スタートアップ企業がリージョナル機の改造で脱炭素化のインフラ障壁に取り組む


2020-12-02 (令和2年) 櫻井 一郎

2020-12-03改定(全般的な字句の修正)

 

地球温暖化対策として今世紀後半に世界全体の温室効果ガス排出量を実質的にゼロにする「脱炭素化」をパリ協定の下で国際社会が目指している。航空業界では、エアバス社が炭素を全く排出しないゼロ エミッション航空機を2035年までに市場に参入させると公表、それを実現する方法として水素燃料が考えられている。

つまり航空の脱炭素化を進める手段として水素が注目されている。今までも航空業界で水素を利用しようとして来たが、その製造や流通に必要なインフラの高コスト障壁のため順調には進んでいない。

その中で、エアバス社とユナイテッドテクノロジ―社の元最高技術責任者(Chief Technical Officer)ポール エレメンコ(Paul Eremenko)氏が、共同創設者兼最高経営責任者(Chief Executive Officer)になり、水素を動力源とする商用航空機への改造と水素燃料流通インフラを構築すべく立ち上げたスタートアップ企業、ユニバーサル・ハイドロジェン(Universal Hydrogen)社が注目されている。

エレメンコ氏は「 エアバス社やボーイング社が2020年代後半に次世代狭胴機(Single-Aisle)に水素導入を決める前に、社会の水素インフラを整備しておくこととが必要である。水素航空機を実現したいなら、より短期間に効果的な資本投入が必要だ。我々の目標は、世界中に水素インフラを構築するため最小限の資本・資産を集中的に投資することにある。」 と語っている。

水素燃料電池推進への改造

同社では、双発ターボプロップのリージョナル航空機 デハビラント カナダ (De Havilland Canada) ダッシュ8-300 およびATR-42を水素燃料電池推進に改造して需要を喚起することを計画している。

これらの機種はいずれも数百㎞から千数百㎞程度のリージョナル航空輸送に使われており、エアバス社などの開発計画よりもかなり航続距離が短く、機体のサイズも小さい。ターボプロップ・エンジンの出力も小さく、電動化した場合の水素燃料電池の容量も小さくて済む。また航続距離が短いため、水素の搭載量が少ない。水素は体積エネルギー密度が小さいのでタンクが大きくなるが、これも小さくて済む。これで開発期間を大幅に短くして現用航空機を改造、数年以内に実用化しようするのが、ユニバーサル・ハイドロジェン社がスタートアップと呼ばれる所以である。

Dush8, ATR-42

図1 ( ダッシュ8,ATR-42 ウキペディア) ユニバーサル・ハイドロジェン社が水素燃料推進に改造する予定の双発ターボプロップ機。

 

水素燃料カプセル モジュールと流通システム

燃料電池用の水素は、軽量でモジュール化した水素充填カプセルを使う計画である。カプセルは、乾電池と同じような考えで、統一されたコンテナ輸送ネットワークを使って輸送され、水素用に改造された航空機に既存の空港施設の積卸し機材で装着される。こうして水素の製造から航空機での消費までを結びつけ、何処でもいつでも必要なときに供給できる水素流通インフラを構築する計画である。

ユニバーサル ハイドロジェン社は、850バール(Bar)高圧ガスまたは液化水素を充填した2種類の水素燃料カプセルを開発している。両カプセルとも同じ形状で互換性があるので、航空会社が飛行毎にどちらでも選択出来る。「ダッシュ8-300の航続距離は、高圧水素ガス燃料カプセルで 約740 Km (400 nm)、液化水素燃料カプセルでは、約1,020 Km (550 nm)になる。現用機(両機種)の平均飛行距離は、約560 Km (約300 nm)なので、高圧水素ガス燃料カプセルを使っても、今までに飛行した全ミッションの約75 – 80%をカバー出来る。」 とエレメンコ氏は説明する。

因みに2014年から発売された世界初の量産型燃料電池自動車(FCV) トヨタ製の “みらい” には、700バールの炭素繊維強化プラスティック(CFRP)製の水素燃料タンクを装着している。

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図2 (Universal Hydrogen) ケブラーで補強された2個の水素燃料カプセル(高圧ガスまたは液化水素)。機体に装着するための配管や関連システムと一緒にフレームに納められ、扱いやすいようモジュール化されている。

