米国、打上げロケットのロシア依存から自国製へ切り替えを急ぐ (その1)


2016-04-30(平成28年) 松尾芳郎

 

1950年代、アメリカは自動車、冷蔵庫、テレビなどで我々の憧れの的だった。それが次第に消え失せ1990年過ぎには「アメリカの没落(America: What Went Wrong?)」や「アメリカの自画像—崩れゆく技術大国」などの本にあるように衰退が目につくようになる。しかし数年前から、これまで夢物語とされてきた「人類の宇宙居住や有人火星探査」に本気で取組む個人企業が出現している。正に強いアメリカの復活だ。以下はその1例、宇宙開発本格化の話である。

RD-180

図1:(Energomash)現在米国防総省の情報収集衛星打上げはULA社の「アトラスV(Atlas V)」使っている。この1段目ロケットは、ロシア国営企業「Energomash」」が作る「RD-180」に頼っている。「RD-180」は、ケロシン/液体酸素(LOX) を燃料とする2ノズル型ロケットで、地上推力は3.83MN (86万lbf)。1個のタービンで2つのノズルに酸化剤(LOX)を送る(図の赤いキャップの部分)、濃酸素(Oxygen-rich)予燃焼室(Prebuerner)型で、従来の米国ロケットより進歩した設計。これで出力/重量比が78以上に改善されている。エンジン・ノズルの向きは4本の油圧アクチュエーターで変更できる。出力は可変方式。

アトラスV

図2:(ULA, Pat Corkey) 「アトラスV (Atlas V)」は、ロッキード・マーチンとボーイングの合弁企業「ULA=United Launch Alliance」が作る打上げロケット。1段目は前掲ロシア製「RD-180」ロケット、2段目は液体水素燃料の米国製RL-10エンジン。1段目周囲には必要に応じ数本の固体燃料ブースターを取付ける。2002年8月以降60回以上打ち上げて、極めて高い信頼性を示している。写真はULAが2011年8月5日にケープカナベラル(Cape Canaveral, Florida)空軍基地Launch Complex 41から打上げた「アトラスV551型」の様子。搭載するのはNASAの木探査機「ジュノー(Juno)」、重量4 ton、今年8月には木星周回軌道に到着する予定。

 

米国議会と国防総省は、ロシア製RD-180ロケットで国防関連の衛星打ち上げをやめることで合意した。

「ULA」社は、EELV計画、すなわち、これまでの代表的な大陸間弾道弾(ICBM)「アトラス」や「デルタ」を改良発展させてきた「進化型使い捨て打上げロケット「Evolved Expendable Launch Vehicle」の手法を改め、新開発のローンチャーを使うことにした。これで今後の打上げ市場には4社が競争参入することになった。その概要を述べると;—

 

1) ULA

ロッキード・ボーイング折半の合弁企業「ULA」は、打上げロケット1段目にロシア製RD-180を装備する「アトラスV」を使ってきたがこれを止め、2019年から新ロケット「バルカン(Vulcan)」で政府機関の打上げ要求に応える。

バルカン

図3:(ULA) ULA社が「アトラスV」の後継として開発中の次世代ローンチャー「バルカン(Vulcan)」。初期型は2段目に現在のCentaurを使うが、新しい「ACES=Advanced Cryogenic Evolved Stage」が完成すればこれに更新する。1段周囲には4—6本の固体燃料ブースター(SRB)を取付け、その上に直径4-5 mのペイロードを搭載する。2019年に初号機を発射する。1段ロケットは「ブルー・オリジン」の「BE-4」55万lbs推2基を取付ける予定。

 

2) Aerojet Rocketdyne

米国のロケット製造の名門企業「エアロジェット・ロケットダイン」社は、「バルカン」ローンチャーの1段目にケロシン燃料の「AR1」ロケットが選ばれるよう、開発を急いでいる。

3) Space X

「スペースX 」社は、自社開発のケロシン燃料ロケット「ファルコン1」を9基束ねて「ファルコン9 (Falcon 9)」とし、市場に参入中である。

4) Orbital ATK

「オービタルATK 」社は、1段目には自社開発中の固体燃料ロケットを充て、2段目に「ブルー・オリジン」が開発した液体水素燃料の「BE-3」エンジンを使うハイブリッド型を提案している。

 

これら各社はいずれも米空軍から「RD-180」エンジン打切りに関連して、資金援助を受け、成功すれば今後5年間に空軍から発注される総額12億ドル(約1,300億円)の事業に参入できる。

