ボーイング、飛行停止中の737MAXの生産を再開


2020-06-22(令和2年) 松尾芳郎

 737MAXの現況

図1:(Boeing) ボーイング737 MAXは737 NG (Next Generation) の後継機、 737型としては第4世代になる。基本型の胴体を基に、エンジンを効率の良いCFM LEAP-1Bに換装、ウイングレットを含む空力特性を改良している。エンジン直径が大きくなったため取付位置を前上方に移動した。このため飛行時に機首上げ傾向が生じるようになり、その修正のため自動操縦ソフト [MCAS] を組み込んでいる。

 

737 MAXの生産再開

 

ボーイングは5月27日水曜日、米国内でワシントン州内の1万人を含む合計12,300人の人員整理を発表したが、同時に737 MAXの生産の再開すると公表した。

ボーイング民間航空機部門CEOのスタン・デイール(Stan Deal)氏は同日の午後従業員を前にして「今日からレントン(Renton)工場生産ラインの再稼働のための準備を開始する」と言明した。

( On May 27th when Boeing announced more than 12,300 jobs cuts in the U.S. including 10,000 of those in Washington State, with push the button on restarting 737 MAX production. Boing Commercial Airplane CEO Stan Deal said “Today, teams in Renton started to worm up the factory’s production line” in a message to employees 27th afternoon.)

 

737 MAXは2019年3月のエチオピアン航空、2018年9月のインドネシア・ライオン航空の事故で346名の犠牲者が出たことを受けて、飛行停止となり現在に至っている。

一方で737MAXは3,000機以上の受注を抱え、この生産再開がボーイングにとって大きなビジネスの柱であることに間違いない。

737 MAXには数種の系列モデルがあるが、これらはボーイング民間航空機部門の収益のほぼ半分を占める。今後コロナ・ウイルス収束後に見込まれる国内線繁忙期に対応できる機体としてこれに変わるものは、存在しない。

737 MAXは、737 MAX 8が基本型で2017年3月にFAA型式証明を取得、同年5月から就航開始。系列機にMAX 7、MAX 8、MAX 9、そして今年1月にはMAX 10が完成した。系列機は、胴体長さが35.56 mから43.8 mまでと異なるが、翼幅は同じ35.92 m。客室座席は標準2クラスでMAX 7 /153席、MAX 8 / 178席、MAX 9 / 193席、MAX 10 / 204席。航続距離は各機種ほぼ同じで6,000 – 7,000 km。確定受注は、引渡し済み387機と完成・引渡し待ちで駐機中の約400機を含み3,800機以上、つまり手持ちの受注残は3,000機以上になる。

 

ボーイングは、2019年をかけて事故原因であるフライトコントロール・システムの改善に取り組み、少数機生産を続けてきた。しかしFAAの飛行停止処分が数回に渡って延長されたため、今年1月には生産を中止した。

ボーイングは、しかしFAAによる飛行停止がこの夏から秋にも解除されると見込んで、今回の生産ライン再開の発表を行った。

これは生産を円滑にスタートするためのプロセスであるばかりでない。これまでの2年間、737 MAXを含む製造された機体で発見された重大な品質管理上の問題点の解消を狙った措置でもある。と言うのは、その後新造機の機内に加工ゴミや工具が残されている事例がしばしば報告されているためである。

今年2月には完成して駐機中の737 MAXの主翼内燃料タンク内から加工クズが発見されたため、各地空港で引渡し待ちで駐機中の385機の翼内燃料タンクの検査をする羽目になった。5月初めに検査した翼タンクからはネジ(screws)の入った袋が見付かった。

この件で、デイール社長は737 MAXの組立作業が次のように改めた;―

  1. 工場内の各作業位置に、新しくツールキット・セットと標準的な作業手順を用意する。
  2. 工場内の組立ラインの側に新しくコントロール・センターを設け、エンジニアを常駐させ作業者を支援する。
  3. 工場内を整理して、不必要な装置類、道具を運び出し、チーム全員が直接飛行機を見えるようにする。

デイール社長は「これらの措置で、各人が過ちをセロにし、100 %の品質を達成してくれることを期待する」と話している。そして「今年の後半は以前を思い出しながらゆっくりと作業に取り掛かり徐々に能率を上げて行く」と続けている。

コロナ・ウイルスの世界的流行で、航空機の新規需要が激減しているが、来年からは顧客エアラインと協力して生産量を漸増して行くことになる。

今年4月には、ボーイングはMAXの受注残としていた数のうち200機以上を減らした。半数は明らかなキャンセルで、残りは購入約束(commitment)であったが確定になる見込み無しと判断した数である。

専門家の一部は、旅行客の激減に対応するため発注済みの機体のキャンセルが今後とも増えると見ている。しかし、少なくとも数社は発注済みの機体をできるだけ早く受け取りたい意向を示している。

アメリカン航空は、新しい737 MAXで旧型機の退役を進め、ビジネス客需要を先取りしたいと述べている。アメリカンはMAX 8を100機発注し内24機を受領している。

