米、ウクライナ支援に10億ドル追加、ロシア侵攻以来の支援総額は56億ドルに


2022-06-21(令和4年) 松尾芳郎

2022-06-22 改定(”終わりに”内容を追加・訂正)

6月15日午後、米国防総省(DoD=Department of Defense)はウクライナに対し10億ドル(1,300億円)の軍備追加支援をすると発表した。支出の内容は “安全支援に関わる大統領安全支援基金(PDA=Presidential Drawdown of security Assistance)”から3億5千万ドル、“ウクライナ安全支援基金 (USAI=Ukraine Security Assistance Initiative funds)”から6億5千万ドル。これで米国のウクライナ支援総額は、2月24日のロシア侵攻以来56億ドルになる。

(The Department of Defense announced $1 Billion in additional security assistance for Ukraine, at afternoon of June 15. This includes $350 million from Presidential Drawdown Assistance and $650 million from USAI funds. The United States has now committed $5.6 Billion since the Russian invasion on February 24.)

“大統領安全支援基金・PDA”からのウクライナに対する支出は、2021年9月以降で今回が12回目となる。これらはいずれも現在の国防総省の装備品から提供され、ウクライナ国防軍に引き渡される。今回のPDA支援内容は次の通り;―

  1. 155 mm 榴弾砲 18門
  2. 155 mm 榴弾砲弾丸 36,000発
  3. 155 mm 榴弾砲牽引車両 18両
  4. 高機動ロケット砲システム(HIMARS)用ロケット弾の追加
  5. 損傷車両回収車 4両
  6. 各種補充部品およびその他

“ウクライナ安全支援基金 (USAI)”からの支援は、国防総省からメーカーに発注・調達してウクライナに引き渡される。内容は次の通り;―

  1. ハープーン沿岸防衛システム 2基
  2. 高秘匿性通信機器 数千台
  3. 暗視装置、赤外線探知装置、その他の光学装置 数千台
  4. 兵員の訓練、機器の整備、輸送、その他の費用

米国からのウクライナに対する安全支援は、2014年から始まっており、これまでに83億ドルに達している。

米国政府はウクライナの戦闘支援のため、同盟諸国48カ国(日本を含む)と緊密な連携をしながら新規援助を進めている。中でも特に重点を置いているのは、榴弾砲と多連装ロケット砲システム(MLRS=Multiple Launch Rocket System)の追加供与である。

米国防総省は同日に「米国・ドイツ・英国3カ国の国防省合同発表」として次の内容を明らかにした。すなわち;―

米英独3カ国は、「ロシアの不法侵攻(Russia’s unprovoked invasion)」に対するウクライナの抗戦を強力に支援する。ロシアは現在ドンバス支配を目指し、大量のロケットと榴弾砲射撃でウクライナ軍と民間施設に攻撃を加えている。

市民と支配地域を守るため抗戦を続けるウクライナ軍を助けるため、3カ国は多連装ロケット砲システム(MLRS)とその誘導ロケット弾を準備・供給する。ウクライナ軍はこれを受領すれば70 kmの遠距離から目標を正確に攻撃できるようになる。

米国は、2022年6月1日に「高機動ロケット砲システム」すなわち「M142ハイマース (HIMARS=High Mobility Artillery Rocket System)」を4両とそのロケット弾の供与を発表した。

英国は、6月6に「多連装ロケット砲システム (M270 MLRS)」を3両とそのロケット弾の贈与を発表した。

ドイツは、6月15日ベルギー・ブラッセルでの会議の席上、同国が保有する「多連装ロケット・システム (M270 MARS=Mittleres Artillerie Raketen System)」を3両とそのロケット弾を贈与すると確約した。

これら「M142 HIMARS」と「M270 MLRS」のウクライナへの輸送およびウクライナ軍兵士の訓練はすでに始まっており、いずれも数週間以内に前線に投入される。

以下にウクライナ軍に供与されるこれら重火器について簡単に紹介する。

ハープーン沿岸防衛システム ( RGM-84 Harpoon C0astal Defense System)

ハープーンは長射程対艦ミサイルとしてマクドネル・ダグラス(現ボーイング)で開発され、1977年以降使われている。航空機搭載型/AGM-84、水上艦発射型/RGM-84、潜水艦発射型/UGM-84、沿岸防衛型/RGM-84がある。Block I、Block II、など改良型を含めこれまでに7,000発以上が製造された。米国、英国、日本など30カ国以上が採用、配備している。

重量はブースター付きで690 kg、全長4.6 m、直径34 cm、弾頭220 kg。エンジンはテレダインCAE J402ターボジェット(推力660 lbs)および固体燃料ブースター、発射後翼が展張し翼幅0.91 mになり低空をマッハ0.85 /時速860 km/hrで飛行し、目標に正確に着弾する。射程はモデルにより異なるが、概ね100~280 km。

