スペースXスターシップ打上げに成功―しかし数分後に制御不能で爆破処理


2023-04-25 (令和5年) 松尾芳郎

2023-04-28改訂(Qポイントの説明追加と発射台/ローンチパッドの状況を追加)

図1:(SpaceX) 午前9時半、打上げ時ブースターB7 (白色)ロケットは正常に作動していた。黒色はスターシップS24、大気圏再突入のため裏面は黒い耐熱タイルでカバー。ブースター7号機(B7)・スターシップ24号機(S24)合計の全長は120 m。

4月20日、スペースXのボカチカ宇宙基地の発射台から初めて打上げられたスペースXのスターシップ・ロケットは正常に上昇を開始したが、数分後に制御不能となりメキシコ湾上で爆破処分された。イーロン・マスク(Elon Musk) CEOは「失敗ではなく、この経験から多くを学び取り、次回の発射の準備に入る、と述べた。

(The spectacular explosion of SpaceX Starship rocket minutes after soaring off launch pad at the company’s Boca Chica launch complex. But the company’s CEO Elon Musk says, it’s a learning experience rather than a failure, it was an initial test flight and more will follow.)

2023年4月20日、午前9時半(現地時間)上昇を開始約4分後に、スーパー・ヘビー・ブースター(Super Heavy Booster)B7と第2段のスターシップ(Starship)S24の分離が正常に行われなかった。

今回の軌道飛行の状況は次のように考えられる。即ち、第1段ブースターは33基のエンジンのうち6基が停止した状態で3分近く飛行を続け、機体に最大の空力荷重が加わる「Max Q」ポイントを通過(Qポイントを通過してから2段目を切り離す)して、高度39 kmにまで到達した、しかしここでブースターから第2段を分離するのに失敗、制御不能に陥ったため地上からの指令で爆破・処分された。

図2:(SpaceX) 発射直後の写真。ブースターB7は全て正常、回転しながら上昇を始めた。33基のラプター2・エンジンは全部が作動している。

スターシップとブースターは完全に再使用可能なシステムで、スターシップは6層の居住区に100名を収容して、2025年あるいは2026年に月に着陸、そこで居住区として使えるように考えられている。

今回は、発射時は33基のエンジンはずべて正常に作動していたが、40秒後、60秒後、100秒後の順に、まず3基が停止それから順に増えトータル6基が停止した、このため2分後(120秒後)から姿勢が微妙に不安定になり、最後は制御不能の旋回が起こり、横滑りの状態となりスターシップS24の分離が不可能となった。このため地上からの指令で爆破した。

打上げに使った発射台は、33基のラプター2ロケットの巨大な推力でコンクリート製の基礎が破壊され、その破片が飛散し、数百メートル離れて設置されている燃料タンク群に当たり凹みができた。

図3:(SpaceX)打ち上げ2分後から制御不能となり横滑りの状態で飛行するスターシップ・ブースターの姿。

イーロン・マスクCEOは「これは大打撃とは受け止めていない。これを教訓にして数ヶ月後には再挑戦する」と述べている。同社は、これまでに「ファルコン1 (Falcon 1)」、「ファルコン9」、および「ファルコン・ヘビー」の各ロケットの実用化、さらに通信衛星「スターリンク(Starlink)」システムの展開などで、数々の失敗を経験しながら、いずれも成功に導いてきた。

「ファルコン」系列の打上げロケットは2016年以降195回の打上げに成功、そして2021年からは100回の安全着陸に成功している。

ブースターの発射自体が大きな成功と言える。もちろん、発射後間も無くエンジンが停止したことの原因は究明しなければならない。

メルボルン(Melbourne, AU)のPretzel Technologiesの創立者ポール・パラギー(Paul Pallaghy)氏(PhD)はスターシップ・ウオッチの専門家だが、失敗と発射台の損傷原因を次のように分析している。