カプセルは、航空機内での保管や輸送に適した効率の良い容器にするため両端が半球状の円筒形(直径 0.9 m, 長さ 2.1m)にしてあり、カプセルを保持し配管や関連システムを備えた構造フレーム内に2個のカプセルが取付けられる。この「2カプセル モジュール」は、道路、鉄道、海上輸送用の貨物コンテナ―に入れて ”ドライ貨物” 扱いとして輸送され、空港では従来の地上ハンドリング機材で、また機材がない空港ではフォークリフトで、航空機に搭載、取付けられる。

「液化水素燃料カプセルは、断熱されているが冷却してないので、時間が経ち水素が気化するにつれてカプセル内の圧力が規定以上に高まってしまう、このため製造から消費されるまで最大40時間の滞留時間(Dwell Time) が定められている。「この時間的制約に加えて液化プロセスは高圧ガス製造プロセスよりも多くのエネルギーを必要とするため、航空会社にとって液化水素カプセルの単価は高くなるが、航続距離は少し伸びるだろう。」とエレメンコ氏は語っている

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 図3 (Universal Hydrogen) 水素燃料モジュールの物流システムは、製造・充填から使用済みモジュールの返送まで、従来の貨物コンテナや輸送ネットワークを利用する。また、航空機への搭載なども新たな搭載用機器を必要とせずに従来から使用している地上機材で行える。

 

ダッシュ8-300の改造

ダッシュ8-300の改造では、最大3個のモジュール、すなわち6カプセル、が機体後部の貨物室前方に装着される。またモジュールを搬入・搬出するために機体のサービスドアは僅かに拡張される。これは、追加型式証明(STC)による改造の一部として、FAAから認可を取得する。水素は、モジュールから機体与圧室の外へ導かれてから両エンジンのナセル(エンジン部の覆い)内へ配管を通じて供給される。

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図4 (Universal Hydrogen) ダッシュ8-300の改造機 。貨物室前方に新たに設けられたスペースに最大3個の水素燃料モジュールを搭載できる。 

エアバス社のゼロエミッション航空機構想「ZEROe」では、水素を燃料として使うよう改良したガスタービン・エンジンで推力/出力を得ながら、水素燃料電池からの電力でガスタービンの出力を補填する「水素ハイブリッド」方式が計画されている。

一方、ユニバーサル・ハイドロジェン社では、ダッシュ8のターボプロップ・エンジンをほぼ同じ軸出力を出せる電動モーターに交換して水素燃料電池の電力でプロペラを駆動する。この電動モーター/パワートレインは、協力企業のマグニクス(Magnix)社が今までの経験を活用しながら開発している。マグニクス社は、今年5月に同社製電動モーターを装着して世界最大の電気動力飛行機 セスナ208Bグランド キャラバン(9人乗り)の初飛行に成功するなど、電動商用航空機の実現にリ-ダーシップを発揮している。

ダッシュ8の両ナセルには2メガワットの積層水素燃料電池が新たに取付けられ、電動モーターでプロペラを駆動する。片方のナセルには約2メガワットの単独モーターが、他方には約1.6メガワットのモーターと補助動力用の小型モーターが取付けられ、既存のプロペラとコントローラーはそのまま使われる。因みに現ダッシュ8に装着されているターボ プロップ・ エンジンPW123系列の軸出力は、1,770~1,860 kW(2,380~2,500馬力)である。(図1参照)

このダッシュ8の改造に使用する2メガワットの燃料電池システムは、プラグ・パワー(Plug Power)社が、同社の大型トラック用プロゲン(ProGen)システムを基にして開発を進めている。ナセル下部の冷却空気取入れ口の奥に取付けられたラジエーターを含む熱管理システムで、燃料電池とモーターを冷却する。

水素を燃料にしたジェットエンジンでは、二酸化炭素(CO2)は発生しないが、窒素酸化物(NOX)に加えて大量の水蒸気を発生する。この結果、非常に濃い飛行機雲が長時間に亘って発生するため、地球環境に及ぼす影響の調査、研究が行われている。(水素1Kgの燃焼で9Kgの水が発生)

一方、水素燃料電池からの排出物は、暖かい空気と水だけで、発生した水は主翼内の外翼燃料タンクに集められ、飛行機雲が出ない飛行状態の時に排出される。

航続能力(Range Capability)の変更を除き公称機体性能を満足もしくは超えるように改造を設計している。客室最後方の座席2列を取り外す。また、後部ギャレーを前方に移設するので、この結果、前部の後ろ向き座席2席が取り外される。 結局、計10席を失うため、ダッシュ300は50人乗りから40人乗りの航空機になる。

座席数の減少にも拘わらず、2025年での運航経済性は、有効座席マイル当たりのコスト(Cost/ASM)でダッシュ8の改造前後でほぼ同じになると推計されている。水素の価格は、2025年時点ではジェット燃料よりも高価と予想されるが、そのコストは時間とともに下がるだろう。