サウスウエスト航空はMAX 7を30機とMAX 8を280機発注し内34機を受領済み、ユナイテッド航空はMAX 9を35機とMAX 10を100機発注、いずれの会社も発注キャンセルはしていない。

イギリス北部アイルランド・ダブリンにある1983年創立の大手LCCであるライアンエア(Ryanair)のCEOミカエル・オレーリー(Michael O’Leary)氏は「737 MAXの飛行再開が決まれば、来年は体力の弱っている欧州のエアラインに打ち勝つチャンスになるので、出来るだけ早い引き渡しを望んでいる、2021年には旅行需要は必ず回復し大きな成長が期待できるからだ」と話している(Bloomberg Newsのインタビューに答えて)。ライアンエアはMAX 8を135機確定発注している。

 

737 MAXの現況

 

この数ヶ月間、ボーイングはFAAおよび他国の航空監督官庁に協力して、737 MAXの安全な飛行再開に向けて多くの改善を行ってきた。特にソフトウエアの解析と改善、および、パイロットの訓練プログラムの改善に力を注いできた。また社内組織や運用方法を改め、全ての活動を、安全性向上を志向するようにした。今回の2件の悲惨な事故は、ボーイングの全従業員の心に重く受け止められている。

ボーイングは、航空安全推進のため「安全 (Safety)」、「品質 (Quality)」、「完全性(Integrity)」の追求を約束する、と明言、それぞれ実行に移している。

 

  1. ソフトウエアの改修

 

737 MAXでは、前身の737 NGからエンジンの取付け位置が前方やや上に移ったため機首上げ傾向(ピッチ・アップ特性という)が生じた。これを補正するために自動操縦ソフトを開発した。これが[MACS]である。

[MCAS]/「飛行特性改善システム」は、“ピッチ・アップ特性の補正と併せて、急旋回などの飛行で大きな迎え角になった場合でも作動する。普段の飛行では急旋回をすることなどないので[MCAS]は作動しない。

{MCAS} は、機首両側にある迎え角センサー (AOA)のデータを受感、失速領域に近ずくとフライト・コンピューター(FCC)が作動、水平尾翼のジャック・スクリューを回して水平尾翼の迎え角を大きくし、機首を下げるよう(つまり失速しないよう)に働く。

2件の事故は、離陸後自動操縦に切り替えたら[MCAS]がパイロットの手動操縦に逆らい、機首下げ指令を出し続けたため生じた。当時の[MCAS]は片側の「迎え角センサー(AOA)」だけを受感、これが誤指示を出していたため、失速に近ずいていると誤判断、機首下げ指示を出したため生じた。

 

①      [MCAS] ( Maneuvering Characteristics Augmentation System) :「飛行特性改善システム」の誤作動について、改訂版では「パイロットの手動操縦を優先させるよう3層の誤作動防止策を組み込んでいる。(詳しくはTokyoExpress 2019-04-15”ボーイング737MAXの事故について“8ページ「MACSソフトの改訂版」を参照)

  • 2つあるフライト・コンピューター(FCC)を結ぶ回線に、両方の迎え角センサー(AOA)信号を入れて常時比較する。また、フラップを収納してから両方の迎え角センサーからの信号が5.5度以上違うと{MCAS}は作動を止める。
  •  {MCAS}が同じ作動を繰り返し指示する場合は、本当にパイロットが必要としているかをチェックする機能が付く。
  •  前項の機能が働かず同じ作動を繰り返す場合に備え、すべての作動に制限値を設ける。

②     [MCAS]改訂版は1,100回以上の地上試験を実施、実機の飛行試験を含めると合計の試験時間は2,100時間以上に達している。

③     フライトコントロール・コンピューター・ソフトには更なる冗長性と安全性を組込んである。

AOA位置

図2:(Boeing) 737 MAXの機首両側にある迎え角(AOA)センサーの位置。

 

  1. パイロット訓練 (詳しくはTokyoExpress 2019-11-16 “ボーイング737 MAX、1月に運航再開の見通し“ 3ページ「パイロット訓練方式の改善」を参照)
  •  FAAを含む各國の監督官庁に、広範囲なパイロットの再訓練を行うよう提案している。
  •  各國のエアライン・パイロットからの意見を聴取するよう努めている。

引渡し済み機の支援

  • 世界各地に運航支援センターの設置を進めている。
  •  飛行再開に備えて最高の品質の整備支援を実施する。

世界的な支援活動

  •  顧客エアラインと監督官庁からの意見聴取を積極的に続けている。
  • 世界各地で20回会議を開催、エアラインと金融機関など250 のグループから1,100名の参加者があった。
  • 顧客、監督官庁、金融機関の141グループからの565名の参加者に対しシュミレーターを使って解説する会議を実施した。

 3. 737 MAXの生産

  • 生産ラインのあらゆる箇所に、高品質と安定性を進める措置を採っている。
  • 737のサプライヤー900社以上との連携を一層緊密化し、部品供給網の安定化を進める。
  •  将来の生産計画を正確に立案する。

 