  • スターシップ・ブースターは3基のエンジン不作動でも軌道に乗せられるよう設計されている。しかし6基の停止は多過ぎた。
  • 発射台の発射塔(launch tower)は損傷していないように見える。これは幸いだった。
  • 発射時のロケットの巨大な力で、発射台下部には大きなクレーターが生じ、小型自動車サイズのコンクリート破片が辺りに四散している。これがエンジンに損傷を与えたと想定される。
  • 4月23日にマスク氏は、「発射時の推力は、以前に行った地上静止運転試験時の2倍もあったので、これが基礎のコンクリートを破壊した。次回の発射からは大量の水噴射を行うことで(コンクリート基礎の表面を30 cmの厚さの水で覆う)解決できる」と語っている。
  • 図4:(SpaceBucket YouTube @ 1:42) 発射台基礎の破損状況。スターシップ・ブースターの直径は9 mなので発射台の直径は15 m以上になる。コンクリート基礎に使われた骨組みが多数見える。
  • スターシップの分離が出来なかったのは、エンジン6基が停止したため推力不足となり、高度39 km迄しか上昇できなかった。この高度ではまだ大気層が厚くスターシップを分離するには低過ぎる。本来ならば高度80 kmで分離する予定であった。
  • スターシップが分離するには、ブースターのエンジンが停止してから、スターシップのエンジンを噴射して行う。ところが今回はブースター側のエンジンの燃焼が続いていた。
  • ロケットの異常で爆破の必要が生じた時には、自動飛行停止装置「auto FTS (flight termination system)」が作動する。しかし今回は作動しなかったため、マニュアルで爆破した。
  • 図5:(SpaceX) 爆破寸前スターシップ側面に設置した外部カメラが撮影した写真。手前スターシップ側と奥に見えるブースターが折れ曲がっているのが分かる。
  • ブースターB7の筐体側面に取り付けてあるハイドロ・パワー・ユニット/油圧動力装置がコンクリート破片で損傷を受けた可能性がある。これが損傷するとエンジン推力の方向を変える推力偏向/ジンバリング(gimbaling)とコントロールが出来なくなる。
  • 図6:(SpaceX) 発射時の写真。発射塔に比べてやや傾いて上昇し始めているように見える。発射台コンクリートが破壊したためか?

解決策として;―

  • マスク氏は、次の発射は1〜2ヶ月以内、発射台基礎は大量の水を使う水冷式の鋼板で覆う予定で、これは3ヶ月前から設計に取り組んでいる、これで問題は解決する筈、とツイートしている(4月22日)。
  • 発射台から生じるエンジンの排気ガス、水蒸気等の大量の排出噴煙を処理するために排出ダクトを新設する。このダクトは鋼板で補強した深さ20 mの坑道で6本造成、メキシコ湾までガスを導く。
  • 図6:(SpaceX) 2023年2月8日にスターシップ・スーパー・ヘビーブースターB7は発射台で、33基全エンジンの静止作動試験を実施し成功した。エンジンはラプター2(Raptor 2)、メタン燃料と液体酸素を燃焼して推力を発生する。33基で打上げ時では合計16,500,000 lbs (742万トン)の推力を発生するが、2月8日の静止試験時には推力を半分に絞って試験した。また去年11月には14基だけを着火、試験を実施、成功している。エンジンは、外周の20基は固定式、内側の13基は推力の方向を変えられる推力偏向式/ジンバリング(gimbaling)ノズルになっている。

図7:(SpaceX) 打上げ後100秒で上昇するスターシップ・ブースターの写真。ブースター・エンジン33基中の6基が停止しているのが判る。。

図8:(SpaceX) ブースター・エンジンの作動状況の拡大写真。外周20基中の5基と内側13基中の1基が停止している。

図9:(SpaceX) 地上からの爆破指示で、メキシコ湾場で爆発したスターシップとスーパーヘビー・ブースター。

スターシップについては「TokyoExpress 2022-02-20 ”スペースX、スターシップ・スーパーヘビーの打上げ近ずく“」で述べたが、簡単の復習してみる。

図10:(SpaceX)『スターシップ・システム』の構成。「スターシップ」はラプター2エンジン9基を装備、打上げ軌道上で分離、人員100名を乗せ月面に着陸、居住基地にもなる、火星旅行も視野に入れた大型宇宙船と言える。「スーパーヘビー」はブースターでラプター2エンジンを33基装備、「スターシップ」を軌道上に運び、分離するのが役目。両者ともに再使用可能なように作られている。

ラプター2エンジンは、スペースXがスターシップ・システムに使うために開発した「フルフロー2段燃焼サイクル(Full-flow staged-combustion-cycle)」のロケット・エンジン、燃料には極超低温の「液体酸素(LOX)/-183℃」と「液体メタン(CH4)/-183℃」を使う。メタンは低コスト、燃焼排気中の煤が[RP-1]に比べてずっと少なく、エンジンを再使用する場合の整備が容易になる。

