから米国のフレックスジェット(Flexjet)で就航。チャレンジャー350は航続距離を5,900 kmに伸ばした改良型で2014年に型式証明の交付を受けた。チャレンジャー300/350はこれまでに650機以上が作られ、そのうち200機は350型。

主翼、胴体はアルミ合金製、ウイングレットは複合材製、尾翼の昇降舵・方向舵は油圧作動だが主翼外翼のエルロンはマニュアル操作になっている。

アビオニクスはロックウエル・コリンズ(Rockwell Collins)製プロライン(Pro Line)21、エンジンはハニウエル(Honeywell) HTF7000 (300型機)またはHTF7350 (350型機)をそれぞれ2基装備する。推力はそれぞれ6,800 lbs、7,300 lbs 。乗員2名、客室は300型機は8席、350型機は9席。単価は1,800万ドル(300型機)および2,700万ドル(350型機)程度。

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図5:(Bombardier Aerospace)チャレンジャー300/350は、ここで採り上げる小型ビジネス機の中では最も大型。機体全長は20.9 m、翌幅は19.46 m (300型機)および21 m (350型機)、最大離陸重量は17.6 tonおよび18.4 ton。巡航速度はマッハ0.8 ・ 850 km/hrで最も早い。

 

  1. ホンダ ジェット

米国航空宇宙学会 [AIAA] (The American Institute of Aeronautics and Astronautics)は、「2018年度財団優秀賞(2018 Foundation Award for Excellence)」にホンダ航空機を選んだ。この賞は、航空宇宙業界で比類のない立派な業績を上げた企業に贈られる。これまでにボーイングが「787旅客機」で、ロッキード・マーチンが「F-35戦闘機」でそれぞれ受賞している。

主翼上面へのエンジン装着(OTWEM= over the wing engine mount) と云う空気力学上の革新的設計、新しい自然層流(NLF=natural laminar flow)理論を適用した主翼および複合材で作る胴体の機首部分、などに代表される新設計で、顧客に最高の価値を提供している。

2016年末に初号機を納入、2017年には43機、2018年は37機を出荷、2019年からは納期短縮のため月産7機体制に改めた。2018年4月に、航続距離の延長と客室内の静粛化をした改良型「エリート(Elite)」を追加した。

単価は基本価格で490万ドル(約5億5000万円)。

ホンダジェット

図6:(Honda Aircraft) 藤野道格氏により「ホンダジェット」計画が始まり、2001年10月にノースカロライナ州グリーンスボロに研究拠点を設立。2003年に実験機が初飛行、2014年に量産1号機が初飛行。2015年12月にFAAから型式証明を取得。自社開発の[HF120]エンジンを搭載、主翼上面へエンジン配置、層流翼型の採用、複合材製の胴体などの新技術で、性能面で同級他機を引き離している。巡航速度780 km、最大運用高度13,000 m、航続距離2,600 km+、の高性能。

 

  1. ピラタスPC-24 (Pilatus PC-24)

スイスの航空機メーカー・ピラタス航空機が、大成功を収めた単発ターボプロップ・ビジネス機「PC-12」の後継として開発した中型軽量ジェット級に属する双発ジェット・ビジネス機。ピラタス社では本機を「超多用途ジェット(SVJ=Super Versatile Jet)」と呼び、その“オフロード”性能を強調している。世界には900 m級の舗装滑走路は約1万箇所あるが、900 m長さの不整地滑走路は2万箇所もある。これらを全て活用できるのはビジネスジェット機はPC-24のみ。

2007年に開発を開始、不整地離着陸可能な頑丈な構造ををのまま継承し、航続性能と速度を向上している。2017年にEASAとFAAの型式証明を取得、2018年初めから顧客への引き渡しを始めた。2018年には23機を引渡し済み、2019年は40機、以後は毎年50機を生産する予定。エンジンは米国ウイリアムス(Williams)/英国ロールスロイス(Rolls-Royce)製FJ44-4Aターボファン・推力3,400 lbsを2基装備する。

キャビンは、パイロット1-2名と客席8名が標準。不整地離着陸のため、大型のダブル・スロッテッド・フラップを備え、最大着陸重量時の失速速度を81 knot(150 km/hr)に抑えている。

直接の競合機種は、エンブラエルのフェノム(Phenom) 300およびセスナのサイテイション(Citation ) CJ4とされる。

2020-2021年引渡し予定の約80機の平均単価は1,070万ドル(約12億円)、救急医療仕様の機体では1,300万ドルとなる。

ピラタスPC-24

図7:(Pilatus Aircraft) ピラタスPC-24は、全長16.85 m、翼幅17 m、最大離陸重量8.3 ton、の大型ビジネス・ジェット。性能は、巡航速度815 km/hr、航続距離3,300 km、離着陸滑走距離は約800 m。コクピット・アビオニクスは、ハニウエル(Honeywell)製プリマス・エピック2(Primus Epic 2)を基本とし、パイロット1名乗務を可能にしている。