今年になって空軍は「RD-180」エンジンを18台追加購入したいと議会に提案したが、上院の歳出委員会の反対に遭い計画が頓挫している。これに関し、宇宙部門担当のJ.ハイテン(Johan Hyten)将軍は次のように述べている;—

「RD-180が買えなくなれば、空軍が計画中のミサイル警報衛星群である「宇宙赤外線システム(Sbirs=Space-Based Infrared System)」、あるいは妨害電波に影響されない「先進超高周波通信衛星(AEHF=Advanced Extremely High Frequency)」の打上げを延期せざるを得なくなる。もちろん「デルタIV(Delta IV)」を使うことも可能だが、著しいコスト増となり予算が不足する。」

空軍は2020年末までに、「アトラスV」、「デルタIV」の後継となる新型ローンチャーを2機種用意すべく、資金援助を含む調達計画「OTA=Other Transaction Agreements」」を進めている。

以下に関係各社の現状を紹介しよう;—

 

エアロジェット・ロケットダイン

空軍の「OTA」計画の最大の案件は、今後5年間に6億5,130万ドルを支出するエアロジェット・ロケットダイン社の1段目用エンジン「AR1」の早期完成である。

「AR1」エンジンは、「アトラスV」装着の「RD-180」の代替を狙ったもので、ほぼそのまま交換できるように設計されている。

AR1

図4:(Aerojet Rocketdyne)20年間の歳月と3億ドルの資金を投じて開発が進む「AR1」エンジン。濃酸素予燃焼室サイクルなどの最新技術を使う液体酸素/ケロシン燃料使用の2本ノズル(Injector)型ロケット。海面上推力は50万lbs。

 

「AR1」は、濃酸素予燃焼室「Oxygen-rich staged-combustion cycle」設計なのでターボポンプ駆動には高温の酸素を使う、このため材料の酸化防止が課題となるが、コストを抑えるため在来の技術、酸化防止コーテイング材にはRD-180と同じものを使う。

開発を急ぐために「3-Dプリンテイング(Additive Manufacturing)」製法で部品を製作、また燃焼室やダクト類の製法にも新しい製造法を適用し、コスト削減と軽量化を図る。原型エンジンは2017年末に完成、NASAの「ステニス(Stennis)」宇宙センターで試運転する予定。同社の担当幹部は、「各種部品は、サクラメント(Sacrament, Calif.)及びマーシャル宇宙センターの装置を使ってすでに数百回テスト済み」、「2016年中は、予燃焼室とインジェクター(主燃焼室)を中心に試験をする」、「特に初期の試験は燃焼安定性に主眼を置く」と語っている。同社は、「RL10」や「RS-25」その他のエンジン開発の長い歴史があり、その意味ではリスクが少ない。

同社は昨年12月に「AR1」設計の予備審査(preliminary design review)を終え、2016年末の最終設計審査(critical design review)に向かっている。そして2019年末の型式照明取得を目指す。

「AR1」は「RD-180」と同じくロケット用ケロシンを燃料とするので、ULAが進める「バルカン(Vulcan)」ローンチャーにはそのままでは使えない。「バルカン」は、燃料に液化天然ガス(LNG=liquefied natural gas)を使うように作られる。空軍からはULAに別途OTA資金が提供され、ケロシン燃料型も並行して開発することで進んでいる。しかしこれは「ブルー・オリジン(Blue Origin)」社の「BE-4」エンジン開発が何かの理由で遅れた場合にのみ生きることになる。

A-R社の幹部は、「我社は、炭化水素系燃料(ケロシン)を使う大型ロケットの開発と生産には長い経験があるが、「ブルー・オリジン」は大型ロケット開発では全く実績がない。この点から我々の製品はリスクがなく、競争には勝つ自信がある」と語っている。

 

ブルー・オリジン

「ブルー・オリジン」とULAは、すでに打ち上げコストが安く、低価格、入手も容易なLNG燃料を選択し、これで次世代型打ち上げ機の競争力を高めると合意している。メタンを使うことも検討されたが、純粋なメタンはコストが高く、性能面ではLNGと大差がないため不採用とにした。

BE-4

図5:(Blue Origin)「BE-4」は民間資金のみで開発中のエンジンで、液体酸素(LOX)と液化天然ガス(LNG)を使い、推力は55万lbs (2,400 kN)。濃酸素予燃焼室燃焼方式(Oxygen-Rich Staged Combustion Cycle)の設計。LNGはケロシンと違い自動的にタンクが加圧されるので、ヘリウムを使う複雑かつ高価な燃料加圧装置が不要になる。2017年に型式照明を取得し、2019年に初飛行の予定。

