今年も中国・習近平政権から目を離せない


今年も中国・習近平政権から目を離せない

2023-01-01(令和5年) 木村 良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)

■20日間で2億4800万人もの感染者を出す

 ゼロコロナ政策の大幅な緩和に踏み切った中国でオーバーシュート(感染爆発)が起き、感染者の急拡大が続いている。今年1月8日には中国人の海外旅行が解禁され、1月下旬には民族大移動の春節(旧正月)がある。感染力の強いオミクロン派生株も出現している。しかも中国は世界第2位の経済大国であり、世界のサプライチェーン(生産・調達の供給網)の要である。このまま感染の急拡大が続くと、各国の感染状況や経済活動に計り知れない悪影響を及ぼす。中国の新型コロナ感染は今後、どうなっていくのだろうか。

 中国の国家衛生健康委員会の公式発表によると、2022年12月1~20日までの感染者数は「28万4700人」だった。ところが、SNS(交流サイト)上に漏れた同委員会(12月21日開催)の内部資料では、同じ20日間の感染者を870倍の「2億4800万人」と推計している。この桁違いな食い違いに開いた口は塞がらないが、中国の感染爆発の実態を裏付けていると思う。

 死者の数も同委員会は1日あたり「0~5人」と発表したが、イギリスの医療調査会社のエアフィニティは1日あたり「5000人以上」と推計している。さらに2億4800万人の感染者数を基に算出すると、死者数はこの5000人以上を大きく上回る。実際、北京や上海の火葬場では長い車の列ができ、数多くの遺体が地面に置かれたままだ。病院の発熱外来は患者であふれ返り、医師や看護師、病床、薬剤が不足するなど医療が逼迫している。

■ゼロコロナ政策の失敗を隠そうとしている

 なぜ習近平(シー・チンピン)政権は感染者や死者の数を少なく見せかけようとするのか。中国の防疫政策の象徴であるゼロコロナ政策の失敗を隠そうとしているのだろう。ゼロコロナ政策緩和の前から多くの感染者が出ていたにもかかわらず、それを隠していたとの見方もある。だとすれば中国お得意のあの隠蔽体質である。

 ここでゼロコロナ政策をめぐる動きを簡単に振り返ってみよう。習近平政権は、湖北省武漢(ウーハン)市で76日間(2020年1月20日~4月8日)、世界で初めてロックダウン(都市封鎖)を実施して感染拡大の食い止めに成功した。

 習近平・党総書記(国家主席)は2022年10月16日、5年に一度の共産党大会で「人民の命と健康を最大限に守った」と述べ、ゼロコロナ政策の成果を誇った。しかし、入国時の強制隔離、大規模なPCR検査、感染拡大にともなう都市封鎖…と市民の行動を厳しく制限する強権的な防疫措置に市民は疲れ果た。工場の停止や失業率の高止まりなど中国経済の停滞も招いた。

 11月24日夜、新疆(しんきょう)ウイグル自治区ウルムチ市の高層マンションで火災が発生、19人の死傷者を出した。この火災をきっかけに「ゼロコロナ政策の防疫措置が消火と避難を妨げた。直ちに封鎖を解除すべきだ」と同市内でデモが起きる。この抗議行動が中国全土に広がり、学生や市民が白紙を掲げて習近平政権を批判する抗議デモが相次いだ。

 12月7日、遂に習近平政権はゼロコロナ政策の軌道修正に動き、防疫措置が緩和された。だが、手放しでは喜べない。市民の反発を抑えるための一時しのぎの可能性もあり、したたかな習近平・総書記が今後どう動くかが定かではないからである。

■天安門事件の再来が脳裏をよぎる

 「独裁者の習近平は退陣しろ」「全国の封鎖を解け」「PCR検査はいらない」「必要なのは自由だ」「言論と報道の自由を求める」…。北京や上海などの都市で巻き起こった白紙運動の数百人規模の抗議デモでは、習近平政権を厳しく批判する言葉が叫ばれ、シュプレヒコールが上った。逆らう者を厳しく抑圧してきた共産党一党支配下の中国では、考えられない事態だった。それだけに脳裏をよぎったのは、天安門事件の再来や香港の民主化運動の弾圧だった。

 天安門事件では中国政府が1989年6月3日夜から翌朝にかけ、北京の天安門広場に軍隊や戦車を出動させ、実弾を発砲して民主化と言論の自由を求める学生や市民を弾圧。死者は1000人から3000人に上った。しかし、中国政府は実弾の発砲を否定し、死者数も319人と過少に公表して国際世論の批判を避けようとした。