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図5 (Bombardier Dash8 Specifications) ダッシュ8の最後部2列の座席とギャレーを取外し、そのスペースに水素カプセル・モジュールを搭載する。取外したギャレーは、右最前列の2座席を取外して移設する。

「水素のコストの優位性は次第に高まるだろう。その上、燃料電池-電気動力駆動装置(Electric Powertrain)の整備・オーバーホール費用は、ターボ プロップ・エンジンに比べかなり低くなる。整備・オーバーホール費用に関する当社の推計では、少なくとも25%の改善を期待している。」とエレメンコ氏は述べている。

ユニバーサル ハイドロジェン社は、前述したように実績のある陸上燃料電池を軽量化してモーターを開発するために協力企業と一緒に研究を進めている。「これらは、基本的には既存技術の援用だ。この挑戦を過小評価したくはないが、私たちの計画は3年間で達成可能と考えている。2024年の市場参入(EIS)には若干のマージンを持たせている。」と彼は語っている。

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図6 ダッシュ8の改造及び水素カプセル流通システム構築の計画表(FlightGlobal記事を元に作成)

最初の飛行試験は、安全のためにエンジンは、片側だけを燃料電池推進に改造し、もう片方は現在のターボプロップをそのまま使って実施される。この実験飛行の後、認証飛行試験に入り、並行して、水素物流ネットワークを整えて、水素カプセルとモジュールの初期少量生産システムを開始する。市場に参入するには約3億ドルの株式調達が必要と見込んでる。

ユニバーサル ハイドロジェン社は、リージョナル航空機メーカーとも契約している。デ ハビランド カナダ社(De Havilland Canada)は、今まで特別なパートナーになっている。又、水素について考え始めているATRもこの取組みに前向きになってきている。

 

ユニバーサル ハイドロジェン社の今後の活動

リージョナル航空会社が、このようなグリーン化を進めるのに必要なコストは誰が負担するのか?エレメンコ氏は次のように述べている;―

「我々がリージョナル航空に提供する “価値ある提案(Value Proposition)” とは、長期的な水素燃料の供給契約をする見返りとして我々が無償で保有機材を改造する、つまりリージョナル航空に対し我々が全面的に水素への転換を支援する事を意味している。これが動き始めれば、改造に必要な資金は、すでに確立されている再生可能エネルギー・プロジェクトの金融市場から調達できるようになろう。」

続けて、「リージョナル航空の燃料市場は、年間約20億ドルだ。だから、私達がこの提案を業界に上手く浸透させれば、リージョナル市場の水素化で年間10億ドル規模のビジネスを創出できるかも知れない。2030年代の大きなチャンスは狭胴型機の分野である。エアバスとボーイングは2030年代初頭での市場参入に向けて、2020年代後半には狭胴型機の水素化の可否の決定を下すだろう。我々は、両社の水素化を決める上でのリスクを出来る限り取り除いていきたい。」

ユニバーサル ハイドロジェン社は、協力企業の取組みを含み、初期設計段階から6ヵ月で約300万ドル〜500万ドルの自己資本を投入して来た。そして、これから1-2ヵ月以内に詳細設計に取り掛かり、来年の今頃迄に本格的な高圧水素燃料用カプセル技術の総合的なデモンストレーションを行い、同時にマグニクス社が開発する動力駆動機構(Powertrain)の地上試験用原型機が出来ると期待している。

エレメンコ氏は、「ATR とダッシュ 8の改造で需要を喚起した後、ユニバーサル・ハイドロジェン社は、コミューター航空機や単発ターボプロップ機、都市内交通用の空飛ぶ車の開発者などがカストマイズ出来るオープン・ソースの参考設計として改造を公表する計画である。」 と語り、将来の狭胴機セクターの脱炭素化をしっかりと見据えている。

ユニバーサル ハイドロジェン社は、既にエアバスとボーイング両社と協議を進めている。「両社とも受け身ながら当社のアプローチと技術についてもっと学ぼうとしている。このことは、私たちが水素改造機のインフラや物流問題を解決したことを示して2024年以降に実機で実際に運航した時に立証されるだろう。」と語っている。

 

脱炭素化に対する主要航空機・エンジンメーカーの取組み

 

・エアバス社(Airbus):仏独両政府から水素研究に莫大な投資を受けてゼロ エミッション民間航空機を2035年までに参入させる計画の先頭に立ち、9月21日に3種類の液化水素燃料航空機を公表している。(参照資料6.Tokyoexpressを参照)

