米空軍、F-35AエンジンにF135・アップグレード(ECU)を採用―新型エンジンは採用せず


2023-04-20 (令和5年) 松尾芳郎

2023-04-21改訂(誤字の修正と語彙の追加等)

図1:(Air Force /Rick Goodfriend) テネシー州アーノルド空軍基地(Arnold Air Force Base, Tennessee)で地上試験をするP&W F135 エンジン。

米空軍はロッキード・マーチン(Lockheed Martin)製F-35A戦闘機のエンジンに、GEエアロスペース(GE Aerospace)およびプラット&ホイットニー(Pratt & Whitney)が競合・提案する新型エンジンは不採用とする旨決定した。

2024会計年度予算では、これまで続けてきた「アダプテイブ・エンジン移行計画(AETP=Adaptive Engine Transition Program)」関連の支出を打ち切ることになった。AETP計画で開発中のエンジンは、いずれも「3層空気流型(three stream engine technology)」の GE XA100とPW XA100。空軍長官フランク・ケンドール(Frank Kendall)氏は「F-35Aのエンジン改良には、安価な「F135エンジン・コア・アップグレード(ECU=Engine Core Upgrade)」を採用する」と発表した(2023年3月10日)。

(The U.S. Air Force has decided not to re-engine its Lockheed Martine F-35As, ending a potential competition between GE Aerospace and Pratt & Whitney to adapt the aircraft with new engine. Fiscal 2024 budget is not request the funding for the Adaptive Engine Transition Program (AETP), developing two new three stream engines, GE XA100 and P&W XA101.  Air Force Secretary Frank Kendall says , we selected with cheaper F135 Engine Core Upgrade (ECU) program instead.)

図2:(Pratt & Whitney) F135エンジンは、アフトバーナ時推力43,000 lbs、これまでに1,000台以上が完成、納入済み。F-35戦闘機850機以上に装備され、開発中の超音速戦略爆撃機ノースロップ・グラマン製「B-21 ライダー(Raider」にも搭載が決まっている。

空軍はこの決定で「アダプテイブ・エンジン移行計画(AETP=Adaptive Engine Transition Program)」を中止、これまで続けてきた高出力、低燃費、低排気温度、を目指すアダプテイブ・サイクル・エンジンの開発を中止する。

GEアビエーションとプラット&ホイットニー(以下GEとPWと略す)はともにアダプテイブ・エンジン開発に取組み、特にGEはF-35戦闘機のエンジン市場にXA100で参入することを目指してきた。PWはXA101の開発を進めると共に、現在F-35に装備しているF135エンジンの性能を低コストで向上させる改良計画「エンジン・コア・アップグレード(ECU)」プログラムに力を入れてきた。「ECU」は空軍用のF-35Aのみならず、海兵隊用F-35B、海軍用F-35Cにも適用できる。

空軍は、2024年会計年度予算で「ECU」プログラムに2億4,500万ドル(約300億円)を支出する。一方、アダプテイブ・エンジン「AETP」には、2016年の開発開始以来あわせて27億ドル(約3,300億円)を投資してきた。

GEの代表は、今回の空軍の決定は極めて不満とし、次のように述べている;―

XA100エンジンは2028年までに完成できる予定だ。今回の決定は地政学上の緊張(中国の台頭)に対処する視点が欠落している、議会の超党派の議員50名近くが世界情勢を念頭に新型エンジン開発が必要だとし、開発を続けるべきと議会に勧告している。我々GEのXA100エンジンは将来にわたり米国の戦闘機の性能向上に貢献できる。我々は空軍から昨年12月27日付けでAETP開発費として2億ドル(260億円)を受領しているので、今回の決定に関係なく今年もXA100の設計、製造の作業を進めていく。

P&W軍用エンジン部門社長ジル・アルバーテリ(Jill Albertelli)氏は、今回空軍がF135エンジンに「ECU」計画の採用を決めたことを歓迎し、次のように述べている;―