 大規模な抗議デモを繰り返した香港の民主化運動では、催涙ガスやゴム弾を使った暴行や理不尽な逮捕・拘束が続いた。2020年6月30日には、中国政府の治安当局が香港に出先機関を設置して反体制活動を取り締まることができる国家安全維持法(国安法)を可決・成立(同日施行)させ、一国二制度という香港の高度な自治は消え去った。

 白紙運動がこのまま続くと、天安門や香港の悲劇を繰り返すことになる。そう心配していた矢先に習近平政権がゼロコロナ政策を軌道修正した。ホッとしたが、それもつかの間、今度は感染爆発だった。

■「ワクチン外交」を反省すべきだ

 中国はなぜ、ゼロコロナ政策を緩和した途端に感染爆発を引き起こしたのだろうか。中国で感染力の強い新たな変異株が出現したのではないかとの疑いもあるようだが、感染症学的には次のように考えたい。

 ゼロコロナ政策下では免疫を持たない市民が多かった。そこに強い行動制限が解かれると、オミクロン株の感染力はかなり強く、感染者が急速に増える。堰(せき)を切ったように感染が急拡大して感染爆発を引き起こす。医療体制の整備を怠っていたから当然、医療は逼迫して社会の混乱に拍車を掛ける。1~2カ月で感染はピークに達するだろうが、かなりの死者が出ることを覚悟しておくべきだ。一党独裁体制は市民の自由を強制的に奪えるが、反対に柔軟なソフトランディングができない。

 しかも中国産のワクチンは不活化ワクチンで、欧米のm(メッセンジャー)RNAワクチンに比べて感染予防の効果が低い。しかし、習近平政権は国産ワクチンにこだわり、mRNAワクチンを受け入れようとはしない。世界で最初に不活化のコロナワクチンを実用化し、120以上の国々に供給するワクチン外交を展開してきたからだ。いまさら中国産ワクチンの評価を下げるような行動ができないのである。

 アメリカ国務省の報道官は2022年12月20日の定例記者会見で「中国が感染拡大を抑え込むことは国際社会の景気回復にとってとても重要なことだ」と語り、アメリカのmRNAワクチンなどを提供する考えを示したが、中国側はこの申し出を断った。このまま感染が拡大し続けると、新たな変異株が発生する危険性は否定できない。習近平政権はアメリカの好意を素直に受け止め、効果の高いmRNAワクチンに切り替える政策をできるだけ早期に取るべきである。

■強権的行動は年々エスカレートする

 そもそも中国内で新型コロナが発生して世界に広まったのではないかとの疑惑に習近平政権はまともに答えていない。中国が非協力的だからWHO(世界保健機関)による調査も進んでいない。

 武漢のウイルス研究所では、2002年~03年に東南アジアでアウトブレイク(地域的流行)したSARS(重症急性呼吸器症候群、サーズ)コロナウイルスの調査・研究を行ってきた。2013年には、その調査・研究の過程で新型コロナウイルスと遺伝情報が96%一致するコロナウイルス(RaTG13)をキクガシラコウモリの体内から発見していた。新型コロナが世界に広まった2020年2月には、イギリスの科学誌ネイチャーに「SARSや新型コロナの起源はコウモリのコロナウイルスだ」と発表している。

 中国に対する懸念や危惧は、新型コロナの問題だけではない。暴力と言論弾圧で民主派を一掃した香港を「これからも国家安全維持法により民主主義を取り締まり、長期的な繁栄と安定を維持する」と強調し、中国の一部と主張して軍事的脅しをかけ続ける台湾については「統一を実現することが共産党の歴史的任務だ」と正当化する。

 ジェノサイド(集団殺害)が国際問題になっている新疆ウイグル自治区に対しては、台湾や香港と同じように「絶対に譲ることのできない核心的利益で、他国の口出しは内政干渉に当たる」とアピールする。軍事力を背景に東・南シナ海のサンゴ礁の海を埋め立てては人工の軍事要塞を築き上げ、沖縄県の尖閣諸島を「中国の領土の不可分の一部」と主張し、周辺海域で中国海警船が侵入を繰り返しては日本漁船を追い回す。

 こうした習近平政権の強権的な行動は、年々エスカレートしている。国際社会のルールに大きく背くものであり、断じて許されない。今年も中国から目を離せない。

―以上―

◎慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の2023年1月号(下記URL)から転載しました。

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