図11:(SpaceX) 左が改良型の「ラプター2」、右が原型の「ラプター1」。「ラプター2」ではエンジン周りのケーブル、パイプ類がずっと簡略化されている。しかし推力は「ラプター1」の185 tonに対し「ラプター2」では230 tonに増加している。

終わりに

昨年2月にボカチカのスターベース施設でマスク氏は、仮組立ての完了した「スターシップ・システム」の前で、現況を説明し年内の打上げを示唆していた。予定より数ヶ月遅れて今回の打上げとなったが結果は上述した通り。今回は爆発処分に終わったが直ぐに原因究明と改善点を明らかにし、次回の試験に臨むという。そして予定通り2025~6年の月面着陸を目指している。テスラ・モーターからの収益、ツイッター事業の有料化など得る利益を資金源として、巨額の資金を要する宇宙開発に情熱を傾けている姿は誠に立派。数ヶ月後の再挑戦の成功を期待したい。

2023-04-28追加;―

発射台/ローンチパッドの状況

FAAは4月20日のスターシップ/スーパーヘビーの打上げ状況を検証中で、試験で一般公衆に被害が及ぶことは許されない、詳細な検査を行い異常が影響しないことを確認してから次回の打上げの認可をする、と言っている。

ローンチパッドの北10 kmにあるポート・イサベル(Port Isabel)には破片が降り注ぎ一部で窓ガラスが割れ灰が家屋の屋根に付着、海岸では鳥や亀が危険にさらされた。ローンチパッド下部にはクレーターができ、コンクリート破片が飛び散り、多くは海に落ちたが、一部は燃料タンクに当たり損傷した。

他の大型ロケット用パッド、フロリダのケネデイ宇宙基地やカリフォルニアのバンデンバーグ宇宙基地、などには排煙を水で冷却するシステムや、大規模な排煙用溝を設置してある。ボカチカにはこのような排煙防御設備がなかった。

いーロン・マスク氏は不備を認め、次回発射までには排煙防御用の設備を完全にする、と言っている。

図A:(Google)スペースXボカチカ宇宙基地の位置。テキサス州南部メキシコ湾沿いにある。ブラウンズビル市中心から東へ60 kmほどになる。リオグランデ川を挟んで南はメキシコ。

図B:(Wikipedia)ボカチカ宇宙基地は黄色の枠で囲まれた地域で、スペースX保有の面積41エーカー/170,000 m2、借地面積57エーカー/230,000 m2。ただし赤色の部分は別の所有者の土地となっている。右端はメキシコ湾。

図C:(Google)ボカチカ宇宙基地を上空から見た写真。前図と方向が違っているのに注意。メキシコ湾は左上になる。ローンチパッドに隣接して高さ146 mのローンチ・タワー(黒色)がある。右には燃料タンク・ファームがある。容量95,000 ガロンの横置き型の液体酸素(LOX)のタンク群、80,000ガロンの液体メタンタンクが見える。

図D:(National Geographic, photo by John Kraus, Polaris Program)スターシップ20号機、スーパー・ヘビー4号機の組合せでローンチ・パッドにセット試験中の様子。ローンチ・タワーとパッドはかなり近い。ローンチ・パッドは6本の脚で支えられている。

図E:(Space.com/Patrick Fallon, AFP via Getty images)ローンチ・パッドの損傷状況と液体メタンタンクの損傷状況、破れてはいないがコンクリートの破片で大きな凹みが生じている。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • EL PAIS Science & Tech 2023-04-21 “Why ded “Starship” exploded ? The reasons behind to failed Launch of Elon Musk’s rocket” by Rafael Clemente
  • Reuters April 21, 2023 “SpaceX rocket explosion illustrates Elon Musk’s “successful failure” formula” by Steve Gorman and Arlene Eiras
  • Tech Crunch April 22, 2023 “SpaceX’s successful failure is a wake-up call for Starship’s timeline” by Aria Alamalhoaei
  • Search Medium Apr. 21, 2023 “Updating Live- What’s happened with the Starship launch failure? And what’s next?” by Paul Pallaghy, PhD
  • Nationalgeographic.com 2022 June 15 “SpaceX Starship gets closer to launch, but the future of its Texas Starbase is in doubt” by Joe Pappalaardo
  • Space.com April 27, 2023 “SpaceX Starship launch under FAA investigation” by Ben Turner
  • TokyoExpress 2022-02-20 ”スペースX、スターシップ・スーパーヘビーの打上げ近ずく“