  1. 企業方針
  •  社内における安全への取組み風土の強化を進める。
  • 会長と社長が役割を分担して、安全に焦点を当てた取組みの強化を図る。
  •  全社員を対象に業務から離し安全に関わる教育を行う。

 

ボーイングでは、全従業員を対象に737 MAXに関する質問を受け付け、個々に対して回答し、疑問を解消して最も安全な航空機に仕上げるようにしている。

さらに安全に焦点を絞った社内活動10項目の内容を明らかにしている。「Permanent Aerospace Safety Committee /定例航空宇宙安全委員会」(2019年8月発足)を設立、安全な設計、開発、製造、生産、運用、および顧客への引渡しとサービスが適正に行われていることを監査する役員会を定期的に続けている。これから始まって各種下部委員会、それに社外の要請に応えるパイロットおよび整備員の養成・訓練まで多岐にわたる安全への取組みを含む活動を実施している。

 

上院委員会のFAAに対する要求

 

米国議会上院の商務・科学・運輸委員会(Senate Committee on Commerce, Science, and Transportation)はRoger Wicker委員長(共和)、Maria Cantwell副委員長(民主)連名で、FAAに対し次の要求をしたことを明らかにした(6月16日)。

すなわち、FAAがボーイングなどメーカーに認証している「ODA=Organization Designation Authorization program /(組織認定権限委譲プログラムの意)」および「SMS=mandatory safety management systems /(安全管理システムに関わる委任プログラムの意)」の運用を一層厳格化するよう要求した。

これは、737 MAXで起きた2件の墜落事故を念頭に、FAAが、ヒューマン・ファクターの専門家による充分な検証が行われたか否かを調べる事なく、型式承認を行ったことに対する措置である。2件の事故はいずれも、特定の非常事態にパイロットがどのように対応するかについて、ボーイングが基本的な誤解をしていたために生じた、と結論している。

ボーイングは、ヒューマン・ファクター専門家による検討を経ずにシステム設計を行い、FAAはヒューマン・ファクターの観点からの審査を行わずにこれを追認して型式証明を発行した。

上院委員会の要求に応えて、FAAはこれまでの方式を改め今会計年度中に少なくとも専門家8名を雇用し、737 MAXの型式証明再発行と新型機777Xの証明発行の審査にヒューマン・ファクターの視点から検証するよう改める。

上院委員会の要求には、FAAにヒューマン・ファクターの中心組織(center of excellence)を設置するよう求め、そのための科学・技術の助言者を雇用するのに必要な予算1,000万ドルを2030年までに配分する、としている。これは規則や規制が時代遅れにならないよう、変化に対応、進化するために必要な対策であると、述べている。

 

上院委員会の要求に基き、FAAはボーイングに対する「ODA/組織認定権限委譲プログラム」および「SMS/安全管理システムに関わる権限委譲プログラム」を厳格に改めている。これに従いボーイングは、前項「737 MAXの現況」にあるような対策を実施中であると理解できる。

 

終わりに

 

冒頭「737 MAXの生産再開」で触れたようにボーイングは生産再開の理由に2項目を挙げている。一つは飛行停止の解除が夏または秋に期待できること、二つ目は製造品質の劣化を是正したいこと、である。

企業が成績不振に陥ると従業員のモラルが低下するようになるが、メーカーではこの影響が製造工場に波及し製品の品質低下となって現れるようになる。

かつて某下請け企業の幹部が、ボーイングと並ぶ大手航空機メーカーを訪問した際に、製造工場を見学したことがあった。そこで目にしたのは、部品や工具の散乱、床の油汚れやほこりの多さであった。これに驚き早速社長に改善すべき、と進言したことがあった。しかしその後特段の対策が取られたという報道もなく、数年後には経営破綻した。

また、これより以前に成績不振に陥った某一流エアラインの整備工場を訪問した際にも、床の油汚れ、取外し部品の乱雑な管理、全般的に整理整頓、清掃が不行き届きな工場、という印象を受けた。暗に違わずこの会社も1~2年後に倒産することになった。

今回ボーイングが「製造品質の劣化」に気付き、上述のようにデイール社長が先頭に立ってモラルの強化を通して苦境にある会社の再建に取り組んでいる姿は正しいし、その通りだと思う。望むらくは、737 MAXに関わる諸々の改善が実を結び、飛行が再開され、ボーイングの業績が向上するのを期待したい。

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

The Seattle Times May27, 2020 “Boeing restarts production of the still-grounded 737  MAX amid coronavirus-caused financial distress” by Dominic Gates

Boeing “737 MAX Updates / The latest news, statements, and information”

Aviation Week Network June 16, 2020 “U.S. Senate Bill Targets Human Factors as Key to FAA Safety Change” by Sean Broderick

TokyoExpress 2020-01-26  ”ボーイング737 MAXの飛行再開は6月以降にずれ込む?“

TokyoExpress 2019-11-16 “ボーイング737 MAX、1月に運航再開の見通し“

TokyoExpress 2019-04-15 “ボーイング737 MAXの事故について“