沿岸防衛システムの発射装置は水上艦発射型と同じ4連装RGM-84Aプラットフォームで、これを装輪トラックに搭載している。

2022年4月に英国は保有する沿岸防衛システムを、ウクライナに供与する検討をしている。同5月にはデンマークが保有する同システムのウクライナへ供与した。同6月17日にはウクライナ軍は、このハープーンを発射、黒海スネーク・アイランドに向かうロシアの補給タグボートを撃沈した。

米海軍は本年5月末に100基のRGM-84L-4ハープーン沿岸防衛システムを、総額23億7千万ドルでボーイングに発注した。台湾向けとみられるが、ウクライナ支援にも同じシステムが充てられる模様。

図1: (Naval News) 洋上を低空で飛行するRGM-84Lハープーン。ブースター付きで全長4.6 m、翼を展張、マッハ0.85で低空飛行し目標に向かう。

図2:(Naval News)ハープーン沿岸防衛システムRGM 84は、水上艦が装備する4連装RGM-84A発射筒を装輪トラック・トレーラーに搭載して使用する。

155 mm 榴弾砲 ・155 mm M777 Howitzers

M777 155 mm榴弾砲は、英国ビッカース(現在は BAEシステムズから米国のUnited Defense)が開発した野戦用の牽引式榴弾砲で、前身のM198榴弾砲と性能はほぼ同じだがチタニウムを多用し重量を4.2 tonに軽量化した装置。これで前身の榴弾砲M198の半分の重さになった。C-130輸送機では2門同時に、また、UH-60ブラックホークやV-22オスプレイなどで吊り下げて輸送できる。

「M777A2」型はデジタル火器管制装置(DFCS)を装備、GPSを予備にして自位置を確定、目標を設定する。M982“エクスカリバー(Excalibur)”誘導榴弾を発射、射程は最大40 kmに達し、正確に目標に着弾する。ウクライナ支援にはM777A2榴弾砲とM982誘導榴弾の組合わせで供給されている。

米海兵隊で580基、米陸軍および州兵で421基、合計1,001門のM777A2型榴弾砲が配備されている。これまでFMS経由でオーストラリアとカナダに供給されてきた。

2022年4月に、ウクライナに対し米国から108門、カナダから4門、オーストラリアから6門と2万発の弾丸が供与が決まり、逐次前線に投入されている。。しかしロシアの攻撃で破壊されるものもあり、稼働中の数は不明。6月15日ベルギー・ブリュッセルで開催されたウクライナ防衛関係国会議で、ウクライナ側は供与済みを含め1,000門への増強を求めた。

図3:(US Army Acquisition Support Center) M777A2 155 mm榴弾砲。重量4.2 tonに軽量化され航空機での輸送が簡単。発射位置に展開・発射・撤収、つまり”fire and run”はそれぞれ数分で可能。発射弾数は毎分4発。地上での移動は5 ton トラックで牽引する。

高機動ロケット砲システム・M142 HIMARS(ハイマース)

M 142 HIMARSは、装輪式自走多連装ロケット砲で、C-130輸送機に搭載、迅速に展開できる。後述の「M 270多連装ロケット砲システム(M270 MLRS)」が6連装発射システムを2個装備し合計12連装にしているが、「M 142ハイマース」は6連装発射システム1個にし軽量化している。軽歩兵師団や海兵隊に配備されている。

「M 142ハイマース」は、「M26系列ロケット砲弾(M26 Artillery Rocket) / 射程70 km」なら6発、「地対地ミサイルMGM-140 ATACMS(Army Tactical Missile System)/射程最大300 km」なら1発を搭載する。

ウクライナに供与するのは、6連装発射システムで、ロケット弾は直径227 mmのM26/M30/M31系列「GMLRS=Guided Multiple Launch Rocket System」である。

このうちM26は子爆弾を散布する方式なので、オスロ条約で使用禁止となりすべて破棄、単弾頭のM 31に改められた。

2010年からオシュコシュ社が製造し米軍に配備が進んでいるが、現在はロッキード・マーチンが製造し、合計400両以上が配備されている。米軍以外にルーマニア、シンガポールが配備、ポーランドが500両以上発注している。台湾には11両の供与が決まった。

米国はウクライナに対し「M142 ハイマース」4両を供与済みだが、6月中旬にさらに4両を追加したい、としている。

ウクライナ国会議員・アレクサンドラ・ウスチノバ氏は「ロシアはウクライナ領内200 kmに侵入しており、これを撃退するには強力な重火器が必要」、「M 142 ハイマース」 4両ではとても足りない、追加として40両が必要」と米POLITICO誌に語っている。