今回の決定で全てのF-35系列機は、エンジンを含み「Block 4 近代化計画」の対象になる、我々は2028年に「ECU」改修済みエンジンの納入を開始する。F135 のECU改修は数十億ドル(数千億円)の節約になる。これは全てのF-35系列機に適用が可能で、改修した機体は、空軍が目指す将来戦闘機「次世代型航空支配プラットフォーム(Next Generation Air Dominance Platform)」、すなわち第6世代戦闘機に変身することになる。

ECU改修で、推力は7-10 %増加し、燃費は5-7 %改善されるので航続距離が7 %伸びる。改修の内容は、高圧タービン・ブレードの冷却方式を改良し寿命を延長、整備コストを下げ、「AETP」で習得した技術を転用し、アフトバーナ時の推力を43,000 lbsから45,000 lbsに増強する。

空軍の高官は繰り返し次のように強調している;―

『「エンジン・コア・アップグレード(ECU)」改修で「F135」エンジンは推力が増強しクーリング能力が向上する。これと同時に実施するF-35の「ブロック4近代化計画(Block 4 modernization)」で「F-35」の性能は格段に向上する。』

GEは、「XA100」エンジンには先進的複合材料を使い「3層空気流」という最新技術を組み込むことで燃費が向上し、推力が増え、機速が増加し、航続距離が改善され、冷却能力も良くなると主張している。

しかし空軍長官ケンドール氏は昨年末GEに「アダプテイブ・エンジンをF-35に使えば60億ドル以上(約7,800億円)の出費増になり、F-35の購入数を70機減らさなくてはならなくなる」と伝えた。さらに海兵隊が使う「F-35B」にアダプテイブ・エンジン「XA100」が使えるのか、疑問だとも言っている。

「アダプテイブ・エンジン移行計画(AETP)」を真剣に検討してきたのは空軍「 F-35A」だけで、海兵隊用の「F-35B」STOVL機、海軍用の「F-35C」艦載機に採用するのは困難視されてきた。

P&W F135プログラム担当部長ジェン・ラテイカ(Jen Latka)氏は2023年2月28日の記者会見で、「エンジン・コア・アップグレード(ECU)」の初期設計に2022年・2023年分として2億ドル(260億円)を充当済み、と説明した。(うち7,500万ドルは昨年12月に議会予備費からの出資)

ラテイカ部長は「アップグレード」に掛かる費用は、新規にエンジンを開発するのに比べ3分の1以下で済み、しかも3種(空軍向け、海兵隊向け、海軍向け)のエンジンに同時に適用できる」、「この改修は新造エンジンだけでなく、現在使用中のF135にも簡単に組込み可能で、日本を含む世界に設定した認定デポ(MRO工場設備)で作業ができる」と述べている。

AETP計画を不採用とする空軍決定の情報を知ったGEは、その前の2月16日に「アダプテイブ・エンジンが不採用になれば、我々はXA100で獲得した技術を「次世代アダプテイブ・エンジン (NGAD=Next Generation Adaptive Propulsion)」の開発に転用する」、「アダプテイブ・エンジン移行計画(AETP)」と「次世代アダプテイブ・エンジン (NGAD)」計画は異なるが、共通点もあり習得技術は必ず役に立つ」と記者会見で話した。

空軍省幹部クリステイン・ジョーンズ(Kristyn Jones)氏は「次世代アダプテイブ・エンジン (NGAD)」計画とは、次世代プラットフォーム機に使うエンジンの開発計画で、2024年会計度予算要求で5億9,500万ドル(約780億円)を計上している。2023年度では3億7,500万ドルだったので倍増した」と語っている。

従ってアダプテイブ・エンジンの将来が無くなったと言うことではなく、次世代プラットフォーム機用として別の開発計画「NGAD」に引き継がれる、但しGEが望んだF-35戦闘機への採用は無くなったと言うことだ。

