日本人が知るべき国連の結論–福島原発の放射線


–年間100㍉シーベルト(mSv)以下の放射線被曝は問題なし–

 

2013-09-25  松尾芳郎

 

これは日経新聞電子版2013-01-17 17:00に掲載された「放射線と発がん、日本人が知るべき国連の結論」の解説と補足である。

原文のForbes 2013-01-13 Forbes. Comは、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」UNSCEAR (United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation)の2012年12月発表の報告を根拠にしている。これの翻訳が日経電子版だが、これを判り易く解説し、さらに最近の話題を追加した。

 

「放射線と発がん、日本人が知るべき国連の結論」の内容

被曝量が200㍉シーベルト(mSv)より上では、がんの発生確率が放射線量に比例して増えることは確かめられている、だが100㍉シーベルト以下では健康被害の証拠は見付かっていない。しかし100㍉シーベルト以下でも被害があるかも知れないから「この比例直線を100㍉シーベルト以下にも伸ばしておこう」と云うのが「しきい値なしの直線仮説」、LNT仮説(Linear Non-Threshold)、あるいは“直線仮説”である。

放射線とがん

図:(「反原発」の不都合な真実/藤沢数希著)「しきい値なしの直線仮説」の説明図。この点線部分を誤用して福島原発事故後の被曝評価に使い、人々を無用の恐怖に陥れ、巨額な無駄使いが行なわれている。

 

この“直線仮説”の範囲(100㍉シーベルト以下)、つまり図の点線部分で示している低放射線は、インド、ブラジル、フランス、アメリカなどの高い自然放射線地域で生活している人々は常時浴びている。またこの範囲の低放射線は原子力関連施設内、医療での放射線治療や検査でも普通に取り扱われている。

福島の原発事故の影響を受けた地域の放射線量はすべてこの範囲内で、「放射線による人体への影響は一切無かった」が、それにも拘らず危険が存在するかのように今でも特別に報道されている。

 

(注)自民党政務調査会長高市早苗氏が、2013年にこの事実に言及したところ、忽ちメデイアから総攻撃を浴び、党内からも批判され、同氏は釈明せざるを得なかった。原発に関し正しい情報を発信すると封じ込める悪しき風潮の一例である。

 

前述の「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」UNSCEARは昨年暮れの報告で「自然放射線量より少ないレベルの被曝による健康被害を受ける人の数を推定することは勧めない」、と述べている。つまり年間100㍉シーベルト以下の被曝では健康への影響は無いと云っているのだ。

報告書では「健康に影響の無い程度の放射線量しか浴びていないのに、不安に苛まれている福島の人々に真実を伝え、安心して暮らせるよう導くことが大切である」と述べている。

ここで一つ大変重要なポイントがある。それは放射線被曝に関する多くの議論が、広島、長崎のようにいっぺんに強烈な放射線を浴びた場合を想定していることだ。例えば5シーベルト(Sv)、すなわち5,000㍉シーベルトを一度に浴びればかなりの確率で死亡するが、1シーベルト(1,000㍉シーベルト)ずつ5回に分けて被曝すれば命に別状はない。同じ被爆線量でも長い期間を掛けて被曝した場合は、影響はさらに小さくなる。つまり毎月0.1シーベルト (100㍉シーベルト)を長期間浴び続ければ影響があるかも知れないが、年間で0.1シーベルト(100㍉シーベルト)浴びた位では影響は一切生じない、のである。

前述の“直線仮説”とは、簡単に云うと「あらゆる放射線は被爆線量がどれほど低くても人体に有害な影響を与える」とする考え方である。しかし、この推定が間違っていることは事実が証明している。すなわち;–

*  原子力関係の作業従事者は一般人に比べ被曝量は数倍から10倍だが、百万人以上の原子力関連作業従事者を50年にわたって綿密に調査した結果では、がんによる死亡率は一般人と全く変わらなかった。

*  米国ニューメキシコ州とワイオミング州の住人の年間被曝量はロサンゼルスの人達の2倍だが、発がん率は逆に低い。“直線仮説”が正しければこうしたことは起こり得ない。中東やブラジル、フランスなどには自然放射線量が年間被曝量で0.1シーベルト(100㍉シーベルト)を超える地域があるが、このような場所でも“直線仮説”を裏付けるような事実はない。

“直線仮説”を誤用して、「食品の基準を改めた日本は過ちを正すべし」、と報告書は述べている。

「国際原子力機関」IAEAや「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」UNSCEARなどでは、数十年にわたる研究の結果に基ずき食品の放射能レベルの許容値を定めている。この値は食品1kg当たり1,000ベクレルである。米国ではこれを1,200ベクレルに緩めて使っている。ところが日本政府は反原発指向の強いメデイア主導の不安を鎮めようと、この基準値を半分に抑えた。しかし不安が静まらなかったためさらに引き下げて、国際基準の10分の1にした。(実際には現行値はこれをさらに下回る不必要に厳しい値になっている)