 

ULAのトリー・ブルノ(Tory Bruno)社長は、今年末に予定されている「BE-4」の地上静止試験が成功すれば決着がつく、来年3月にはエンジンが決まる、と話している。「BE-4」の開発スケジュールは「AR1」より2年進んでいる。

LNGはケロシンより比重が軽いので、「BE-4」用の「バルカン」の燃料タンクは長くなる。

前回述べたように「ブルー・オリジン」は、通販大手「アマゾン」の創業者で巨万の富を築いたジェフ・ベゾス氏が設立した企業である。ベゾス氏が拠出する資金で自社の地球周回軌道打ち上げ用ロケットとして、推力40万lbsの「BE-4」エンジンを開発してきた。そして、この推力を55万Lbsに増やしてULAに提案中だ。ULAは「BE-4」開発を援助中で、空軍から得たOTA資金4,460万ドルを「BE-4」付き「バルカン」ローンチャー開発にも使う。

BE-4」エンジンの量産工場は、すでにケント(Kent, Washington)に設置済みである。このように「ブルー・オリジン」は、ULAの「バルカン」用エンジン競争でリードを保っている。

ベゾス氏は「我々の目標はULAに可能な限り低価格でエンジンを供給すること。これでULAは打上げローンチャーの競争で優位に立てる」と話している。

ケント工場は旧ボーイングの工場で、手始めに「BE-4」エンジンを年産12基で開始する。工場には1,000人規模の技術部門用のオフィスを併設中である。

「ブルー・オリジン」は、ここでULA用だけでなく他社への納入も視野に入れ、さらに自社開発の地球周回軌道ローンチャーにも使う大型ロケット(BE-4)を量産して、エンジン・メーカーとしての地位を確立したい、としている。

「BE-4」は同社が現在飛行試験を繰り返している「BE-3」に比べずっと大きいので、社内では”VBB=Very Big Brother”と呼んでいる。「BE-3」と同様「垂直離陸、垂直着陸(VTVL=Vertical takeoff and Vertical landing)型」で再利用可能となる。「VBB」すなわち「BE-4」の初飛行は2019年。前回述べたように、同社は、地球周回軌道に打上げ弾道飛行する「BE-3」付き無人カプセル「ニュー・シェパード」で、「垂直離陸、垂直着陸(VTVL)」に関わる技術を習得済みである。

「ブルー・オリジン」は、「VBB」打上げ用としてケープカナベラル(Cape Canaveral, Florida)の36号発射台(Launch Complex 36)の使用権を取得しており、隣接地に2億2,000万ドルを投じてVBB(BE-4)を使うローンチャーの組立工場を併設する計画である。

ベゾス氏は語っている、「宇宙への人類移住とそのための輸送手段を作ることが私の夢/情熱だ。開発中の有人宇宙船が完成すれば、世間は納得するだろう。」

「ブルー・オリジン」の「VBB」計画が実現すれば、これはULAが近く「アトラスV」で打上げる予定の民間人用宇宙船、ボーイングの「CST 100 Starliner」と直接競合することになる。一方ULAは「バルカン」ローンチャーで軍用のみならず民間衛星市場でも優位に立とうとしている。ベゾス氏は、軍用打上げ市場への参入は明らかにしていない。ベゾス氏は「ULAが軍用市場を重視するのは当然だ。我々はエンジンの分野でそれを支援して行く」と話している。

ベゾス

図6:(SpaceNews photo by Jeff Foust)2016年3月8日ブルー・オリジン社ケント工場の公開で、「BE-4」エンジンのノズルの前でポーズをとる創立者のジェフ・ベゾス氏。

 

スペースX

「スペースX」社の創業者は電気自動車メーカーであるテスラ・モーターで成功したイーロン・マスク氏だが、同時にベゾス氏と並ぶ億万長者でもある、同氏の目標は有人火星探査で、人類の宇宙移住は考えていない。

「スペースX」社は国防保安分野の打上げで「ULA」を追い上げている。最近では、新しい空軍のGPS3衛星を9基打上げる契約/8,300万ドルを獲得した。これは次世代型GPS衛星で、2018年5月から「ファルコン9」で打上げが始まる。ULAはコストが見合わないとして辞退した。

同社は、昨年「ファルコン9」を使ったNASAの国際宇宙ステーション(ISS)向けの貨物輸送で、2段目の故障で失敗したが、これを挽回すべく努力中だ。

(続く)