 

  1. フェノム300

ブラジルのエンブラエル(Embraer)社が作るフェノム300は11人乗りの小型ジェット。2009年末に型式証明を取得、直ぐに顧客に引き渡された。2010年からは毎年50機前後が生産され、2017年からは”Phenom 300E型“として出荷されている。2019年3月には500号機が引渡された。生産は、2017年から米国フロリダ州メルボルン(Melbourne, Florida)で、同社製の中型ジェット”レガシー(Legacy)650E”および”リニエージ(Lineage)1000E”と共に作られている。

エンジンはP&W Canada製PW535Eターボファン推力3,300 lbsを2基搭載、コクピットはガーミン(Garmin) 3000アビオニクスを搭載している。。

単価は945万ドル(10億5000万円)。顧客は、チャーター企業や分割所有(fractional ownership)が主で、英国のサクソン・エア(SazonAir)や米国のフレックス・ジェット、ネットジェットなど、である。

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図8:(Embraer) フェノム300は、乗員1-2名を含む最大11名搭乗可能。サイズは、全長15.9 m、翼幅16.2 m、最大離陸重量8.15 ton、ほぼ前掲のPC-24と同じ大きさ。性能は航続距離3,600 km、巡航速度830 km/hr。

 

  1. セスナ デナリ(Cessna Denali)

PC-12の成功を受け、テキストロン・アビエーション(Textron Aviation)傘下のセスナ航空機(Cessna Aircraft)は、2015年にPC-12に対抗する新型機の開発を決めた。2016年の全米試作機協会主催のオシュコシュ・エアベンチャー・ショーで、新型機“デナリ(Denali)”が発表されたが、人々は大変驚いた。全体の形・大きさがピラタスPC-12にそっくりな上、与圧構造客室、T型尾翼、小さなウイングレット、さらに大きな後部貨物室ドア、などが全く同じに見えたからだ。翼幅 16.54 m、胴体長さ14.86 mも数センチ程度の差しかない。

しかし、明確に異なるのは「アビオニクス」と「エンジン」。コクピットは、ガーミン(Garmin) G3000アビオニクスのタッチスクリーン方式。エンジンはGEが開発中の先進ターボプロップ(ATP) ”GE 93”「キャタリスト(Catalyst)」、軸馬力1,240 SHPを装備する。GEが大型エンジン開発で得た最新技術を組み込むため、燃費は競合するP&WC PT6より1割以上少なく、最初からオーバーホール間隔を4,000時間に設定する。GE93は2020年初めには型式証明を取得できる見込み。

キャビンは乗員1-2名と最大9名を収容できる。サイズは、全長14.86 m、翼幅16.54 m。性能は巡航速度328 km/hr、航続距離3,000 km。

単価は480万ドル(約5億5000万円)。

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図9:(Cessna Aircraft) デナリの完成予想図。デナリは乗員1名、客席数6-10のビジネス機で、単価はピラタスPC-12NGとほぼ同じ480万ドル。初飛行は201812月の予定が2020年に延期された。理由はGE製キャタリスト・エンジンの試験遅れのため。

(注)デナリ(Denali)”とは、アラスカの中央やや南に位置する北米の最高峰(6,190 m)マッキンレー(McKinley)のことで、2015年からデナリと改称。周辺は面積600万エーカーの広大なデナリ国立公園(Denali National Park and Reserve)”となっている。ピラタスに対抗するべくデナリと名付けたセスナの意気込みが感じられる。

終わりに

冒頭に述べたが、エビエーション・ウイーク誌の予測では、2020年以降10年間の小型ビジネス機の売上げは6割が北米地区に集中し、売れ行き上位5機種も10年で入れ替わりが進むという。期間中継続して上位に留まるのは3機種、いずれも最大市場米国に生産拠点を持つ。この中でホンダジェットが2020年の4位から2029年の2位に順位を上げ健闘しているのは立派だ。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Cirrus Aircraft.com “Vision Jet / Cirrus Aircraft

Pilatus-aircraft.com “PC-12 NGX / The World’s Greatest Single / Pilatus Aircraft”

Bombardier.com “Challenger 300 and Challenger 350 Aircraft”

Business insider com. “Embraer Phenom 300E private jet flight”

Honda . co.jp “HondaJet”“

Pilatus Aircraft “PC-24・The Super Versatile Jet”

Embraer.com “Phenom 300E”

TokyoExpress 2017-12-03 “シーラス航空機の単発「ビジョンジェット」、600機+を受注”

TokyoExpress 2017-08-31 “ピラタスPC-12独占の単発ビジネス機市場に、セスナが新型機“デナリ”で参入“

TokyoExpress 2018-05-15 “「ホンダジェット」、好調な受注で月産6機体制へ”