「F135」エンジン

[F135]エンジンはこれまで「F-35」戦闘機850機以上に装備され、総飛行時間は57万時間以上に達している。

[F135]には空軍用[・海軍用の[F-135-PW-100]と海兵隊用[F135-PW-600]があるが、[F-135-PW-100]のスペックは以下の通り。

2軸式、軸流、アフトバーナ付きターボファンで、全長5.59 m、最大直径1.17 m、重さ1,700 kg。構成は、低圧系がファン3段+タービン2段、高圧系がコンプレッサー6段+タービン1段、燃焼室はアニュラー(Annular/環状型)。ファン・バイパス比は「0.57 : 1」。最大推力は、ミリタリー・スラスト28,000 lbs、アフトバーナ使用時43,000 lbs。全体の圧力比は「28 : 1」、タービン入口温度は1,980℃ (3,500 ℉)。アップグレード「ECU」ではコアつまり高圧系を中心に改良される。

図3: (Pratt & Whitney) F135エンンジ。F-22 ラプター(Raptor)戦闘機用のF119エンジンを改良・推力増強してF-35戦闘機用にした。これまでに1,000台以上が納入済み。納入価格は初号機から半額になり、エンジン交換間隔は計画の2倍に伸びている。「ECU」改修作業を行える整備工場は世界で当初の3箇所から今では12箇所に増加している。

「F-35 Block 4近代化計画」

F-35の近代化計画「Block 4」は、多くが秘密に包まれ判然としないが、その中で「F135 ECU」エンジン改修が要点となることは間違いない。エンジン「ECU」の他には電子装備の更新が大きな項目となる。

組立てロットの「ロット15 (Lot 15)」の機体は、2023年末に完成、出荷される。これには「テクニカル・レフレッシュ3 (TR 3= Technical Refresh 3)」ハードウエアが組込まれ、これでフライト・アビオニクスのコア・プロセッサーはこれまでの25倍にも強力になる。2024年から2025年に出荷予定の「ロット16」機体では従来機対比で3倍も強力な電子戦 (EW=electronic warfare) プロセッサーが組み込まれる。そして2025年以降に出現する「ロット17」にはAPG-85レーダーが装備され、電子戦「EW」レシーバーが20基に増え、それまでの4倍になる。これで信号解析の範囲と精度が著しく向上する。(ロット17は2023年に発注される予定)

図4:(Northrop Grumman) F-35戦闘機「ロット17」から搭載されるAPG-85 AESAレーダー。現在のAPG-81 AESAレーダーに変わり、Ga-N (窒化ガリウム)送受信素子(T-R Unit)で作られている。APG-81の送受信素子の数は1,676個、APG-85もほぼ同数だが、能力は数倍に達する。

「3層空気流技術(three stream engine technology)」

アダプテイブ・エンジンについては、TokyoExpress 2016-07-04 “本格化する米空軍の第6世代エンジン開発[GE対P&W]”で説明したが、ここで復習したい;―

空軍研究所(AFRL)は、2007年から「可変サイクル技術、3層空気流、アダプテイブ・ファン(variable cycle architectures, 3-stream flow paths, and adaptive fans)」の名称で研究を進めてきた。「アダプテイブ・エンジン移行計画/AETD」とは、これらの研究を纏めた計画だった。

「3層目の空気流」とは、いわゆる「ファン空気流」のこと。ミッションに応じて「3層目の空気流」を調節して、推進効率を上げ燃費を向上したり(巡航時)、コアの空気流を増やして高推力を出し同時に冷却空気流を増やしたり(離陸や加速時)、に対応する。「3層目の空気流」は、また、エア・インレット(空気取り入れ口)周辺に溜まる余分な空気を吸い込み、流れを改善するとともに抵抗(spillage drag)を減らす役目もする。

「アダプテイブ・エンジン」の核心となるのは、ファン圧力比とバイパス比を適宜変える「流路面積可変装置/バリアブル・ジオメトリー装置(variable-geometry devices)である。これには「モード・セレクタ・バルブ(MSV=mode selector valve)」、「前・後の可変面積バイパス・インジェクター(FVABI, RVABI=former and rear variable area bypass injectors)」、などが含まれる。