Forbes誌は述べている「彼等(日本政府)は正気なのか?」

単位:ベクレル/kg

飲料水 牛乳 一般食品 乳児用食品
日本 10 50 100 50
アメリカ 1200 1200 1200 1200
EU 1000 1000 1240 400

図:(日経電子版)食品中の放射性物質の基準値比較。日本の値は不必要に厳しい。

 

この結果、通常ならば安全な食品が出荷制限の対称になった。青森県産の野生キノコ類は120ベクレル/kgのセシュウム(Cs137)が検出されたため出荷できなくなった。このセシュウムは福島事故とは関係なく、世界中の人々が食べている食品に含まれているものと同じで、事故の前は全く問題にされていなかった。

“直線仮説”の誤用は食品に止まらない。福島県では現在学校や住宅地の表土や落ち葉が汚染されているとして、膨大な費用が“汚染”除去に費やされている。

日経電子版/Forbes誌は云っている、「日本人は云われなき制裁を受けるべきでない。国際的な基準値は確固たる根拠に基ずいて設定されたもので、それをさらに引き下げることは、日本の農家や消費者を痛めつける以外に何の役にも立たない」。

「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」UNSCEARのウオルフガング・ワイス委員長は「福島原発事故の周辺地区の住民、労働者、子供達には、放射能による健康への影響は一切観察されていない」と報告している。世界保険機構(WHO)などの調査結果でも同様の報告が出されている。

UNSCEARの報告によると福島原発事故での高被爆者は次ぎの通りである。事故対応に従事していた作業員6人が0.25シーベルト(250㍉シーベルト)を超える放射線を浴び、さらに170人が0.1~0.25シーベルト(100~250㍉シーベルト)を被曝した。しかし健康に影響が出た人はおらず、今後も生じないだろうと。

そして日経電子版/Forbes誌は次ぎのように結んでいる。

結局真実に基ずいて行動しなければ、見当違いのことに時間と金を費やすことになる」。

 

無意味に厳しい住民避難の目安

ところが政府の「原子力規制委員会」検討チームでは、2013-01-21 に原発事故時に住民を避難させる放射線量を毎時500マイクロシーベルト(つまり0.5㍉シーベルト)とする基準を決めた。これも国際原子力機関(IAEA)の基準値1㍉シーベルトの半分の値である。福島事故では放射線量が1㍉シーベルトを超えたのは原発の敷地内のみだったことから「住民の避難基準としては高すぎる」とする反原発の意見に押し切られた格好だ。

 

官邸はUNSCEAR報告書に及び腰

蛇足だが首相官邸では、2012年末?に東日本大震災への対応〜首相官邸災害対策ページに「東電福島第一原発事故に関するUNSCEARの報告書について」と題する一文を掲載した。内容は報告のごく簡単な紹介、まるで木で鼻を括ったような文章で、誰が読んでも何のことだか判らない。これでは議員諸公、政治家が問題点を把握することは先ず不可能だ。一体どうなっているのか?何時になったらこの国が普通の国になれるやら見当もつかない。

 

日経新聞の対応は腰砕け

残念なことに、本稿の元になった日経新聞電子版2013-01-17 17:00の「放射線と発がん、日本人が知るべき国連の結論」は、恐らく世間の反原発の風潮を慮ったためであろう、遂に日経新聞紙上に掲載されることはなかった。

 

福島第一原発の汚染水漏れの取扱い

最近話題の「福島第一原発の汚染水漏れ」についても、この日経電子版/Forbes誌の警告がそのまま適用できる。

汚染水に含まれる放射性物質は、大部分がセシウム137でトリチウムが混ざっている。2013-06-21に、汚染水中にトリチウムが1,100ベクレル/㍑検出と報じられて、騒ぎになった。国の放出基準値が60,000ベクレル/㍑であるにも拘らずだ。国の基準値を元に各原発では、これまで年間放出量で一般公衆への影響が0.001㍉シーベルト未満になるようトリチウム放出量を押さえている。例えば、浜岡原発では、年間のトリチウム放出で近隣住人が受けた被曝量は0.00001㍉シーベルトであった、と云うように。

トリチウムは、宇宙線が大気と反応し生成されるので自然界に存在し、雨水には1ベクレル/㍑ほど含まれている。人工的には原子炉の冷却に使う水に僅か含む重水素が中性子を吸収して作られ、一年間に20~200兆ベクレルほどになる。

トリチウムは、水素の同位体の一つで、これからでる放射線は極めて弱いベータ(β)線で、空気中を5mmしか進めず人の皮膚や紙を通過することはない。飲料水などから体内に入っても汗や尿に混じって10日毎に半分ずつ排泄される。このベータ線が半分になる半減期は12年。こうしたことで、人体への影響はセシウム137が放射するガンマ(γ)線に比べて著しく弱く、1000分の1以下とされる。環境科学技術研究所によると「これまで世界中で大きな健康被害があったと云う報告はない」と云う。にも拘らず一部の反原発派は健康被害があったかのように騒ぎ立てている。

トリチウムの除去は、技術的にむつかしいことと、健康被害が無視できるため、我国を含め各国の原発や再処理工場では海中に放出している。

セシウム137については、既述の通り年間被曝量が100㍉シーベルト以内であれば全く無害である。

 

–以上-