「御巣鷹から30年」あの墜落事故の教訓を忘れるな


2015-08-03(平成27年) 産経新聞論説委員 木村良一

 

1985(昭和60)年8月12日、日本航空のジャンボ機(B747)が群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落した。機体は大破し、乗客乗員520人の命が奪われた。助かったのは女性4人だけ。世界の航空史上、最悪の惨事となった。

この事故から30年が過ぎる。事故を知らない世代も多くなってきた。確かに30年という歳月は長いが、パイロットや管制官ら航空関係者は事故の教訓を忘れてはならない。それとともに次世代に教訓を伝えていく必要がある。

事故の原因は修理ミスだった。事故機は7年前の78(昭和53)年に大阪空港でしりもち事故を起こしていた。この事故で壊れた機体後部の圧力隔壁(アフト・プレッシャー・バルクヘッド)の修理に米ボーイング社の修理チームが当たった。しかし作業員がリベットの打ち方を誤り、隔壁の強度が十分に保たれていなかった。その結果、飛行を繰り返す度に隔壁には気圧差から金属疲労による亀裂が生じ、事故当日にはその亀裂が一気に裂けて客室から噴き出した空気が垂直尾翼トルクボックス内に奔流、垂直尾翼を吹き飛ばし、ハイドロ(油圧駆動システム)などが次々と破損し、操縦不能に陥った。

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航空機は飛行中に機体がトラブルを起こすと、墜落してしまう危険がある。このためひとつの部品が機能しなくなってもすぐには構造全体の破壊には進まず、安全に運航できるように設計されている。この設計をフェイルセーフと呼ぶが、航空機は機体の随所にこの設計思想が生かされ、安全が保たれている。

もちろん御巣鷹の尾根に墜落したジャンボ機も、このフェイルセーフなど航空技術の粋を集めてボ社が設計・製造した当時の最も安全な航空機だった。それにもかかわらず単純な修理ミスが、悲惨な大事故につながってしまった。修理ミスによる隔壁の破損から起きる事故など想像もしていなかった。事故は想定外のところから起きる。これが御巣鷹の事故の大きな教訓だ。

たとえば6月30日に起きた東海道新幹線の火災。71歳の男が焼身自殺し、巻き添えで52歳の女性の乗客が死亡した。新幹線は日本の安全システムの象徴で、開業以来、火災による事故を起こしたことはなかった。ましてや乗客が車内にガソリンを持ち込んで自殺するような行為は予想していなかった。

これも同じ自殺だが、3月24日に起きたドイツ旅客機の墜落も想定外だった。27歳の若い副操縦士が乗客乗員計149人を道連れに機体を故意にアルプスの山肌に激突させた。安全運航を遵守すべき操縦士が意図的に起こす事故など考えられず、安全運航上の盲点だった。

4年前の東日本大震災でもこの「想定外」という言葉が何度も使われた。大津波は予想を遙かに超えて三陸海岸の町や漁港を次々と飲み込み、福島では原子力発電所を破壊した。

三陸海岸では大津波による被害はむかしから繰り返し起きていた。貞観地震(869年)、明治三陸地震(1896年)、昭和三陸地震(1933年)…と大津波が発生し、津波の押し寄せてきた高さのところには石碑が立てられ、「ここより先に家を建てるな」と刻まれた。しかし後世の人々はこの警告に従わず、便利な海の近くに家を建て津波の被害に遭った。人はみな「100年に一度起きるようなことは想定外」と考えがちなのだ。

ここで大切なのは、想定外で起きた事故を「想定外だから仕方ない」とそのままにしておくのではなく、想定外の事故の原因を探って再発防止につなげることだ。いま起きた想定外の事故はまた繰り返し起きるだろうし、運航や運行のシステムが巨大になればなるほど想定外の事故も大きくなる。

御巣鷹の事故に話を戻そう。事故から4年後の1989年7月19日に米アイオワ州スーシティーでユナイテッド航空のDC10(マクダネル・ダグラス)がやはり操縦不能になる事故を起こしている。3基あるエンジンのうち垂直尾翼の下にある真ん中のエンジンがトラブルを起こして爆発した。飛び散った破片が突き刺さって機内のハイドロがすべて機能しなくなり、コックピットの操縦輪が利かなくなった。御巣鷹の事故と同じだった。

この事故機にたまたまシミュレーター(模擬飛行装置)の教官が乗っていた。彼は巡航中に御巣鷹のような事故に遭遇したとき、どう切り抜ければよいかを研究していた。機長らと協力して残りの2基の主翼エンジンのパワーをうまくコントロールしながら飛行を続け、空港に不時着することができた。全乗員乗客のうち6割以上の185人が助かった。御巣鷹の事故の教訓がみごとに生かされたケースだ。

御巣鷹の事故を風化させてはならない。これからも8月12日が訪れる度に空の安全への誓いを新たにしたい。

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※慶大新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」8月号から転載

 

http://www.tsunamachimitakai.com/pen/2015_08_003.html

http://www.message-at-pen.com/?p=791