ファン圧力比とバイパス比を変えると燃費と推力は大きく影響を受ける。つまり、ファン後流の流路面積を絞ればファン圧力比が高まり、離陸や加速で必要な高推力が得られる、また巡航時で、流路面積を広げればバイパス比が大きくなり燃費が節約できる。

図5:(International Journal of Turbo and Jet Engine July 2021, Research on a component characteristic adaptive correction method for variable cycle engines , Fig 1)アダプテイブ・エンジン構成の例。2軸式ターボファン/アフトバーナ付き。低圧ローターはファン3段+タービン1段、高圧ローターはファン1段+コンプレッサー5段+タービン1段。高圧ローターのファンは「CDFS=core driven fan stage」と表示している。PWの「ECU」計画とは必ずしも一致しない。

2022年12月、日英伊3ヶ国が共同開発する第6世代戦闘機「グローバル戦闘航空プログラム(GCAP:Global Combat Air Program)」は2035年の配備を目指して開発を進めている。これまで英国では「テンペスト」、日本では「F-X」と呼ばれていた。

「GCAP」に搭載するエンジンは、英国のロールス・ロイス(RR)、日本の「IHI」、それにイタリアの「アビオ」が参加して共同開発する。

RRは日本の耐熱素材の技術水準に注目しており、特に「CMC/セラミック・マトリックス・複合材(ceramic matrix composites) の実用化に関心を示している。IHIが開発した「XF9-1」は2018年から2020年7月までの地上運転で性能を確認済み。これは離昇、巡航、戦闘など飛行条件の異なる領域に適合する “アダプテイブ・サイクル(adaptive cycle) ”を採用しており、容積が小さく大出力を出す。従って、3カ国共同開発の「GCAP」用エンジンは「アダプテイブ・エンジン・サイクル」になる可能性がある。

終わりに

F-35多目的戦闘機のエンジンに新型エンジンXA100で参入し、PWが独占する市場を崩そうと言うGEの目論見は実現しなかった。これまでGEはPWが占有して来たF-15戦闘機、F-16戦闘機の市場に参入、相当の成果を上げて来たのはご承知の通り。いわゆる「Great Engine War/エンジン大戦争」である。しかし3月の空軍の決定で3度目は成立しなかった。

この激しい「エンジン競争」とは別に、日英伊共同開発の「グローバル戦闘航空プログラム/GCAP」用エンジンに、日本のIHIが中心で進める「XF9-1」が最新の[3層空気流]システムを採用しているのは興味深い。次世代エンジンの方向性を示していると言えよう。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • Aviation Week March 27-April 9, 2023 “No New Engines for U.S. Air Force F-35As” by Brian Everstine
  • Aviation Week January 09, 2023 “The Weekly Debrief : F-35 Program Sneaks Major Radar Upgrade into Block 4” by Steve Trimble
  • Aviation Week Dec 26, 2022-Jan. 15, 2023 “Power Struggle” by Steve Trimble and Guy Norris
  • Aviation Week January 16-29, 2023 “F-35 Program Hits Inflection Point on Orders and Pricing” by Steve Trimble
  • Defense News March 13, 2023 “Pentagon rethinks F-35 engine program, will upgrade F135” by Stephen Losey
  • International Journal of Turbo and Jet Engines July 2021 “Research on a component characteristics adaptive correction method for variable” by 4 authors inc. Zhou Wenxiang
  • TokyoExpress 2016-07-04 “本格化する米空軍の大6世代エンジン開発[GE対P&W]”
  • TokyoExpress 2022-02-28 “日英の次期戦闘機に装備するエンジンはRRとIHIの共同開発”
  • TokyoExpress 2022-08-31  ”次世代戦闘機「テンペスト」と「F-X」は日英伊共同開発へ“