図4:(UKRINFORM)高機動ロケット砲システム・M 142 HIMARS/ハイマース。乗員3名、重量16.2 ton、M31 GMLRSロケット弾6発を搭載する。このロケット弾は射程70 kmの精密誘導・単一高性能炸薬弾頭を搭載する。

多連装ロケット砲システム・ M270 MLRS

「多連装ロケット砲システム・M 270 MLRS (Multiple Launch Rocket System)は、1983年から米軍が使い始めた自走式装甲車両搭載の多連装ロケット砲システム。初期型はボート社が設計、米国のロッキード・マーチンが引継ぎ生産した。これまでにNATO諸国、日本、などで約1,300両が生産され、それに使うロケット弾7万発が作られた。

「M 270 MLRS」は米国、英国ドイツ、フランス、およびイタリアが共同で開発したシステムで、米国の「ブラッドレイ歩兵戦闘車 (Bradley Fighting Vehicle)」をベースにする「M 993」車両に「M26系列ロケット砲弾(M26 Artillery Rocket) / 射程70 km」を発射できる「6連装発射システム」2個を搭載したシステム。これで12発のロケット弾を発射できる。

重量は25 ton、全長6.85 m、幅3 m、高さ2.6 m、輸送にはC-5 ギャラクシーなどの大型輸送機が必要。

我国では日産、後にIHIがライセンス生産して約100両を生産、陸上自衛隊北部方面隊と西部方面隊に配置している。

図5:(UK MOD) 2015年3月オッターバーン(Otterburn)演習場でロケット弾を発射する英陸軍のM270 MLRS。英陸軍は42両を保有。2022-06-06にウクライナに3両の供与を決めた。

図6:(陸上自衛隊)2013年5月撮影の陸自M270多連装ロケット砲システム。陸自北部方面隊と西部方面隊に合計で約100両が配備されている。

終わりに

6月15日にベルギー・ブリュッセルで「ウクライナ支援関係国会議」が開催された。会議にはNATO加盟国や他の同盟諸国(日本を含む)45カ国の防衛当局者が参加した。主催した米オーステイン国防長官は、冒頭で、ロシアが東部で長距離砲撃を激化させており、ウクライナ軍は極めて重大な局面にある、ウクライナ軍の砲撃力の迅速な増強が必要と訴えた。

ウクライナ大統領顧問ポドリヤク氏は会議の前の13日に、戦況を立て直すため重火器の必要性をSNSで発信した。その中で155 mm榴弾砲1,000門、多連装ロケット砲システム(MLRSなど)300両、戦車500両、装甲車両2,000両、無人機1,000機などの供与を望む、と述べた。

これに対し有力な軍事情報筋は、これまでにNATO諸国からウクライナに供与された重火器の類は、155 mm榴弾砲が250門、戦車はロシア製T-72が270両、多連装ロケット砲システムは「M 270 MLRS」・[M 142 HIMARS]合わせて約50両、に過ぎないと言っている。

このようにウクライナの要望とそれに応える支援諸国の実情には相当の開きがあり、迅速な対応が迫られている。

支援国に名を連ねている我国はどうか?これまでの支援は国内法の制約を理由に、防弾チョッキ、ヘルメット、双眼鏡、民用ドローンなど一部の装備品に止まったままで、火器の類は一切供与していない。

同じ状況下にあるドイツは、対応方針の変更を決断、保有する「155 mm自走榴弾砲・ハウビッツエ2000(Panzerhaubitze 2000)」7両、「自走対空砲・ゲパルト」50両、「多連装ロケット・システム (M270 MARS=Mittleres Artillerie Raketen System)」3両の供与を始めている。

我国はイギリス、ドイツ並の重火器、対空ミサイル、巡航ミサイルを保有している。政府から同様の声が出ないのは残念としか言いようがない。

図7:(AFP=時事)ドイツ軍155 mm自走榴弾砲「パンツアーハウビッツェ2000」。ドイツ軍は約100両を保有、うち7両をウクライナに供与した。我国陸自は、類似の装備として「155 mm 99式自走榴弾砲」約130門、および最新の「155 mm 19式装輪自走榴弾砲」28両を保有している。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • DOD News Release June 15, 2022 “$1 Billion in Additional Security Assistance for Ukraine”
  • DOD News Release June 15, 2022 “Joint Statement by the US Department of Defense, the Ministry of Defence of the Federal Republic of Germany, and the Ministry of Defence of the United Kingdom”
  • Global Security com. June 15,2022 “Harpoon Weapon System, More Howitzers Headed to Ukraine” by C. Todd Lopez
  • Global Defense Corp. News June 18, 2022 “Ukraine Deploys Harpoon Missiles Against Russian Warships”
  • Naval News May 30, 2022 “US Navy to Order Harpoon Coastal Defense Missile from Boeing”
  • POLITICO Defense June 18 2022 “US officials weigh doubling the number of rocket launchers sent to Ukraine” by Lara Seligman
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