・ボーイング社(Boeing):水素エコシステムに切り替える事の長期的な重要性は理解しているが、エアバス社が提示したスケジュールよりも更に時間が掛かるだろうと考えている。

ボーイング民間航空機の製品開発・将来航空機開発担当の副社長 マイク シネット(Mike Sinnett)氏は次のように述べている;―

「水素ベースに切替えていく際考慮しなければならないのは、絶えず進化していく数多くのインフラや法的な制約の存在だ。これらにはすぐに対応することが難しい。ケロシン(航空燃料)がどのように燃焼するのか、どのようにすれば水素を安全に貯蔵できるのか、どのように輸送できるのか、そしてエンジンは極地から砂漠まで全ての環境の中で水素をどのように扱うのか、について、私たちは熟知している。水素を燃料にするなら、安全性のレベルを逆戻りさせていないかを確認すべきである。燃料電池は、推進力に直接使ったり、非常用や補助電源として間接的に使われるだろう。タービンエンジンは燃焼室や燃料システムを改良すれば水素を燃焼させることが出来、混合燃料とすれば合成燃料と完全な互換性があり、航空機やエンジンに大きな変更は必要ない。」と述べている。

・ローロスロイス社(Rolls-Royce):小型機には燃料電池が利用出来る可能性が高いと考えている。

RRは航空機用大型ファンエンジンに直接電動モーターを組込むシステムを開発中である。これに加えて、ダイムラー・ボルボ社(Daimler Volvo)と燃料電池開発の合弁契約を締結した。ダイムラーボルボは、大型トラック用の燃料電池を開発済みで、これをデータセンター向けに予備電源として転用するなど経験を有している。

RR航空宇宙技術・将来プログラム部長 アラン ニュービー(Alan Newby)氏は、「航続距離に見合った推進方式の住み分け(Range Spectrum)は確立されている。即ち、ゼネラル・アビエーション用航空機には全電動推進を使う。コミューター航空やリージョナル航空などの短中距離用には、ハイブリッド電動方式と組合わせるか、水素燃料を使うかが、解決策となるだろう。中距離用には、水素燃料では大容量の燃料タンクが必要となる、したがって高効率の大型ファンとジェット燃料の組合わせが信頼できる解決策である。長距離用航空機には、水素燃料電池のパワー密度(Power Density)が大きな課題となるので、水素を主たる燃料とするのは極めて困難。既存のガスタービンの改良を続け、燃費の改善に努めて行くのが最善の道である。」と語っている。

 

終わりに

エアバス社が公表したゼロエミッション航空機の市場参入時期2035年よりも10年以上も早く、リージョナル航空機を水素燃料で飛行出来るように改造して実現しようとするスタートアップ企業、ユニバーサル・ハイドロジェン社が注目を集めている。同社は、航空機の改造や運航が主な目的ではなく、改造したリージョナル機が順調に運航を開始し市場を拡大することで、水素燃料モジュールの流通が増加、そこで必要となる大量の水素カプセル/モジュールの製造や販売を行うことを最終的な目的として設立されている。

水素燃料による運航コストの増加に加え、欧州航空委員会への報告書でも従来のジェット燃料とは根本的に異なる水素燃料の特性を考えると航空での使用については、取扱いと安全に関する規制を再評価する必要があるとしている。、スタートアップ企業がこれらの点をどのように乗り越えて2024年の市場参入への取り組みを進めて行くのか関心を集めている。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な資料

  1. Graham Warwick / Aviation Week & Space Technology/September 14-27, 2020, “Startup Tackles Infrastructure Barrier to Decarbonizing with Hydrogen”
  2. Graham Warwick , Guy Norris and Thierry Dubois / Aviation Week & Space Technology/October 12-25, 2020, “Clean Power”
  3. Clean Sky Joint Undertaking(CSJU) EU, “Hydrogen-Powered Aviation, A fact-based study of hydrogen technology, economics, and climate impact by 2050”, May 2020
  4. Edward Eng / Smart Aviation /16 Sep. 2020, “ Universal Hydrogen Partners MagniX on Dash 8-300, ATR 42 Retrofit “
  5. Jon Hemmerdinger / FlightGlobal/ 28 August 2020, “ Eremenko launches hydrogen supply company with plan for hydrogen-fueled Dash 8s “
  6. TokyoExpress 2020-09-27 ”エアバス、水素燃料旅客機3機種の構想を発表―2035年実現を目指す”
  7. Bombardier Home Page
  8. ウィキペディア デ・ハビランド・カナダ DHC-8